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第一階層【居住区】誰もいない街
ライター：有馬秋人
ここいら居住区は、タクトニム連中も少なくて、安全な漁り場だといえる。まあ、元が民家だからたいした物は無いけどな。
どれ、この辺で適当に漁って帰ろうぜ。
どうせ、誰も住んじゃ居ない。遠慮する事はないぞ。
しかし‥‥ここに住んでた連中は、何処にいっちまったのかねぇ。
そうそう、家の中に入る時は気を付けろよ。
中がタクトニムの巣だったら、本当に洒落にならないからな。
＊＊＊
セフィロトの塔内部で奇妙な死体が見つかった。発見者は当初相手が路上で寝ているのだと思い、声をかけたのだという。しかし口元から何かが（後から体内を循環しているオイルの一種だとわかる）零れているに至ってそれが死体だと理解した。
一切の外傷もなく、生体脳のみが消失している死体。もっとも、その体は義体であり、唯一の生身であった脳が消えた時点で「死体」と呼ぶべきか迷うものもいるだろう。
そう、被害者はその一人だけではなく、数人のオールサイバーが同様の死に様を迎えていた。
知り合いが死んだということが引き金となった怒りや危機感、そういったものが原因だったのかもしれない。自身がオールサイバーだということも一役買っていただろう。物理的な面でオールサイバーは強固だ。そういう存在が外傷もなく死んでいく現実を目の前にしてレオナは奮起していた。
「これが本当の能無し殺人事件…なんちて」
危険視されている区域の近くでぺろりと唇を舐める。周りにいるのは酔狂にも協力体制を申し出てくれた頼れる仲間たちだ。相棒のヒカルはもとより付き合いのいい伊達や同じオールサイバーであるユリコも他人事ではないと強力を申し出てくれた。そしてフル装備の守久もまた、そこにいる。
「まったくそなたと来た日には……」
ヒカルは自身を鼓舞するためかもしれないが、その言い方は止めておけとため息をついた。付き合いが長い分、この状態の相棒が止まらないのは目に見えていた。暴挙をいさめる言葉が逆に火に油、なんてことは良くあることで。半ば以上諦めた状態で同行している姿は少しばかり投げやりだった。
「脳無し死体か……一体何の目的で、誰が取るんだろうな？」
「…昔はオールサイバーと戦うことがあったけど…やっぱり敵に回したくないくらいそれぞれ信じられない戦闘力があった…それを外傷もなく脳だけ摘出されてるなんて…嫌な予感がする…」
立場としてはヒカルと同じだが、やる気だけは倍以上な守久がぼそりと呟いた。その声に応じてユリコも自身の見解をしめす。簡単に殺されてくれるような存在ではないのだ。
「誰が相手でも、まぁ…」
たった一人が守れたらいいと胸中で零す守久は防護である麒麟と武器である明鏡止水を手にしている。まさに完全装備だ。
意気込んでいるレオナと二人、問題地域に突っ込もうとするのを懐から伸びた紙束に遮られた。
「なんだ？」
「オールサイバーの脳みそ抜き取りか…オカルトだな。でも、まぁ、少し待て」
「アレから情報に進展あったわけ？」
流れたラジオニュースと、レオナ自身が聞いてきた情報以上のものが手に入ったのかと意気込むと伊達はにやりと悪戯っぽく笑った。
「取り敢えず過去に似たような事件がないか、脳みそ好きなマッドサイエンティストとか調べて見た」
ぺらぺらと調査書をめくる伊達の科白に四人は綺麗に静止する。
「それで、結果はどうであった？」
「マッドサイエンティストって強いのかしら…」
後方に固まっていた二人の科白に伊達は軽く肩を竦めた。
「マッドサイエンティストが強いかどうは個人差があるだけどな、結果だけいえばわからん」
「結果以外だと？」
レオナの合いの手に伊達はふむと頷く。
「似たような事件はあった。被害者もオールサイバーだ…ただな、解決してないんだこれが」
