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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【都市マナウス】休日はショッピングに

メビオス零

【オープニング】
 アマゾン川を下ってはるばると。長い船旅だったが、ようやくついたな。
 ここがブラジルのアマゾナス州の州都だったマナウスだ。
 審判の日の後の一時はかなり荒れたが、今はセフィロトから運び出される部品類の交易で、かつて魔都と呼ばれた時代の様ににぎわっている。
 何せ、ここの支配者のマフィア達は金を持ってるからな。金のある所には、何でも勝手に集まってくるものさ。
 ここで手に入らない物はない。欲望の赴くまま、何だって手に入る。
 もっとも、空の下で思いっきりはしゃげる事の方がありがたいがな。何せ、セフィロトの中じゃあ、空も拝めない。
 お前さんもたっぷり楽しんでくると良いぜ。





〜The・Battle Folk Song〜
★@★

 ブラジル、都市マナウス………この国で、今までにない、大規模な格闘大会が開かれる事になった。
 比較的平和なこの都市では、娯楽として毎月様々な大会が開かれている。こういった格闘大会も特に珍しい物ではないのだが、それでも無差別・種族・性別・体重が無視されていると言う様な物はない。
 何処からかこの大会の事を聞きつけて、会場は観客と戦闘系のごつい者達で埋め尽くされていた。
 その埋め尽くされている会場、何万人もの目の前で、二人の男女が戦闘を繰り広げていた。一人は金髪の好青年。もう一人は、弓矢を持った………メイドさん?

「似合ってるのは良いんだけどよ、何でそんな格好してるんだ?」
「五月蠅い!好きでこんな格好してるんじゃない!!」

 放った矢をヒョイヒョイと躱すアルベルト・ルールに怒鳴りながら、呂・白玲は涙目で矢を弓に番え、瞬く間も与えずに放ち続ける。その速さは、怒りと悲しみ、ついでに羞恥心で顔が真っ赤になっているせいで、通常の三倍にまで早まっていた。
 しかし、アルベルトはその矢を次々に躱していく。ボディESPで強化されたアルベルトは、矢の雨を擦り抜けるかのようにして潜り抜けていた。
 段々と間合いを詰めてくるアルベルトに、白玲は焦りの色を見せる。

「こ、このっ!」
「甘い甘い。この狭い間合いじゃ、まず当たらねぇよ」
「この間合いで避ける方が変なんだ!」

 余裕を見せるアルベルトに、周りからの視線に当てられて気が気でない白玲が激昂する。
 二人の間合いは、僅か三メートル強………ここまで近ければ、常人ならば飛んでくる矢を目視する事も難しいはずだ。実際今は三回戦。この狭いリング上でも、今まで白玲の矢を躱す事が出来た者は居ない。
 ……………まぁ、アルベルトは、“常人”とは懸け離れすぎているのだが………
 矢を番えながら、迫ってくるアルベルトから離れるために後退する白玲。だがその後退は、狭いリングによって、呆気なく止められてしまった。

「!?」
「それ以上行くと場外だ。悪いけど降参してくれねぇか?女を殴るのは好きじゃねぇんだ」
「…………するか!」

 白玲が番えた矢を放つ。だが手を離した瞬間に伏せたアルベルトは、矢の下を潜るようにして白玲に迫る。二人の間合いが一気に縮まり、もはや手を伸ばせば簡単に捕まるような距離………

「たぁっ!」

 白玲がを持って薙ぎ払った。しかし白玲は、接近戦では素人である。薙ぎ払われた弓は空を切り、それと同時に自分の体も空に舞う。
 それが足払いをされたためだと気が付いた時には、既にチェックメイトに入っていた。
 叩き付けられた時には、既にアルベルトが踵落としの構えに入っている。

「っ!」

 白玲は迫る攻撃に、思わず目を瞑った。一瞬顔面が潰れたかと思ったが、いつまで経っても衝撃が訪れない。
 ソウッと目を開けると、アルベルトの踵は、白玲の顔面三センチ手前で停止していた。

