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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


■ドールハウス−ラスト・ドーリィ−■

 夏もそろそろ終わりに近いな、と、シノム・瑛(─・えい)は夕陽を横から浴びながら、うぅんとのびをする。
 プラハ平和条約機構“エヴァーグリーン”の仲間達と別れを告げ、いつものように宿舎へ帰るためにジープを置いてある場所に、歩いていく。
「!」
 その足が止まったのは、ジープの前に人がひとり、いたからだった。
 そう、ガタガタと───ヤバい薬でもやっているのかと思わず眉をひそめてしまうほど、怯え震えている男が。
 ジープの横側を背にしてうずくまり両足を投げ出したように座り、こうべを垂れている少年に縋るように立っていた。
「なんか俺に用か?」
 相手を落ち着かせるためには、まず自分が落ち着いた態度を取る事だ。
 瑛は呑気な口調でそう尋ね、ゆっくりと近づいていく。
「た、」
 男は口をぱくぱくさせていたが、ようやく声を出した。
「助けてくれ、この子を───助けてくれ」
「───?」
 歩み寄って「どうしたんだ?」と少年に尋ねてみるが、返答はない。
 男が、叫ぶように言った。
「抜け殻なんだ!」
「抜け殻?」
「抜け殻なんだ、中身がないんだ! この子に罪はない、なのに連中はこの子を利用しようとしてる、自分達の復讐の要のために! 頼む、どうかこの子の『中身』を取り戻して本来のこの子に戻してやってくれ!」
 どうも、意味が把握できない。だが、男の様子で何かの非常事態であることは察することが出来た。
「分かった、とりあえず詳しい話を聞かせてくれ」
「もう駄目だ、時間がくる」
 男は、ガタガタと震えながら少年と瑛から離れていく。
「? 時間?」
 一歩、踏み出そうとした瑛に男は、「来るな!」と強く叫ぶ。
「頼む───その子の名前は、『ヴァイスヴァルト』。唯一『シュバルツヴァルト』に対抗できる、存在なんだ、頼む! ドールハウスを再興させたら死者が何万と───」
 ぐ、と男の瞳孔が開く。
「!」
 瑛は咄嗟に少年をかばっていた。

 カッ……───

 閃光弾を浴びたように周囲が光り、男は瑛の背後で爆発した。
「時間───爆弾───ドール、ハウスだと……?」
 まさか、こんなに時間が経っているのに。
 ひやりと、冷や汗が瑛のこめかみを流れていく。
 否。
 ───これだけ時間が経てば、「充分準備が整っているはずだ」。
 ひらり、と男の意思を継いだように、男のポケットにでも入っていたのだろう、名刺のようなものが足元に落ちた。
「ドールハウス研究員……ノイス・チェンラン───」
 何故、自分に託されたのか。
 それは以前、マーロウ・ニイムラという青年に言われたことに関係がある気がした。
『過去の「ドールハウス」についても感情を持ってくれた、「人形師」は驚いたんだ』
 マーロウ・ニイムラは、やけに子供っぽい言い方をするアイズ・ニイムラが瑛に好意を持っているようなことも言っていた。
 だからこそ、瑛にこの「鍵」である「中身がない」という少年を預けていったのだろう。
 改めて少年の顔を覗き込むと、美しい顔立ちをしてはいたが、その瞳は固く閉ざされたままだった。
「───これが、最後の接触であればいいんだがな」
 ぽつりと、今までの「ドーリィ」達の哀しみを思い返しながら、瑛はつぶやいた。




