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都市マルクト【占処:高見の塔】運命をどう思う?
ライター:有馬秋人
都市マルクトのジャンクケーブ、雑多な店が並ぶ隙間に地下へと続く階段がある。
一体いつから出来たのか知らないが、階段を下った先には看板のない店が一つだ。
そこいらの女子供に聞けば一発で分かるんだけどな、男じゃ予想も付かない店さ。
占い処だとよ。ちょとした暇つぶしにゃ使えるかもしれないけど信憑性は低いなぁ。
それで、あんたらはどうしたんだ。中に入って冷やかしに行くか?
***
鮮やかな赤髪がポイントのシャロン・マリアーノは管理している農園の収穫を前に思案していた。ここの所セフィロトの塔に行きっぱなしだったのに、思ったよりも、いや正確に言えば予想外すぎるほど見事な収穫となった、と。種類ごとに分けた野菜と果実をさらに備蓄分と作付け分とそれ以外に分ける。前二つを専用の保管場所に移動させると残るはそれ以外のグループだ。
そこで困ってしまった。
「この量売ると足元見られる…わね」
豊作貧乏だけは避けたいとぼやいて適当に分けていく。見栄えがするものとしないもの、味は同じでも買い手は見目に影響されるものだ。対して見栄えがしないと判断した作物も捨てるには忍びない。かといってシャロン一人では食べきれずに腐らせるのが落ちだ。
どうしたものかと橙色の果物を突いていたシャロンは、ふと手にしている果物と似たような髪色の人物が居たことを思い出した。
「あっちは二人所帯って言ってたから、少し量があっても平気かな。まぁ差し入れで嫌がられることはないだろうし……潰して肥料にするより食べた方がいいしね」
自分の思いつきに気をよくしててきぱきとその準備を始める。売ると決めたものは一度洗う必要がある為屋内に運ぶ。そして泥のついた野菜を目の粗い袋に入れ、果実も同様に産地直送感あふふる梱包にしてしまう。それを手荷物として出発した。
「ジャクケーブで占いやってるって言ってたっけ? 場所わかんないなぁ」
雑多な賑わいを見せる一角でガシガシ髪を掻くが、その目は諦めていない。どの道この界隈で占い屋をするなんて酔狂はあの少年くらいなものだろうと思っているせいもある。
「ま、探せば見つかるでしょ」
楽観的思考でまずはファーストコンタクトをとった場所まで移動する。あの時あの少年はどこから飛び出してきたのか。自分が見ていた場所に立ち、あの時と全く同じように視線を向ける。
「あそこでぶつかったわけだから…あの路地から出てきたってこと」
一箇所だけ該当する道を見つけたシャロンは、キャアキャアはしゃぎながら出てきた少女らに目を向けた。声をかけて占い処の場所を知っているか尋ねようとするが、かけずとも聞こえてくる。
「なんだっけっ、うん、諦めないでいいんだよねっ」
「そうそう嫌われてはいないってっ。だからこれから頑張って自分をアピールしたらって言ってた〜」
結果と思しきことを話し合い、せわしい声で占い師のことやらカードについてやら話込んでいる。
「………この先にあるのは確実みたいね」
この少女たちの会話に割り込むのは無粋だろう。楽しげな話題を中断されるのは誰だって好きじゃない。肩を竦めて路地に入り込んだシャロンは真っ直ぐな道のあちこちに扉や階段があるのに目を留める。それぞれに看板やらうたい文句やらが書かれ、商売っけに溢れる中で、一箇所だけ何もない酷く簡素な場所があった。
「外れなら出直せばいっか」
そのついでに占い屋の場所を聞けばいいと一人頷いてシャロンは階段を下った。深さ的には一階分。突き当たりにあるドアを軽く叩いて少し待つ、返答があるかと思ったが特にないのか扉の分厚さに遮られて聞こえていないだけなのか無音だ。仕方ないのでそのままノブに手をかける。鍵は掛かっていないようだ。
「お邪魔しますっと」
「いらっ……しゃい」
「ちょっと少年なんでそこで動揺するのよ」
「や、ちょっとなんか意外っていうか、うん、予想外って言うか………まぁいーや。歓迎するよ」
かったるそうだった顔から驚愕に代わり、次いで呆れたというような目をなった花鶏に、シャロンは文句を言うが相手は取り合わない。
ワンスペースのフロアの三方の壁に書棚があり、びっしりと本で埋まった部屋はどこか威圧感がある。その真ん中に単座のソファと複座のソファ。そしてテーブルが置かれていた。少年はシャロンを複座の方に案内して、自分は単座に座った。
「で、何あんた俺に占って欲しいの? 今ならカードあるからできるけど」
あんまりオススメしないよ?