『カウント終了〜〜!!アルベルト選手の勝利です!!』

 審判がマイクを通して大声でそう宣言し、白玲は負けを悟ったのだった……




★A★

 ………リングにその女性が上がると、特に男性客が大きな声で歓声を上げた。
 リング上に上がった女性は皮のショートパンツに少し小さめのTシャツを着込んでいて、ブラジルが暑いからか動きやすいからか、実に涼しげな格好だった。
 プロポーションが実に見事なため、客の中には既に撮影会を始めている者まで居る。
 その女性と対している男性は、実に戦いにくそうに唸りを上げた。

「ジェミリアスさん。あなたまで参加しているなんて………」
「こういうお祭りって嫌いじゃないから。それにしても大騒ぎになっちゃったわね」
「そんな格好していれば当然でしょう……」

 大道寺・是緒羅はそんな彼女に慣れているからか、特に動揺した風も見せずに、両手にトンファーを構えていた。対するジェミリアス・ボナパルトは、「ヨイショッと」などと言いながら、二メートルにもなる大きな棍棒を片手で持ち上げ、肩に担ぐ。
 ……………会場内の男達を揺るがした絶世の美女が、鬼が使いそうな棍棒を構えている…………
 実にシュールな光景だった。

「……もう少し軽い武器を選んでくださいよ。まぁ、似合いますけど」
「ふふ、良いわ是緒羅。そこまで言うなら看取ってあげる」

 是緒羅の「怒るぐらいなら本当に別の武器にしてくださいよ!!」等という叫びを無視し、ジェミリアスはにこやかに是緒羅に襲いかかった。笑顔で振り下ろされる大きな棍棒。是緒羅はジェミリアスに戦慄を覚えながら、両手に構えたトンファーを交叉させ、その一撃を食い止める。
 重い一撃。沈みそうになる膝に喝を入れて立たせ、すぐにその懐に飛び込んだ。まるで地を這うかのような低い姿勢のため、棍棒をすぐに引き戻したジェミリアスはスイングする事も出来ず、舌打ちしながら是緒羅が振るったトンファーを小さく跳んで躱し、リズミカルな足捌きで間合いを取る。そして、再び是緒羅が迫ってくるよりも早く、棍棒を横薙ぎに薙ぎ払った。

「くらえっ!」
「うわっ!」

 射程距離ギリギリだったため、何とか踏み出そうとした足で急ブレーキを掛けて回避する。目の前を通り過ぎる棍棒に少々恐怖を感じながら、ジェミリアスが棍棒を振る構えに入る前に再び飛び込んだ。

「甘いわ!」
「えっ?」

 ジェミリアスが体を回転させる。そして一瞬前に回避した棍棒は、先程とは比べ物にならない程の加速を付け、再び是緒羅に襲いかかった。
 是緒羅はゆらゆらと体を揺らし、トンファーで棍棒の上を弾くようにして転がり、転ぶようにリングに体を滑らせた。
 躱されたと判断した瞬間、ジェミリアスは再度体を回転させ、棍棒に遠心力を付けてまた加速させる。
 だが是緒羅は、ジェミリアスがまだこっちを見ている間に、片手に持ったトンファーをバッとジェミリアスの顔面目掛けて投げ付けた。

「あぶっ!」

 スイングを中断して反射的に避けるジェミリアス。是緒羅はその決定的な隙を逃さず、リングに転がってジェミリアスの足下にまで間合いを詰めた。ジェミリアスはその光景を目で追っていたが、体勢を崩された所為で棍棒に振り回され、蹴りで撃退する事も、飛んで間合いを離す事も出来なかった。
 ……………是緒羅の肘が、ジェミリアスの剥き出しの腹部に激突………

「うん。これなら合格点。でも能力の差だったわね」
「!? 時間停止!」

 突然背後に現れるジェミリアス。是緒羅は背後に立つジェミリアスが棍棒を振りかぶっているのを見て、会場のどこかで見ている嫁に、心の中で謝罪した。

ゴン!!!!!

