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<東京怪談ノベル(シングル)>


□ 目覚めへと近づく夢の中で □



 薄暗い空はここではごく自然な風景だ。
 今日は珍しく雨の降る日になっていたらしく、少し蒸し暑さが残っている。
 薄汚れた世界を少しでも洗い流すような雨は見ているぶんには良いが、出かけているものにとってはあまり嬉しくないものだ。

 どこだろう。
 ずっと探している彼は。
 夢でも現実でも探している自分がわかる。

 朝が始まり、本格的に活動するひとも多いなか、ラーフ・ナヴァグラハは外の蒸し暑さとは無縁の中、心地よさげに眠っていた。
 色鮮やかな金髪に寝癖をつけ、今は閉じられて見えない蒼い瞳は年齢相応ではなく、少年の様なあどけない寝顔を見せている。
 昨夜、というより今日になっていた時間帯に眠ろうとしたときに前もって空調を作動させていたために、いまだ室内は冷たさが残り安眠をもたらしていたようだった。
 眠りの浅くなったラーフは、簡素なデザインのパイプベッドに横たえていた身体を動かし、もう少し寝るのに良いと思う位置をもそもそと探し、身体をその位置に落ち着けた。
 しゃらりと首にかけられているドッグダグが適度に鍛えられたラーフの小麦色した胸の上をすべり、シーツへと流れ落ちる。
 パイプベッドのヘッドに無造作に引っ掛けてあった軍支給のカーキ色のジャケットが危うい均衡を保って引っかかっていたのだが、動きの振動で床へと。
 その音さえも心地よいBGMであるらしく、いまだ起きる気配はない。
 頭の中では起きていると思っていても身体はいまだ睡眠を望むのか、そのまま本格的に夢の中へと戻ろうと夢心地の中考えつつ、現実と夢の中をいったりきたりとしていたが、聞こえてきたのは何処かで聞いたことのあるメロディだった。
 複数で口ずさみ、綺麗に重なる声に嬉しい気分になり、しばらく耳を傾けていたが、そのメロディに心当たりのあるラーフにとって、それはどこか歯がゆく感じた。
『そこはそうじゃねえだろう』
 思い出せそうで思い出せない微妙な気配を感じる。
 フレーズを口ずさむことによって思い出せないかと続けるのだが、一度ループしているメロディから抜け出すのは容易ではないらしい。
 少しの間をおいて聞こえてくる声に耳を傾け、再び同じメロディへとループするのを、ラーフはそうじゃないと、何処かで口ずさんでいる者達にどれだけ代わりにメロディを奏でてやりたいと思ったりした。
 が、それはそれで彼らには楽しいやり取りになっているらしく、その気持ちを感じ取ったラーフはメロディを奏でる人物に何故か安心した。
 その続きをラーフは夢の中で口ずさみつつ、現実へと浮上する。
 瞼を開けると印象的な蒼の瞳が現れた。
 寝ぼけていて完全には目覚めては居ないらしい。
 ラーフは打ちっ放しの素っ気ない壁を眺め、サイドテーブルに置かれたミネラルウォーターが入った瓶を手にすると、喉に流し込み渇きを満たした。
 涼しかった室内は昼間の外気温に負けてしまったらしい。
 室内はじわじわと暑さに浸食されていたが、ラーフが気になっていたのは今まで聞こえていたメロディが途切れてしまったことだった。
 耳を澄ましても既に遠くにいってしまったのか何も聞こえない。
「なんだ、どっかにいっちまったのか。仕方ねぇ……か、誰か気になって顔みてやりたかったんだが」
 瓶をパネルの割れた床に器用に安定させて置き、空調を作動させると再び夢の中へと、夢の続きを見ることが出来ればいいと心の何処かで思いながら、眠りについた。



