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<東京怪談ノベル(シングル)>


人形


「治療をお願いします」
 そして等身大の少女の身体は爆散した。
 四肢が千切れ、肉が千切れ、身体の中身が零れていく。
 肉片の中に、代金は埋もれていた。紙に包まれた宝石、
 爆破に耐えられる衝撃――
 そもそも人では無い。
「お願いできますか?」
 けして転がった少女の首からが声ではない、少女の声。……人形の前で
 彼女の足元には、バラバラ死体になった、七歳か八歳かの大きさ、少女人形なのだ。けれどその人形は、まるで本当に生きてるような、瞳も肌も髪すらも、四肢が千切れたというに、すぐにでも歌を歌いそうな、
 けれど、それは人形。医者は返す、修理屋じゃないと。医者は、……ユウは。
 ユウは、医者は、視力を矯正しない(なんたる無意味だ、けれど人は無意味を愛す)飾り物の眼鏡越し、四散した人形をみつめる、ああそして、そして、患者はこの入れ物じゃない事で、
 一目で解りました。少女の様子で。彼女の心臓が、例えるなら腐りかけているのが。
 もってあと数ヶ月――
「お願いできますか」
 痛みを心で殺して、彼女は首から上で呟く。
 その前で、人形の体の中から零れたのは、拾われる紙に包まれた宝石、紙を広げる、加工品、一級品、……ギリギリの依頼料。
 人一人を助ける程度は、
「お医者さん、助けてあげて」
 、
「何よりもまずは私の妹を、完全に、完璧に」
 彼は人形の修理屋では無い――
「昔々、ある医者が修行の身に言った。貧しき者と、富める者、どちらを先に助けるか? 修行の者は言う、弱き貧しき者だと。医者は告げる、」
 少女の声が響く中、ユウがみつめるのは、紙と宝石。
「違う、病気が重い者からだ、と。ねぇ、お医者さん」
 紙と宝石。
「私が問題なのは一つだけ、けれど、妹は、四つも問題よ。だから、妹を優先して、」
 ああ彼女は死んでいる、この等身大の人形が、実の妹だと。生きていると。
 何故か。
「それが医者の心なんでしょう?」
 そう告げた後、少女は、――まるで爆破された目の前の人形の床に落ちた、気絶したのだ。心の強さで抑えている痛み、
 やがて、ユウはピアノを弾くように手術。


◇◆◇


 少女は寝台の上で目を覚まします。ああ、何時もの事だ、気絶して助けられる。何年経験したか解らない。けれど四肢が千切れた妹は別、早急だ、じゃないと手足が繋がらない。私のまだ保つ心臓よりかは――
 だから質問した、目を閉じた侭。お医者様一体何しているの?
 右腕を接合しています。
 少女は、とても安心した。ほっと、苦しい身体で息を吐く。
 ……、
 沈黙に、滑り込ませる声。「ねぇ、おかしいでしょ、お医者様。狂っているでしょう?」
 人形が妹だなんて、でもね、
「父にそう言わて、渡されたの」
 妹を失って、嘆き悲しむ私に十日後くらい、
「妹そっくりのその人形を」
 少女は意識を失う。


◇◆◇


 左腕を接合しています。
「……おはよう、順調みたいね」目を瞑った侭の目覚め、あけ様としても開けられない瞳、もって数ヶ月と自覚していたが、案外、もっと早く死ぬのだろうか。
 それこそが望みなのだけど。
「……妹が大好きだった、とっても、大好きだった」
 とうとうと、とうとうと、声は流れる流れてる、
「だから死んだと聞いた時、信じられなかったわ。ううん、今でも信じてない、信じられるはずがない」
 妹は生きているの、生きているの、死んでるなんて、死んでるなんて、
「そんな私に、父は、あいつは、何を渡したと思う?」
 人形、身代わり、命の無い、ああけれど嘘みたいに妹にそっくりだ――
「何を渡したと、」
 嬉しさか怖さか解らない感情で、小刻みに震えながら人形を受け取る。そうして、顔を、身体を、そして、背中を見た。
「思う?」
 導火線が付いている。
「妹の人形は、造り物は」
 火をつければ爆発する。
「私に妹を殺させる為」
 少女は意識を失う。


