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■+ ベターハーフ? +■
ド派手に鳴り響くのは、先程プレゼントしてやったサンダーボルト……もとい、PKフォースがクリティカルヒットした音だろう。何ともめでたい話である。
エレクトリックと同じ、電気属性があるのかないのか、それを放った当の本人は確かめる気もなかったが、取り敢えずは相手の状態は気になるところではあった。
ジープが荒野を疾走している……、と言えば格好の良い話ではあるが、実は微妙に違っている。
「取り敢えず、一匹は落としたな」
「そのようですね。ま、一番目敏そうなのでしたから、これで少しは楽になるでしょう」
のほほんと言う彼らだが、現在その疾走しているジープは、本日二度目の襲撃に、反撃しつつも逃げている最中であった。
「おい、楽になるってなぁ! あんた何もしてねーだろう。やってんのは、実況中継だけだろうがっ!」
「何を言っているんですか。ちゃんと荷物の見張り番も運転もしているでしょう? ほら、後が待ってますよ。行って来なさい」
「何であんたが命令すんだよっ!」
うっきーとばかりに怒鳴っているのは、長い黒髪を一つで纏め、動きやすい格好の青年ボーダーに掛かる男性だ。緑の瞳が『ちょっとは動けよ、この野郎』とばかりに語っていた。
対するもう一人の男は、短い黒髪をさっぱりと切り揃え、伊達眼鏡をくいと上げて『何を言ってるんですかね、このお茶目さんは』とばかりに、黒瞳を眇めている。
この二人はナビ席で怒鳴っている方をケヴィン・フレッチャー、運転している方をリュイ・ユウと言った。
「命令なんかしてませんが。自分の仕事は果たすべきだと、そう言ってるだけです」
思いっ切り屁理屈……と言うか、訳の解らない台詞である。
もう何時ものことなので、慣れっこになってしまってはいたが。
「ったく! 働かないなら来るなっての」
そうぼやきつつも、漸く有利に持ち込んだ状況を、下らない漫才をしていて逆転されては適わない。
ずごーんと威勢の良い着弾音は、二人の悪運が強い為か、彼らのジープの背後で響いた。
「全く、いい加減にしろよな」
ぼやくケヴィン。だがしかし。
一転、ケヴィンは視界に捕らえた黒い影へと、走行中のジープの上からその身を躍らせたのである。
朝にこれだけ立派な食事が並ぶとは、何となく感激である。
顔には全く出ていないが、ユウはそう思った。
そこには、パンは買ってきたものだろうが軽く暖めて篭に盛られており、ピッチャーでミルク、サーバーでコーヒーが、テーブルのど真ん中よりユウから見ては右側に置かれ、そして中央にはボウルに入れたカイザーサラダが、更には多分今朝のメインであろうオムレツ──中を見て解ることだが、これはスパニッシュオムレツである──が、どどんと二人+α分、並んでいた。
「よしよし、ちゃんと一回目で起きて来たな。ま、起きなきゃ、これは俺一人の腹の中に入ってた訳だが」
そう言うケヴィンは、勿論本気であろう。
「何をそんな、勿体ない。きちんと朝は食べますよ。食費だって割り勘なんですから」
「うわー、朝からみみっちいよなー」
何時もながらのやりとりだ。ちなみにケヴィンが今朝作っているのは、ただ単に当番であったからだ。他意はない。
「それにしても……」
「何だよ」
しみじみ言うユウに、イヤな予感がしたらしいケヴィンが、イヤそうにそう聞いた。
「貴方も、立派なお嫁さんになりましたねぇ」
「誰が嫁かっ!!」
ユウの頭を、サラダボールからトングを取り出し殴りつける。
「冗談じゃないですか。何を真面目に考えているんですか」
「じゃあ冗談だって言っとけっ! あんたのは、マジかどうか解らねぇんだよ。てか、さっさと食えよな。俺、今日の仕事、初顔合わせの依頼人とこ行くんだから」
見事な心がけである。遅れない様にと言う訳だ。