■Factor 1■

 夕陽が傾きかけた頃、瑛の背を「みゃっほ〜!」と、ぽんと叩いた者がいた。
 場合が場合だっただけに飛び上がるほど驚いた瑛だったが、そんな瑛の反応にきょとんとしたのは、外出から家に帰る途中だったプティーラ・ホワイトである。
「ビックリしたぁ。シノムちゃんがそんなに驚くなんて、なんかあったの?」
 そして目敏く、ジープの横側を背もたれにしてうつむいている、ぴくりとも動かない少年を発見した。
「あちゃ……この展開ってもしかして、また『ドールハウス』絡み?」
「相変わらず察しがいいな、プティーラは」
 苦笑しつつ、とりあえず少年をジープの中に入れようと持ち上げかけた瑛は、もうひとり、木陰を選んで歩いてきていた見覚えのある青年を見つけた。
「久しぶりだな、クレイン」
 長身の青年、クレイン・ガーランドは、先に見つけられて苦笑した。
「以前姿を見かけなかった時にあなたは事件に巻き込まれていましたから───多少心配になりまして、お会いしに行こうと思っていたのですけれどね」
「正直ありがたい状況ではあるんだが、お前さんも心配なんだよなあ」
 色々とな、と瑛は頭をかく。
 今回の事を話そうとしたところ、建物の陰から出てきた者がいる。
 悪びれなく、こう言った。
「すまん、出先の途中でちょいと見ちまったんで出るタイミングを見計らってた」
 銀髪に青い瞳の、やや横柄な印象を受ける青年の片目は刀傷を負っていた。
 その青年に見覚えがある気がして、瑛は「ひょっとすると」と声をかける。
「気のせいかエヴァーグリーンのデータバンクで見たことのある顔だな……以前所属とかしてたか?」
 毎度のことながら、瑛の情報能力には凄いものがある。
 まあな、とあまり触れられたくなかったのか青年は生返事をし、
「ツォン・ラザフォードだ。宜しくな」
 と名乗ったので、瑛も含め3人は自己紹介をした。
 その後、瑛から詳しい話をざっと聞き、今までの事件を知らなかったというツォンに事情を説明してから、対策を練ることにした。
 多少手立てが荒っぽくなると考えていたツォンだが、事情を聞かされるとそうもいかなくなるな、と思う。
「こういう繊細な事件てのは正直、性格柄あんまり得意じゃねえんだけどな、首突っ込んだのはこっちだし、仕方ねえ」
 要するにこの抜け殻の中のものを連れ戻せってことか、と続ける彼に、「ぶっちゃけて言っちゃうと、そうかもしれないけどね」とプティーラ。
「亡霊の残り香とその怨念に振り回されてるって感じがするなあ。ま、こんどこそは助けたいね、みんな」
 で、この子の「中身」だけど、とツォンも触れていた、恐らくは今回の一番の「鍵」を考える。
「うーん、プーはテレパスでもサイバー医でもないから、素直に情報収集かな。うんっと、『ヴァイスヴァルト』と『シュバルツヴァルト』って言葉の意味と関連性、あと二人を見たっていう人がいないかどうか、目撃者探し、してみるよ」
 それに反応したのは、静かに考えをまとめていたクレインだ。
「確かどちらもドイツ語で、『ヴァイスヴァルト』は『白い森』、『シュヴァルツヴァルト』は『黒い森』だったと思います。関連性は探す必要はあると思いますが……前回のことを考えるに、複雑な裏もあるのでは、という懸念も隠せません」
「複雑な裏っていうと?」
 ツォンが不思議そうに尋ねると、前回のアイズ・ニイムラという人形師であり、ドールハウスの再興を考えている張本人であること、そして事件の裏にあった、瑛のことを気にかけていたことを彼は覚えている限り話して聞かせた。
「世の中にはそんなしちめんどくさいことする輩もいるもんだな」
 ツォンのもっともな言葉に、瑛は苦笑を禁じえない。
「つか、そんなんなら、聞くところによると戦闘的には俺が一番適任ぽいし、ひとり瑛の傍にいたほうが残って護身してたほうがいいような気もするし、俺はここに残ってることにする」
「ああ、そうしてくれると助かる」
 瑛は素直に礼を言う。
 自分だけならまだしも、まだ「なんの鍵」かハッキリしていないこの「抜け殻の少年」も一緒の今は、ひとりでも護身してくれる人間がいるのは助かる。
 プティーラとクレインがそれぞれに立ち上がると、プティーラは目撃者探しを。あまり身体の強くないクレインは関連性探しをすることに分担を決めた。
「気になるのは」
 右手の黒い手袋の状態を確かめながら、クレイン。
「ドールハウスの研究員であったノイス氏が瑛さんに助けを求めてきたということは、ドールハウス内部でも再興を望む者と望まない者がいて、最終段階で決別してしまったと考えるのが妥当だと思うのですが……対になるということは、互いにしか作用しないような感じなのでしょうか、ね……」
 最後のほうはほぼ独り言に近い。
 そうしてプティーラとクレインは、違う道を歩き始めた。