占い師本人が言うにはあんまりな科白だ。シャロンは少し噴出して、顔の前で否定の手を振る。
「違うわよ」
「そうじゃないかとは思ったけどね。あんたは後悔しても、否定はしないように見えるから」
「何それ」
苦笑するシャロンに花鶏は唇を吊り上げる。
「選択の結果にため息をはついても、それを選んだことでやり直したいとかってあんまり考えなさそうってこと」
悔いても、その悔いに根ざした「もしも」は想定しないんじゃないの、と告げられて、シャロンはなるほどと頷いた。
「俺は占うとき…まぁお手軽なレンアイ相談とかじゃければだけど」
シャロンの脳裏に先ほどみた賑々しい少女たちが浮かんだが黙っておく。
「相手が運命に対してどんな考えを持っているか聞くことにしている。別に何かの集計をとっているとかじゃなくて……占いなんか解釈次第だからさ」
「随分謙虚ね」
「そうでもない。こんなの、ただのツールだよ」
「絶対的って言われるよりはマシだけど?」
「まぁ、それは置いといて。あんたの場合なんか、とっても綺麗な宣言が聞けそうな感じがした」
だから占いたくはない、と。
確かに、シャロンの持つ運命に対する考えは「自分が決めた事、選んだ事」だ。数少ない選択肢でも自分が決めて選んだから今の自分があると常々感じている。
そんな自分が大人しく占いの結果を鵜呑みに出来るかどうかといえば否。茶のみ話になればいい方だろう。
納得顔のシャロンに花鶏はテーブル上にある荷物を示した。会話の間で花鶏がタロットカードを片付けた直後にシャロンが置いた荷物だ。
「で、それ何なのさ」
「うちの農園の収穫物。あんまり多いからこっちで貰ってくれないかと思ったのよ」
「収穫物……それ?」
テーブルの上に二つ置かれた袋はずしりと重い。少年は目を丸くしてしげしげと眺めている。眺めるだけでなく「中見てもいい?」と上目遣いで聞いてくる姿に一つ頷くと、相手は無遠慮に袋の口をあけた。
「…なんてーか、うん美味しそうっていうより、元気な野菜だね」
「そりゃ取れたてのピチピチだからね」
「ぴちぴち…」
弾力のある表面を突いた少年は果物にも同様の感想を抱いたらしい。袋の口を閉じてシャロンに笑いかける。
「ありがと。夏野が喜ぶし、俺も助かるよ。このあたり野菜類高いんだよね」
「自然栽培物自体高いのよねぇ、ちょっと手間かかるし施設必要だけど絶対美味しいのに」
「まぁ、自然栽培だと面積必要だし、ここじゃ日光もないかな無理なんじゃないかな」
「ホント勿体無い。この間タクトニム肥料に出来ないか試したけど、ぜんっぜんダメ。あんなに跋扈してるんだから何かの役に立ってもいいと思うんだけど」
「…いや俺はそういうものを肥料にしようとしたあんたにびっくりだけど」
「そう?」
「そう」
「別に珍しい発想じゃないと思うけど、人間切羽詰ったら何でも食べられるものだし」
「ちょっと待ってくれない?」
額を押さえた花鶏に、シャロンはきょとんと声を止める。そのまま制止をしている少年が何か考え込んでいるようで、疑問に思って開きかけた口は相手に先制された。
「あんた、その理論だと……非常事態ならタクトニムでも食べるって聞こえる」
「食べられるなら食べるわよ、そりゃ」
「………ああ、そ」
「少年、言いたいことがあるなら言いなさい」
「あーうん。俺はさ、あんまりそういうモノが出てくるの見たことないけど、そりゃ皆無ってわけじゃない。曲がりなりにもココに住んでいるわけだし? でもって見た感じ、アレが食べられるとは思わないんじゃないかなって」