席に着き、お行儀良く頂きますをし、二人して食べ始める。
同居し始めてからそれなりに経っており、互いの味付けの癖なども解って来た。それぞれが文句を言いつつ譲歩もして、食生活はなかなかに良い感じであるのかもしれない。
キャッチボールの様な会話の中、依頼人について多くを語らないケヴィンであったが、取り敢えず本日の相手の名は聞くことは出来た。
「……へぇ。変わった名前ですね」
ユウの瞳が、ほんの僅か、眇められる。
「何だ? 気になることがあるのか?」
微かな反応でも、目敏いケヴィンはしっかり気付いた様である。
勿論、手は休めず、パンを千切って口へ放り投げ、更に取り分けたサラダにドレッシングをかけては頬張っている。オムレツは既に、残り後一切れだ。
「いえ別に。ただ、ここら辺では、あまり聞かない名前だなと」
「あー、まあ何か、ちょっと前に移ってきたとか言ってたな」
「そうなんですね」
こっくり頷きつつ、ケヴィンは皿の残りを頬張りコーヒーで流し込んだ。
「んじゃ、俺、もう行くから」
「そうですか。じゃあ俺も」
同じく優雅に全てを平らげ、ユウはすっと席を立つ。
「あ、どっか買い出しか?」
「いえ、貴方と一緒に行くんですよ」
「そう、俺と一緒……はぁぁぁぁーー?! あんた、何言って……」
何気なくそう言うユウに、ケヴィンは大袈裟すぎる程に驚いている。
「保護者として、たまには貴方の仕事ぶりでも拝見しようかと」
しれっとそう言うユウに向かって、真っ赤になったケヴィンが怒鳴る。
「誰が保護者かっ! 着いて来んなっ! てかあんた、診療所があるだろうが」
「本日は臨時休業ですね。ま、日頃真面目に働いているんですから、たまには良いでしょう」
「何言ってんだよ。医者に休業日なんかねーっつーの。真面目に働け」
「だから毎日真面目に働いてるでしょう? ちゃんと生活費だって入れて、貴方に不自由な思いはさせてませんし」
「ちょっと待て、不自由な思いて、俺があんたに養って貰ってるみたいじゃねーか」
「そんなこと言ってませんよ。貴方がきちんと働いていることは、良く解っています。だから偶には、その貴方の働きぶりと言うのを拝見しようと思ってるんです。何か問題でも? ああ、もしかして、何か不味いことでもしているんでしょうか?」
「してねーよっ」
「じゃあ、問題ありませんよね。まあ、言い辛いことを隠しているなら、今ここでごめんなさいしてくれれば、無理について行ったりしませんよ。どうですか?」
にんまり笑ってそう言った。歯軋りしそうな勢いで怒っているケヴィンは、ユウを思いっ切り睨み付けると口を開く。
「何で謝らなきゃならないんだっ。勝手にしろっ!!」
「じゃあ、K、宜しく頼むな」
何時もの仲介屋は、気軽にケヴィンにそう言った。
「あいよ。任せとけ」
そしてケヴィンも、何時もの様に、気軽に答える。
大した依頼でもない。
何時も通りに指示された物を、指示された場所へと届けるだけだ。全く以て、何時もと変わらない。
『いや、変わるか』
イヤそうな視線を背後に向けると、何時もと違って白衣を脱いだユウがいる。
視線が絡み、何だとばかりに訴えてくるが、ケヴィンは別にとアイコンタクト。
届け先の住所は貰った。そして場所も確認したし、荷物だって受け取っている。
後は手っ取り早く片付けるだけ。今回はジープで移動と言うことらしいから、仲介屋が用意したそれに向かう為、表に出ようとした時だ。
「K、顔なじみにゃ、気を付けなよ」
振り返って見るも、仲介屋は既に奥へと歩きつつ手を振っていた。何だろうと怪訝な思いを抱きながら、取り敢えず忠告に答えるつもりだ。
「ああ、何時も気を付けてる」
その答えが聞こえたのかどうか、仲介屋は肩を竦めた。
何だろうと思いつつ、ケヴィンはそのままユウの脇を通ってジープに向かう。着いて来なくても良いのに、当たり前の顔をして、ユウがその後を着いてきた。
