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都市マルクト【整備工場】オーバーホール
『契約のサイン』
宮瀬 朝未
【オープニング】
装備の手入れは生き残りの必須条件だ。いざって時に、武器が壊れてましたじゃ、命が幾つあっても足りないからな。
だが、素人が弄り回してたんじゃあ、限界もある。たまには、本職に見てもらうのも必要だ。
それに、整備や手入れですまない、ぶっ壊れた装備は本職に修理してもらわなきゃならん。
サイバーなんて、傷一つ直すにも修理が必要だし、年に一回はオーバーホールが必要だって言うじゃないか。戦場じゃ頼もしいが、私生活じゃ大変だな。
さて、整備工場へ行こうか。あそこで、装備の修理や整備をやってもらおう。
■□■
「流石に・・・限界ですかね・・?」
ティアはそう呟くと、しげしげと自分の体を見つめた。
スカートがふわりと揺れ、ほんの少しだけ広がると再び元のように戻った。
「ティアちゃん、こっちにビールのおかわりね〜!」
「あ、は〜い。」
客の呼ぶ声にティアは愛想良く答えると、再び忙しくクルクルと店内を回る。
オールサイバーである彼女は年に1回のオーバーホールが必要なのだが、そうは言っても、アルバイトを他にも多少しているとは言え、ティアは普通のウエイトレスだ。
10万レアルは大金だ。
だましだまし使ってきたのだが・・・それも流石に限界のようだった。
オーバーホールをしなければ・・しかし、そのお金をどこで調達するのかが問題だった。
無論、そんな大金の備えはない。
となれば資金調達しか道はない。
しかし、いくらオールサイバーだとは言っても、彼女は一般市民だ。
ビジターでもなければ自警団でもなければ、ましてマフィアでもない。
戦って資金調達・・と言うのは難しい。
そうなると考えられる限りでは残された道は一つ・・・“借りる”事だ。
幸い、働いている酒場の客に“借りる”事が出来た。
無論タダでと言うわけではない。
ティアがその客と交わしたのは、愛人契約だ。
オールサイバーなのに“愛人”にする意味はあるのだろうかと、困惑はしたものの・・とりあえず、貸してくれると言うのだから・・・。
ティアはそう思うと、契約書にサインをした。
サインをするのと引き換えにお金を貸して貰い、ティアはその足で馴染みの医者のところまで行った。
「おぉ。ティア・・久しぶりだな。」
「お久しぶりです。」
ティアの顔を見た瞬間に、その男・・・ジェイドはニコリと人の良さそうな笑顔を浮かべた。
それにつられてティアもニッコリと微笑み、その男に近づいた。
「本日は、オーバーホールに来たのですが・・・」
「・・それで?」
語尾を濁したティアに、ジェイドが小首をかしげる。
どう言ったら良いものか・・・ティアはほんの少しだけ考えを巡らせたが・・良い案が浮かぶはずもなく、正直に事の成り行きをジェイドに話す事にした。
「オーバーホールにあたって、お客様からお金を貸していただいたんです。」
「はーん。んで?その見返りは?」
流石ジェイド、話が早い。
「愛人契約を受ける事になって・・・。」
ティアはそう言うと、チラリとジェイドの顔を見た。
どんな表情をするのかと思ったのだが、ジェイドは意外と普通だった。
そんな事だろうと思ったと、顔にデカデカと書いてある。
「それじゃ、そっちの方も多少いじんないといけないわけだな?」
「お願いできますか。」
「あぁ。」
ジェイドは軽く頷くと、ティアにベッドに寝るように指示をした。
ベッドと言っても普通のベッドではない。
サイバー修理専用の“サイバー修理ベッド”だ。
ベッドと言うよりも、修理台と言った方が良いのではないかと、ティアはそこに横になる度に思った。
ふわふわな素材で出来ているはずもなく、そこは硬い。
ティアの体をほんの少し見た後で、ジェイドは起き上がるように指示をした。
近くにある机から、紙とペンを引っつかんで、なにやら書き付ける。
普段からそれほど字が綺麗な方ではないジェイドだったが・・・殴り書きになってしまうと、もはやすでにティアには読めない。
どうやら数字のようだが・・・それすらも定かではない。
落ち着いて考えてみれば、多分見積もりの事なのだろうけれども・・。
「しめて、25万レアルだな。」
「そんなにするんですか・・!?」
かすかな驚きで、思わず声が少し大きくなってしまう。
10万レアルだって大金なのに、その倍以上だ・・・。
「まぁ、聞け。」