「迷宮入りかよ」
「未解決って…」
肩透かしを喰らった顔の守久に、ユリコも同意を重ねた。
「それは同じ場所か？」
そんな報告にも動じないヒカルが問いを重ねると、伊達は軽く首を振る。
「いや、まったく別。中側だな」
「ふむ……原因が移動したのか、何か条件があるのか………体当たりでいくしかないか」
情報重視の気があるヒカルが不快そうにぼやくのを、元々突撃タイプのレオナが笑い飛ばす。
「大丈夫だって、ボクが負けるはずないない」
「だがレオナ、今回は危ないのは……」
「私と、レオナが大変かな、ちょっと」
ユリコが狙われるとした間違いなく自分とレオナだと懸念を口にした。だが、それを言っても止まらないとわかっていた。
「レオナとカトウ、特にカトウは気をつけないとな。レオナより脳みその皺が多いだろうから」
「だぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇっちょっとどういう意味だよっ」
「意味も何もそのままだろ」
こらーっと拳を振り上げてそのまま伊達に突進する。本気で殴りかかってきているのを察した伊達が身軽く後退し走り出した。目的地へ一目散だ。
「っの馬鹿ものっ、少しは自分の身をだな！」
心配した矢先で起こされたこの行動に、珍しくヒカルが真っ先に切れて追いかけ出す。
「……あー、いっちゃった」
「……ああ……ってぼうっとしてる場合じゃないだろっ、いくぞカトウ！！」
レオナの身が危険だ、と叫んでこれまた走り出した守久に、また出遅れたユリコがぽりぽりと頭を掻いた。
「アイね…」
この場合、アイという発音にどんな漢字を当てはめるのかは個人の自由である。
「飛び込んでも、この面々じゃ探知できる人いないと思うんだけどなぁ」
ユリコは、はぁと軽くため息をついて走り出した。
＊＊＊
事前に予測されたとおり、問題の区域に入っても手がかりと思しきものは発見されなかった。
「うー……どうしよう」
「伊達情報だと口ん中が破れててそこから一気に…」
「ちるちるちる〜と吸い出されてるんだっけ」
「……カトウ、お前よくそんな不気味な」
明日は我が身じゃないのか、と呆れる守久と伊達にとうの本人はけろりとしている。
「実際に見ていないからなんとも」
危険は身近になってから感知するタイプだったらしい。どこかのんびりとした容貌に相応しいというかギャップがあると判断すべきか悩みどころだった。
そんな緊張感に乏しい会話を聞きながら、ヒカルは唸っている相棒の傍に立つ。
「レオナ、このまま闇雲に探しても成果はあがるまい」
「う…ん……ん？」
「一旦ひい……」
て、と言おうとした口は虚しく閉ざされた。目の前でぐっと握られた拳が忌々しい。否、どうしてこの相棒は逆境に強いのだと嘆きたくなる。ヒカルは視線を流しかけて意志の力を持ってしてそれを留めた。
「して、何を思いついた？」
「ボクが囮になる」
「却下だ」
「ヒカルっ」
「だってこのままじゃ……」
「いい加減にせいっ、そなたの我侭でカトウまで危険にさらされておるのだぞっ」
「えっと、私は別に」
むしろ役に立てたらいいなぁくらいにしか、と口を挟むユリコだが、二人の空気は緩和されない。
「俺も反対だ。お前自分のこと考えているか？」
自分の危険をちゃんと踏まえてているのかと、苦虫を噛み潰した顔で守久も口を挟む。それを受けて少しだけ怯んだレオナは伊達に目をむけた。
「ん？ 俺は中立だ。お前がどっちを選んでも援護してやるって、心配すんな♪」
「私は……賛成、かな。ただ囮には私も使って」
「カトウっ」
ヒカルの非難する口調に怯まず、ユリコは苦笑した。
「そりゃ怪我はしたくないわよ、修理代だって馬鹿にならないし、命だって大事。だけど…そうなるとは限らないわ」
死ぬとは限らないし、怪我するとも限らない。
