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第一階層【居住区】誰もいない街
ライター:有馬秋人
ここいら居住区は、タクトニム連中も少なくて、安全な漁り場だといえる。まあ、元が民家だからたいした物は無いけどな。
どれ、この辺で適当に漁って帰ろうぜ。
どうせ、誰も住んじゃ居ない。遠慮する事はないぞ。
しかし‥‥ここに住んでた連中は、何処にいっちまったのかねぇ。
そうそう、家の中に入る時は気を付けろよ。
中がタクトニムの巣だったら、本当に洒落にならないからな。
***
チームにとって大きな山場を越えたのは嬉しいことだった。毎回まいかい決算期には鬼気迫る顔をしているメンバーだが、今回の結果はそう悪くはないと顔を綻ばせている。
「決算が終わったよ!」
「収支はとんとんであろう。まったく…黄金のシンクタンクなぞ…」
ここらで大きく稼がなければジリ貧は必至。そう顔に書いたヒカルはため息をついた。決算期が終わりを告げたとうきうきで踊り狂っているレオナを他所に、持っていくものを見つめる姿に疲弊は濃い。
「だーかーらっ、一発大きく当てようって。ヒカルの好きな釣りだよ?」
「釣るのは魚だけで十分っ」
誰が好きこのんでシンクタンクを釣るものか、と渋面だ。
「ヒカルが釣らないなら俺が頑張るぞ」
「よしゃっ、龍樹がんばろー」
おー、と二人でどこか浮かれているのはやはり決算期後のせいなのか。足取りが軽すぎるレオナとそれに釣られている龍樹を制御するのは些かならずとも難しいとぼやくと、ヒカルは深々と息をついた。
元々の噂はレオナが拾ってきたものだ。
セフィロトの塔下層には大きな水溜りがある。雨水が外壁から入り込み、長い間に溜まったもので地底湖と見まごうほどだった。噂の中心は、最近そこに全身黄金の鱗に覆われたシンクタンクが現れるというものだった。
普段のヒカルであればレオナの浮かれぶりに失笑して、手を出さないたぐいの仕事だが、話を切り出した場所に親友というか悪友というか一方通行片思い気味の関係だというか微妙に微笑ましい関係の守久がいたのが敗因の一因。
やる気の溢れるレオナが心配なのはもちろんのこと、懐がやや寂しい相手がこの話に乗ってこないはずがなかった。
ヒカルが判断を下しかねている間にあれよあれよと言う間に決まり、決行日はもちろん装備についてまで纏められてしまった。その後に最低限のいるものを選別し、ぎりぎりまで切り詰めるのは面倒だった。
ここまで詰められた話を蹴る気は毛頭ない。けれどため息をつかずにはいられないのは勘弁して欲しい。
「遠足にきたのではないぞ、あまりに浮かれるな」
足元に置いていた装備を背負うと率先して歩き出した。装備の中味は個々に違いはあれど、概ね一致している。
件のシンクタンクは魚型だと解っているので、ゴムボートや一応釣り道具を所持している。レオナはオールサイバー用の潜水装備をレンタルし、守久は水中でも戦えるよう専用装備を引っさげている。ヒカルに至っては口では無理だとぼやいていも、本心ではやはり釣り上げたいのか立派な釣り道具一式をこそりと忍ばせていた。ただしいつもの対物ライフルではなく、さらに凶悪な対戦車ライフルを荷にしている為釣り道具は目だっていなかった。
湖面の見える位置で三人は一旦立ち止まった。その時点でようやくヒカルの釣り道具に気付いたレオナは目を丸くして相棒を伺ってしまった。よもやまさか本当に釣り上げる気なのだろうか。いやそうしてもらえれば確かにものすごく面白いのだが。
「さて、どうやって釣り上げるか…? いい金になるといいけどな……」
ヒカルの装備に「もしかして」とわくわくしていたレオナは、そのものずばりな守久の科白にぐっと拳を握る。