■Factor 2■

「白衣を着た、いやに顔色の悪い男の人と、ぐったりした男の子なら見たけど、それがお嬢ちゃんの探してる人達かねえ」
 店じまいをしようとしていた喫茶店の店主であるおばさんが、目撃者の何人目かだった。
 まだ明るかったこともあり、意外にもかなりの人間が、ノイス・チェンランと少年とを目撃していた。
「疲れているらしくて、うちの店で休んでったよ。そういやあ、30代の男の人でもあんなもの頼むんだねえ。男の子のほうは何も頼まなかったけどね。眠ってたのかねえ」
「あんなものって、なに?」
 プティーラが尋ねると、この店の目玉商品だという、小さなオルゴールにくっついたチョコパフェだったという。
(チョコパフェ? 爆弾仕掛けられてて、もう死ぬって分かってて、シノムちゃんに男の子を託すこと決めてるのにチョコパフェ?)
 もう死ぬと分かっているから、好物のものを最期に食べたのだろうか。
 それにしては、瑛から聞いた話のノイスの様子と、どうも結びつかない。
 ふと思いついて、
「ねえ、おばさん。そのチョコパフェの名前って、なんていう名前の商品なの?」
 と尋ねると、「黒と白の森」だよ、と返ってきた。
 これだ、と思った。



 関連性探しといっても、行動範囲は限られるんですよね、とクレインは思いつつ、前回マーロウ・ニイムラを養子にしていた、ニイムラの血筋と思われるメルナー・ニイムラと最初に出会った場所まで来ていた。
 それでも行動範囲を狭められるということは、クレインの身体にとってはいいことなのだが。
(確か、この時間でしたよね、前に出会ったのも)
 クリスマスのドーリィ達の時に初めて出会ったあの日と、時刻は同じくらいだ。
 ここまで来るのに車を使いはしたが、かなり時間は経っている。今頃、プティーラのほうが早く瑛の元へ戻っているところだろう。
「や、きみは……よく会うな」
 はたして申し合わせたように、メルナー老人は現れた。
「すみません、先回りをしてお待ちしていたのです。───以前マーロウさんの件では、話すことも出来ませんでしたが……御無事で何よりです」
「ああ、あの馬鹿者がきみに何か無礼を働いたようだね、マーロウはそのまま出て行ったよ」
 どうしてみんないなくなってしまうんじゃろうなあ、とメルナー老人はため息をつく。
 いくつか世間話をしてから、クレインは本題を切り出した。
 無論、万が一を考えて今現在自分達に起きていることは、話さないでおいた。
「ドールハウスと『ヴァイスヴァルト』、そして『シュバルツヴァルト』は大きな関連があるんじゃよ。といっても私もマーロウのことがあってから調べて初めて知ったことなんじゃが」
 意外にも、簡単にこたえが返ってきて、少々クレインは面食らった。
「その二つ、確かドイツ語でしたよね? ニイムラ、とは日本人によくある苗字と調べていたのですが、もしやドールハウスの所長達三人はドイツ人とか、なのでしょうか」
「半分ドイツ人、半分日本人だったようじゃよ」
 メルナー老人は、言う。
「所長の三兄弟、その母親のほうが、これが人形に見紛うばかりの美人でな。若くして亡くなったんじゃが、ドールハウスで一番最初に作られたタイプのモデルになったらしい。その母親の名前は……なんじゃったか、ああ、ヴァルト。そうそう、ヴァルトというんじゃ。ドイツ語で森という意味じゃな。男みたいなんだが、故郷に白樺の美しい森があって、彼女のふるさとの者は皆そこを『白い森(ヴァイスヴァルト)』と呼んだらしい。その白樺をな、ニイムラ家に嫁いでくる時にヴァルトは苗木を何本か持ってこさせて植えたらしいんじゃが、ある時火事で燃えてしまっての。黒焦げになった白樺を見て、彼女は『黒い森(シュバルツヴァルト)』とつぶやいて、そのまま自分への悔恨として残したらしい」
「では、彼女の息子達が母親への想いから───」
 思わず口に出しかけて、危うくとどまった。
 メルナー老人に「なんでもありません」と言い置き、その後も少しだけ聞くことを聞いてから、クレインは瑛と少年、そしてツォンが待っている場所へと車を拾って急がせた。
(彼女の息子達が母親への想いから、秘密裏に兵器とは異なる『ドーリィ』を作っていたとしても、考えすぎということはないでしょうね)
 そんな確信を、クレインは持ち始めていた。



