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<東京怪談ノベル(シングル)>


とある日常の風景

 色あせた落ち葉が数枚、風に舞い地面に降りてくる。降り注ぐ陽光は、強くまぶしい。まるで夏の盛りのように鋭く、刺すようだ。けれど、秋のひんやりとした気配に抱かれ、やわく、あたたかだ。夏は名残の中にとどまっている。門屋嬢はそんな日差しに目を細め、友人たちと歩いていた。
 整髪料や、香水、それに汗臭い体臭が嬢の鼻腔をくすぐる。人と交差するごとに、匂いが漂うのだ。不快とまではいかないが、爽快ともいえない。そばを行き交う足音や、会話がにぎやかに耳朶を打つ。おまけに、陽気なだけの音楽が周りに設置されたスピーカから、垂れ流しのように響いている。おかげで友人の声が聞き取りにくい。加えて歩行の方向が制限されていないため、足を思い通りに進めるのが難しい。行きも帰りも混ざっているため、人を避ければそこにも人、なんてことが何度もある。嬢は立ち止まり首を回して、周囲を視認する。辺りにそびえるジェットコースターや観覧車の他にも、海賊船をモチーフにした絶叫マシーンや、空高くまで勢いよく上昇したと思ったら急降下し、それを幾度も繰り返している機械もある。その全てが長蛇の列である。そして、嬢たちが今向かっている場所は、そのの中でも群を抜いている。ここの遊園地の名物らしく、かなりの人数が列をなしている。だが、許容量が多いため、思いの他待ち時間は少ない。
「ここのホラーハウス、すごく怖いんだって」
 とは、友人の談だ。外観は作り物くさい古びた洋館だ。ヴァンパイアやろくろ首にミイラ男といった姿が不気味に正面の看板に描かれ、恐怖をそそっている。
列が終わるくらいの場所に置かれた看板には待ち時間、一時間と書かれている。嬢を除いたほかのメンツは納得しているらしく、最後尾に着いた。嬢はあまり乗り気ではないが、誘った手前外で待っているというわけにはいかない。ため息をひとつ吐くと、彼女は友人の元へ向かっていった。待ち時間は面倒くさいし、人ごみも煩わしい、こうもうるさいと音楽も騒音だ。文句を上げればきりがない。だがそれでも、嬢は笑っていた。嫌いじゃないのだ。めんどくさくとも、煩わしくとも、うるさくとも、それを含めて、遊園地が彼女は好きだった。そうでなければ、わざわざ休日に来る必要などなかった。

 重々しい洋風のドアを開けると、視界に飛び込んできたのは全身を包帯で覆ったミイラ男だった。あまりにも突然な展開に、友人達は驚きの声を上げた。ただひとり嬢だけが、冷静な瞳でミイラ男を見つめていた。
 お化け屋敷なのだ。これくらいのことは予想済みである。嬢が怯えないことを察すると、ミイラ男はすぐに身を翻し去っていった。
 先を歩いているとフランケンシュタインやろくろ首、それにスモークなどが仕掛けられていて、そのたびに友人達は悲鳴を上げた。だが嬢には物足りなく、白けた目でアトラクションを見据え、頭をかいていた。
 驚く必要がどこにもなかった。それはわかっているせいだった。ここがハプニングを提供する場所で、決して死がそばにはないのだということに。ここには、決して極限はない。絶対の安全の上にある恐怖。それは、精巧に作られた偽者。ここには安易な模造品が転がっているだけだ。だからこそ嬢にはそれがウソクサク、友人には新鮮だった。

 お化け屋敷から出てくると友人達は満足気だったが、ひとり消化不良な嬢は辺りを見回し、次のアトラクションを探していた。すると、高い塔のようなものから人が落下していた。背中には命綱みたいなものがついていて、パンジージャンプであることが遠めにも理解できた。
 面白そうだと思った嬢は目を輝かせ、友人を誘ってみたが反応は拒絶だ。皆手や首を振る始末だ。当然だろう。一般的に見て、お化け屋敷の何倍ものスリルがある。ミイラ男で騒いでいるようではお話にならない。止めなよとなだめる友人達にベンチで休んでいてと申しでて、嬢は手を振って分かれた。

 高さは見上げるよりも、見下ろしたときにその意味がわかる。縦十数メートルの距離は、たやすく死を連想させる。
 下を除くと映るのは、小さな人形のような精巧な作り物ようだった。同じであるはずなのに、違う生き物のようだ。たまらなく、遠い場所にいるのだと嬢は実感した。
 自分はこんな景色が見たいのかもしれないと、嬢は思う。
 極限と死、日常にあって日常にないもの。花が散り、人が置いて死ぬように、いつかは訪れる現実だ。だがそれは、一瞬のようなひとときであって、常に体験するようなものではない。否、してはいけないものだ。きらめくようなわずかな間だからこそ、人は忘れることができる。そして、模造を好むことができる。本物は危険すぎる。だから、偽者で十分なのだ。本能がそれを教えている。真実よりもウソの方がやさしいことなど、この世にはたくさんある。
だが、そうして見える景色は、どこか色彩を欠いている。絵の具で創りだした朱が、決して黄昏の朱と同質ではないように、なにかが違う。そのなにかを嬢は見たいのだ。人と違うということは、人と同じでは生きられないということでもある。
 嬢は係員の合図と同時に、身を空中躍らせた。風をまといものすごいスピードで、落下していく。
 そして、世界は意味を失った。
 周りが、そばが、嬢以外が狂っていた。
今この瞬間にある全てが、彼女を傷つけるためだけにあった。風も、重力も、光でさえも、明確な殺意を持っていた。
怖かった。ただ純粋に、嬢は怯えた。逃げることも、立ち向かうことも許さない、純粋で壊れた恐怖。
それは確実に嬢を蝕もうと近づいていた。だが、近づくだけだった。決して、届くことはなかった。
そして、世界は意味を取り戻した。
気づくと、嬢は大地に下りていた。
極限、死、そんなものが見えた気がしていた。
嬢は乾いた唇を下で湿らすと、大きく伸びをした。その顔にはひどく、うれしそうな笑みを浮かべている。
「さて、明日から頑張るかな」
 嬢はそう言うと、友人の下へ歩き出していった。だが、少しだけ進むと、振り返り後ろを見た。人ごみがあるだけだった。望んだものはどこにもない。彼女は気を取り直し、歩みを再開した。
 マッテイルヨ、そんな声が喧騒の中、消え入るような声で嬢にささやいていた。