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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


スターゲイザー

 冷えた空気が肌を刺す初冬、ボストンから程近い橋を一台のトレーラーがマスタースレイブを載せて渡っていた。
 トレーラーを運転する伊達剣人に、その隣で車窓に流れる街並みを眺めるレイカ・久遠が尋ねる。
「アーカムまではまだかかりそう?」
 二人が数日前までいたブラジルから北米にあるアーカムまでは、気候が反転する程距離があった。
 レイカの口調は明るく響いたものの、その中に隠しきれない疲れを読み取って剣人は申し訳なさを感じる。
『頼むっ、俺のマスタースレイブ作りに付き合ってくれっ! 礼ならいくらでもするから!』
 そう言って誘ったのは剣人の方だった。
 ――二人っきりの北米旅行、にしちゃちょっとトラブル多かったよな……。
 ある程度物資の揃っているセフィロトとは違い、北米で人間だけでなくマスタースレイブ も運ぶとなると輸送手段の確保すら難しかった。
 ――ま、それももう終るさ。
 剣人は意識して明るく答えた。
「いや、もうアーカムに入ってるよ」
 橋の向こうに広がる街の名前はアーカム。
 屋根の途中が一度折れる駒形の切妻屋根が連なる街並みは、一世紀以上前に建てられた物だ。
「古い町並みが残っているわね」
 『審判の日』以降の大暗黒期からようやく世界は復興し始めている。
 比較的新しい建物が多かったボストン市街に比べると、アーカムにはそういった建物がほとんど無い。
「そうだな。アーカムがほとんど無傷だったのは『奇跡』だって言う奴もいる。
中には『ミスカトニック大学に眠るネクロノミコンの霊的防御が発動した』って噂もあるが、本当の所はわからない」
 前世紀にはまだ魔術として認識されていたものが、現在ではより効率良くESPを発動させるシステムとして見直されている。
 とはいえ、誰もが魔術を学べばESPを行使できる訳ではないのだが。
 古い町並みとはやや趣の異なる工場がトレーラーの行く手に見えてきた。
 ヤマトインダストリー――剣人が新しいマスタースレイブを製作するために選んだ工場だ。 
「着いたぜ。長旅お疲れさん」
 そう声を掛けるとレイカは微笑を返してきた。
 ――機嫌悪い訳じゃないよな?
 レイカの表情一つに一喜一憂している自分に苦笑しながら、剣人は思った。
 ――好きな女が気にかかるのは仕方ないじゃないか。


 工場の整備ハンガーにはマスタースレイブ・アズラエールが、膝を折り前傾する姿勢で固定されていた。
 全身を覆うリアクティブアーマーと大まかな外装を取り外されたアズラエールが、むき出しの内部パーツを工場の照明にさらし、その周りを数人の整備工が囲んでいた。
 ミスカトニック大学の日本校で学んだ剣人は、アーカムという地名に因縁めいたものを感じずにはいられなかった。
 ――導いてるのが神だといいんだがな。
「どんなマスタースレイブにするつもりなの?」
 トレーラーの荷台から整備工と一緒にパーツを降ろす剣人にレイカが聞いた。
 剣人は今まで搭乗していたマスタースレイブ・紫電改から使えるパーツをアズラエールに組み込み、新たに流星という名前を付けようと考えていた。
「近接格闘メインで使えるよう調整して、右腕にはレーザーブレード、左腕にはショットガンを組み込もうと思ってる。
頭部には機銃も積んで、外装武器にはマスタースレイブ用の日本刀も作るつもりだ」
 剣人の言葉にレイカは表情を曇らせてうなった。
「うーん……正直その仕様って難しいんじゃない?」
「え?」
 レイカは「ここのメカニックにも聞かないとはっきりしないけどね」と前置きして会話を続けた。
「ベースになるアズラエールって、いわゆる特攻タイプのマスタースレイブでしょう?
燃料電池だけじゃ、大出力レーザーを内蔵するだけのエネルギーをまかなえないわ。
仮に水素エンジンを載せても、大型のレーザー兵器は今残ってる技術じゃ実用化できないわよ」
 アズラエールは単身で敵地に突入し、司令部や弾薬保管庫を破壊する事を目的として開発された。
 その為帰還に割くエネルギーを考慮していなく、動力源も燃料電池のみで、連続行動可能時間は通常のマスタースレイブの半分以下である。
 稼働時間の短さは、今後数日に渡ってセフィロト内部を探索する場合、明らかに不利だ。
「そうなのか……」
 剣人は自分の眉と肩が明らかに下がるのを感じた。
 ――ああ、憧れのビームサーベルが遠のくぜ。
「それに、内蔵兵器は通常よりも腕部の装甲強度を下げてしまうの。
だから……例えば格闘で腕部が銃身ごと歪んだ場合に発砲すれば、弾丸が暴発する恐れもあるわ」
「そうすると、銃は内蔵させない方がいいのか?」
 レイカがわずかに頭を振り、その動きを受けて長い金髪がさらりと緋色のロングコートに流れた。
「ううん、武器にも一長一短があるって事よ。
内蔵武器はマスタースレイブの機動性を妨げないけど、今言った欠点も出てくるのよね。
どんな物でも万能の物は無いわ」
 レイカの言葉に剣人は大きく息を吐いた。
「仕様書の見直しが必要ね」
 落胆した様子の剣人に、レイカが口調を変えて切り出す。
「設計は私も相談に乗るわ。もう一度二人でプランを練り直さない?
ただ私を北米旅行に誘った訳じゃないんでしょう?」
 レイカの言葉に弾むような雰囲気を剣人は感じた。
 ともすれば冷たい印象を与えがちな切れ長の黒い瞳が、今は楽しそうに輝いている。
「ああ、宜しくな」
 ――こんな顔見せてくれるんなら、ここまで一緒に来てもらった甲斐があったよな。