 時を少し、遡る。
 プティーラとクレインが去った後、瑛は退屈しのぎにと、爆破から免れた、ジープの中から買い置きの飲み物を二人分とり、ひとつをツォンに放った。
「サンキュ」
 刀を持っていないほうの手で受け取り、礼を言うツォン。
 錬気術というものを扱うという彼は、どこか不真面目にも見えた。
 そこが不思議な魅力にもなっているのだろう、とは思うのだが、内心、どこかで「イチ抜けた」とならないかどうか、瑛はまだすっかり信用しきれないでいた。
 ───その、人形が来るまでは。
 コツン、と足音が近づいてきたことに、瑛とツォンはほぼ同時に気がつき、それぞれに身構えた。
 夕陽も沈もうとしている───いくらまだ暑いとはいえ、日も真夏と違って落ちるのが幾分早い。
 その薄暗がりになろうとしている時に、ゆっくりと、しかし均等な足取りで近づいてきた「彼女」は、無表情のまま二人の前で立ち止まった。
「……ドーリィか」
 左目に天使の商標を確認し、瑛がつぶやく。
 それを聞き取り、この雰囲気から「どうもこいつは敵だ」と判断したツォンは、いつでも破壊できるよう気を高め始める。
「ドーリィ。でもわたしはメッセンジャー・ドーリィ。アイズ・ニイムラから伝言。わたしのお父さんに、その子が必要なの。だから、返してね」
「お父さんてのは、マーロウ・ニイムラか」
 瑛の問いにこくりと頷き、少女はするりと胸元に手を動かそうとした。
 瞬間、刀をしまって銃を引き抜いていたツォンのその銃口が火を吹く。
 二つ、轟音が鳴り響いた。
 少女は無表情のまま、錬気術で高められた銃弾により派手に吹き飛ばされた両腕を見下ろす。
「指が、スイッチになっているの。これじゃ、爆発できないわ」
「ああ、そんなこったろうと思ったよ」
 今まで聞いた内容からと、実際先ほど自分でノイスが爆破したことから推理すれば、このメッセンジャー・ドーリィとやらも言うだけ言って爆破するだろうと踏んだツォンが、不適な笑みを浮かべる。
「爆破しないと、わたしの役目が果たせない。お父さんは、わたしをそのためだけに作ったのだもの」
「帰ってそのアホな父親に伝えな、メッセージ送るだけなら伝書鳩で充分だってな!」
 今時伝書鳩なんぞあるわけがない。
 メッセージを自分達に送るためだけに、ドーリィを作るまだ見ぬ「敵」に、少々怒りを感じたためのツォンなりの皮肉だった。
「でも、わたしはメッセージを伝えるだけの存在。メッセージがないと、」
「ああ、そんじゃあ『お父さん』のところに帰ったら、こう伝えてくれ」
 そしてツォンは自分の首を切る真似をしてみせ、
「ステューピッド(間抜けヤロウ)ってな」
 と、どこで覚えたのか些か品の良くない、だがマーロウには実にぴったりだと瑛が思ってしまう言葉を少女に言い、見事に追い返したのだった。
「なかなかやるじゃないか」
 少女がのこしていった両腕の部品を取り上げ、色々と調べてから、ジープのトランクに入れて、瑛。
「別に」
 口のほうも、なかなかやる。
 ツォンはいくぶん面白くなさそうに銃を弄んでいたが、戻ってきたプティーラを認めた。
「ただいまーっ。ついでにご飯も買ってきたよ! あ、これシノムちゃんの経費で落とせるよね?」
「落とせる落とせる。ありがとな」
 食べるのはクレインちゃんが戻ってくるまで待とう、と言うプティーラは、情報もまだ伝えようとしなかった。
 聞くことができたのは、しばらく経ってから車を降りたクレインが、ようやくジープのところに戻ってきてからだった。




