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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【都市中央警察署】ビジターキラー

ライター:斎木 涼

■Opening

 おい、死にに行く気か?
 あそこはタクトニム共の要塞だ。行けば必ず死が待っている。
 それにあそこには奴らが‥‥ビジターキラーが居るって話だ。もう、何人もあいつ等にやられている。お前だって知らない筈はないだろう?
 知ってて行くのか? 止められないんだな?
 無理だ。勝てるはずがない‥‥いや、お前なら大丈夫かも知れない‥‥
 わかった。止めはしない。だが、必ず生きて帰ってこい。俺はお前の事を待っているからな。


■Main Scenario

 全身が黒い布に覆われた大男が、プレートを掲げて立っていた。
 一種異様な雰囲気ではあるが、取り敢えず、全身タイツでないだけはマシだろう。
 「……皆さん、来てくれるのでしょうか?」
 何処か寂しげに、ぽつりと言う男の声は、美声と言っても過言ではない。
 上の方に小さめに開けた、穴からは、男の瞳の色であろう、青が覗いている。
 ちなみにプレートに書かれていたのは、『ハロウィンパーティ参加者ご案内』とシンプルな内容であった。
 が。
 とっても小さな字で『業界初! タクちゃんとトキメキパーティ』となど書かれているのだが、この文字は、余程気を付けないと認識できないであろう。いや、虫眼鏡で見なければ解らないだろう大きさで、どうやって書いたのだと問いかけたくなってしまう。
 何となく、サギの様な気がしないでもない。
 とまれ。
 大男──シオン・レ・ハイが、あまりにも目立つその場所──ヘルズ・ゲートに立ってから十分前後の内、今回の参加するメンツが揃ったのである。
 「……。それ、もしかしてアヤシイおじさん?」
 五秒黙した後、そう呟いたのは、鮮やかな金色の短髪をゴーグルで押さえつけた、少年以上青年前後と言ったラーフ・ナヴァグラハだ。青い瞳を懐疑に染め、シオンをちろと見上げる。
 「いえいえ、ゴーストの仮装です」
 気を悪くした風でもなく、シオンがそう答える。漆黒の布は、全身を覆い尽くし、見えている部分と言えば青い瞳しかない。
 ゴーストだと言われれば『そう……なの?』と言う感じだろう。
 「人様をどうこう言う前に、あんたは仮装してないでしょ」
 果実の様な黄金でちろと見つつ言う女性は、黒いパンツスタイルであることが解るのだが、ほぼ全身に包帯が巻かれている。その包帯の合間から、見紛う事なき見事な赤毛が覗いている彼女は、シャロン・マリアーノと言う元植物学者であった。
 「まーたまた、ボスってば。ほら、ちゃーんとしてるだろ?」
 「誰がボスかっ!!」
 シャロンはずずっと迫るラーフを、追い払いつつそう言った。
 にんまり笑う彼の口元には、鋭い犬歯が覗いている。勿論、自前ではない。ちょっとしたジョークアイテムだ。
 「吸血鬼ですね。私と同じ」
 くすりと穏和な笑みを浮かべるのは、闇に映える銀の髪を黒いマントに侍らせた繊細な容姿を持つクレイン・ガーランドである。通常外へ出る時には、黒いカラコンで隠している赤い瞳が妖しく輝く様は、まるで本物が現れたかにも見えた。
 「優しいわね、クレインさん。でも甘やかしちゃダメよ。バカがつけ上がるわ。正統派のクレインさんと比べて、こっちは衣装代ケチったクチなんだから」
 「ひでーー」
 肩を竦めるシャロンと、『別にケチった訳じゃないのに……』と溜息を吐くラーフ。対照の二人を見て、最後の一人がくすりと笑った。
 「あらあら、それでも皆様、とってもお似合いですわ」
 品良く笑う彼女は、シヴ・アストールと言う。金糸をきっちり纏め上げ、月の女神の様な銀の瞳で、柔らかに仲間を見やった。シヴはフルレングスで黒いクラシカルなワンピースに眩しいばかりの白いエプロンドレス、頭にはメイドハットを付け、所謂メイドさんの仮装をしている。尤も、日頃からこう言った服装であるので、彼女をよく知る者なら仮装しているとは思わなかったかもしれない。
 「そう言う貴方は、メイドさんですね」
 クレインの問いに、シヴはにこやかに答える。
 「はい。皆様、初めまして……ですわね? 私、シヴ・アストールと申します」
 「クレイン・ガーランドです。宜しくお願い致しますね」
 「ラーフ・ナヴァグラハだ」
 「シャロン・マリアーノよ。よろしくね。そしてこちらが、今回の主催者さん……」
 シャロンに視線で促された黒マント、もとい、シオンは、騎士が礼を取る様にして一歩前に。
 「シオン・レ・ハイです。宜しく」
 どう言う作りになっているのか、頭部の布がぱっかり割れ、何時もの穏和な彼の顔が覗く。
 「……?」
 「どうかした?」
 クレインが不思議そうにシャロンを見つめている。
 「いえ、その包帯。普通の布ではない気が……」
 「あらばれちゃった? 実はこれ、ちょっとしたツタ植物みたいなものなの。品種改良した別の野菜から、何だかたまたま出来ちゃったのよねぇ」
 意味深に笑うシャロンだが、ここで詳細は明かさなかった。
 とまれ、各自の自己紹介が終わったところで、シオンに案内され、今回のパーティ会場へと向かう。
 ゲートを潜ると、そこから雰囲気は一変する。油断なき視線を周囲に向けつつ、運悪く出てきたタクトニムには、さほど戦闘力があるものでもなかったのが幸いして、大して苦もなく撃退出来た。たまに面倒なものもいたのだが、そこはこのメンツである。物理的な戦闘力の低いクレインとシヴの二人を、後方でのバックアップとして、大きな被害もなくやり過ごした。まあ、追い駆けっこなどしたことは、ちょっとしたご愛敬なのかもしれない。
 一歩一歩近づくに連れ、シオンとシヴを除く者達の足取りが遅くなる。そして完全に停止したのは、とある建物を視認し、どうやらそちらへとシオンが進もうとしていることを理解してからだ。
 「………………」
 可成り長い沈黙は、クレインのものであった。その顔には、躊躇いの色が見える。
 彼の視線は、ほんの少し先にある建物へと注がれていた。
 どっしり重厚な、そして何処となくねっとりとした粘膜と思しき黒いものが、まとわりついている様に見えるそれ。廃墟に見えるも、何故か建物自体が生きている様な気配を発し、また隣にある病院なんかも、今にも足が生えて突っ込んで来そうな気がする。
 勿論ながら、あり得ない話なのだが、何となくここが何処かを知っていると、そう感じてしまうのだ。むしろ無意識の領域で。
 「……どうかされましたか?」
 恐らく、布の下では、怪訝な面持ちであろうシオンがそう聞いた。
 後十歩くらいで、クレインが沈黙した場所へと着く距離だ。
 「いえ、何でもありません……」
 クレインの脳裏では、まるで走馬灯の様に、あの場所での出来事が流れて消えていた。
 実は他にも、ここへと来るまでに、ちょっとばかり遭遇した出来事なんかも流れ去っていたりするのだが。
 「……本気だったのね」
 頭痛を堪えるかの様に眉間を揉み揉みしつつ、シャロンが言う。
 「本気とは、どう言う意味でしょうか?」
 答えるシオンは、小首を傾げている。
 「いやまあ、別に良いんじゃね?」
 知っていたのかいなかったのか、もしくは気付いていたのかいなかったのか。そこら辺は今ひとつはっきりしないものの何処か楽しそうに言うラーフである。
 「ま、ビジターなあたし達らしいか」
 シャロンとしても、知りはしたものの本気であるのかどうかは五分五分だろうと思っていたのだ。取り敢えずの準備はしていたのだが。
 「……あのぉ」
 おずおずと声をかけるシヴに、生暖かい視線で振り返ったのは、当の本人とシオン以外の三人だ。当然の如く。
 「ここって、それほどまでに、危ない場所なのですか?」
 それに臆することなく、きょとんとしているところを見ると、ここを何処だか知らないらしい。
 いや、ここ自体の話を聞いて知っていたとしても、場所の一致を見ていないのだろう。少なくとも、セフィロトに暮らす者なら、噂くらいは聞いて知っている。
 ただ、訪れたことがあるものが少ないのだから、実際のモノを見た者もそれに準じた数となるだろう。
 「なあ、『都市中央警察署』って知ってるか?」
 「タクトニムさん達の拠点ですわよね?」
 ラーフの問いかけにも、動じてはいない。やはり……と、皆の視線が絡み合う。
 「…………。まさか、ここが」
 その雰囲気から、漸く察したのだろう。シヴの顔色が変わった。
 ぽむ、と、シャロンが肩を叩く。
 「解った?」
 こくこくと頷く彼女は、シャロンのその手が安心をもたらしてくれたのだろうか、徐々に顔色が回復に向かっていた。
 「って言うか、そもそもヘルズゲートに入ってる時点で、何となくヤバげだって気付かないか?」
 シヴを除く皆が、こっくりと一斉に頷いた。
 「あ、でも大丈夫ですよ。ヤツらとは遭遇しない通路を見つけたのです。……行きは」
 最後の台詞には、一抹の不安が残った。
 だがしかし。
 『ふっ……。戻るなんて、今更さっ』
 そんなフレーズが、皆の脳裏を駆けめぐったのであった。