 痛々しい撲殺音が響き渡り、是緒羅は意識を失った。
 しばらくの間、是緒羅の頭部には、大きなタンコブが出来ていたという………





★B★

「で、俺に一体どうしろと?」
「あらあら〜、この大会は〜、殴り合いっこですよ〜?ですから〜もちろん殴り合いですよ〜」
「可愛い顔して凄い事言うんだな。おい」

 大道寺・刹那は、目の前の少女を呆れたように眺めていた。少女………鄭・黒瑶は、ニコニコとした笑顔で刹那を見つめていた。実に楽しそうな上に可愛いのだが、これが武道大会の四回戦だと思うと、とてもではないが油断出来る相手ではない。
 …………しかし、黒瑶が着込んでいる体操服が、どうにも刹那のやる気を削いでいった………

「何故体操服?」
「この大会に出る時、更衣室で〜、謎の美女に出会いましたのです〜」
「美女?」
「はい〜。その方から、「この大会に出るためには、これを着なくてはならないのよ!!」と言われましたので〜」
「……………信じるなよ」
「呂ちゃんも〜、メイド服を渡されておりました〜」
「いや、だからな?」

 お前、少しぐらい疑えよ。
 美女云々も少しだけ気になったが、それよりもまず、これから自分はこの体操服美少女と戦わなければならないのか…………
 ブルマが似合うとかなんて思ってないからな!!

(だけど、ここで負けると大変だからなぁ)

 元々、この大会には是緒羅に騙されただけなのだが、優勝した時の商品には是緒羅の奥さんの希望を叶えなければならない。既に是緒羅が負けているため、自分が優勝しなければ…………

「後が怖いな」
「? 何がですかぁ〜」
「こっちの話だ。それより………始めるぞ」

 そう言ってから、刹那は気の進まない様子で構えを取る。出来れば女の子を傷つけるような事をしたくはないのだが、もうこの際仕方がない。
 それにこの少女だってここまで勝ち進んできた猛者なのだ。多少本気を出すぐらいでないと………

「わかりましたぁ〜。では、行きま…」
「悪い!」

 相手が了承した瞬間、一気に刹那は間合いを零にまで詰め、その腹部に渾身の一撃を見舞った。黒瑶は驚いたのか、それとも痛みで動けないのか、反撃も逃げる事もしなかった。
 刹那がさらに追い打ちを掛ける。
 二発、三発、四発…………
 見ている方からすると、あまりにも一方的な戦いだった。少女は反撃する事も出来ず、このまま倒れるかに思われ………ていた。
 だが、刹那が手を押さえて間合いを自分から離した時、形勢は全くの逆だと言う事が一目で分かった。

「あらあら〜、突然で驚いてしまいました〜」

 にこやかに言う黒瑶。その体には傷一つ無く、黒瑶にはダメージらしい物がまったく見られない。逆に、刹那の方は拳から血が滴り、苦悶の表情を浮かべていた。

「随分硬い体なんだな……」
「よく言われますぅ」

 黒瑶が近付いてくる。刹那は迎え撃とうと、どんな攻撃にも耐えられるように構えを取った。
 だがその構えは、黒瑶の意外な一撃で破られる。黒瑶はすぐに手が届くぐらいにまで近付いて、「せ〜のっ」という掛け声付きで拳を振ってきた。
 刹那は呆気に取られながらも、その拳をガードしてカウンターを取ろうとする。

「痛っ!」

 ガードをした腕に痛みが走った。どういう構造をしているのか、黒瑶の拳はまるで金属のように堅く、受け止めているだけでかなり腕に負荷が掛かった。
 カウンターとして黒瑶を殴りつけた腕も、ガードした方と同じぐらいの痛みが走っている………
 黒瑶は急いで間合いを離そうとする刹那に、今度は両手で、連続で攻撃を開始した。

「ていてい!」

 やる気を削ぐ掛け声。だがその攻撃力には並々ならぬ物があり、刹那は躱す事に専念していた。しかしそれも、只の時間稼ぎにしかならなかった。刹那の体術では黒瑶の体に傷一つ作る事が出来ず、下手に攻撃したら、こちらの拳に痛みが走った。
 これが黒瑶の使う“洪家拳”である。……………まぁ、黒瑶が生まれ持っていた異常な頑健さと怪力にものを言わせた攻防一体の拳法だ。ただただ近付いて相手を殴りつけるだけでも、かなりの負荷を与える事が出来る。
 PKが使えれば刹那にも十分に勝ち目はあったのだが、この大会では使用が禁止されている。
 刹那はこれ以上ダメージを受けて腕を壊されては敵わないと、手を翳して黒瑶に待ての合図を出した。

「ま、参った……」
「あらあら〜、降参ですか〜」

 黒瑶が、血で染まった手を止める。だが、それまでに受けていたダメージで全身ボロボロにされてしまった刹那は倒れ込み、慌てた様子でタンカを持って現れた医師達に連れて行かれたのだった………