■Factor 3■

 プティーラとクレインから情報を聞き、自分達にあったことも話すと、そこからは軽い話し合いになった。
 プティーラは喫茶店のあとも、開いている店などに寄り、目撃者に聞いてまわったところ、ノイスは瑛に会いに行く途中、かなりオルゴールを扱う店に寄っていたらしい。
「買ったわけじゃなく、ただ見ていただけ、か。オルゴールも何か関係がありそうだな」
「白い森と黒い森、それにドールハウスとやらが関連するらしいってのもこれで分かったな」
 瑛とツォンが、肉のまずい、それでもここら辺ではまだ美味しいと言われている24時間営業の店から買ってきた弁当を食べながら、頷きあう。
「オルゴールといえば、人形の形をしたオルゴールも多々ありますよね」
 まだ面々には表ざたにしていないが、音楽に精通している(瑛にはバレている可能性大なのだが)クレインが、ふと思いつく。
「あっ……じゃあもしかして、この子の『中身』ってオルゴールなのかな? メッセージって、前に、マーロウ・ニイムラっていうドーリィになったドールハウスの再興には必要だって言われてるひとに、このこが必要だっていうことだったよね? 音に反応してなにか再興するためのスイッチが入るとか、機械が動くとか、かなあ」
 問題は「身体」が「鍵」なのか、「中」が「鍵」なのかな、と思っていたプティーラである。
 それを聞いて、瑛は頷いたものだ。
「ああ、なるほど。そんな考え方もできたか」
「うん、ほら。『鍵』だったとしたら、『錠』もあるはずで、『鍵』が『中』で『錠』が『身体』なら、『ヴァイスヴァルト』は『鍵』で『シュバルツヴァルト』は『錠』ってことになるのかなって。でもね、どのみちこの子を助けるには、そのどちらでもない子にしないといけないのかなって思ったの」
「メッセンジャー・ドーリィの言葉を考えるならば、プティーラさんの推理に当てはめるのなら、マーロウ氏が鍵か錠、そしてこの少年が鍵か錠か、と考えられますね」
 きれいにお弁当を食べ終えて、クレイン。
「前回アイズ氏は瑛さんのことを気にかけていましたからね。この少年、この状況、瑛さんがどう処遇するか、その仕方をみているのかもしれません」
 そして立ち上がり、ジープにもたれかけさせたままの少年に「失礼します」と一言いいおき、顎をつまんで顔を仰向かせる。
 初めて、その顔が美しいものだと月の光で分かった。
 まぶたはきっちりと閉じられていて、手で開こうとしてもうまくいかない。
「中身を入れないとだめなんかな」
 ツォンの言うとおりかもしれなかった。
「刻印が入っているかどうか、確かめたかったのですが」
 無理にこじ開けようとすると、毀れてしまいそうで、クレインは諦めた。
「んじゃ、とりあえず急ぎみたいだし、マーロウだかアイズだかってヤツのとこに行ってみるか?」
 こちらも食べ終えたツォンがそんなことを言ったので、思わず全員の視線が彼に注目する。
「ああ」
 説明してなかったな、と彼は言った。
「さっき瑛が一瞬余所見した時、ドーリィの女の子の姿がすっかり消える前に、飛翔旋放っといたんだ」
 飛翔旋とは、刀から中距離程度の追尾する気の刃を放つことが出来るのだという。
「……実に便利だ」
 瑛が感嘆のため息と共に言い、全員に、ジープに乗り込むように指示をした。



■Last Good Night......■

 ───いやだ。
 ぼくはぼくだ、性別だって違うじゃないか。
 顔だけその人に似てるからって、ぼくを「キィ」にしないで。
 お願い、眠らせてよ!

「……!」
 強いその思念に、ジープの中、運転する瑛以外の者が眠る中、少年の記憶があるのかどうかテレパシーで探っていたクレインは、思わず閉じていた瞳を開いた。
「眠れないか?」
 バックミラーごしに瑛がちらりと視線をよこす。
「あ……いえ。大丈夫です」
「そうか」
 それ以上、瑛は聞いてこない。
 テレパシーを使うことはクレインにしてみれば珍しいことなのだが、できれば目覚めさせることができたなら、と思った。
 そうすれば、対になるものの居場所が分かるかもしれない、と。
(そう簡単にはいきませんか……しかし、今の思念は一体……)
 この少年のものだろうか。それとも、少年が聞いた何者かのものなのだろうか。
 クレインはもう一度、目を閉じた。



 同じ頃、プティーラは眠りの中で、「天使の瞳」による夢を見ていた。

 あたり一面、業火だ。
 たくさんの未完成のドーリィ達、崩れ落ちていく建物。
(あ)
 どこかで、音が鳴っている。
 美しく、ゆったりとした癒されるような……そんな、きれいな音色で。
 そうだ、これはオルゴールの音。
<ぼくは死にたかった>
 不意に音を邪魔するように、そんな無機質な声がして。
 プティーラは、夢の中で振り返った。
 そこには、「中身のない」少年が立っていて。
 手には、オルゴールが。
 そして、何かを取り出したかのように、その身体に───大きな、穴が開いていた。
<ずっと、───待っていたんだ。この時を>
 業火の中、逃げようともしない。
 大きな穴。何を取り出したのだろう。
(何を待ってたの?)
 そんな、無機質な声で。
 哀しい瞳で。
 ああ、
  ───この瞳。
 どこかで───どこかで、見たことが───。