 「……取り敢えずさ、ゲートん中入るからって持ってきた装備、行きは必要なくて良かったな、と。そう思う訳だが」
 だがしかし。
 なかなかに酷い格好になってしまっているのは、ただ単に、通って来た道のりが酷かったからである。ビッグサイズのシオンがぎりぎり通れる範囲で、それでも時折、黒い布まで真っ赤に染めて、ふーんむむむむむっっーーっ! とばかりに身体を抜くところがあったのだが。
 「大体、おっかしいと思ったのよ。何で奴らと遭わずに行けるのかって」
 赤毛も包帯も一緒に交えて髪をかき回すシャロンの言葉を受け、皆がうんうんとばかりに頷いた。
 シオンはちょっとだけ、大きな体を竦めている。
 「見ろよ。クレインとシヴ。マントもエプロンも、酷ぇことになってんじゃねぇか」
 示すラーフの言うとおり、クレインのマントとシヴのエプロンやワンピースには、埃と蜘蛛の巣、そしてあんまり考えたくない物体が所々見えている。そう言うラーフだって、言われているシオンだって似たり寄ったりではあるのだが、ある意味正装に近い格好の二人の被害の方が問題であろう。
 「ちょっと、あたしはイイわけ?」
 「いや、だって、ボスのは汚れてるのは包帯だ……、済みません。ゴメンなさい。ボスの衣装も大変なことになっとります。はい」
 シャロンに半眼で睨まれると、ラーフはマッハで主張を一変した。
 「まあ、ダストシュートですもの。汚れるのは仕方ありませんわね」
 そう、シヴの言う通り、シオンの示した通路と言うのは、タクトニムさえ避けて通る、ダストシュートであったのだ。汚れまくっているのも、無理はない。
 だがそんな汚れが付いていながらも、のほほんと笑って言うシヴは、ある意味凄いのかも知れなかった。
 ちなみに、食料関係は、念入りに封緘した為、そして身体に厳重に固定していた為、大丈夫である。……恐らく。いやきっと。……と言うか、希望的観測を述べてみるとと言うのが、一番近いのかも知れない。
 「何はともあれ、怪我もなく到着出来て良かったのではないでしょうか?」
 取りなす様に言うクレインに、確かにそうだと肩を竦めたのはシャロンとラーフの二人だ。
 「では、はじめましょう」
 両手を組み、小首を傾げたシヴの号令と共に、皆がいそいそとパーティ準備を始める。
 その中、シオンは出入り口になる扉、そして中央のテーブル──元はきっと事務机──へと、とあるブツを設置していた。
 「……それ、何?」
 「パッシブセンサーです」
 シャロンに答えたシオンは、笑顔でそう答えた。勿論、その笑顔は、布に遮られて見えなかったが。
 シオンが設置していたのは、熱、音、振動、そして実際の姿形を三六○度全方位に置いて探知するものである。通常パッシブセンサーは、こちらから信号を出さない為、敵からは見つかりにくいと言う利点はあるものの、アクティブセンサーに比べて余り精度は宜しくない。だが、それを改良に改良を重ね、従来の五倍──当社比──の有効範囲を持っていた。
 「野菜泥棒にも、役立つわね」
 説明を聞いたシャロンが、重々しく頷く。視線が、某男性に向いていたのだが、当の本人はと言うと、クレインとシヴが並べ様としている食料一般を、後から口に入るもののすっかり忘れたのか、はたまた条件反射か、まるで野生の獣の様に狙っていた。
 「宜しければ、お分けしますよ。格安で」
 「どのくらい?」
 「そうですねぇ……、この辺で如何です?」
 シオンが埃だらけの扉に、値段を提示。
 「高いっ。もうちょっと負けて!」
 「ええっ?! それはあんまりです」
 「そんなことないわよ。その値段があんまりだわ」
 等と言い合う中、『ぴこーん』と言う音が鳴る。
 何事? と反応を返す五人は、そのセンサーを一斉に覗き込んだ。
 「パッシブの意味が、あまりありませんねぇ……」
 クレインの口調は何処かおっとりだが、表情はそれを裏切っている。
 「この赤い点々は、一体なんですの?」
 やはりおっとり言うのはシヴであるが、こちらは本気で解っていないのかもしれない。
 「何って、そりゃーもー、煮ても焼いても食えねぇヤツらだろ」
 半マジなラーフを余所に、またもや『ぴこーん』と音がする。
 それを皮切りに、室内では『ぴこーん』、『ぴこーん』、『ぴこぴこぴこーこーん』と言う音が鳴り響いた。
 確かに先のクレインが言った通り、ここまで五月蠅いとパッシブセンサーを持って来た意味がないだろう。
 「まあ、お料理しがいのない方が、増えておりますわねぇ」
 「てかっ! 逃げるだろ!! フツー!!」
 それが合図だった。
 一斉に動いたのは、いっそ見事なチームワークだ。
 狂った様に鳴り響くのは、北北東のドアに設置したセンサーだ。そこからが一番多く、『煮ても焼いても食えないヤツ』、そうタクトニム達が押し寄せている。
 「パーティの邪魔をするなんて、バチが当たりますわ」
 そう言うが早いか、シヴが開きに掛かった料理群を、まるで神業の様に片付けた。
 「食いモンだけは、絶対死守っ!!」
 叫ぶラーフが腕を振り、『物質操作』で部屋にある壊れかけの家具達を順番に持ち上げ、タクちゃん満載な扉前にバリケードを築く。
 「丁度良かった。タクトニムって、味覚があるのか知りたかったの。後で味見をお願いしたいわ」
 妖しく、しかし豪毅に微笑むシャロンが手にしたのは、お手製のカナッペ達だ。
 「しかし場所が場所ですし、少し洒落にならないかもしれません」
 少しばかり焦りを見せているクレインの前には、『マシンテレパス』を発動した証である陽炎の様な青白い基盤が浮かんでいる。
 「退路は確保致しましょう」
 シオンが担いだのは、六本の銃身を持つバルカン砲だ。そのまま南南西の扉へと向けるが早いか、ヴヴヴォーンと言う音と共に火を上げた。
 「おっさん、案外激しいねぇ」
 シオンには何処かデジャヴを感じる台詞だが、感慨や追憶に浸っている暇はない。
 弾け飛ぶと言うには可愛らし過ぎる情景が、バルカン砲をぶっ放した箇所に見えた。
 そのバルカン砲の出力は、オールサイバーだからこそ耐えられたのだろうと、誰しも考えてしまう程にグレイトだ。
 元々ある通路が、更に増え、その先にイヤらしい肉片と液体、そして金属がぶちまけられているのは、そこからやって来ていた筈であるタクトニム達の変わり果てた姿であろう。
 「逃げます!」
 一声上げたシオンに反応し、まずは先陣を切ってラーフが踊り出、シャロン、シヴ、クレインと続いた。殿はパーティーリーダであるシオンだ。
 ラーフの築いたバリケードの向こうから、凄まじい音が聞こえてくる。
 「お土産を上げましょうね」
 タイマーをセットし、そのまま部屋の中へと置き去りにすると、シオンは彼らの後を追って走り出す。
 清潔と言う言葉を、幾億光年の彼方へと置き去りにした様な通路は、もしかすると通って来たダストシュートと変わらないのかもしれない。だがそれでも、こうして走って行けるのだからマシなのだろう。
 先頭のラーフが、分かれ道へと到達した時、シオンはパーティに合流した。
 「──! います」
 小声でそう言うクレインは、どうやら署内で生きている監視システムに、無事クラックを果たしている様で、丁度三叉路となっている向かって右から来るタクトニム達のことを察知し、パーティにと知らせる。
 「任せろっ!」
 答えるラーフも気合いは入っているものの、先制重視の為、声は小さめだ。
 背後でシオンの置き土産が、盛大に歓迎のクラクションを鳴らしたのを合図に、ラーフはタクトニムの真正面へと躍り出るが早いか、一挙に帯電させて『エレクトリック』を大盤振る舞いしてやった。
 青白い蜘蛛の巣は、一体のタクトニム──ビジターキラーから、背後にいた三体のケイブマンへと何故か伝染していった。
 「へ?」
 驚いたのは、放った当人であるラーフだ。床を見ると、理由は不明だが水浸しである。
 『何故? 何時の間に?』と言う顔をしている四人。そしてただ一人、にんまりとVサインをかましているのはシャロンだ。
 「要は電気だものね。水があればお得感も倍増よ」
 「まあ、こんな方法もあるのですわね」
 しみじみ感心しているシヴに皆が和みそうになるも、即座に緊迫感は復活した。
 「逆からも来ますっ。後ろも……」
 クレインの言葉通りだ。ケイブマンがやって来たのとは逆の方向から、今度はシンクタンクらしき金属の固まりが、そして背後からはシオンの置き土産を受け取らなかったらしいケイブマンとイーターバグが現れた。
 「全く、食い意地の張ったのが来たわね」
 「……ボス、何でそこで俺を見る訳?」
 「別に。って言うか、あたしはあんたのボスじゃないから」
 シャロンの答えを聞き、『あーあ』とぼやきつつも、ラーフは『食い意地の張った奴ら』ではなく、直近のシンクタンクへ向かってステップを踏む。
 「まあまあ、喧嘩はなしの方向で。私達は厚い信頼で結ばれた、パーティなのですから」
 言いつつシオンも高周波ブレードを構え、モンスター側へと真っ黒なままで突撃した。ちなみに顔は、出している。
 そんな二人を横目で見つつ、『マシンテレパス』にて周囲の警戒をしているクレインの肩へと、シャロンはそっと手を置いた。いきなり声をかけて、彼の集中を途切れさせない為だ。
 小首を傾げて見返すクレインに、シャロンは問う。
 「クレインさん、あんたどの辺りまで解るの?」
 それだけで彼には通じた様だ。
 「こちらは固いですし、複雑になってますからね。このフロア内全てと言う訳には参りません」
 忙しなく、仄白い基盤上で蠢いているのは、もしかすると彼が関知しているタクトニム達の位置なのかも知れない。
 「……また、来ます。恐らくはシンクタンク──」
 不吉なその預言は、どうやら外れてはくれそうになかった。