ここに居たよ、と。
レオナにしても最初は釣り上げると騒いでいたが、事前にヒカルがギルトで調べ上げてきたデータを見て実は断念していたのだ。自分の腕力があればその重量に耐えられるだろうが、竿がもたない、というか撓りすぎて持ち上がらないだろう。
それが解っていたから口で釣る釣る言っていたものの、自分が囮となっておびき出し、ヒカルにしとめてもらう一撃必殺を狙うつもりだったのだ。一番やりなれている方法だからきっと今回も通用するだろうという算段で。
守久の「釣る」という発言も自分を慰めるため、あるいは冗談交じりで言っていると思っていたのに、マジだと解ると俄然面白みが増す。
ここは一つ、釣りで試してみよう。そう決めたレオナはちゃかちゃかライフルのチェックをしているヒカルに擦り寄った。
「まずは釣ってみようよ」
「……何を馬鹿げた」
「へ? 釣らないのか」
「………」
きょとんとした守久の顔にヒカルの頬が引きつった。けれど相手が手にしているものを見て少しだけ納得する。
「釣るは釣るでも、そっちか」
守久が持っていたのはヒカルが予想していた、あいるはレオナが想定していた釣竿ではなく、大物を釣るには最適な、銛だった。刺さると抜けないように逆棘までついている。鱗を貫くほどの力があれば、それは確かに釣れる可能性を秘めていた。
「魚型ってことは基本的に水中だろ、俺のはほら…呼吸と動きが基本だからな」
銛には絶縁処理を施してあると付け足して、水面を指差す。
「一応水中装備も持ってきているけど、できるならこれを上からさくっと」
銛を投げるふりをした守久に、レオナが「わー」と拍手した。
「ふむ、……そうだな。それがあるなら少し作戦変更するか」
「というと?」
ヒカルが思案する顔になる。潜水具をごそごそとしまいかけていたレオナは、ヒカルに制止されて振り返った。
「レオナはそれを着て黄金魚とやらをおびき出してこい」
「やっぱ潜るんだ」
「当然だろう? 銛があっても獲物が出てこなければ何にもなるまい」
「じゃ俺は?」
「魚影が見えたらそれで捕捉して、深く潜らないようにな。まぁ、引き上げられそうなら頼む」
「オーケイ。無理そうならそれでズドンだな」
「うむ」
守久が銛で抑えている限り、深部に逃げることは叶わない上動きがある程度制限されて動きにくいだろう。的になりやすい。ヒカルの腕があれば少しの間でも十分だ。作戦がまとまったのを確認すると、レオナはさっそく潜水具に体を詰め込んだ。守久は少し迷った後、水中に潜ることはないだろうと自分の潜水道具をしまった代わりに、銛に滑り止めをまき付ける。ヒカルは丹念にチェックしたライフルを狙点補助の道具に立てた。水面を一望できる位置を定めると、レオナに行けと合図する。
「それじゃいってきまーす」
「言って来い」
「レオナ、無理するなよ」
専用の潜水具がなければレオナの体はぶくぶくと沈むだけだ。それを危惧する守久に「だいじょぶだいじょぶ」と笑い、レオナの体は綺麗な曲線を描いて地底湖に消えた。
ばしゃん、と跳ねた水は高く上がった分落下して、改めて湖面を叩く。守久はレオナの影に注意を向け、周りに何か近づいてこないか気を配る。ヒカルはただひたすら湖面に見えるだろう巨大な魚の姿を待っていた。射撃に必要なのは強い精神力だ。獲物をひたすらに待つ強さは必須で。
守久がじりじりとしている間も一人涼しい顔で、ただ真剣な目を向けていた。
酸素の確保に一度二度とレオナの顔が覗き、その度に守久がはらはらする。銛を握る手が汗に濡れる。滑り止めをまいている為、取り落とすことはない。