 プティーラ、と起こされた時には、ジープは止まっていた。
 蒸し暑かったのか、夢のせいなのか汗をかいていた。
「よく眠れたのは俺だけか?」
 ふあぁ、とあくびをして、いかにもこれから一仕事するぞといった感じのツォンである。
 追尾する気の刃を辿れるのは当然のことながらツォンしかいないので、時々は起こして道を聞いていた瑛だが、どうやら目的地は正しかったようだ。
 かなり街の外れに来ていて、時間は真夜中の3時をこえている。
 大きな、いかにも研究所といった感じの建物と、その背後には広大な森が広がっていた。
 プティーラとクレインから、ジープの中で少年の記憶を探っていたこと、そして夢の内容を聞いた瑛とツォンだったが、とにかく悲劇だけは避けたいな、と意見が合致した。
「これ……白樺だね」
 かなり貧弱だけど、と、一本の木に近寄り手を当てて、プティーラ。
「弱々しいですけれど、この御時世にこれだけの白樺並木、珍しいですね」
 クレインはまぶしいものでも見るかのように目を細める。
「どうでもいいけど、この建物の中から殺気がぷんぷんにおいやがるぜ」
 ツォンが、クレインとは別の意味で目を細めつつ建物を見上げた。
「入るか」
 多分、入り口は簡単に開くだろう。
 そんな気がして、瑛は真っ先に足で扉を蹴り開けた。
 案の定、だ。
 あっけないほど簡単に扉は彼らを招きいれ、煌々とした電気のもと、アイズ・ニイムラとマーロウ・ニイムラ、そしてマーロウが作った両腕のないメッセンジャー・ドーリィが待っていたように佇んでいた。
 だが、瑛達はアイズ達よりも、その背後の光景に目を奪われていた。
 何十体もの、目を閉じた、様々なドーリィ達がひとつひとつの台の上に寝転がり、目覚めを待っていたのだ。
「鍵───キィ・ドーリィを作ったノイスのヤツが裏切るとは思わなかったからさ」
 マーロウが、笑みを浮かべながら言う。
「苦労しちゃったよ。ねえ、『人形師』」
「───うん。マーロウをせっかく活かせる時期がきたのに、鍵がなくちゃ仕方がないから」
 相変わらず、子供のような言い方をする、アイズ。
「残念だけど、」
 瑛は背負っている少年をわざとらしく背負いなおしながら、彼らを睨みつける。
「キィ・ドーリィとやら、このまんまじゃ役に立たないみたいだぜ? 中身がないからなあ」
「知ってる。ノイスが誰かに盗まれたんだ」
 アイズは無表情に、瑛に近寄ってくる。
 ふとその言い方に違和を感じる、プティーラ。
 クレインも以前のこともあり、アイズの言動ひとつひとつに注意を払っていた。
「おっと」
 自分も近寄ろうとするマーロウを、ツォンの銃が通せんぼする。
「うっかり妙な真似でもされたらたまんねえし、近寄らないでくれっかな」
「一般人にはわかんないのなあ」
 マーロウは、仕方のない、といったふうに嘲笑する。
「ドールハウスの再興。これってすごいことなんだぜ? この俺もようやく役に立てるし」
「んなもん、知るか」
 ツォンの言葉に続いて、クレインが口を開く。
「実際、ドールハウスが再興して、何がどうなるというのです? 兵器ですか? 争いのために? それは本当に貴方達の心の平穏、目的なのですか?」
「そうだよ」
 瑛が、真正面まで来たアイズの瞳をまっすぐに見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺はドールハウスの事件にずっとかかわってきた。だから、分かる。いや、分かる気がするんだ。
 お前を崇拝してるマーロウは本気だろうが、アイズ。お前の真意は別にある気がしてたまらないんだ」
 だってそうだろう?
 瑛は、アイズにテレパスで語りかける。
 それは、プティーラとクレイン、ツォン、マーロウ。そしてドーリィ達にも一体も余さずに聞こえた。
<だってそうだろう?
 お前達は反発して、兵器としてのドーリィを作るのをやめた。心あるドーリィ達を秘密裏に作り、可愛がった。家族のようにだ。
 それを爆破されたからって、今更、誰も覚えてないようなドールハウスを再興して復讐するのか?
 それは、
 それは本当に───『お前の母親』が望んだことなのか?>

 カシャン、

 語りかけるのに夢中になっていた瑛は、一瞬のうちに自分の背から降ろされた少年にハッとした。
 今の音は、逸早く気づいたツォンの銃がアイズにつきつけた音だった。
「やっぱり、」
 アイズはそして、
「やっぱり、お前はぼくのおもったとおりのニンゲンだった」
 初めて、笑った。



 アイズはそして、一瞬のうちにいくつかの行動をした。
 自分のマントの中から、そのふくらみで隠していた小さなオルゴールを出し、少年の胸に大きな穴を開け。
 オルゴールと共に、小さな螺子を入れた。
 とたんに、アイズの身体が糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「『人形師』!?」
 驚いたマーロウが支えるが、既に脈すら感じない。
「ぼくは、ここだよ」
 声は、
  少年から、聞こえた。
 少年───そう、
       キィ・ドーリィから。