 「ったく、こっちはハロウィンやってんだって。んなとこにカチコミかけようなんざ、野暮ってもんだ」
 取り敢えず、自分達がタクトニムの巣に入ったことは置いておく。
 喰い損ねた恨みは怖いのだ。
 「菓子……なんて上等なモンは持ってねぇよな。ああ、それ以前に喰いモンすら持ってねぇわな。持ってんのはエモノだけか。んじゃ、しゃーねぇよなぁ。……痛めつけてもOKーつーワケでっ」
 ラーフの右手が、ぐっと突き出される。狙いは、シンクタンクの持つ武器だ。
 あまり見ないタイプのシンクタンクは、X-AMI38スコーピオンの様な尾を持っていない代わりに、幾つもの腕を持っていた。二足歩行なそれは、一見して直立歩行をするムカデの様に見える。流石に百本もの腕はないものの、現地調達するには格好のタクトニムであるかもしれない。
 ラーフの髪が、さわと揺れた。
 頭部にある口腔の様な穴で、何かを察知した様に轟と鳴く。
 ムカデが腕に持つ銃器に狙いを定め、ラーフの『物質操作』が発動した。
 金属が軋む音、上がる咆哮。
 一番近接していたムカデの右側の腕が、纏めて基幹から千切れ飛び、左側の腕達から雨あられと炸裂弾が降り注ぐ。それからコンマ一秒後、背後のムカデ達からも炸裂弾がプレゼント。
 「危ねぇだろう! 後ろがっ」
 直撃など喰らえば、風通しの良い身体になること請け合いだ。さりとて避けると、背後の三人に当たるだろう。
 逡巡すらなく、ラーフは『エレクトリック』で対抗した。
 直撃こそなかったものの、破壊された周囲から降り注ぐ瓦礫は、そこそこにラーフの身体に傷を作る。見かけは派手に血が出ていても、大したダメージはまだないと判断。
 眩い光が展開する中、オイルの様な、そして体液の様な、何とも言えない液体が、右腕と共に宙を描いて明後日の方向へと飛んでいきそうになるのを視認し、慌てて制御を取り戻す。
 「勿体ねぇ……」
 自分の背後へ一旦集約すると、内一本の腕からタクティカルランチャーを剥ぎ取りざまにぶっ放す。ちょっとばかり重いしクセもあるが、タクトニムに使えて自分に使えない訳がない。見事着弾を果たすと、目の前では心楽しくない光景が展開した。
 「……ヒグマだって殺せそう」
 『いるのかヒグマっ!』と突っ込みが入りそうな台詞だが、そんなものを入れている余裕なんぞ、きっと誰にもなかっただろう。
 取り敢えず、この光景にムカデ型シンクタンクは怯まなかった様で、可成り後方のそれはしっかりラーフを狙っている。
 「エモノは後でおっさんに運んで貰うとするか」
 だって重いからと、心の中で付け加えたラーフは、まるで肉食獣の様な笑みを浮かべ、やる気満々なムカデを屠りに掛かった。