「それは遭難して野垂れ死にしかけたことのない奴の科白。食べるもんがない時は何でも食べるもんよ」
「いや普通は遭難とかってしかけな……くもないのかな?」
言いかけて、自分が今居る場所の特殊性を思い出したのに首を傾げた少年は、後ろに問いかけた。シャロンが目を上げると丁度奥のドアが開き、トレーを持った夏野が顔を見せたところだった。
「いらっしゃい」
「お邪魔してるわ。っと、これお土産」
「天然野菜ざっくざくと果実もこんもり。夏野、美味しいご飯よろしく」
ぐるんと背に両肘をつく体勢になった花鶏をたしなめた夏野は軽く頷くとカップを二人の前に置く。まだ乗っかっている袋の中を覗き、少し目を見張るとシャロンに対して丁寧な礼をした。
「ありがとう。花鶏は偏食気味で…」
決まった素材でどのくらい種類を増やすかは結構な難問だったと苦笑する相手の様子に、シャロンは思わず少年に目をやった。花鶏はしらっと目を逸らしている。
「好き嫌いしていると背、伸びないんじゃないかしら」
「別に伸びなくってもいい」
「ふぅん」
「……ちょっとは伸びて欲しいけど」
「ならちゃんと食べなさいよ」
「努力する」
うん、と頷く姿に夏野がくすりと笑った。ぽん、と頭に手を置いて撫でるのを見るともなしに見ていたシャロンは微妙な違和感を感じて眉根を寄せた。
手だ。
どこか、微妙に、曲線のような。男性ならばもう少し骨張っているというか、関節が目立ってもいいはずなのに。いや関節が出ているといわれればそうだが、全体的なフォルムが。
「あー、間違ってたら申し訳ないんだけど…あの人」
本人に聞くのは憚られて、結構重量のある二つの袋をぶら下げてまた奥に引っ込んだ夏野を見送った後に少年に問いかける。
「夏野の性別?」
「女?」
「女」
「………ちょっと驚いたわ」
「別に盛大に驚いてくれてもいいんだけど。うん、でも見抜いたのは珍しいよ」
にっと笑った花鶏はシャロンに拍手する。
「あーんな形(なり)してるから誰に言っても青年って言うんだよね。本人ももう諦めてんじゃないかなぁ、一々訂正しないし」
「はー、世界は広いわっと。え、じゃああの誕生日プレゼントはあながち的外れってわけでもなかったのね」
「おかげさまで、喜んでもらえました」
ありがとう。と、表情を一転させて、はにかんだ笑みを浮かべた花鶏にシャロンも穏やかな笑みを浮かべてみせた。
「男にアレはどうかと思ったけど、こういうことだったわけか」
花鶏があの時選んだのは、ムーンフェイズの腕時計。ネジまき式の古風なそれは男性がつけるには些か華奢な細工で。似合わないとは思わなかったが男に贈るのはどうかと思ったのも本当。けれど、こういうことなら納得できる。
毎日つけてくれていると笑う少年を前に、シャロンは温かいお茶を一口飲んだ。
2005/10/...
■参加人物一覧
0645 / シャロン・マリアーノ / 女性 / エキスパート
■登場NPC一覧
0204 / 花鶏
0207 / 佐々木夏野
■ライター雑記
同時期に発注いただきましたゲームノベルより前に設定しました。
こちらできちんと知り合ってから、という形が良いかと思いましたので。
雑談が主体と言う解釈で弱冠いつもより会話が多くなっています。
この話が少しでも楽しんでいただけますよう願っています。
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