相棒が顔を覗かせても呼吸一つ乱さず、冷静な体制を崩さないヒカルとの間に会話は生まれなかった。沈んでいくレオナの影を目で追っていた守久は、すっと眉をひそめた。
構えていた手から一度銛を放し、改めて握る。そしてようようと息を直していく。体の中を整えていくように、細胞の一つひとつを活性化するように、意識を尖らせ神経を集中する。守久の変化に気付いたヒカルは視線を外さないまま自身の意識も集中していく。
引き金に掛かっている指が一度だけ揺れた。
「龍樹ぃぃぃぃぃぃぃっ」
ざばっと飛び上がったレオナが守久を呼ぶ。蹴り上げる力はオールサイバーに相応しく力強く、レオナの体が水面に跳ね上がる。それを追う様に金色の魚か姿を現した。守久が葬兵術によって強化された力の全てで銛を投擲する。魚が跳ね上がったタイミングが上手くつかめなかったのか、ヒカルが同時に引き金を絞っていたが僅かに外れ掠るに止まる。銛は過たず金色魚のシンクタンクにぶち当たり、その身を抉った。
水中に落下した魚は銃創を負っているにも関わらず身をくねらせ銛を外そうとする。逆棘のついている銛は魚型シンクタンクが暴れても外れない。陸上にいた守久が引きずられて上体を泳がせた。
レオナは囮役が済んだと岸をめざして泳ぎだす。一度引きずられた守久が、体制を立て直して踏ん張る頃合に水からあがった。そのまま銛の柄についていた綱を一緒に引き絞る。
深みに潜ろうとしていた魚影が止まり、ずるずると水面によってくる。相棒に教わった釣りの方法と同じように、力を弱めたり強めたり調整しながらレオナは守久と共にグンっと綱を巻き上げいく。
元々狙点は水上ではなく、水面近くに定めていた。ヒカルは確実にしとめられる位置まで近づくのを待ち、魚影を見つめる。一度外したことが精神負担にならないといえば嘘になる。けれど、しとめると決めたものを諦めることはない。
相棒と守久が綱をじりじりと巻き取っていくのを狼狽することなく見つめ、的確な意識で引き金を一度引き絞った。
水中から巨体を引き上げる頃には守久は脱力していた。オールサイバーのレオナとは違い、基本的には生身なのだ。何時までもフルパワーではいられない。あとは任せてと胸を叩いて見せたレオナに情けない顔をしつつ、綱を任せて座り込む。
ずるずると引き上げられてくるのはまさに魚。というより鮫のような形だ。鋭い牙がずらりと並ぶ口は圧巻だった。
「あー、まぁ、これくらいでかけりゃ儲けになるな」
人間一人程度であれば、まるっと一呑みにできそうなサイズだ。守久はぐいぐいと綱をひっぱり巨体を陸上に乗せきったレオナをちらりと眺める。ライフルを片したヒカルと獲物の品定めを始めていた。
その二人が並んでいると比較対象に最適で、改めてこれを水中で挑発して引き出してきたレオナの度胸に感服した。
シンクタンク名鑑:【ゴールデンシャーク】
金色の装甲に覆われた全長18メートルクラスの鮫型TT。
装甲は破られにくい。攻撃は噛み付きのみ。
水中では無敵だが地上では活動不能。
2005/12/...
■参加人物一覧
0536 / 兵藤・レオナ / 女性 / オールサイバー
0535 / 守久・龍樹 / 男性 / エキスパート
0541 / ヒカル・スローター / 女性 / エスパー
■ライター雑記
ええっと。ラブコメ風にはなりませんでした(苦笑)。
釣りは忍耐のゲームですが、シンクタンク相手に待ちゲームもなんだとこういう形に仕上げてみました。
少しだけ三人そろって簡易椅子に座ってぼーっと釣りしている映像が浮かんだのですけれど。それはまぁなかったことにして。
楽しんでいただければ嬉しいです。
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