◇◆◇


 右足を接合しています。
「導火線に火をつけたら、中からとっても綺麗な宝石が出るって、父は私に言う」
 瞳は開けられない。
「お金の力で、父は私に妹を殺させようとした。そんな事出来るはずが無いと嘆く父は、反論もせず、強制もせず、私をまるで孤独にするよう、死んだ」
 少女、
「私は、一人になった? ……いいえ、いいえ、妹は生きているの」
 言う、
「だって私は狂っているのですもの、人形が妹だと、信じ込んでいるんですもの」
 語る、
「けれどね、心臓に父と同じ病が働いた時、私は恐ろしい事を、一度、一度だけ考えてしまった。……絶対やってはいけない、一度、宝石があれば私は助かるって」
 瞳は開けない、
「憎んでも憎みきれない自分、だから」
 涙が滲む。
「お医者様、お願いね。妹の身体、治してあげて」
 妹をいれものじゃなく、ただの人形にしてあげて、その報酬で完全に、完全に。
 ――彼女が人形師の元へ行かなかったのは


◇◆◇

 左足を接合しています。
「だって妹は生きているのですもの」
 少女は意識を失う。

◇◆◇


 ……まっくらやみの中で、少女は妹の生存を願う。ああ、助かったかしら、無事かしら、と、気になりはするけれど、同時、この闇すら消えうせる死を望みもして。それは妹が永遠に生き続けるという事だから。医者の、助手になるだろうか。それとも、誰かに売られるだろうか。見世物になるかもしれなくて、それは厭だ、ああでも、それが妹の生き方ならば、
 瞳に力が入る、開けられる、
 ああ、残念だと思う、視界に光が入る、……ベッドの上、何度も経験した、
 心臓の病で気絶し、経験した――
 、
 違っている。
 解った。
 ……絶望、する。

 心臓が、治っている。

 傍らには医者が居た。「どうして、どうして!」感謝なぞ抱けるはずもない少女、「貴方は何をしたの!? 貴方は、何故私を助けた! 妹はどうしたの、妹は何処にッ」
 嘘を付いた、嘘を付いたんだこの男は、
 職務に忠実と噂だてられたこの男は嘘をついた! 私を、騙した!
「腕を繋いだって、足を繋いだって、言っておきながら! ふざけるな、妹を、妹を、妹をッ、いも」
 ……違っている事に、もう一つ気付いたのは、
 傍らの男に、手を伸ばしたから、
 違っている。

 手の長さが、そして足の長さが、
 二つ年下の妹と同じくらい。
 ……継ぎ跡もない、綺麗な処置。
「何を、したの」怒りでなく、呆然と、何故。「何を」
 この男は、この医者は、少女を、
 メスで、五つ問題がある患者にした。
 だから貴方を優先した。
 人形の手足を移植した。

 訳が解らない、
 自失する少女、一体何の為に――
 ユウは、笑う。四肢の移植は宝石を代金に、
 心臓の治療は、人形を売り飛ばし代金に。
 より、儲かる。
 ユウは仕事を優先して。
 詐欺だ、ひどい、そんな、妹を、返して、そんな声が、響いて、
 響かせる彼女に――
 、
 紙を渡す。宝石を包んでいた紙。
 言葉が書かれていて。


◇◆◇

 ――そもそも人形の手足を移植出来たのは
 おねえちゃんへ
 わたしはにんぎょうになりました
 本当の身体で出来ていて――
 おねえちゃんのために
 ――そしてそれは妹自らが望み
 おねえちゃん
 誰の為に――
 だいすきです
 ――何の為

 ころしてくれてありがとう
 ――姉の為、自分が居なくても生きていけるよう願う為

◇◆◇


 人形は喋りませんでした。
 紙は、喋りました。
 心をずっと、奥に秘めていた妹。
 妹は、
 もう居ない。
 死んだ。
 何故、
「貴方が殺したのですよ」
 ユウの声は嫌味たらしく、
「助かったのですよ、妹を殺して」
 ユウの言葉は、深く、深く、少女へ、そしてよく彼女を号泣させた。
 医者のある日、
 何処から何処まで、心、どう動いたか。それは無慈悲か、思いやりか、
 仕事か。