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箱庭の扉
何時もの都市マルクトのはずなのに、時々見える蜃気楼のような陽炎のようなものは何だろう。
眼がおかしくなったのかと思ってこすってみても、目薬をさしても何も変わらない。しかも周りの人たちにはこの蜃気楼が見えていないようなのである。もしかしたら自分が何か得体の知れない病気にでもかかってしまったのかもしれないが、熱も無いのにこの夏の景色のような陽炎が見えるなど明らかにおかしい。
おかしいと思いつつも、そっと手を伸ばし蜃気楼に触れる。
一瞬の頭痛に瞳を閉じると、瞼の裏に今までとは違う色が見える。
ゆっくりと瞳を開き周りを見渡すと、目隠しをした人が一人、こちらを向いていた。目隠しをしているはずなのに、射貫かれたような視線を感じる。
『無理矢理こじ開けた人なんて、初めてだよ』
「ああ……」
辺りを見回し、メイ・フォルチェは足を止めた。
「私が開けたんだ」
この声には聞き覚えがある。エアティアだ。
視線の先に振り返り、メイは微笑むと、
「ごめんね。驚いた?」
と、エアティアへと軽く駆け出す。
「私も驚いたんだよ」
開けるつもりなんて元々から無かったから……違う、誰かが開ける事ができるなんて思ってもいなかったから。
「どうしてるかなぁって思ったからかな」
エアティアはそう言って照れるメイをただ見下ろし、そして思わせぶりに視線をゆっくりと動かして、草原へと歩き出す。
メイはその視線に一瞬きょとんと瞳を瞬かせるが、
「あ、待って!」
歩き出したエアティアを追いかけるように草原へと駆け出した。
「これ!」
前に出会ったときに、気が付けば手に持っていた青い石。
「綺麗な欠片、ありがとう!」
手の平の上に乗せた青い小さな宝石を、エアティアに見えるように一生懸命手を伸ばす。
しかしエアティアはその手の中の宝石を一瞥するように顔を向けただけで、またメイから視線を外してしまった。
「あ……」
メイは少しだけ寂しい気持ちになりながら、ぎゅっと石を握り締め、それでもその顔に笑顔を浮かべる。
「本当に嬉しかったから」
『……気にしなくていい』
何を気にしなくていいのだろう? メイはまたきょとんとしつつも、あぁ…となんとなく納得して、歩くエアティアの横に並んだ。
何処までも広がる草原の中、やはり空だけは白いままで、どこか区切られたような…そんな気がメイの中に広がっていく。
「やっぱり、白いのね」
確認するように空を見上げて、ちらりとエアティアを盗み見る。
『空は知らないから』
二人は広いだけで何も無い草原の真ん中で立ち尽くし、そのまま顔を上げる。
「ねぇ、テレパスなんでしょう?」
確認するまでもなく、エアティアの声は脳に直接響いている。
「だからね、あなたに空を、私のイメージから見せられないかなと思ったのだけど」
無理なのかな?
