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■ 都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録 ■
ライター：有馬秋人
ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか？ 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは１番の会員登録窓口だ。
並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。
＊＊＊
ただセフィロトの塔で過ごすのであれば、ビジター登録をする必要はない。しなかったからと言って困ることは少なく、また逆にしない理由としてあげるのは手続きが面倒言うだけというなんとも微妙なラインにあるのがビジター登録だ。
ゲートの向こうに対して明確な執着なり目的なりがあるものは真っ先に登録をするものだが、そうではない、比較的安全な部分で生きていくつもりの者たちは必要に迫られない限りはせずに済ませるのが通例だった。
ロック・スティルもその例に漏れず登録をせずに過ごしていた一人だったが安穏と過ごすのが得てではないらしく、思い立ったが即実行の行動力でビジターズギルトに足を運んでいた。
「無いと探索ができないのは、不便だ」
もしゲートの向こうに彼が追うものが逃げたら追いかけることができなくなる。むろんそれだけではないが、小規模とはいえマフィアを預かることになったロックは万事に対応できる体制を整えることに余念が無い。
受付で渡されたざらつきのある紙を備え付けの机に乗せる。
「筆記事項がやたら多いな…。仕方が無い、これも仕事と思えば…」
室内でも外さないサングラス越しに紙面を眺め、軽く息をついた。記入日や名前などでは困らないが、精密な部分を正直に書くのもためらいがある。どの程度まで誤魔化すべきか、帽子のツバを弄りながら項目を埋めていく。適当に書いていないのは、その筆の進みからして明白であり、この男が意外と几帳面なのだとしれた。
全ての項目をようようと埋めたロックはペンを置いて顔を上げた。
「こんなもの、か」
ぼそりとぼやき、担当の受付口を探す。窓口には番号とその数字の位置が何を受け付けているのかを示すプレートが掛けられている。一番窓口のプレートを目を留めて用紙片手に近づいた。ギルト内部は場所によって様々な雰囲気を漂わせているが一番窓口付近はそれが顕著だった。
躊躇いの気配や物々しい視線。新人と、腕に覚えのある武人との反応が水と油のように肌で感じられる。
ロックは唇の端にほんの少しだけ苦笑を滲ませると受付の係員に記入済みの用紙を手渡した。名前を呼ぶからその辺りで待っていろと告げられて、水と油の中間地点あたりの壁を選ぶ。視線がビシバシあたっては弾けていくのが手に取るように伝わっていて。
「…噂どおりだな」
新人が多いが、柄の悪そうな連中も少なくない。その視線の鋭さと、ひやりとするほど冷静な敵意に同業者だろうとあたりをつけた。ざっと見てみる限り、ロック一人で手に負えないと思わせるほどの者は一人もいない。
なぎ払うつもりなどなく流しただけのロックの視線に無反応なのは大方新人。サングラスの奥に隠れたそれに反応しろと言うのは難しいのだろう。逆に見返してくるのは血気盛んな同業者。ちらりと一瞥だけ返すのはほどほどに力量のある同業者かある種のエキスパートと思われる。
視線だけで様々な反応を引き出してみせたロックは、己自身を省みて微かだった笑いを深くした。
「まぁ、俺も他人のことは言えんが…」
僅かにずれたサングラスを親指で押し上げ、嘆息すると腕を組みなおし瞼を下ろした。名前を呼ぶペースはロックが予想していたよりも速いが、人数が人数だ。危惧していた通り時間を食うことになるだろうと覚悟を決める。壁に背を預けている人間にぶつかるような酔狂者はいない。故意に喧嘩をふっかけて来る人間もこの場での喧嘩がご法度だという意識があるのだろう、実に静かな緊張感だ。
荒々しいことが苦手ではないロックとしては、別段粉を掛けられても全く構わないがやはり場所が場所だ。それが原因で登録不可となってしまっては笑えない。せめて登録が終わって、ビジターズギルトを出てからだ。
ロックの風体はどうやら喧嘩っぱやい連中を刺激するようでジリジリとした空気が伝わってくる。
どうしたものかと思案しだした頃合に、ようようとロックの名前が辺りの空気に響き渡った。
「漸く順番か…長かった……」
しみじみとした口調で呟くと、壁から背を離す。岩のように不動だったロックが動くのに心なしかざわめきが大きくなったようだった。
登録証を懐にしまったのは予定していたよりは早かったがけっこう時間が経過した後だ。立ちっぱなしの体は少しばかり固まっていて足を動かすたびにどこかしらががバキバキ鳴っているようだった。塒に戻ろうとしていたロックは、不穏な気配を纏わせたまま自分を追う足音に気付いて振り返った。
「何だ、お前は。俺に喧嘩を売ろうとしているのか？」
否定の声は上がらない。
じりじりと狭まってくる距離にロックは不敵に笑った。
「それは構わんが、ここでは他の登録者に迷惑だ。表に出ろ。そこで思う存分、お前の相手をしてやる」
そこで一旦言葉を切ると、顎で大きな柱を示す。
「もちろん、物陰に隠れているお前の仲間も手加減無しでな」
ギルトを抜けてすぐに囲もうとでも思っていたのか柱の影に潜んでいた複数の者たちが、ロックの挑発にいきり立つ。帽子のひさしを指でくぃと持ち上げ大胆不敵の態度を崩さない相手を強敵と認めたのか全員がロックの前に出てきた。
「この辺りで暴れてもいい場所に行くとするか」
無言で睨む様子ではいつ殴りかかってきてもおかしくない。ロックのことを知っているのであれば『ロード・レオン』の総指揮官として武威を見せなくてはならない。これが単にギルトで見つけた目立つ奴ら潰しなら気が楽なんだがと胸中で苦笑いを零しつつ、ロックはギルトから足を踏み出す。
そのとたんに怒気にも似た気配が背中に当たる。しかしギルト建物が見えない場所に行くまではと思っているのか後ろの連中は辛抱強くロックの背中を睨むだけだった。
2005/11/...
■参加人物一覧
0709 / ロック・スティル / 男性 / 一般人
■ライター雑記
何かしら喧嘩を拾い歩いているような状態ですが、如何でしたでしょうか。
ご注文ありがとうございました。
今回も納期ぎりぎりという体たらくですが、この文が僅かでも娯楽となりえますよう願っています。
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