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都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録
“罪”の対価
千秋志庵
ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。
全く予想をしていなかったと言ったら嘘ではない。ただ、こうも堂々とやられるとは思わなかった。背中には堅い武器の感触。精一杯伸ばした爪先のお陰で漸く届いたのか、武器とは別の肩に程近い場所には暖かい手の感触がある。人を支え代わりにするなと言いたいが、何とかぐっと堪える。先程もいきなり消えたと思ったら、こっちを向くなと言わんばかりに肩口を激痛に襲われたばかりだ。雇い主の思惑は分からない。マリア・スミスと一緒に雇う、言い換えれば仇と雇うその神経を疑いたい。いや、問題なのは断れないこちらの状況の方にあるだろう。
無言で促すのは、「面倒臭い」としか言いようのない依頼者との契約の一部だ。「二人でビジター登録をすること」がこちら側に出された依頼内容で、マリアに下されたのが同様のものであるとは限らない。全てが終わった後に処分される可能性はあることはあるが、どう考えても処分されるようなことも、それに至る秘密を得ることも、全くもって考えつかない。仕方なしに依頼主からの配給品の拳銃を取り出し、受付の方に向けて引き金を引いた。殺すつもりはない。少なくとも彼、ジョージ・ブラウン自身には。それだけが救いでもあったのだが。
当然と言うべきか何と言うか。ジョージを“敵”と判断した別のビジター登録者がこちらへと各々のエモノを向けた。銃に長い剣、形状からその効果は辛うじて判断出来る飛び道具、それ以外の名称といった類は全く予想出来ないものまである。一通り眺めやってから、雇い主から予め頭に叩き込まれていたリストの名前がいないことに安堵する。幾ら仕事でも裏家業のプロを手合わせるのは御免被りたい。
後方にいたはずのマリアの気配はない。逃げたはずはないから、大方別の仕事でも始めたのだろう。
「……全く、迷惑な話だ」
支給品の銃を捨て、愛用のマグナムを構える。冷たい鉄の感触に一瞬だけ意識を彼方にやり、静かに地を蹴る。ギルドの床が僅かにへこむ。過重力を掛けたその主は姿を消し、マグナムのグリップで一人目の首筋を粗く殴って意識を飛ばしていた。流石ギルドに身を置いているだけあって、一人くらい倒れただけでは相手の陣形は崩れない。丁度半円を描くようにジョージと距離を保ちつつ囲っているが、この場にあいての間合いは然程関係がない。まず、室内であるために最大距離が定められていること。次いで、互いのエモノが遠距離、或いは中距離であるために、接近戦においては逆効果になってしまうこと。
それはジョージにも言える話なのだが、生憎とマグナムは近距離でも効果を発揮する。銃は他のエモノを用いる際に発するタイムラグがほとんど皆無に等しく、指先一つで他人の命を好きに扱うことが出来るとの言もある種過言ではない。慎重に間合いを計る。非武装人に被害が及ばないようにするのも依頼の内容だから仕方ないとしても、今回の依頼はあまりにも無謀すぎる。ジョージは何度目かの溜息をついた。
思えば、依頼自体が可笑しい。自信の両親を殺した相手と組んでビジター登録をする気になったマリアもマリアだが、わざとこの組み合わせを指定した雇い主の真意をもっと測るべきだっただろうか。
飛刀が壁の一画へと突き刺さる。接近戦に持ち込もうとした男の手を軽く捻って地へ叩きつけると同時に、逆側から高速接近する相手を逆の方向へとベクトル変更させてやる。
「はい、完了」
どこかで場にそぐわない間の抜けた声がするが、構わず挑む相手を蹴り飛ばして壁へと叩きつける。その見慣れぬ動きは何かの書物で見たような気がするが、こちらに対しての思考もストップさせる。今はこの場をやり過ごすに限る。
「何いつまで戦る気なの? 戦闘狂だったなんで、初耳ね」
「黙れ。こっちは好きでおまえと手を組んでいる訳じゃないんだからな」
口をつくのは悪態ばかり。本音が仲良し希望という訳ではないので、まあ良いのだが。
「ちょっと目、瞑ってて」
言うが早いか、マリアは手の中に隠し持っていたものを叩きつける。特殊な閃光弾というやつだろう。目を瞑っているだけで回避出来ないだろうと思いつつ、言われた通りに目を瞑る。それとほぼ同時に掴まれた手は、ジョージをビジターギルドの外へいざなう。後方を見るが、まだ内部は混乱しているらしく追ってくる者は一人としていない。いや、閃光弾の効かなかった幾人かはこちらへ駆けて来ている。室内で実力を発揮できなかったのが相当腹に来たようだ。
新鮮な空気を一頻り吸い終えると、マリアはジョージに背を向けた。
「じゃ、行こうか」
その言葉に疑問符を浮かべるジョージを、マリアは冷笑の眼差しで眺めやる。
「何? まだ何か用? こっちは終わったけど、やっぱ戦闘狂? それとも戦闘マニア?」
「……雇い主からの仕事は終わったのか?」
まあね、とマリアは答える。
「こっちの仕事はちょいと内緒。で、あなたの仕事は騒ぎを起こして私のしていることを隠蔽、或いは目くらましすること。OK?」
首を捻る姿はやはりどこか少女に近い。それもそうか、彼女はまだ18だ。場所と時代なら、同性の友人と愉しく買い物に行ったりする、生の不安のない生活を送っていたのだろう。
ジョージは頷いて、歩き始めたマリアの背を追う。雇い主は二人揃ってでの事後報告を求めている。それがなければ、仕事終わりの日課を愉しんでいたところだ。
恐らく、マリアと組む機会は以後も幾度となく巡ってくるだろう。その度に、意識的に無駄な感情を排していかねばならないかと思うと、ひどく気が重い。
それもまた過去の“罪”だとしたら、もしかしたらひどく妥当なものなのかもしれない。ジョージはその結末に苦笑をし、そして彼女の両親と同じ運命を自分が辿るだろうという冷めた予感を一人胸に感じていた。
【END】
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0718】ジョージ・ブラウン
【0717】マリア・スミス
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
両親の仇と共に仕事をという内容故に、いずれ本格的に共同戦線を張る日も遠くなさそうです。
そこまで至る道程はまだ分かりませんが、冤罪・双子の妹の件とも絡んで描かれるのを愉しみにしています。
一ライターと言えども、こうして一度執筆するという関連性を持ってしまった以上、どのような道を辿っていくのか気になってしまうものです。
一読者としても、見守っていきたいと思っています。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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