名前だって勝手に読み取っていたのだから、他人の記憶を読み取る事くらい簡単にできるはず。
それに、ここはエアティアの空間なのだから、その読み取った情報をここに投影だって出来る筈だ。
『そうじゃない』
「え?」
メイの記憶の中にある、真っ青の空。
それから、夕焼けに夜。
そんな空を、テレパスを利用して見せてあげる事が出来るんじゃないかと思った。
『空は“見えない”んだ』
そして、そっと空へと手を伸ばす。
太陽の光は無いから、空を見上げても眩しいと思う事は無い。
だけど、伸ばした手は二人の頭に影を落とした。
『光は天上から射すものだ』
太陽は空で輝き、電気は天井から床へと光を落とす。
その理屈は正しいものだし、それがこの空間で再現されているのも間違いではない。だけど、それと空が見えない事や、この場所に空が無い理由には、ならない。
「見えない? それって私の記憶は見えないって事?」
記憶読破の力は使えないの? それとも―――
『それは、分からない』
空だけが、どうしても見えないから。
『青い色なんて、見たことないから』
きっと力が使えないとか、そう言う事じゃないのだろう。
「無理なら、仕方ないか」
ここまで人並みはずれた力を発揮しているエスパーだからって、何でも万能にできるわけじゃない事が分かっただけ、エアティアに近づけたような気がした。
メイはふっと微笑むと、思い出したように顔を上げる。
「あ、あとね!」
ふと、さん付けで呼んだほうがいいのかな? と、言葉を止める。だが直ぐに、
『エアティアでいい』
と、答えられ、メイはありがとうと答えると、気を取り直して口を開いた。
「実はね」
ただ重力にそって落ちていただけのエアティアの手を知らずに握り締める。
「あなたにきちんと触れたくて」
一瞬訪れる沈黙。
ふと向けられた視線を追いかけ、思わず握ってしまった手をぱっと離す。
「変な意味じゃないの!」
『うん』
分かってる。と、告げられて、なんだか少しだけばつが悪く、その腕に手を伸ばすのを躊躇う。
メイは照れ隠しに微笑みながら、
「何て言うのかな」
エアティアの存在はとても気薄で、確かにこの場所が現実のモノではなく、エアティアが作り上げた空間なのだから、どこか偽者っぽく感じるのは当たり前なのだけど、
『全ては覚める幻、だからね』
ここが現実とは違うって聞いたとき、そんな事は分かりきっていた事なのだけど。
「でも」
この場所に居続ける事が悪いなんて言わない。誰にだって理由があるもの。
だけどエアティアはこの場所にいる事で、取り残されていしまっているように思えてしまって、ほっとけなくて。
「寂しいよ」
触れた手の暖かさ、吐息の音。
そうやって感じられる独りじゃないという気持ち。
「私の勝手だけどしっかり頭撫でて、手を繋いで」
本当はもう先に分かっているだろうに、エアティアはただメイの言葉を静に聞いている。
「そう! おでこくっつけてみたりとか!」
メイはすっと息を吸い込むと、一気にまくし立てた。
そして、じっと強い光を含んだ瞳で、真正面からエアティアを見つめる。
お互い視線を合わせたまま、緩やかな風が二人の間を駆け抜けた。
そして、
「エ…エアティア!?」
すっと頬に伸ばされた手。
『ごめんね』
こつんと、額に額が当たる。
「どうして、謝るの?」
頬に当てられてた手に、メイは自分の手を添える。
前よりも強く感じられる暖かさは、気を使ってくれたのかもしれない。
「エアティアは何処にいるの?」
本当にあなたに触れたい―――
そうメイが思った瞬間、前と同じような歪みに足元を奪われた。
歪む視線に思わずぎゅっと瞳を閉じて、まぶたの裏に微かに感じられる光にそっと瞳を開ける。
目の前に広がるのは薄暗い路地の一角。視線を移動させれば、人工光源が表通りだけを明るく照らしていた。
頬にはなぜか触れられたような感覚が残っている。
「……あっ!」
帰ろうと踵を返して、突然の頭痛に頭を押さえた。
「…………」
振り返ってもあの入り口はもうない。
――――また、会えるかな?
メイはゆっくりと瞬きをして、大通りへと駆け出した。
その服に蒼い石が増えていることも気がつかずに―――
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0712 / メイ・フォルチェ / 女性 / 11歳 / エスパー】
【NPC / エアティア / 無性別 / 15歳 / エスパー】
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■ ライター通信 ■
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箱庭の扉にご参加ありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。なにやら少々甘酸っぱさを感じるのはわたくしだけでございましょうか? 空の色につきましては、箱庭シリーズ他者参加者様納品にて1つだけ色が付いておりますゆえ、それがヒントになればと思います。
それではまた、メイ様がエアティアに会いに来ていただけることを祈って……
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