 まるでバターの様に。
 そんな比喩がある。
 けれどシオンの握る高周波ブレードは、バターを相手にする時の様な抵抗力すら見せず、ケイブマンとイーターバグを切り裂いていた。
 真っ二つになって上下二点セットの着ぐるみと化してはいるものの、誰も欲しがりはしないだろう。
 だがイーターバグは、その仲間の死体すら、格好のご馳走とばかりに貪り食っていた。
 「……悪食ですねぇ。いくらお腹が空いていたとしても、そこまで意地汚くはなりたくないですね」
 既に黒い布は、イーターバグの吐く強酸でボロボロになっていた為、涙をのんで捨てている。その恨みがあるのかないのか、シオンは彼らに容赦がなかった。
 真正面に飛び出して来た命知らずのケイブマンに向い、ブレードを突き刺し腕まで沈めてぐるりと捻り、思いっ切り引く。
 飛び散る体液など被りたくない。シオンはバックステップで身軽に避けると、そのまま残る三人のパーティへ向かおうとしていたイーターバグを柄で殴った。
 一撃で沈めたのは、オールサイバー故の馬力だろう。半分頭部がヘシャゲていた。
 「こんなに柔らかいなんて……」
 ちょっと驚くシオンである。
 だがのほほんカマしてはいられない。更に彼らの出現したところから、今度はビジターキラーが見え始めた。
 「流石は都市中央警察署。数が多いですね」
 瞬間、『高機動運動』で一気にカタしてしまおうかと逡巡。
 だが止めた。
 出発地点での大量の電力消費は避けたいからだ。
 シオンは半分くらいに減ったケイブマンとイーターバグを、ちらと確認。近場にいるのは、闘志に満ち満ちているケイブマンだ。
 「元気が良いのは良いことです」
 言いざま、シオンは豪毅に笑う。ブレードを軽く放って逆手に持ち、そのままケイブマンにと串刺した。剛力を振るい、シオンは投擲の要領で、既に構えに入っていたビジターキラーへと投げつける。
 ブレードから離れ宙で弾ける様にダンスを踊るケイブマンは、見る見る内に、形を小さく変え、グラムにしても売れない様なミンチに変わった。
 だがシオンは、それをぼけっと見ている程、マヌケにはなれない。
 降り注ぐ肉片を避けつつも、彼は見る間に残り少なくなったケイブマンとイーターバグを切り捨てると、ビジターキラーへと肉薄した。



 感電して丸焼き状態のケイブマンが未だ煙を上げる向こう、ゆらとシンクタンクの姿が見える。
 クレイン、シャロン、シヴの三人に緊張感が走るも、姿が視認できた時点で、約一名の視線が和んだ。
 「まあ、何て可愛らしいのでしょう」
 危機的状況に陥ろうとしているのに、シヴは何処かのほほんとしている。
 「……何処が?」
 思わず冷静に突っ込んだシャロンだが、ここは彼女の感覚の方が普通であろう。
 ラーフが相手にしているのは、どうやらムカデ型らしい。
 そしてここに向かってきたのは、スコーピオン型でもムカデ型でもない。クモ型だ。
 足が沢山あると言うことは似ているだろうが、似て非なるものである。
 しかも毒々しいまでに派手なクモだ。
 「あのつぶらな赤い瞳とか」
 「多分、あんたとあたしの拳くらいの大きさね」
 ぎらりと時折輝くのは、周囲を確認しているのだろう。
 「長いおみ足とか」
 「間違いなく、あんたとあたしの身長ぶっちぎってるわね」
 長い足だが、大して早くない為、距離は稼げないらしいのが救いである。
 「まるで恥じらっているかの様な、紫の頬とか」
 「普通は恥じらっても、紫にはならないわよね」
 瞳の回りから微妙に色が変わり、最終的には青になっているのが頭部だ。
 「力強い歩みですし」
 「通路幅より身体の幅の方が大きいものね」
 通路の破壊音は聞こえない。何故なら口から吐く糸の様なもので、壁が瞬時に溶けているからだ。恐らく酸なのだろう。
 「泰然として焦らないところも素敵ですわ」
 「大きいから、動きは鈍い様ね」
 きっとマラソンをしたら、三歳児でも勝てるかも知れない。
 「ボディーガードとしては、最適なのですけれど」
 「言うこと聞いてくれたらね」
 別にシャロンは意地悪を言っている訳ではないのだ。ただ単に、主観のままに言うシヴに対し、客観的意見を述べているだけで、恐らくはシヴよりシャロンよりの意見の方が、一般の方々には多いだろう。
 何だか何処までも続きそうな会話の中、一人真面目に対応しようとしているのはクレインだ。
 相手はシンクタンク、ならば『マシンテレパス』で内部にアクセスして動きを止められないかと考えている。
 「げっ! またデカブツが……」
 受け持ち分をカタして帰還したラーフが、迫り来るクモに顔を引きつらせている。
 「硬そうですねぇ……」
 やはり戻って来たシオンが、それを見て先程使用したバルカン砲を手に取った。
 二人を見て、あからさまにほっとしたのはクレインだ。
 さもありなん。
 先程まで、そこにいたのは天然のボケ突っ込みをしている者二人だったのだから。
 撃ちますよとばかりに視線をやるシオンを受けて、四人が僅かばかり後ろへ下がった。
 踏ん張るシオンからヴヴォーンとばかりに砲が吼え、僅かな間の後着弾を確認。
 「やったか?」
 「あれでダメなら、逃げるが勝ちね」
 期待と不安入交の台詞の中、見えたのは、どうやら怒っているらしいクモである。
 「これでもダメですか……。──っ!?」
 怒り狂うクモから、五人を目がけて酸が飛ぶ。咄嗟にシャロンとラーフが飛び退き、クレインが壁を楯にし身を潜めた。
 シヴはシオンの影に隠れ、そのシオンは、カボチャ型のバスケットを肌身離さず持っているシヴをしっかり持ち上げ身を翻すも、僅かに左腕から煙が上がる。
 「シオンさんっ?!」
 「掠めただけです」
 眉間に皺を寄せつつも、驚くシヴの安否を確認するシオンは、自分の方も駆動系に異常がないかをチェックし、パーティメンバーに退却を促した。
 「せめて、動きが止まってくれれば──っ」
 険しい表情をしたクレインの正面で、青白い基盤が一層艶やかに輝いた。
 その刹那。
 「止まったっ?!」
 驚愕するシャロンの言葉に、一堂逃げることも忘れ、後ろを振り返る。
 赤い瞳が更なる輝きを見せ明滅していた。そして何故か、その瞳を中心にし、何やらぼこぼこと盛り上がっている。次ぎに来たのは、叫び声にも聞こえる、例えようもない程に不愉快な音。
 それに重なり、メリ、とも、ベキ、とも言う音が徐々に聞こえ始めると、バルカン砲にも耐えきった装甲が内側から吹き飛んで行く。剥き出しになったクモの内部は、まるで回路図のプレゼンを見ている様に、あちらこちらへと光が走った。
 「ヤバイっ! 角まで一気に走れっ!!」
 走り出したラーフの声に、シャロンが反応し駆け出す。それに疲れの見えるクレインが続き、その後、硬直しているシヴを抱えたシオンが続いた。
 彼らが飛び込む様にして通路へと駆け込むと、背後ではフロア内を震撼させるかの様な轟音が響き渡った。