「あ、貴方はナビ席へどうぞ」
「……は?」
何だかとっても胡散臭い。
普通なら、ケヴィンに運転させるだろう男が、何を思ったのか自分で運転すると言う。
ケヴィンでなくとも、何かあると思ってしまうだろう。
「……運転手したからって、バイト代なんか払わないぞ」
「何ですか? それは」
せっせと荷物とプラスαをバックシートへと詰め込み、その上に麻布を覆い被せて固定し、ケヴィンはぼそりと呟いた。
「……。そのつもりがないなら良いけどな」
怪訝なユウを見るからに、そう言った意図はない様だと知れる。
だったら一体何のつもりだろうか。何処か探る様な視線を向けるのを、当然ユウは感じているだろう。それでも知らん顔で、ユウはドライバーズシートへと乗り込んだ。
「早く行かないと、時間に遅れるんじゃないですか?」
「あ、ああ……」
納得しないまま、ケヴィンがナビに乗り込むと、ユウはジープを発進させる。
ごみごみとした猥雑な通りを過ぎ、次第に周囲から人影が消えて行った。少し前までは、あれ程の人が行き来していたのに、作られた都市とは言え、何とも色んな顔があるなと、そう思う。
幌は取っ払っている為、視界は甚だ宜しい。
横に流れれ行く風景は、懐かしのホロムービーで言うところの、ゴーストタウンを思い起こした。
ふと、何かがちりりと、ケヴィンの神経を焼く。
「──っ! いきなりかよ」
折角付けたバックシートの麻布を勢い良く剥がすと、そこには先程積み込んだ荷物とプラスα──ショットガンやランチャー、手榴弾と言ったものが顔を見せる。
運び屋の荷物を狙う者達は少なくない為、ある程度なら自衛を兼ねてこう言った装備は用意してある。今回はジープがあるから、持ち運びだって楽々だ。
背後には、何時の間にやら現れた、バイクとジープがてんこもり。
「凄いですねぇ」
「ああっ? 何が?」
感心している様な素振りは全く見えない。面白そうに言うユウに、こめかみへ青筋を貼り付けたケヴィンが聞く。
「こんなに人気者だったなんて、俺はついぞ知らなかったですよ」
「アホか、あんたは」
そう言いつつも、ケヴィンはランチャーを担ぎ出し、バレルを折ってカートリッジを装填。続いて、流れる動作で構えると照準を合わせた。
その横では、街中をドライブしている様なお気楽さで、ユウが鼻歌なんぞを歌い始める。
「このオンチ野郎」
「酷いですねぇ。これでも町内喉自慢大会で『がんばりま賞』を取ったんですよ」
ケヴィンの指先に、力が籠もった。
「下手くそなんじゃねーかっ!」
だがその声は、放たれた炸裂弾の音にかき消された。着弾点は、見事集団の中央付近へと決まった様だが、デフォルト以上の威力が出たのは、車両のエンジンへとその効果が飛び火したからだ。引火し地面でのたうつオレンジのそれは、まるで上げ損なった花火。
後ろにあった筈のゴーストタウンでは、真昼のキャンプファイヤーが開催されていた。燃料はごろつき達とその車両、そして瓦礫の山だ。
これで助かった者がいたのなら、きっと一生分の運を使い果たしてしまったに違いない。
「取り敢えずは、一丁上がりと」
「横着しましたね」
「ほっとけ。てか、あんたも手伝えよっ! 何しに来てんだっ」
「運転してるでしょ? それにこれは、ケヴィンの仕事じゃありませんか?」
「ああっ?!」
思わずナビから立ち上がるが、その時更に、別方向からの追っ手が視界に入る。
「またかよ……」
今度は、さっきよりも更に距離が近い。
「本当に人気者ですねぇ。ま、頑張って下さい。ほら、あちらさんはもう構えに入ってる様ですよ」
ユウが言い様、ステアを切った。アクセルは全開のまま、クラッチを蹴ると同じくブレーキングにギアチェンジ。見るも見事なテクニックだ。
立ち上がっていたケヴィンは凄まじいスリップ音と共に、勢い良くナビへと落ち込んだ。タイヤの焦げた匂いに顔をしかめる間もなく、更に彼らが先程まで走っていた経路には、爆音と共に大きな穴が穿たれた。
