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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Epilogue with the passing heart 

 神代秀流と高桐璃菜の二人はセフィロトの内部を探索していた。
 二人が駆るマスタースレイブ・護竜とアリオトの動作も問題無く、ここ数日で二人は 探索範囲を徐々に広げつつあった。
 セフィロト内部での負傷から回復し特訓を重ねた二人は、以前のように危なげな場面に遭遇する事が少なくなっていた。
 引き際というものを判断できるようになったのは大きな前進だったのだろう。
 腐食してたわんだ床材の上、コードが乱雑に絡まり合うオフィスビルの一角で、護竜に乗った秀流が璃菜に声をかけた。
「使えそうな物はあるか?」
 護竜のモニター越しに、粒子のやや粗い璃菜の姿が首を振って見せた。
「ううん。皆死んじゃってる……」
「そうか」 
 璃菜はアリオトから降りて、直接その辺りに散乱するモニターやキーボードを操作していたが、やがて諦めてアリオトに乗り込んだ。
 セフィロト内部にある電力供給機能は手付かずの為、ビルの各フロアには煌々と照明が点されている。
 しかしそこで活動しているのは時折訪れるビジターと、タクトニムと呼ばれるシンクタンクやモンスターたちだけだ。
 人々の生活の場として区画された都市マルクトだったが、実際人間が安全に過ごせるのはゲートで仕切られたごく狭い部分のみ。
 セフィロト内部での生存ヒエラルキー上位に位置するのは人間ではないのだ。
 アリオトの中から璃菜が話しかけてきた。
「秀流、気が付いてた?
ここはすごく静かなの……こんなに広い場所で、何かを考えて話したりしてるの私たちだけなんだよ」
 計画通りセフィロトが稼動していれば、この場所もせわしなく人間が行き交う所だったはずだ。
「人間の代わりにタクトニムが住む街、か」
 タクトニムのうちシンクタンクには自律的に行動する人工知能を持つ者がいる。
 その知能程度は様々で、中には人間を装える程高度な知能を持つ者もいるらしい。
 ――シンクタンクに収められた『記録』が『思い出』に、『自律思考』が『心』と呼ばれるものに変わるその境界はどこにあるんだろうな。
 他のタクトニムとアリオトは、どこが違っていたんだろう。
 彼らに心が宿るなら、自分たちとの違いはどこだ?
「ねえ秀流。この前アリオトを整備工場に迎えに行ったでしょう?」
「ああ」
 璃菜の声は嬉しそうに弾んでいた。
「あの時、アリオトは嬉しそうにしてくれたんだよ。
『お帰り。待ってたよ』って。信じてもらえないかもしれないけど」
 アリオトはシンクタンクから乗用に改造した際にも、サポート用に人工知能がそのまま残されている。
 アリオトの意志は、心と呼ぶにはまだ未成熟な原始的発露かもしれない。
 それでも幾つもの行動を共にして、璃菜を他の人間と違う位置に認識しているのは秀流にも感じられた。
「信じるよ。俺が近付くと何だか機嫌悪いしさ」
「あははっ、妬いてる?」
 半分は冗談だったが、璃菜の声が明るいままで秀流はほっとした。
「足元、気を付けてないとバランス崩すぞ璃菜」
「平気だよ、アリオトもいるし」
 と、言ったそばからアリオトの載る部分の床が沈んだ。
「きゃああっ!」
「璃菜!?」
 幸い脆くなった床を1フロア踏み抜いただけで、アリオトも内部の璃菜も損傷は無いようだ。
「だから言ったろ」
「もう〜、偶然だよ!」
 アリオトの中で唇を尖らせる璃菜を想像して秀流は笑ったが、慌てて口元を引き締める。
「今そっちに行くからな」
 そのまま護竜でアリオトの元に飛び降りては、再び床が落ちてしまうかもしれない。
 そう考えて秀流は遠回りに迂回して1フロア降りた。
 そして念の為アリオトにパワーウィンチのフックをかけ、ゆっくり引き寄せる。
 サソリにも似た形状の多脚タイプであるアリオトは、二足歩行のマスタースレイブに比べて圧倒的に歩行時のバランスがいい。
 荷重が分散され意外と小回りが効くので探索にはうってつけと言える機体だ。