 「手加減と言うのは、案外難しいものですねぇ……」
 クレインがぼそりと呟くと、他の者の顔が一斉に引きつった。
 「ね、ねぇ。手加減してあれなの?」
 「おっかねぇ……」
 「……クレインさんには、逆らわない方が良いのかも知れませんね」
 自らがサイバーであり、マシンテレパスの被害の対象になりかねないシオンの言葉は、かなり真剣みが感じられる。
 シオンの言葉に、シャロンとラーフが『Me Too』とばかりに頷くが、ただ一人、様子の違うものがいた。
 「……頼もしいですわ」
 お祈りポーズでクレインを見、ほうと溜息を吐いているのはシヴである。
 彼女が可愛いと言ったクモを倒したのだが、それはもうどうでも良いらしい。
 過ぎ去りし時間より、目の前にある現実の方が勝利したのだ。恐らく。
 きっと彼女には、クレインが凛々しい騎士様に見えているのだろう。そんな気が、三人にはしていた。いや、確かにヴァンプ仮装でマントを羽織り、それらしくは見えるのだが。
 ちなみにクレインとしては、むしろ三人の思考とは逆だったのだ。
 彼の言った言葉通り、クレインは動きを止めるだけのつもりだった。だったのだが、あまりに強固な抵抗に遭い、更に余り長くシンクタンクと繋いでおくのもイヤだったと言うこと、そして通常のコンピュータとは勝手が違ったと言うことから、何故か暴走を引き起こしてしまった。切欠を与えたのはクレインであっても、実のところ自爆してしまったと言うのが正解なのだ。
 手加減が難しいから、容赦と言うものが出来なかった。つまりはそう言っていたのだが、あの言葉だけで全てを察せよと言うのは、可成り酷であろう。
 「どうかしましたか?」
 小首を傾げるクレインに、黙している三人とうっとりしている一人。
 少しだけクレインを見る目が、……いや、クレインと、それを頼もしいと言ってのけるシヴの二人を見る目が、変わったかもしれない三人である。
 「い、いえ、何でもありません」
 「と、取り敢えず、またヤツらが集まって来る前に、ここから動いた方が良いわ」
 「さんせー」
 「そうですわね」
 何となく納得していない顔のクレインに、気がつかなかったフリをした面々は、視線を微妙に逸らしたままに歩を進めた。
 「あ、強奪品、持って来るの忘れた」
 不意に呟くラーフだが、あの状況では仕方ないと肩を落とす。まあそれでも、今度遭った時には絶対に持って帰ろう──シオンに頼んで──と思い直した。
 扉が並ぶ薄暗い通路は、今にもタクトニムが出てきそうである。そして事実、彼らが普通に歩いていられる時間は僅かであった。
 再度青白い基盤を出現させていたクレインが、短く警告。
 「来ます。右前方に、……恐らく五体のタクトニム」
 逃げ道は、今来た方向と、タクトニムの出現予想方向とは逆の、左側前方にある通路だ。
 「タクトニムなら、ちょっと試したいものがあるのよねぇ」
 クールに笑ったシャロンが取り出したのは、カナッペ。
 「まあ、何だか変わったお色のカナッペですわねぇ」
 「うちで品種改良した野菜を使ってるの」
 一応、市販の材料も使っている。例えばアボカドと合わせているのはカニクリームだし、ツナクリームと合わせているのはカリフラワーと言った具合に。
 ただ、色が微妙に違う。
 「では色んなお料理が作れますわね」
 このカナッペを見て、その感想が出るのは凄い。
 「良かったら、今度遊びに来て頂戴。分けてあげられるのがあるかもしれないから」
 ウィンク一つ、シャロンはタクトニムと対峙すべく走り出す。
 シャロン一人に行かせる訳もない。四人もまた、彼女を追った。
 「見ぃーつけ、た」
 撓る腕。宙を行くカナッペ。
 いたのはイーターバグだ。
 食い意地の張った彼らは、シャロンにまずは興味を示したが、飛んでくるカナッペもまた、見過ごさなかった。五体分だから五個。そんな風に思ったかどうかはさておき、五個のカナッペが飛び、パン食い競争もこうは行かないと思える程な食いつきっぷりを見せるイーターバグ。
 蟻の様な頭部に消えたカナッペは、更に増えるイーターバグの為、次々と宙を行く。
 だが。
 「げっ! 何で?!」
 四人が見たものは、苦しみ藻掻いているイーターバグだ。
 「……あの野菜、取り敢えず食べるのに向かないのが解ったわ」
 冷静に言うシャロンを尻目に、四人は『パーティが始まってなくて良かった』と心底思う。
 「でも、お野菜の問題ではなかったのかもしれませんわよ」
 冷静な突っ込みを入れたシヴの後を、心底戦いているラーフがつなげる。
 「ボスの料理って、破壊的なのか……?」
 「こっちはちょっとしたサプライズ・アイテムよっ」
 「フツー、サプライズで死なないからっ!!」
 「まだ死んでないわよ!」
 そう言いつつ、今にも死にそうであるのは明白だ。
 タクトニムすら死に至らしめるカナッペ。可成り怖いかも知れない。
 「打ち止めだわ」
 カナッペが切れ、それでも増えるイーターバグと、続々と現れ始めたビジターキラーに舌打ち一つ、シャロンが包帯を取り外して腕を撓らせる。
 ひゅっと言う風を切る音。イーターバグの腕が切断され、またもや彼らは共食いを始めた。
 「切れ味抜群ね」
 「それが包帯の正体ですか……」
 感心した風のシオンは、同じく迫る奴らの中へと躍り込み、ブレードを振りかぶる。
 振り返るイーターバグは、美味しい餌とばかり、シオンへと飛びついた。鋭い歯がシオンに迫る。
 「ああっ! ……取れてしまいました」
 「「ええっ?!」」
 言いつつも、しっかり相手の息の根は止めている。だがその足下には、彼の指かと思われる物体が落ちていた。
 「……嘘でしょ」
 シャロンが包帯を操りつつ、一本足りない手を見せるシオンに目を見開いた。
 だが。
 「嘘でーす」
 落ちたそれを拾いつつ、背後に迫るビジターキラーを切り捨てた。
 何だかオイルの様なものまで流れ出しているそれは、なかなかにリアルだ。
 「こんな時に冗談なんかしてんじゃねぇって!」
 凍り付いていたシヴとクレインを背後に、ラーフがそのままシオンに裏拳で突っ込んだ。
 「す、済みません……」
 シュンとしたシオンが無事であると解ったクレインは、中断していた『マシンテレパス』にての索敵を再開すると、即座に眉間に皺を寄せた。
 「まだ来ますよ。あちらから」
 「では反対側に逃げるしかありませんわね」
 言うシヴに、クレインが少しばかり困った顔を返している。
 「問題があるのですか?」
 「突き当たりに扉があります。そこを抜ければ、恐らく外へは出られるのでしょうが……」
 クレインの答えに、シオンはサイバーアイにてそれを確認した。確かに、扉がある。それに加え……。
 「何かあるのね?」
 言い籠もるクレインに、シャロンが確認するかの様に聞くと、彼はそっと頷いた。
 「熱反応がありますね。何かいると、そう言うことでしょう」
 「でも、行くしかねぇな」
 「追い込まれている様な気が、しないでもないけど」
 振り返って見ると、ランダムに出現していたタクトニムが、実はここへと追い込む様に現れていた気がするのだ。まるで誰かが指揮を執っているかの様に。
 だが選択肢はほとんど無い。
 彼らは一目散に扉を目指した。