撃ってきたジープの男が、にんまり笑った気配を感じる。
「こんの──っ!」
怒声を一つ。
そして冒頭へと繋がるのであった。
何度目の襲撃だろうか。
追っ手が現れる距離は、回を追う事に自分達と近くなって来ている。
「見事ですね」
追っ手のジープへと飛び移り、非道の限りを尽くしているケヴィンを見ていたユウは、更に自分も飛び交う弾丸中、見事なまでのドライビングテクニックにて避けながらも呟いた。
撓やかな野生は、高振動ファイティングナイフだけで、彼ら数名を相手取り、互角以上に奮戦している。まずは攻撃担当の彼らを飛び移り際に蹴り倒し、更に振り落とそうとしているドライバーの急所を正確に突く。制御不能となった車両など一顧だにせず、すぐさま次へと標的を移して行った。
背後を狙うそれらには、危険予測の賜で、振り向き様にソニックムーブ繰り出している。
扇の様な蜃気楼は、粗大ゴミを残して消えた。
「てめぇらで終わりだっ!」
一声叫んだケヴィンは、手にしたナイフを車体へと沈める。トーストに塗るバターを切り取る様に、車両のフロント部が綺麗に割れた。
即座にケヴィンが宙を飛び、ユウの操るジープへと着地する。
背後で上がる轟音と、目の覚める様なオレンジの光。黄昏のないここに、束の間の落日が訪れたかの様だ。
「貴方、前世は猿ですか?」
「やかましいっ。ああ、もう、三十分も遅れてやがる」
苦虫を噛み潰した様な顔をするケヴィンが、バックシートからナビへと移動した。
「……それはそれは、大変でしょうねぇ」
依頼人は、大層ご立腹するだろう。
……取り敢えず、形だけは。
そう思いつつ、ぶりぶりと怒っているケヴィンに向け、ユウは楽観的な希望を口にした。
「まあ、目的地は目と鼻の先ですから、流石にもう、何もないでしょうね」
「だったら良いがな」
ぶすったれた顔のケヴィンではあったが、取り敢えずは頷いている。
そして、日頃の行いだろうか。
ユウの預言は見事に外れ、目的地は目と鼻の先から、アマゾン川の向こう側から見る距離にまで離れてしまった。
ケヴィンを追う常連さんがいたことで、ユウは彼らをストーカー扱いしてみたり、更に上から落ちてきたお客様方を歓待する羽目になったり。
トドメの一発は『何故そこに?』と思える様な場所に、落とし穴があったのだ。巧妙に隠されていたそれではあるが、ケヴィンの危険予測能力の方が遙かに上手で、いきなりユウの握っているハンドルを切り、彼の肝を冷やすこともあった。
とまれ。
紆余曲折はあったものの、現在ケヴィンは、お届け物をその相手に渡し、中身を確認してもらっている。
依頼人は、四十代半ばのひょろ長い男であった。何処か愛嬌のある瞳を向けて、その渡された箱の中を覗き込んでいる。
そして二言三言。
大袈裟なまでに依頼人が肩を竦め、そしてその後、ケヴィンが巫山戯るなとばかりに怒鳴りつけた。
「ああっ?! 遅れたから負けろだぁ?! 何を寝言言ってんだよ!」
その声を聞いたユウは『やはり……』と、そう思った。
小さく溜息を吐きながら、彼はゆっくり交渉の場へと近付いて行く。
実は、彼は知っていたのだ。この依頼人を。
だから、愛嬌のある顔をしていながら、途方もなく小狡いと言う性格も知っていた。
そしてここまで来る内に逢ったお客様の半分くらいは、この依頼人が雇っていたことも見抜いている。
邪魔することで到着時間を遅らせて、運び屋達から値切ろうと言う、何ともまあ、セコイ手段を講じることも。
ちなみに妨害する者達にも、最終的にやって来たからと言って料金を値切るつもりであり、また撃退されて命を落とせば、金を払わなくてラッキーだったと思うヤツであることだって。
『こうしてみると、本当にセコイですよね』
自分だってセコイのだが、この際それは棚上げだ。何て言っても、ユウは妨害者まで雇うなどと言う真似はしないのだし。そんな面倒なことをするくらいな、正々堂々と値切ってやる。