 しかしマスタースレイブは機体の性能よりも、搭乗する操縦者との相性や熟練度によって動きが格段に変化する。
 秀流と護竜にもまた、ビジターズギルドの訓練所で行った特訓の成果が現われている。
 戦い方に無駄が無くなり、護竜が一番得意な動きを秀流が無理なく引き出してやれるようになっていた。
「璃菜、ゆっくりこっちへ」
「……う、ん……」
 慎重に歩を進めるアリオトが突如止まり、次いで脚部を狂ったように波打たせた。
「どうしたの? アリオト!?」
 繋がったままの回線から混乱した璃菜の声が伝わってくる。
 アリオトの悲鳴にも似た警告音が璃菜の声に重なって秀流の耳を打った。
「璃菜!? アリオトはどうなったんだ!?」
 脚部にかけた牽引フックを振り払い、アリオトは激しくもがいていた。
「アリオトのAIが……ダメ、鎮まらない!」
 激しいアリオトの動きで、床が不穏にたわみだした。
 秀流はフックを手近な壁に固定し、もう一度アリオトに目がけてフックを伸ばす。
「秀流! 索敵レンジ広げてみて、早く!
これ……アリオトのセンサーエラーじゃないよね?」
 震える璃菜の声に、秀流も護竜のセンサーをより広く稼動させた。
 アリオトの方が敵影を見つけやすいよう、普段は索敵範囲を広めに設定しているのだ。
「璃菜……ッ!?」
――エラーじゃないな、これは!
 モニターには通常のマスタースレイブよりもはるかに大きな敵影が映し出されている。
 その形状の細部まではまだわからないが、急速にこちらに近付いていた。
「護竜がアームを掴む! 璃菜、思い切ってこっちに来るんだ!」
「わかった!」
 璃菜になだめられ、アリオトは脚部のバネを効かせるように床を蹴る。
 その反動で床が落ち、更に下のフロアへと落ちて埃を舞い上がらせた。
 伸ばされた護竜のアームがアリオトを掴み、二機はしっかりした床の上に転がる。
 そしてすぐに体勢を立て直し、一番下のフロアへと急いだ。
 アリオトのAIの混乱はまだ続いていたが、璃菜が常に話しかけているせいかかなり動きは通常に近くなっていた。
「秀流、振り切れないよ!」
 ――戦いは、避けられないのか!?
 モニターに映る敵影はアリオト、いやそれ以上のスピードで秀流たちに迫っている。
 と、激しいバルカン砲の砲撃が天井を砕き、護竜とアリオトに瓦礫の雨を降らせる。
 再びアリオトのAIは制御不能となり、動きが止まってしまった。
 立ち込める埃の更に奥、開けられた上の階から異形の敵影が姿を見せた。
「あれ、前に戦った……?」
「いや、似てるけど別物だ!」
 天井に開いた穴からのぞく脚部は多脚タイプで、シンクタンク・スコーピオン――アリオトにも似た形状をしている。
 サソリのようにしなるバルカン砲は二本に増え、敵影を捕らえようと独立した動きでカメラ・アイを四方に向けていた。
 それだけならばまだ、異形と呼びはしない。
 そのシンクタンクには、護竜を模したようなバイトファングを備えた頭部があった。
 古代竜の上半身をサソリの下半身と融合させたそれは、進化上ありえない形をしている。
 そのおぞましさに秀流は息を呑んだ。
 生物が持つ形状のバランスが、それからは抜け落ちている。
 一瞬の静寂に続き、尾の先のバルカン砲が護竜とアリオトを捉えて銃弾を落とす。
 そして大きく機体をバウンドさせ、それは天井から二機の上に襲いかかった。
 マスタースレイブ二機、更にそれ以上の加重がかけられた床はたやすく割れて最下フロアへと落ちていく。
 強い衝撃に意識が遠のきかけたが、秀流は頭を振って堪えた。
「璃菜!」
 アリオト側の映像が乱れて表情までは確認できない、が何とか無事のようだ。
 弱々しい璃菜の声と意志が、それでも健気に返ってくる。
「……秀、流」
『大丈夫、それより……あれは?』
 モニターに映る敵影を探すより先、秀流の身体は護竜ごと横殴りに壁に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
 壁にもたれた護竜の肩を、サソリとは異なる形状の尾先に着けられたスタビライザーが潰す。
 シンクタンクにも再生能力を備えた者が存在するとは聞いていた。
 しかしこれは再生の範囲を超えている。
 無秩序に強いと思ったものを寄せ集めた、これは……。
 ――思った?