 スッポンよりもしつこい食いつきを見せるタクトニム達から何とか逃げ切り、四人は扉をぶち壊して転がり込んだ。どうやらここは、何かの訓練場であったのかもしれない。やたらと天井が高く、そして荒廃していると言うだけではなく、寒々しい部屋でもあった。
 「正面から来ますっ」
 クレインの警告に、咄嗟に反応できたのは僥倖だろう。ラーフとシオンの神業めいた刃捌きが閃き、シャロンの包帯とクレインの単分子ワイヤーが、前衛の二人を擦り抜けた黒い礫を粉砕する。しっかりちゃっかりシオンが楯になる様な位置へと回り込んでいたシヴは、ダメージゼロで済んでいた。
 ぼたぼたと床に落ちるそれは、まるで何かの種の様に見える。
 だが五人の視線は、そこにはなかった。真正面で一部を除き、威厳に満ち満ちていた雰囲気を漂わせている、それを見ていたのだ。
 「これは……タクトニムでしょうか?」
 「恐らくは」
 「ちょっとした悪夢ねぇ……」
 「あんまり美味そうじゃねぇよな」
 「でも、この方はお料理しがいがありそうですわ」
 そう。何故か目の前のタクトニムは、カボチャの頭をしていたのだ。
 それも可成りでかい。この中で一番ビッグサイズなシオンより、頭一つ分くらい高い身長と、頭部は彼の二倍程もある。
 何となく、シヴの『お料理しがいがありそう』の言葉に身を竦ませた様な気もするが。
 「取り敢えず、こいつをタタんで外へ出る!」
 宣言したラーフは、『PKフォース』を発動させる。彼の手からは青白い光球が浮かび、あまり明るくはないそこに、真昼時を出現させた。
 はち切れんばかりの状態にまで成長させると、ラーフは大きく腕を振りかぶって投げつける。続けざま、その光を借り『光偏光』を発動。
 伸ばした指先が光り輝き、レーザーの様に突き進む。
 デカカボチャは避けない。
 むしろ余裕の雰囲気を纏って、仁王立ちだ。
 連続した光が見事にヒット。
 崩れ落ちる様を予想した面々だが、期待は裏切られた。
 「マジかよ……」
 片手一つで受け止められたそれは、デカカボチャが手を振ることで、逆に彼らに肉薄する。
 「ちょっとヤバいわよっ」
 これにあたれば洒落にならない。
 天井高くにある梁へと包帯を引っかけたシャロンが、近場のシヴをひっつかみ、反動を使って別地点へ着地。ラーフも同じく、猿の様に身を翻して待避。シオンはクレインを腕に抱えると、床を蹴って宙を飛ぶ。返された光が床を抉り、そこには更なる大穴が開いた。
 だが唖然とする間もなく、デカカボチャからは黒い種が吐き出される。
 ガガガガッとばかりに着弾するそれは、直撃を喰らえば肉の一欠片くらい持って行かれるだろうことくらい良く解った。
 「……シュールです」
 姿形は全く持って失笑もの。怖くも何ともないのだが、その攻撃力と防御力はなかなか半端ではない。シオンの額に汗が浮かぶ。
 「何もハロウィンだからって、カボチャが出て来るこたぁねぇだろうが……」
 食べられるカボチャなら大歓迎だが、こんな凶暴なカボチャは願い下げだ。
 バカの一つ覚えの様な黒い種の砲撃だが、所構わず吐き出されるそれは、五人の身体を掠めただけでも、見事にぱっくり切り裂いてくれた。そこそこに血の化粧がなされて行く彼らに致命傷はないが、それでもこれが続けられれば、出血多量で動けなくなること請け合いだ。
 「頭を一斉に狙えばどうでしょう」
 「まあ、でもそれでは、カボチャさんが潰れてしまいますわ」
 クレインの言葉を聞き、それは困るとばかりにシヴが首を振る。ちなみに彼女は、シオンが楯になってくれている為、殆ど無傷だ。
 「いや潰れてくれて良いんだって」
 「粉々になってしまったら、美味しい煮付けが出来ませんわよ」
 『煮付け』の言葉に、何故かデカカボチャが一歩下がった。
 「……? 何でしょう。あのカボチャ、『煮付け』……」
 『に反応している様です』と続けるつもりだったシオンだが、そう言うまでもない。皆が怪訝な視線を向ける程に、何故か身を引いている。
 「……? どう言うことだ?」
 「へぇ……。あれって、もしかして本当にカボチャの変種かも。ねえ、綺麗に切っちゃえば、『煮付け』は出来ちゃうわよねぇ」
 悪戯っぽく笑うシャロンは、『煮付け』の言葉に身を竦ませるカボチャを前に、包帯を鞭の様にして床を弾いた。コスチュームが違ったなら、『跪いて足をお舐めっ』と言う台詞が聞けたかもしれない。
 そのまま華麗なステップで進むと、カボチャの頭──と言うより、頭がカボチャなのだが──を切る為に、腕を艶やかに閃かせる。
 だが、小気味よい音が響くものの、デカカボチャには傷一つつかない。
 「……本当に硬いわ。一応これ、普通の金属なら切り落とせるんだけど」
 「どう言う植物なんだよ、それ。……まあでも、それじゃあ『煮付け』は諦めて、『スープ』になってもらうとするか」
 まるでいじめっ子の様に、にやりと笑ったラーフが一歩前へと進み出る。黒い種砲撃は、料理の名前を聞いた時点で止んでいた。
 「スープなら、良いかもしれませんわね。私も流石にそれは、持って来ておりませんし。宜しければ、お作り致しますわよ」
 カボチャ型のバスケットからすっと調理道具を取り出すと、デカカボチャは思いっ切り身体を仰け反らす。
 「いーねぇー。暖か『パンプキンスープ』かぁ」
 「大きいですから、かなり沢山作れそうですよ」
 ラーフの台詞受け、クレインも満面に笑みを浮かべる。
 彼の脳内では、パンプキンスープだけでなくパンプキンケーキも作りたいと言う野望が湧いていた。
 どうやら既に、皆意思の疎通は出来ている様だ。
 「言葉責めよね」
 ぼそりと言うシャロンだが、勿論彼女もノっている。
 「あたしの農園の野菜達と一緒に煮込めば、なかなか良い味になるんじゃない?」
 「何日分の食料になるでしょうねぇ」
 シオンのそれには、半分本気の色が見えた。
 最初は勢いも良く好戦的であったデカカボチャは、既に戦意を喪失している様にも思えた。人でもタクトニムでも、やはり気合いと気力で勝負するものなのだと、誰しもが納得する。
 普通に戦っていたら、可成り被害が出たであろうことは間違いない相手なのだから。
 偶然にも弱点の様なものが解ったのは、きっと彼らの運の良さだろう。
 顔を見合わせ笑う五人。デカカボチャには、もしかすると『ヒト』と言う名のタクトニムに見えたかもしれない。
 「まあまあ、お可愛そうに。何だか怯えていらっしゃいますわよ」
 不思議そうに言うシヴの手には、一本のナイフが握られている。
 そのアンバランスな姿は、デカカボチャに声が出せたのなら、悲鳴が聞こえてきそうなくらいに怖かった。
 「カボチャのクセに、喰われたくないとか言うなよなぁ」
 攻撃力防御力とも抜群であったタクトニムも、尻尾を握られ形無しだ。
 ラーフの悪魔の微笑みに、まるで媚びるかの様に喰わないでとばかりに首を振る。
 「ハロウィンパーティを邪魔されてしまいましたからねぇ。私達はお腹が減っているんです。ああ、早く『スープ』が飲みたい。あ、『ケーキ』でも良いですねぇ」
 「そうよねぇ。外に出れば、何か他にも食べるものがありそうだけど、ここで足止め喰らっちゃってるんだもの。目の前の『食料』を食べるしかないわよねぇ」
 手持ちに食料があるのだが、そんなことは口にもしない。
 ちなみにタクトニムを食べる様な性癖も、彼らには持ち合わせがなかった。
 血と埃と瓦礫の欠片と。
 そんなものを付けた彼らが微笑む様は、きっと百戦錬磨のビジターでも戦いたかもしれない。
 デカカボチャは、必死になって自分の背後を指し示す。
 「もしかすると、外へどうぞと仰っているのでしょうか?」
 クレインの問いに、大正解と首を振る。
 「……残念ですね。初めて食べることが出来そうなタクトニムにあったと言うのに」
 何だかシオンが言うと、洒落になっていない気がした。
 「ま、そうまで言われちゃ仕様がねぇよな」
 ラーフが訳知り顔にうんうんと頷くと、溜息混じりにシオンが言う。
 「仕方ありませんね。皆さん、ここから出て行きましょうか」
 了解とばかりに頷く彼らは、デカカボチャが示したドアを目指す。
 早く出ていって下さいと懇願している様なカボチャに向かって、通りすがりにシヴが言った。
 「私達が出て行くまで、良い子にして下さらないと、みんなで美味しく頂いてしまいますわよ」
 にっこり微笑むシヴであるが、何故か背後が黒かった。
 手にするナイフで、あの硬いデカカボチャが刻めるの筈もないのだが、それでも『料理』と言う名のトラウマは拭い去れなかった様である。
 ドテカボチャ……もとい、デカカボチャは、一歩迫るシヴに、一歩処か十歩退く。
 彼女の微笑みは、ますます黒くなって行くのであった。