それはさておき。
交渉の場へとやって来たユウは、未だ言い合いをしているケヴィンの肩を、ぽんと掴んで自分の後ろに引き下げる。
「邪魔すんなっ!」
そう言い前に出ようとするケヴィンを制し、依頼人へと笑みを浮かべた。
勿論、友好的なそれではあり得ない。それが証拠に、ケヴィンの口元が引きつっている。
「何だね、君は?」
付き添い程度にしか思っていなかったユウが前に出てきたことで、この依頼人の顔から愛嬌が二割程消えた。
「マネージャーです」
「マネージャー?」
依頼人の片眉が、ぴくぴくりと引きつった。何かを思い出そうとしている様な気配である。しかしユウは、そんな暇を与えるつもりなど、更々ありはしなかった。
「そうです。それで、ですね。ミスター。何やら『負けろ』と言う言葉が聞こえた様ですけれど」
「ああ、当然でしょう。約束の時間をオーバーしているのだから、それくらいは当たり前だと思うけどね」
しれっと言う彼を見て、ユウは眼光鋭く睨み付ける。
「ほう? ……ちなみにいくらと?」
「六千レアルのとこ、二千レアルとか抜かしてんだよ。嘗めんなっつーのっ。あんたと良い勝……」
余計なことを言わせない為、ユウはケヴィンの口を塞ぐ。もごもご言うケヴィンの口を塞いだまま、ユウは唇に凄みを刷いて依頼人に話し始めた。
「半分以下ですか。それはそれは、なかなか面白い冗談ですねぇ」
「冗談なんか言ってないよ。運び屋ってのは、信用第一だろうに。契約もきっちり果たせないヤツは、仕事なんかもらえないんじゃないのか? 要は、そう言うことだ」
口止め料も込みであると言いたいのだろう。
成程。それならそれで、大いに結構。
「そうですか。……時に、ミスター。俺が少し前に、小耳に挟んだ話があるんですけれど、聞きたくはありませんか? いや、別に長い話にはなりませんよ」
あまりに胡散臭いユウの顔に、依頼人の心の中で、警戒心がもくもくとどす黒い雨雲の様に沸き上がっているのが垣間見えた。それに気付きつつ、ユウは知らん顔で話し続ける。
「いえね、俺もマネージャ稼業をするまでは、貴方と同じ、依頼人として荷物なんかを運んで貰うことが多々ありましてね。その際、とある運び屋の方に聞いたんですよ」
何を与太話をしているとばかりなケヴィンの視線を受けつつも、ユウはまあ見てなさいとばかりにアイコンタクト。
「運び屋の彼が受けた仕事は、依頼料が良いと言う以外、別段変わったことはなかったらしいんですよ。ただ何故かその依頼には、邪魔が多く入ったそうです。まあ、数度の襲撃を受け、漸く依頼人のところへと着いた訳ですが、その依頼人、なんと値切り始めたそうなんですね」
その話を聞いた、ケヴィンの瞳が猜疑に彩られ、依頼人の顔には憮然とした色が塗装された。
「それで?」
「まあ、彼も、理由はどうあれ、普通なら遅れる筈もない依頼で遅れた訳ですから、泣く泣くその値切った金額で引っ込んだんです」
「ほら見ろ。普通ならそうなんだよ」
ちなみにケヴィンの瞳も同じく『あんたもやってただろう』と言っていた。
「……へぇ、本当にそう思います? ……まあ良いでしょう。実はね、これで終わりではないんですよ。後日、そこの仲介屋を通して仕事をしていた運び屋連中みんなが、その依頼人からの仕事で、途中妨害にあっては値切られていたことが解ったんです。その依頼人からの仕事を受けた全ての運び屋が、ですよ? 可笑しな話ですよねぇ」
何時しかケヴィンは、依頼人を力一杯睨み付けていた。ユウが止めておかなければ、きっと依頼人の顔には、誰もが見惚れる青い花が咲いたであろう。
「……」
だがこれでもまだ値引きを引っ込めない依頼人に、『しぶとい』とユウは思った。
「ある日、値切られた運び屋の何人かが、その時に自分を襲った一人を見つけたんです。まあそれで、元を取り返すべくみんなで囲んでお願いをしたら、何とまあ、実はその依頼人が……」