「秀流!」
 璃菜の叫びと共に、眼前まで迫っていたバイトファングの牙が顎の一部を巻き添えにしながら吹き飛ぶ。
 その隙を突いて護竜が脇に逃げた。
 ガチ、ガチ……とそれは欠けた牙を打ち鳴らしてアリオトの方へと向き直る。
『……あなた、心を持ってるの?』
「璃菜?」
 再再度混乱しかけるアリオトを必死になだめながらも、璃菜はそれから放たれる意志を感じた。
 まだ感情と呼ぶには幼い意志、しかしそれは純粋なだけに強い渇望へと変わっていた。
 同じ形状のアリオトへの嫉妬、それが狂おしい程の我執となっているように璃菜には感じられた。
『どうして、優れているはずの自分が認められないのか……悔しいのね』
 璃菜の思考が秀流にも流れ込んできた。
 それが持つ優越と劣等、その感情は表裏一体のものだ。
 心、と呼ぶものがそれに宿っているなら確かに。
 だがアリオトのAIと同じような思考を持ちながら、それは狂気に傾いている。
 バルカン砲が首をもたげているのに気付き、秀流は護竜からランスシューターベイルを放った。
 極近距離で当てられた槍がカメラ・アイとバルカン砲の先端を変形させる。
「秀流、心があるんだよ!? ね、やめて?」
 璃菜の最後の言葉は異形のシンクタンクに向けられたものだ。
 が、それは半壊した顎を大きく開き、搾り出すように哭いた。
『……ッ!!』
 璃菜はその響きに身をすくませた。
 アリオトに向けられた憎しみの底には、人間への憧憬が渦巻いていた。
 本来なら人間と共にあるように組まれた自律思考なのだから。
『どうして、お前だけが……アリオトだけが、人間と一緒にいられるのかって』
 璃菜の声は涙混じりになっている。
 無秩序に振り回されるアームをかいくぐりながら、璃菜が必死に呼びかける。
「やめようよ、ね? 私の声、聞こえてるんでしょう?」
「危ない璃菜!」
 護竜にかばわれたアリオトが、それでも前に出ようとする。
「だって心があるのに! それなのに……!」
 心がある者同士の人間だって分かり合えない事もある。
「……心があるから、きっとこいつは許せないんだろう」
 心があるから、狂気にも堕ちてゆく。
 その後璃菜はそれが機能を停止するまで、一言も言葉を話さずにいた。
 だが秀流には璃菜がアリオトと戦いながらも、ずっとそのシンクタンクに心を傾けているのがわかっていた。
『どうして、私たちを憎んだの?』
 ずっと秀流には璃菜の気持ちが伝わっていた。
 戦い終え、軋む身体を護竜から出して璃菜の側に秀流は立った。
 璃菜は怪我こそ負ってはいないが放心したように沈黙したまま佇んででいた。
 すでにその中枢機能が集中している頭部は原型を留めていなく、再生はもう叶わないように思える。
「もう、心って呼べるものはここには無いのかな。
消えちゃったのかな……でも、確かにあったよね?」
 ――心があるから、すれ違う時もあるんだ。
 だからこそ、わかりたいと思える相手にめぐり合えれば、それは無上の喜びに変わる。
 二人は苦い思いをお互いに飲み込んで、アリオトと護竜、それぞれのマスタースレイブに再び乗り込んだ。
 

(終)