★C★

 アルベルトはジェミリアスの振るった棍棒を躱しながら、鋭い蹴りを放った。真っ直ぐに伸ばされた足を棍棒の柄で受け止め、ジェミリアスは一歩踏み出してアルベルトに肘打ちを見舞おうとする。
 しかしアルベルトも、蹴りを躱されたと判断した瞬間には、すぐに足を折り曲げて引き戻し、回避運動に入っていた。肘打ちはアルベルトの顔面数センチの所で止まる。
 肘の射程距離からアルベルトが脱したのだと理解して、ジェミリアスは棍棒を薙ぎ払った。アルベルトは膝よりも低く体勢を取り、その棍棒を躱す。棍棒は重量がある上に大きすぎる。ここまで間合いが近いと、横に薙ぐか、柄で打つかの二通りしか攻撃方法が無いのだ。
 アルベルトにしてみれば、予測は非常に簡単である。その上二人は普段から一緒に戦っているだけあって、互いの手の内もほとんどを知っていた。攻撃パターンとて、自然に見えてくる。
 それはジェミリアスも同じなのだろう。棍棒をそのまま手放し、腹部に迫っていたアルベルトの回し蹴りを、膝と肘で挟んで止める。(遠くで観客の悲鳴が響いた)

「くっ!」

 アルベルトは苦悶の表情を浮かべ、解放された足を引き戻してから数歩退いた。

「どうしたのアルベルト?組み手なんだから、もっと掛かってきなさい」
「はは、ちょっと考えさせてくれ」

 アルベルトはそう言いながら、ジェミリアスにどうやって勝つかを考える。ボディESPの強化は同レベルだが、まだまだジェミリアスの方が“機”を見る能力に長けており、どうにもここぞという所でダメージを与える事が出来ないでいる。
 ついでに言うと、アルベルトのマザコン+フェミニストな性格から、どうしてもジェミリアスに本気を出す事が出来なかった。
 それをジェミリアスも分かっているようで、余裕の表情でアルベルトと対峙している。

(棍棒は持ってないが、身軽になった分隙が無くなっちまったな……やべっ、マジで勝てねぇんじゃねぇか?)

 アルベルトはジリジリと間合いを詰めてくるジェミリアスの一挙一足を観察する。
 …………先に戦った是緒羅との戦いを考慮すると、やはり一撃で沈めない限りは危険である。

「作戦は決まった?なら、もうそろそろ再開するわよ!」
「!?」

 ジェミリアスが突っ込んできた。迎撃しようと拳を放つアルベルトの手を取り、手首だけで捻り上げる。宙を舞うアルベルト。だがアルベルトが地に叩き付けられるよりも早く、ジェミリアスからの追撃が入った!
 宙で逆さまになっていたアルベルトは、両手を使ってそれを払いに掛かる。

「ま、まだだ!」

 アルベルトは、続いて放たれた無数の拳を全て払った。だがそれによって両手を逆に封じられ、続いて放たれる蹴りを腹部に受けてしまった。
 吹っ飛ぶアルベルト。だが絶妙な体バランスでリングの床に手を付き、場外にまで吹っ飛びそうな勢いを強引に殺して場に止まる。
 ジェミリアスは、もうそろそろ試合を終えるつもりなのか、トドメを刺そうと跳躍した。アルベルトは上空から襲いかかってくるジェミリアスを、待ってましたとばかりに迎え撃つ!

ガッ!

 二人が交差した。アルベルトは一直線に降りてくるジェミリアスに、テコンドーで鍛えた動きでジェミリアスの蹴りを受け流し、打ち飛ばす。擦れ違い様に振り向き、ジェミリアスがまだ滞空している内に、その背中に猛烈な後ろ回し蹴りを放った。

「きゃっ!」

 ジェミリアスは、クルクルと回転しながら飛ばされた。アルベルトと同じようにとを伸ばして床を殴りつけようとしたが、元々あるベルトがリング外ギリギリの所に陣取っていた所為で、完全に外へと飛ばされてしまっている。
 体勢を整えてから客席前に着地するジェミリアスを見届けてから、アルベルトは大きく息をついた。