 そして、

   オルゴールは、動き始める。



 オルゴールが静かな音を流しだすと、まさにそれがスイッチだとでもいうかのように、ドーリィ達が爆発を始めた。
「あ───!」
 プティーラが、小さく悲鳴を上げる。
 そうだ。
 これが、さっきジープの中で見た、夢。
「アイズ、お前───最初から再興なんて考えてなかったのか!?」
 キィ・ドーリィの「中に入った」、自らがノイスから盗んだオルゴールを鳴らしながら、アイズは無機質な声で、哀しげな瞳で瑛達を見る。
「ぼくは、小さな頃から『お母さん』に瓜二つ、生まれ変わりだといわれてきた。無理矢理ドーリィにされた。ドーリィとしてぼくにつけられた名前は、『キィ』。すべてのドーリィ達の動きを止め、動かす鍵。『お母さん』の作ったオルゴールと対になって初めて、それができる。だからオルゴールはずっと、大事に受け継がれてきた。ニイムラの血筋の誰かの『中』に、ずっと隠されてきた。最近ではマーロウの中にあったから、だからマーロウは必要だったんだ。ノイスは、使えるようにオルゴールのなおしをしてただけ」
「ずっと───生きてたのか」
 ツォンが、その年月の長さを思って、めまいがしそうになった。
 ずっと、生きていた。
 ドールハウスが爆破される前から。
 ドールハウスがこの世に作られ、母親であるヴァルトのタイプのモデルであるドーリィが作られた、恐らくはその時から。
「『シュバルツヴァルト』はオルゴール、そして対抗できると言われたのがその身体───『キィ』という名前のドーリィ、アイズ・ニイムラである貴方だったのですか」
 確かに、身体がなければオルゴールはそのまま、朽ち果てていくだけだろう。
 クレインの推測は当たっているようで、アイズは何も言わなかった。
「ねえ、逃げよう?」
 プティーラが、飛んでくる火の粉から逃れつつ、出入り口を塞いでいるアイズの手を掴む。
「こんなところにいたら、死んじゃうよ」
 言ってから、ハッとした。
 何故なら、プティーラは。
 その言葉の次に発される台詞を、知っていた。
「ぼくは死にたかった」
 ああ、───、これは。
「ずっと、───待っていた。この時を」
 これは、正夢。予知夢でみた台詞そのもの。
 止めなければならない。
 今度こそ。
「ひとつだけ、お聞きしてもいいですか、アイズさん」
 クレインが、咳き込みながら、アイズを振り返る。
「瑛さんがあなたが望む死へと誘ってくれる、唯一希望を託すことの出来る人間と判断したから、長く生きてきてのにこのような行動を取ったのでしょう。でも、そうでなければ貴方はどうしていましたか?」
 その問いに、アイズは短く、
「瑛を殺し、また次の『希望』を待つために生きた」
 と、応えた。
「お前がどれだけ苦しかったか、俺にはわかんねえ。でもな、」
 ツォンがあっという間にアイズを抱え上げる。
「ここまで長く生きたんなら、幸せになんなきゃウソだろ!」
 そしてそのまま、外に走り出る。
 続くようにして瑛がクレインとプティーラを引っ張って走り出て、まだ戸惑っているマーロウを叱咤して両腕のない少女のドーリィと共に建物から出させ、ジープに全員なんとか乗せると───出来るだけ離れようとして、だがそこで建物は限界のように凄まじい音を立てて弾け飛んだ。
 火が飛び移り、森を燃やしてゆく。
 ジープにも火の粉が飛んできたが、危険はないと判断し、今度こそドールハウスの最期を、彼らは見た。
「幸せ?」
 アイズは抑揚のない声で、ツォンの背からジープの椅子へと腰掛けさせられながら、尋ねた。
「ぼくに、そんなものが許されるの?」
「死んだら駄目だろ!」
 強く言ったのは、意外にもマーロウだった。
 マーロウは確かに、アイズだけを必要としていた。
「『人形師』が死んじゃったら、俺はどうすればいいんだよ。幸せがどんなものかわからないけどさ、死んだら駄目だ。だって『人形師』、あんたは俺を助けてくれたじゃないか」
 強く強く、抱きしめられながら。
 アイズは───それは限りなく人間に近く作られたからなのだろうか、それともオイルか何かなのだろうか───商標のない瞳からぽろぽろと無表情に涙のような液体をこぼしながら、小さく、言った。
「許される、の───?」
「貴方はずっと苦しかったのですね」
 クレインは、それ以上のことを自分という人間が言ってもいいものかどうかためらい、言うことが出来なかった。
 かわりとばかりに、プティーラが言ってくれた。
「苦しかったぶん、死んでったドーリィ達のぶんも、償うためにも、生きて。生きてよ、お願いだよ」
 彼女もまた、強く、アイズの手を握り締めて。
「俺もよくわかんねえけどさ、」
 ツォンは、まるで罪も苦しい過去も呑み込んでゆくかのように燃え盛る炎を見つめながら、言った。
「わかんねえけど。でも、心あるヤツは幸せになる義務っての? あると思う。権利じゃなくてさ」
 瑛は自分を見上げてきたアイズに気づき、初めて心の底から、彼に微笑んだ。
「俺もそう思う。お袋さんもそれを望んでるさ」
 絶対に。