 結局マスタースレイブの仕様を書き換えるには夕方までかかり、剣人とレイカの二人はようやく遅い夕食を取っていた。
 中二階に設けられた休憩スペースからは、アズラエールに剣人の運んだパーツを組み込む作業が見渡せる。
 整備工たちはこれから、交代しながら徹夜で新しいマスタースレイブを作り上げていく。
 都市マルクトで個人がやっている規模の整備工場ではできない事だ。
 しかし大幅に仕様を変える事で最初に予定していた製作日程にもズレが生じ、観光に当てるつもりだった滞在予備日も潰れてしまいそうだ。
「この分じゃ観光なんてできそうにないな」
 外装パーツを組む前にシートサイズの調整や動作連動テストが必要なので、剣人も工場に残らなくてはならない。
 剣人が残念そうに呟くと、クラムチャウダーのカップを両手で持ったレイカが笑った。
 『審判の日』以降の生態系変化で一時は食卓にも登らなかった二枚貝も、ここ数年でまた採れるようになってきているらしい。
「私は結構楽しかったわよ。伊達さんの力になれたのも、嬉しかったし」
「そう言ってくれると気が楽になるよ」
 冷えた指先を温めるようにカップへと添わせたレイカが静かな口調で続ける。 
「整備に関しては、私もまだ勉強しなきゃならない事がたくさんあるから……。
せっかく工場に来てるんだし、邪魔にならない範囲でいろいろ整備工の人に聞いてみるつもりよ」
「どちらかと言えば、俺の方が勉強しなきゃならない気がするんだが」
 剣人がその言葉を受けて天井を仰ぐ。
 その冗談めいた仕草に「レクチャーする?」とレイカも悪戯っぽく返した。
 ――個人レクチャーか。それはそそられるな。 
「最近思うんだけど……ギルドのメンバーが持っているマスタースレイブは、そんなに目立って飛びぬけた性能を持ってるんじゃないのよね。
それでもちゃんと、生きてヘルズゲートから戻ってこられるのは……自分のマスター スレイブの長所も短所もわかった上で動かしてるからだって気がついたの。
自分の身体を預けられる、大切なパートナーだしね」
 機体性能では上位クラスのレイカのマスタースレイブ・リッパーBTにも、もちろん欠点がある。
 欠点の見直しを図ったレイカの戦闘スタイルは、剣人から見ても最近少しずつ変化してきているように感じられる。
 もちろん良い方向にだ。
 ――俺はマスタースレイブの性能を、欲張りすぎてたかもしれないな。
 剣人がマスタースレイブのあり方について改めて考えをめぐらせていると、仕様書の隅に書かれた文字にレイカが目を留めて聞いた。
「この『リュウセイ』ってどういう意味?」
「ああ、日本語で流星――shooting starの事さ」
「意外とロマンチストね」
 くすりと笑みをもらすレイカに剣人は苦笑した。
「意外と、なんて寂しい言葉だな。男は皆、浪漫を追い求めるようにできてるんだよ。
本当の所は紫電改に続いて、第二次世界大戦時代の航空機からってのが理由だけどな」
 流星は空戦性能に優れた艦上攻撃機だった。
「良い機体になるといいわね」
 剣人はレイカと共に再び階下のアズラエール――いや、流星に視線を向けた。