 外に出た五人は、シャロンの持っていた応急手当キットで、取り敢えずの血止めと化膿止めを行い、シオンの家を目指した。
 シオンから、本当のハロウィンパーティが実は彼の家であると聞いた為だ。
 多大なラッキーで出てこれたから良かったものの、アンラッキーならパーティどころではなかったかもしれない。
 だが呆れたのは一瞬。
 取り敢えずは無事だったのだからALL OKと、彼らは足取りも軽くシオンの家を訪れた。
 だが、彼らは本日二度目の唖然を体験した。
 「……何これ」
 「……何だかとっても個性的ですわ」
 「……あのデカカボチャが可愛く思えるのは、俺の目が可笑しくなったのか?」
 「……いえ、私もそう思います」
 四人の反応に怪訝な面持ちを浮かべているのは、ホストであるシオンだ。
 「あの……、何か可笑しいでしょうか?」
 「「「「可笑しい!」」ですわ!」です!」
 ハモる彼らに仰け反るシオンだが、四人がそう言うのも無理はなかった。
 これがハロウィンの飾り付けだと言えば、発祥の地に住まう方々は怒り狂うだろう。
 何だか悪霊の様な様相を見せているカボチャは、まるで訪れた人々を呪いそうな勢いで天井から幾つも吊されていた。更に窓にはピンクと紫のラメに彩られた下地に、けばけばしい金色モールが所狭しと飾られ、ちらと見るリビングらしき場所には、張りぼての墓場が作られている。
 ちなみに天井に吊されているのは悪霊カボチャだけでなく、ミイラの様な手首や、振り子の様に行ったり来たりを繰り返すゾンビなおもちゃがあったのだ。
 「シオンさん、ちょっと良いかしら?」
 にっこりシャロンが笑う。
 「そこにお座り頂けますか?」
 シャロンに続き、シヴも微笑みを浮かべてソファを指し示す。
 大きなガタイを小さく縮め、シオンは二人の女性に従った。
 「これから正しいハロウィンについて、しっかり教えてあげるわ」
 「心してお聞き下さいませね」
 レクチャーを始めた女性陣を見て、残る二人の男性陣は顔を見合わせた。
 「……取り敢えず、私達は準備を始めましょうか」
 「……そだな」
 悪趣味な飾り付けを取り外し、持ち帰った料理を並べ始めるクレインとラーフであった。