「解った……。六千で良い」
ここまで言ったら、後はもう同じだろうに、その依頼人は違うらしい。取り敢えずの待ったをかけたのだが、ユウは満面の笑みを浮かべて聞き返した。
「何か仰いましたか? そう言えば、運び屋には信用が第一だと仰ってましたよね。依頼する側には、信頼など必要ないんでしょうかねぇ」
「……七千」
「済みません、最近ちょっと、難聴気味で」
「……八千」
「あ、もうそろそろ次の仕事が迫ってるんじゃなかったですか?」
ユウは、漸くケヴィンから手を離し、そう問いかける。勿論ながら、次の仕事は帰ってからでないと解らない。
しかしながら、ユウの視線がそれを言わせるはずもなく、ケヴィンは短く頷いた。
ちなみにケヴィンから減らず口が出て来なかったのは、呆れていたからである。
「……九千」
「そうそう、さっきの話の続きなんですけれど、その依頼人、それまで住んでいたところにはいられなくなったそうですよ」
「……一万っ!」
もう半分泣きかけになっている依頼人を見て、ケヴィンは気の毒そうな顔をしている。 「貴方にも良い引っ越し業者、ご紹介致しましょうか? これでも俺は、顔が広いんですよ」
「勘弁してくれっ!!」
とうとう依頼人は悲鳴を上げた。
だがそんな依頼人を見、ユウの心は益々S心を刺激される。
ドキドキ胸が高鳴っている為、一瞬『恋だろうか』と錯覚しそうになるも、『こんなおっさん趣味じゃなかった』と、即座に理性を復活させた。
「何を勘弁するんですか? アフターケアまでして差し上げようと言うんです。この上もなく親切かと思いますよ?」
すっかりあきれ果て、逆に依頼人同情したらしいケヴィンが、溜息を吐きつつユウの方をポンと叩いた。
「もうその辺で勘弁してやれよ」
まじまじとケヴィンを見ると、うんうんとケヴィンが頷いている。
先のケヴィンと同じく、ユウもまた大きく一つ、溜息を吐いた。
「仕方ありません。……止められましたからね、今日はこれくらいにしておいてあげますよ」
こくこくと首振り人形宜しく頷く依頼人は、重たい財布の口を漸く開ける。
「おっさん、世の中こんな黒いヤツばっかじゃねえから、気を落とすなよ」
料金を受け取りつつ言うケヴィンがそう慰めてやると、何だか天使を見た様な瞳で依頼人が見返している。
ちょっとムカつく。
だがそんな思いを露とも見せず、ユウはにっこり笑って口を開いた。
「ではまた、次回も宜しくお願いします」
あくどいヤツだとは思っていたが、まさかここまで黒いヤツだとは……実は思っていたケヴィンである。
彼は先程のケツの毛まで毟り取られようとしていた哀れな依頼人の顔を思い出し、はあと大きく溜息を吐いた。
「何を溜息なんか吐いてるんですか?」
「いや、あんたってホント、酷いヤツだよなと思ってさ」
「そんなことないですよ」
「ああ、そ。……なあ、あんたさ、あいつのこと、知ってたんだろ?」
そのケヴィンの問いに、ユウは意地悪く笑うだけで、明確な答えを口にはしなかった。
彼らのジープは、二人の愛の巣──ではなく、ねぐらへと向かってひた走る。ここで夕日なんぞに照らされていれば格好も良いだろうが、生憎そんなものは存在しない。
「ま、良いけどな。……なあ、今日はちょっとリッチだし、晩飯豪勢にしようか」
「良いですねぇ。シャンパンなんかも、買えそうですしね」
そりゃそうだ。あれ程ボレば、目隠しして食料のつかみ取りだって出来そうである。
「んじゃま、まずはジープ返して買い物するか」
「仕方ありません、荷物持ちも致しましょうか」
「へえ、そりゃまた珍しい」
「勿論、お代は頂きますよ。ええ、たっぷりと」
にんまり笑うユウの顔に、良からぬ思いが透けて見えたケヴィンであった。
Ende
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