 数日後、工場の整備ハンガーには鮮やかな青のマスタースレイブ・流星が完成していた。
 左腰に固定した細身のロングソードの形状は日本刀を思わせ、頭部に載せた機銃のフォルムから流星は兜を頂いた武士のような印象を見る者に与える。
 内燃機関は現在運用されている他のマスタースレイブと同じく、水素電池で動作するように変更した。
 アズラエールの大きな特徴であったリアクティブアーマーは、まだ取り付けていない。
 周囲に人間がいる場合、被弾して周囲に飛び散ったリアクティブアーマーの破片が凶器にもなり得るからだ。
 リアクティブアーマーの取り付けは、ブラジルに戻ってからでも十分可能だ。
「調子はどう?」
「意外と動きが滑らかだな」
 通信機を通したレイカの問いかけに、流星の内部から剣人が答えた。
 紫電改に残っていた動作制御に関する部品を、ほぼ完全に載せかえられたのが良かったようだ。
 レイカや整備工たちが離れて見守る中、流星は紫電改が記録していた剣人の癖を上手く拾って動いている。
「ショットガンを出してみる」
 演習スペースに出た流星の左腕から、内蔵されたショットガンが跳ね上がった。
「弾丸は何を詰めてるの?」
「今、入ってるのは12番バックショットだ」
 何度か出し入れを繰り返した剣人が、標的にマスタースレイブの腕ごとショットガンを向けて撃った。
 が、弾痕は標的の中心からわずかにそれていた。
「照準にはまだ調整がいるな……」
 一旦ショットガンを腕に戻し、今度は頭部に取り付けた9mmサブマシンガンを標的に向けて撃った。
 小気味良い連射音と共に標的が撃ち抜かれてゆく。
 こちらは腕部のショットガンよりも射撃姿勢が安定している為、照準調整はわずかで済みそうだ。
 ――後はこの刀だ。
 剣人は流星を試し切りの鉄柱の前に立たせ、流星の左腰に固定したホルダーからロングソードを引き抜いた。
 レイカのリッパーBTと流星で刀鍛冶をした物で、形状は日本刀に近いが高周波の特性に合わせ、反りをつけていない直刀だ。
 またこの刀は大型のマスタースレイブ用高周波ブレードでもあり、柄に内蔵された高周波発信装置は破砕周波と焼熱周波を交互に切り替え発振するタイプである。
 単純に破砕周波で切断するだけでなく、焼熱周波によって切断面を焼く事で、再生能力の高いケイブマンにも効果が大きくなる。
 高周波を発生させる刃の部分は使い捨てで、高周波に磨耗した刃は刀背から外す事ができるようにし、ホルダー内には替え刃が納まっている。
 本来なら電源の入っていない高周波ブレードにホルダーは必要無いのだが、替え刃の運搬ケースも兼ねて装備しているのだ。
 HB一本で連続使用できる回数は従来の高周波ブレードと同じく五回だ。
 流星に構えられた刀に高周波が発生し、薄く明滅し始める。
「……せええぇッ!!」
 裂帛の気合と共に流星の前に並んだ鉄柱が両断された。
 

 流星から降りた剣人にレイカが歩み寄って来た。
「完成したわね。おめでとう」
「正直レイカのアドバイスが無ければできなかったぜ」
 久しぶりにマスタースレイブを動かし汗ばむ剣人に、レイカがタオルを差し出す。
 それを受け取り、剣人は改まって礼を言った。
「マスタースレイブの事……本当にありがとうな。レイカに一緒に来てもらって良かった」
「改まってそう言われると、何だか照れるわ」
 ふと、レイカの表情が何かを思いついたように変わる。 
「そういえば、『礼ならいくらでも』って伊達さん言ってたわね」
 ――確かに言った気がする。
 にっこりと笑うレイカに、剣人はやや背中の冷えるような予感を覚えた。
 ――俺はもしかして、予知能力にも目覚めそうなのか?
「それじゃ、まずはショッピングに付き合ってもらおうかしら。
港にも近い街だし、シーフードレストランで食事も良いわね」
「ああ、いいぜ。いくらでも我侭言ってくれ」
 ――こんな我侭ならいくらでも聞くさ、レイカ。
 剣人とレイカは連れ立ってアーカムの街へと歩き出した。


(終)