 その後。
 説教は二時間程続き──準備を終えてもまだ終わらなかった為、クレインとラーフで女性陣を何とか宥めたのだ──、漸くパーティが始められたのは、既に夜も十時を過ぎようかと言う頃であった。
 予め持ち寄った料理は温め直され、説教が続いている間に作られたクレインの新作スイーツもテーブルに並ぶ。
 「美味そうだよなぁ」
 涎を垂らさんばかりになっているラーフの顔には、幾つもの絆創膏がある。
 「何だかハロウィンと言うより、お食事会みたいだけど、まあそれでも良いか」
 ついとフライドカボチャに手を伸ばしたシャロンが、それを口にし、頬を綻ばせた。彼女もまた、顔ではないが、そこここに治療後が残っている。
 「んー、美味し」
 「お口にあって、光栄ですわ」
 にっこり笑うシヴは、そのフライドカボチャを作って来ていたのだ。
 他にもチキンキッシュ、ギネスビーフシチュー、アイリッシュブレイズ、ポテトパフ、チーズプリン、バタースコーン等々を持ってきていた。あのバスケットの中身が無事だったのは、一重にシヴの執念だ。
 彼女だけは、シオンの影に隠れてやり過ごしていた為、傷らしい傷がない。
 「何だか感動します。こんなに豪勢な食事が頂けるなんて」
 じーんと感激しているシオンは、アイリッシュブレイズをとりわけ、その味の染みた牛肉を堪能した。シオンの少しばかり溶けてしまった左腕は、後で修理に出さなければならないだろうが、今はもう考えないことにしている。
 「久々にまともな食事な気がするなぁ……」
 しみじみ言うラーフは、取り皿が山盛り状態になっている。
 ちなみにシャロンから絶対大丈夫だと脅迫されて、カナッペも皿に乗っかっていた。
 シャロン自身は、カナッペの他に、アイリッシュシチューやビーフシチューリブ、ダブリンコドル、クラウディ、リンゴの果実酒等と言った品々を持って来ていた。
 「宜しければ、どうぞ」
 クレインが遠慮がちに勧めるのは、彼の新作、フルーツババロアだ。
 彼もまた、三人と御同様に絆創膏や包帯が見え隠れしている。
 何となく野生の本能が知らせた──危機察知能力とも言う──某男性と、やはり何処かで虫の知らせを受けた某女性の合計二名は、少しばかり逡巡する。
 だがしかし。
 じっと見つめるクレインの真摯な瞳には、到底勝てるはずもなかった。
 「い、頂きます」
 「お、同じく」
 一方、それを感じなかった某二名は、素直にババロアに手を伸ばしている。
 「「頂きます」」
 声を揃えてそう言うと、四人が一斉にババロアを口へと運んだ。
 「「「「……………」」」」
 そこにあったのは、微妙な顔つきをした四人と、それを期待を込めた視線で見つめるクレインの顔であった。


Ende

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   □■□ 登 場 人 物 紹 介 □■□
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】

0375 シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい) 男性 46歳 オールサイバー

0474 クレイン・ガーランド(くれいん・がーらんど) 男性 36歳 エスパーハーフサイバー

0610 ラーフ・ナヴァグラハ(らーふ・なう゛ぁぐらは) 男性 18歳 エスパー

0645 シャロン・マリアーノ(しゃろん・まりあーの) 女性 27歳 エキスパート

0648 シヴ・アストール(しう゛・あすとーる) 女性 19歳 一般人

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   □■□ ラ イ タ ー 通 信 □■□
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 こんばんは、斎木涼です(^-^)。
 この度は『第一階層【都市中央警察署】ビジターキラー』シナリオにてご指名頂き、ありがとう御座います。
 お届けが、ハロウィンから遠くなってしまって申し訳ありません……。
 しかしながら、久々のセフィーちゃん、とっても楽しんで書かせて頂きました。
 何か不都合なことが御座いましたら、遠慮無くお申し付け下さいませ。


 >シオンさま
 何時もお世話になっております。
 プレにありましたどっきり、もっとやってみたかったのですけれど、挟む場所を作りきれませんでした。
 そしてデカカボチャ、被り物でなく本物と言うことにさせて頂いきました。きっとあの頭は、食べられるのではないかと思っております。非常時の食料に、是非っ。

 >クレインさま
 何時もお世話になっております。
 微妙な料理ネタ、こちらでも出させて頂きました。料理ネタ、自分があまり作らない割りには好きなのです。
 また建物の見取り図ですが、場所が場所ですので、広範囲のものは手に入れることが出来ないまでも、今回通った場所に置いては記憶と言う形で残っているかと思います。

 >ラーフさま
 お久しぶりでございます。
 シチュとは一転、コメディっぽい描写に専念(…)させて頂いております。
 そして料理ネタを振って頂き、ありがとうございます。折角振っていただいたので、もっともっと、色んなものを召し上がっている描写も入れさせて頂きたかったかなとも思ったりいたします。

 >シャロンさま
 お初にお目にかかります。
 クールだけれども、気っ風の良いおねーさまと言うイメージで書かせて頂きました。
 元植物学者で品種改良を行うと言うことで、武器は普通のものではなく、やはり植物に……。一度、農園の方にもお邪魔させてもらい、どの様な植物があるのかを見せて頂きたいです。
 ……それにしても、あんな突然変異って、あるのでしょうか。

 >シヴさま
 お初にお目にかかります。
 アレンジ自由と言うことでしたので、ボケと突っ込みの両刀遣いに……。
 のほほんしながら、何処かずれていて何処か黒い。そんなイメージなのですけれど、宜しかったでしょうか。
 現在メジャーなメイドさんと、本来のメイドさんの衣装が違うと言うのは、今回初めて知りました。お勉強になりました。そしてメイドさん書きの機会を与えて頂き、ありがとうございます。


 皆様に、このお話をお気に召して頂ければ幸いです。
 ではでは、またご縁が御座いましたら、宜しくお願い致します(^-^)。