「か、勝った……」

 気を緩めた途端に、腹部に猛烈な痛みが戻ってくる。先程ジェミリアスに蹴りつけられた所だ。戦闘中は集中していたためそれほどでもなかったが、今ではかなり辛い。
 次の試合が優勝決定戦だという事を思い出してから、アルベルトは回復の時間だけは欲しいと、そう願っていた……





★D★

 そして優勝決定戦。アルベルトはまだ痛み体を引きずって、リングの上へと上がっていった。ジェミリアスとの戦いの傷は、打たれた所の出血こそ止まっていたが、まだ小さな痣が残っていた。内臓も、まだ多少痛みが残っている。
 対する黒瑶は、まだまだ健在だ。ダメージは一切残っておらず、相変わらずの笑顔でポワ〜ンとした空気を漂わせている。
 アルベルトは、またも戦い難い相手が出てきた事に舌打ちしながら、これが優勝決定戦なのだからと自分を叱咤した。ここまで勝ち残ってきたのだから、もう遠慮しなくても良いだろう。ダメージのハンデだって付いている。
 ………しかし、あの体操服はどうにかならない物か………

「なぁ、着替えとか無いのか?」
「えっと〜、これを着ないと参加出来ないと聞いたんですけど〜……」
「いや、他の奴着てないからな?つーかのそのノンビリした口調をどうにかしてくれ。やる気が出ない」
「そう言われましても〜困ってしまいますよ〜」
「すまん。言った俺が馬鹿だった。忘れてくれ」

 こめかみに指を当て、頭痛を抑えるようにアルベルトは目を瞑った。
 相手が今まであったことがないほどの天然系だと直感したアルベルトは、溜息混じりにいつでも掛けられるように構えを取る。このまま会話をしていたら、ズルズルと黒瑶のペースに引きずり込まれてしまうと判断したのだ。
 黒瑶もニッコリと笑ったまま、刹那と戦った時のようにトコトコと無造作に近付いてくる。このまま接近し、またもナントカの一つ覚えのように打ちのめそうというのだろう。実に単純で芸のない戦い方だが、黒瑶の打たれ強さと拳の堅さ、そして中国武術の総本山『羅撞村』で鍛えた拳法………
 これだけの要素を持っている彼女にとって、下手に手を考えるよりも、こんなストレートな戦い方の方がずっと効果的なのだった。
 アルベルトは、どうやって戦おうかを悩んでいた。こうも無造作に、そして隙だらけで向かってこられると、攻撃しにくいのだ。アルベルトもボディESPを使っているが、あそこまでの堅さを貫通する攻撃を打ち出すのは難しい。それにもし打ち出せたとしても、その時には黒瑶に多大な傷を与えてしまうだろう…………

(やっぱダメだ!ここは一つ、場外に落ちて貰おう)

 勝ち方を決めたアルベルトは、目前にまで迫った黒瑶に攻撃せず、リングギリギリにまで下がった。追いかけてくる黒瑶を左右にフェイントを掛けながら揺さぶり、目が自分から離れた所で死角に入り、黒瑶の背後に回る。
 黒瑶は、アルベルトが自分の背後に回った事に一秒程経ってから気が付き、振り返ろうとする。だがその時には、既にアルベルトは膝を折り、十分な助走距離を稼いで、今にも飛び出そうとしている所だった。

「はっ!」

 リングを踏み砕く勢いで飛び出したアルベルトは、振り向こうとしている黒瑶を場外にまで飛ばしてやろうと、渾身の力を持って攻撃に入っていた。対する黒瑶は、振り向き様というバランスの悪い体勢で攻撃され、十分な対応が出来ずにアルベルトの蹴りを食らってしまった。
 だが、大人しく吹っ飛ぶと思われた黒瑶は、なんと微動だにせずにその場に止まった。アルベルトは予定外の状況に驚き、返ってきた蹴りの衝撃で、バランスを崩して蹈鞴を踏んだ。
 体勢を立て直しながらよく見ると、黒瑶の足下が地面にめり込んでいる。アルベルトは知らない事だが、黒瑶は自分の体重を操作する能力、『沈墜剄』を使っているのだ。
 いくらアルベルトの蹴りが常人離れしているとは言っても、数百sもの重さを持つ物を動かせる程の威力は、持ち合わせていない。
 だが黒瑶も、不自然な体勢で受けたためか、バランスを崩して倒れ込んだ。慌てて手をばたつかせ、倒れ込むまいと手近なモノに掴みかかる………
 そう、すぐ側で体勢を立て直していた、アルベルトに………