ジェイドはそう言うと、ベッドに座るティアの隣に来ると、しゃがみ込んだ。
丁度ベッドを机にする形で、再び紙の上に文字を書きつける。
「まず、ティアのボディは軍用だが・・それも純粋なボディじゃない。」
「えぇ。」
「だからオーバーホールに13万レアル必要になる。」
ジェイドはそう言うと、紙に13万レアルと書き付けた。
しかしそれも、言いながら書いているから解るようなもので、それだけを渡されたら解読不可能だ。
「あと・・・その・・なんて言うんだ・・・?」
そう言って、頭をかくと口を引き結んだ。
何か言いにくい事を言わなくてはならない時の、彼の癖だった。
「・・愛人契約関連の・・ですか?」
「・・あぁ。」
ジェイドはコクリと頷くと、わずかに視線を宙に彷徨わせた。
「それ関係で“一部”ユニット交換と、神経伝達ユニットに関するプログラムの手直しが必要でな。」
「えぇ。」
「その・・・切り替え・・で・・な。」
「解ってます。」
ティアは力強く頷いた。
「とりあえず、ソレが15万レアル必要なんだが・・・」
ジェイドはそう言うと、ティアの頭をコツリと叩いた。
「3万レアルはまけてやるよ。」
「ありがとうございます。」
ふわりとティアは微笑むと、持っていたバッグを漁った。
それでも・・やはり25万レアルは痛い。
一応多めに“借りて”きているのだが・・・思わず溜息が出てしまう。
「そんじゃ、そこに寝てな。すぐ終わるからな・・・。」
「お願いします。」
ティアは丁寧にお願いをすると、ベッドに寝そべった・・・。
□■□
ジェイドは手先が器用で、サイバー医師としての腕もなかなかのものだった。
そもそも知り合ったきっかけはなんだったかと、思いを巡らせてみる。
そうだ・・・客として酒場に来ていたんだ・・・そこで酔って、ティアが介抱してあげて・・そこから仲良くなったのだ。
そんなに前の事ではないのに、思い出の1ページとして綴られてしまうと、なんだか遠い過去の話のようで・・懐かしいと言う感情に変換されてしまう。
「ほら、終わったぞ。」
ジェイドの声とともに、ティアは体を起こされた。
「なんか、違和感とかあるか?」
「いえ・・別に・・。」
「そうか。ちょっと腕を動かしてみてくれ。」
そう言われて、腕を上下に動かす。
一つ一つの関節を確かめるように、指を動かし、手首を動かし、肘を動かし・・最後に肩を動かす。
右と左を順番に確認した後で、大丈夫だと言うように黙って頷いた。
「そうか。足も大丈夫か?」
足も同じように動かしてみる・・・先ほど同様、何の違和感もない。
「他も大丈夫だな?」
あれこれと体を動かしてから、ティアはコクリと頷いた。
「ユニットのプログラム走査確認をしたいんだが・・・良いか?」
「どうぞ。」
ジェイドが頭をかきながら、すーっとティアの腕を撫ぜた。
ほんの少し、気持ちの悪いような感じがしたが・・問題はない。
「大丈夫か?」
ジェイドが心配そうな顔つきでこちらを見つめる。
「えぇ、大丈夫です。」
ティアはそう言うと、にっこり微笑んだ。
どうやら先ほど僅かに顔が歪んでしまっていたらしい。
「次、行って良いか?」
「どうぞ。」
ティアは気を引き締めた。
ジェイドがほんの少し爪を立ててティアの腕をすーっと撫ぜる。
・・・思わず肩が上下してしまった。
「痛かったか?」
少し考えた後で、ティアは首を振った。
「ま、あくまで切り替えだからな。自分でコントロール出来れば完璧だ。」
「頑張ります。」
力強く頷いたティアの頭を、ジェイドが優しく撫ぜる。
「頑張りなさい。」
その言葉に、ティアは満面の笑みを返した。
〈END〉
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0633/『炎の妖精』 ティア/女性/18歳/オールサイバー
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は『契約のサイン』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
初めましてのご参加、まことに有難う御座います。
さて、如何でしたでしょうか?
サイバー医師は、どんな性格にしようかとあれこれ悩みました。
結局このような性格になりましたが・・・お気に召されれば嬉しく思います。
それでは、またどこかでお逢いいたしましたらよろしくお願いいたします。
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