「そうだよっ、ヒカルだってボクを守ってくれるでしょ」
もちろん自分も戦う。だけど助けてくれるだろうと言い切られてヒカルはすっと眦を吊り上げた。横で見ていた伊達と守久、二人の男はその迫力に半ば以上押されているが肝心の二人は少しも怯まず見つめている。
気迫勝負に負けたのは人数の関係なのかヒカルの方で。
「よかろう……不本意だが、な」
「ってことは俺の意見も必然的に流れるわけか」
ヒカルと同様反対を唱えていた守久は渋い顔でため息をついた。ここで身を翻し帰れるはずもなく、またレオナだってそんなことちらとも考えていないだろう。結論としてはヒカルと同一に落ち着く。
「まぁ、俺はもとからお前の護衛に来たわけだし、何がかわるっとわけでもないから…」
「よぉし！！」
全員の賛同を得てはしゃぐレオナの横で、守久は力なく頷いた。はぁ、と吐き出す息は深くゆるやかで、それ故に鼓膜への振動伝達がゆるかった。
「…………」
ふいに動きを止めた守久に真っ先に気付いたのはレオナだ。
「龍樹？」
「おいどうしたー」
「具合悪いの？」
「…何か見つけたか？」
この中で曲がりなりにも探知ができるのは守久だけだ。葬兵術で聴力を高めた周辺探査。いや、オールサイバーのレオナやユリコも同様な動きができるはずだが平常から高い能力は、異質な音をそうと捉え難い。
「…囲まれている」
ぼそりと零した後に拳を突き出した。突き飛ばすなどという優しい動きではなく、殴り飛ばすに近い動作だ。近距離だったレオナはそのモーションに気付いてとっさに回避し、半端な位置にしたユリコはかすって転倒した。どちらの行為が妥当だったのかは次の瞬間に現れた。
「―――ぐっ」
くぐもった声を上げてレオナが崩れるようにしゃがむ。ヒカルが駆け寄る先に視界で動いたモノに銃口を向けた。躊躇はない。銃身の上部にあるリア・サイトなぞ不要といわんばかりの早撃ちだ。
ガゥン、と響く音は空気に拡散する。ソレを合図にしたように、膝をついていたユリコが地面を蹴った。
「いい拳だったわよっ」
掠っただけにしては威力があるパンチだったと言いながら、襲撃者を蹴り飛ばそうとした。寸前でかわされる。
「カトウっ避けろ！」
伊達の声に押されるようにして横に転がると髪がざっと流れた。空気が撓んだような、感覚。視線をあげると空間が歪んでいる。歪みが浸透するように流れ敵にぶつかる。
「ソニックブーム、ね」
衝撃を受けたソレが動きを止め、ようようと全員はその容貌を知ることが出来た。
それはアリクイのような長いを口をしていた。体躯が大きいいうほどではなく、少なくとも、レオナが予想していたよりは小柄な。その代わりに敏捷性に長けたタクトニム。
しゃがんだ体勢のままそのタクトニムを睨むが、傷は深かった。肩を庇いながら立ち上がったレオナは、自分の前に立つ守久を怪訝な目で見た。
「お前はそこで警戒してろ」
「ボクだって戦える」
「その肩でブレード振り回せるか？」
MS用のブレードはあがらない肩で扱えるほど使いやすい武器ではない。それを知っているレオナは言葉につまり、それでもと前に出ようとした。
「それに、な……言ったろ」
前ばかりに気を取られるなと付け足して、守久は刀を持っていない左手で錐状の薄刃を投擲した。
「囲まれてるってな！！」
投げられた武器はレオナとの距離を図っていたタクトニムのタイミングを外す。それに身構えたレオナと背中合わせになった守久は、呼吸を整えた。ぴりりとした感覚がある。世界が薄皮一枚はがれていくような。むき出しの神経がさらされているような。
外界が酷く鮮明に理解できる、感覚。
自分を無視してレオナに向かっていく敵を見据えた瞬間、全ての空気が加速した。明鏡止水の刃が抜き放たれ、翻り、それを追う様に鞘が走る。計三体のタクトニムが地面に落ちた。
「――っと、龍樹邪魔っ」