「は!?」
「あら〜?」

 アルベルトを掴んだまま、黒瑶は倒れ込んだ。沈墜剄で増加されている黒瑶の数百、最悪の場合数トンにも及ぶ重量に耐えきれず、アルベルトは黒瑶に押し倒されるような体勢で倒れ込んだ。

ボキボキメキメキ

「!! !! !!!!」
「あら〜、ごめんなさい〜。大丈夫ですか〜?」

 自分の下で凄まじい音を立てながら悶絶しているアルベルトを見て、黒瑶は相変わらずのノンビリ口調でそう言った。下敷きになっているアルベルトは、声にならない声を上げ、必死に助けを求める。

「ちょ……退けって………お、重……」
「あらあら〜?今何と?」
「いやだから……ちょっ………冗談になってな…………」
『オットーー!!黒瑶選手に押し倒されているアルベルト選手!悶絶しています!何とも羨ましい光景です!!』

 黒瑶の能力など露知らず、そんなコメントを叫ぶ実況係。それによって、会場内の(主に男性)客が、罵声とも怒声とも付かないような声を上げている。
 ………だがアルベルトには、そんな物に耳を傾けているような余裕など、微塵も与えられていなかった。

バキメキョポキャボキボキウニウニ………

(か、かつて、ここまで“死ぬ”と思った事はあっただろうか……てか女に押し倒されて死ぬなんて、シャレにならねぇーー!!)

 アルベルトが心の中で悲鳴を上げる。だがそんな思考が途切れかけた瞬間、自分にのし掛かっていた重量感が、あっさりと退いていった。

「はい。これで〜、私の勝ちですね〜♪」

 カンカンカン!

 審判席から、ダウンを告げる鐘が鳴り、アルベルトの敗北が決定された。黒瑶は倒れ込んでいるアルベルトをしげしげと眺めながら、やはり笑顔で告げてくる。

「大丈夫ですか?」
「…………………」

 やはり天然は怖い………
 そう痛感した、アルベルトであった…………







★★後日談★★

 無差別級武道大会の優勝者は、鄭・黒瑶に決定された。黒瑶は会場内から“体操服の武神”として多くのファンに祝福されながら、優勝商品として、マナウスの特産品一年分を与えられた。
 ……………与えられたのだが…………

「何で饅頭なんだ!これは名産品だろ?しかもこんなマニアックな物!!」
「美味しいですよ〜。呂ちゃんもどうですか〜?これなんて〜、バナナとコーヒーとオレンジの味がするんですよ〜」
「どんな味だ!?少しはおかしいと思いなよ!頼むからさ!てか何でまだ体操服!!?」
「あはは〜、涼しいんですよ〜。呂ちゃんも〜、メイドさん服を着たらどうですか〜?気に入ってるんでしょう〜?」
「あ、あんな物を気に入る訳が……って聞けよ!」

 白玲の叫びが、マナウスのホテルの一室で響き渡る。だが黒瑶は楽しげな顔を欠片程も変えることなく、幸せそうに饅頭を囓っていた……
 マイペースな黒瑶に振り回されながらも、白玲は黒瑶から離れられない自分に溜息を吐いた……




fin





★参加PC★
0552 アルベルト・ルール
0529 呂・白玲
0544 ジェミリアス・ボナパルト
0593 大道寺・是緒羅
0662 鄭・黒瑶
0689 大道寺・刹那

★ライター通信★
 はい。メビオス零です。この度はご発注、誠にありがとうございます。
 アルベルト君は全治三日(再生能力高)。重傷です。災難でしたね〜(笑)
 他の方々もさんざんな目に遭わせてしまって、申し訳ありませんでした。こと、体術だけに限ってしまうと、こうなるんでしょうかね……まぁ、別の展開も考えましたが、採用されたのはこんなオチ……自分で突っ込みて〜〜!(マテマテ
 随分と長々として作品になって申し訳ありませんですた。これからは注意します。(・_・)(._.)
 では、これからもどうぞ、よろしくお願いします(・_・)(._.)