 目覚めた時には昼はとうに過ぎていた。
 腕につけたままのアーミーウォッチで時間を確かめる。
 しかし、ラーフは慌てることもなく、寝起きで収まりの悪い金髪を掴むようにして手ぐしで整えると、ゴーグルをバンダナのようにして身につける。
 なかなか居心地の良かったベッドから、名残惜しげに離れると床に落ちていたジャケットを拾い、手で埃をはらって迷彩柄のタンクトップの上に羽織った。
 必要なものしかおいていない室内はラーフの性格をあらわしている。

 何が必要でなにか不要か。
 嘘と真実。
 数々の出会いの中で、見つけると決めて探している男はいまだ見つからないが、いつかは見つかるはずだ。
 こんなにも求めているのだから。
 報われないなんてことはないのだ。

 洗面所で顔を洗い、すっきりと明るい表情を浮かべた自分の顔を眺める。
 久しぶりに心の底から笑みを浮かべている自分に驚きつつも、夢の中で聞いた声にどこか安心感を感じたのが原因だろうかと考えた。
 たまには良いかと楽天的に考えると、気分も軽く上向きになる。
 いつも誰かを捜している身としては、誰かに囚われている自分も別段構わない。
 だが、囚われることのない日もあっても良いんじゃないかと思う。
 気持ちの持ちよう次第だが、何かきっかけになるような出来事はいつでも外に転がっているのだから。
「さて……っと! 出かけるか」
 ラーフは頬を両手で軽く叩き、完全に目が覚めるように自分に刺激を与えて、一時の住まいを後にした。



 住まいには何も食糧らしいものをおいてなかったので、空腹を満たすべく軽食を食べることのできる店が多く軒を連ねる通りへと足を運んだ。
 保存の利く食べ物は割合にして高く、ラーフとしては一人で住んでいるのだから、食べに出ればいいだろうという考えだ。
 料理自体は不得意ではなかったが、喜んでくれるものも居ないのだから作り甲斐があるわけもなく。
 冷たくて美味しいコーヒーが飲みたいと思い、美味しそうな珈琲の匂いに誘われて、レトロなベルが取り付けられた扉を開けた。


「いらっしゃい」
 店内を何気なく見渡し、テーブル席ではなくカウンターへと足を運び、店主と向かい合うようにスツールに座る。
 カウンターにガラスコップに満たされた水を置いた店主に、
「お腹すいてんだ、何か食べ物とアイスコーヒー」
「コーヒーの種類はこちら任せでよろしいでしょうか?」
「ああ。別においしけりゃ何でも、任せる」
 専門店なのかと、店主が用意し始めたのを何とはなしにみていたが、段々と興味が湧いてきたのか自分の注文したアイスコーヒーが出されるまでじっと見つめていた。
 店主の流れるような仕草が良かったのかも知れない。
 何はともあれラーフは香りに違わない美味しいアイスコーヒーを飲み、余程お腹空いていると思われたのか、サンドウィッチの他にこの店ではつかない山盛りのフライドポテトが添えられていた。
 店に訪れる客は種類の多い珈琲を純粋に味わう為に訪れて時間を過ごしていくのがほとんどだ。
「ポテトの方は初めて来店して下さったということでサービスさせていただきます」
「お、そう? じゃ、遠慮なくいただくぜ」
「本当は手作りでするのがこの店のポリシーなんですが、このポテトは加工食品でして。お客様にお出しするものとしては、普段メニューに無いものなのです」
「そうか、ま、冷凍ものでも揚げ方がいいのか結構うまいぜ? メニューにないなら仕方ないな、結構気に入ったのに」
「ありがとうございます。このようなものでよろしければ、お客様用に保存しておきますが」
「家から近いし、頼もうか」
 自分で作るのが面倒なラーフは良い場所を見つけたと内心喜んだ。
 自然と口ずさんでいたメロディに店主は顔を上げた。
「おや、そのメロディ何処かで聞いたことが」
「探してんだけど、見つからないんだよな」
「見つかるといいですね」
「あぁ」
 本当にな。
 見つかると良い。

 居心地が良いのかラーフはそれから暫くの間時間を過ごした。



Ende