幼馴染の活躍をみていないレオナは肩をかばうのを止めて敵を迎え撃っていた。片手だけの動きではたいした威力が出せないと、体全体を捻るようにして自分に向かってくる敵に拳を突き出す。かわされる。けれどそのまま横に薙ぐ。
腕に掛かる感触がして二体が吹き飛ばされた。
邪魔扱いされてじっとりとした目をする守久の耳元で風切り音が鳴る。咄嗟に振り返ると銃把を握ったヒカルが淡々とマガジンを交換していた。
「こら、トドメはさしておけ」
「ヒカル〜、こっちも」
「了解した」
ポイントした直後に引き金を引き、タクトニムの頭部を破壊するとヒカルは気難しげに目を細めた。
「動きがはやいからな、一瞬でも止めてもらわんと……」
「じゃぁボクたちが叩き落すからヒカルがトドメでよろしく。いくよ、龍樹」
「…………ああ」
敵が回りにいるのになんだか泣きたい気分だと呟いて、守久はユリコと伊達の援護に向かった。
＊＊＊
「何体か逃げられちゃった…」
「いや、これだけでもしとめられて行幸と見るべきだろう」
事前情報も少なかったのだ。敵の正体が分かっただけでも成果といえよう。そう判断を下すヒカルにレオナは渋々頷く。彼女としては殲滅にまで持ち込みたかったらしい。
「この死体もって帰れば他の奴らも警戒するだろうしな」
「そうね、たしかに凄く素早くて不意を打たれたら負けるかもしれないけど…探索ができる人、接近戦の人、狙撃の人が一人ずついれば何とかなるわ……数はともかく」
これで被害者も減るだろうと笑うユリコは死体の傍でしゃがんでいる伊達に気付いた。
「どうかしたの？」
「ああ、いや……何か…………ああ！」
「伊達？」
ヒカルが問うと、やけにすっきりした顔で伊達が自分の持ってきた調査書をめくりだした。
「これだな、いや一応思ってきていたんだが……途中で話が終わって忘れてた」
ぺら、と見せられた紙面に全員が視線を寄せる。
「…これってさぁ、もうちょっと早く、ねぇ」
「お前これから全部言えよ」
「ふむ、まぁ目撃数も多くないようだから仕方ないといえばそうだな」
「ここってこんな怖いのもいるのねぇ……帰りにこの銃とか何か武器探していってもいいかしら」
今までどおりのオートマチックでは心もとないとぼやいたユリコに、レオナはここぞばかりに巨大武器のすばらしさを解きだした。
それに対し、治りかけている肩を指差した守久は片手でも使える武器を一つくらい身につけろと怒鳴り、ヒカルが諦念の目で騒乱を見ている横で伊達は資料をもう一度眺める。
シンクタンク名鑑：【ブレインイーター】
アリクイのような長い口を持つ形状が特徴。
オールサイバーの口腔内から強靭な舌で頭蓋を貫通、一瞬で目標の脳をシェイクして食らうため一切の外傷が残らない。
それをもとに対象の脳から脳内麻薬物質を抽出するための特殊な用途のＴＴである。隠密性が高く恐ろしくすばやい。数匹で行動する。
「まぁ、対策も分かったことだし、いいか」
かりこりと首筋を掻き、書類をくるりと纏めると懐にしまった。
2005/10/...
■参加人物一覧
0536 / 兵藤・レオナ / 女性 / オールサイバー
0351 / 伊達・剣人 / 男性 /エスパー
0627 / 守久・龍樹 / 男性 / エキスパート
0541 / ヒカル・スローター / 女性 / エスパー
0707 / ユリコ・カトウ / 女性 / オールサイバー
■ライター雑記
ご依頼ありがとうございました。有馬秋人です。
ひ、久々のアクションモノ？ と首を傾げつつ書きました（笑）。
今回はラストの指定が特になかったのでなるだけ穏便にしめさせていただいています。
色々拙い部分もあるかと思いますが、この文が娯楽となりえるよう祈っています。
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