 そうして。
 オルゴールは、いつしか、
           止まっていた。



 こうして、後に瑛の手で書かれた報告書により、ようやく世間に明らかにされた「ドーリィ事件」は終止符を打った。
 今はアイズはマーロウと共に、瑛の知る、都会の噂も殆ど届かない、のどかな田舎で暮らしている。
 無論、改良され新しい、爆破など起きないような腕をつけられた少女のドーリィも一緒に。
 アイズの身体はマーロウが修理し、穴は塞がった。
 オルゴールは依然としてアイズの身体の中にしまわれたままだが、その後二度と、鳴ることはなかったという。


《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0026/プティーラ・ホワイト (ぷてぃーら・ほわいと)/女性/6歳/エスパー

0474/クレイン・ガーランド (くれいん・がーらんど)/男性/36歳/エスパーハーフサイバー
0602/ツォン・ラザフォード (つぉん・らざふぉーど)/男性/27歳/エキスパート
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、アナザーレポートのリニューアルに便乗させて頂きまして、シリーズ化してしまった「ドールハウス、ドーリィシリーズ」の第四弾、というか最終章です。一応、全ての謎がとけた、という感じにしてみたつもりですが、これで分からない方がいらっしゃいましたら、それはわたしの力不足です、すみません;なにしろ人間関係やらドーリィ関係(?)やらが途中ごちゃごちゃとしてしまいましたので、しばらくは理解するのに整理が必要なのかも……と思うと、やはりまだまだ未熟者だな、と感じます。
最後、マーロウが生き残るとは正直思っていなかったのですが、研究所で密かに作られていたドーリィ達も爆発してしまったのだから、責任も取る意味で生き残った、と思って頂ければ嬉しいです。
まあ、責任はアイズにもあるわけなのですが、彼の場合は一番最初からが悲劇の始まりでしたので、彼も一番の被害者、ということで───。
今回は今までと同じように、もしくは今までで一番、このシリーズの中ではわたしとしてはとても満足のいくものとなりました。物語としても、PC様をどう動かさせて頂くかという点でも、最後の最後ですので一番力が入っていたと思います。
また、今回は御三方とも同じ文章とさせて頂きました。

■プティーラ・ホワイト様:いつもご参加、有難うございますv このシリーズ、最初から最後まで根気よくおきつあい頂けて、本当に嬉しいです。今度こそは、と、「天使の瞳」を「幸せな方向」に、と書いてみましたが、如何でしたでしょうか。
■クレイン・ガーランド様:いつもご参加、有難うございますv クレインさんもこのシリーズ、最初から最後までのおつきあい、本当に有り難うございました。毎度疲れさせてしまう内容だった気がしますが、今回は一番精神的にも神経を遣わせてしまったかな、という感じがします。最後のほうの台詞は、今のクレインさんはまだ言えないんじゃないだろうか、と判断しましたが、如何でしたでしょうか。
■ツォン・ラザフォード様:初のご参加、有り難うございますv 今までの経緯を御存知ない、ということでライター通信にもありましたとおり、瑛に説明をさせて「分かっているもの」として動いて頂きました。能力も使わせて頂きましたが、口調や言動など、ここは違うよということ等ありましたら、今後の参考にしたいと思いますので、遠慮なく仰ってくださいね。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。とうとう終わってしまった、という気持ちもあり、最後まで書くことができた、という達成感もありで少々淋しいような複雑な気持ちではありますが、一番に書きたかったことが今回ちゃんと皆様に伝わっていればいいな、とそれが一番望むところです。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/10/06 Makito Touko