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ばってん兎 〜デコレーション・スベシャル〜
セフィロトの塔には数多のタクトニムがいた。その中でもあの子は群を抜いて特異だったろうか。
人間30%兎70%の遺伝子混合体。二足歩行し(結構当たり前)、その身にかっぽうぎをまとい、片手には煌めく包丁を握っている。
見た目は少女以外のなにものでもない。
体長110cmがタクトニムの中ではかなり小柄な方ではあったが、あの子は見た目5歳児の可愛い少女であった。
だが、見た目に騙されてはいけない。
孤高の兎。一匹狼、されど兎。
そう。あの子は兎の皮を被っただけの恐るべきバトルコックなのだから。
右目は誰のまねをしたのかマジックで十字の傷を書き、残る左目が鋭い眼光を放っている。
思った以上に俊敏な動きを持ち体術にも優れたあの子は、焼きすぎたスポンジを目の前にしてにんまりとその顔に微笑を浮かべた。
ただ競う事が好きなのか。
あの子が求めているのはパティシエなのかそれとも人手なのか。
名もなきあの子をビジター達はこう呼んでいる。
――ばってん兎。
【ノリは気にしちゃいけません】
「私の記憶が正しければ――――」
そこまで口にして、通称Dr.ミューゼンはマイクを持った手と口をピタリと止め、ざっとキッチンスタジアムの壁に手を付いて、なぜ私が…と、呟いている。
ノリノリで話し始めたくせに何を言っているんだ、この黒髪赤目の男は。
しかし、Dr.ミューゼンは気を取り直すと、なぜか背後に効果演出としてスポットライトを浴びながら、ばっと手を上げやっぱりノリノリで叫ぶ。
「出でよ、我がバトルコォック!」
が、
「あんたのバトルコックって誰の事デショ」
と、真横からばってん兎の蹴りが炸裂し、簡単に沈黙した。
「やっぱりクリスマスだから、演出凝ってるのかしら」
キッチンスタジアムに足を踏み入れたシャロン・マリアーノは、吹っ飛んだDr.ミューゼンを横目で見やり、どうにもセフィロトの中であるとは思えない施設をぐるりと見渡す。
「クリスマスですしね、それくらいは」
呟いたシャロンの声に答えるようにリュイ・ユウも、キッチンコロシアムに足を踏み入れると、中心に詰まれた淡い黄色の丸い物体を見て、あぁ…と、何となくやる事を理解して小さく頷く。
「ケーキのスポンジですね」
同じように丸い物体を見て、ポツリと言葉を漏らすクレイン・ガーランド。そして、照明設備を見て、あまり明るいのは得意ではないのですけど、と口にする。
「え…ここ何処?」
きょろきょろと不安そうに辺りを見回しながら、メイ・フォルチェはキッチンスタジアムに足を踏み入れた。実際この場所がどこかなど誰にも分からないのだから、その問いに答えられるとすれば、ばってん兎と倒れているDr.ミューゼンくらいだろうか。
「揃ったか…」
何が揃ったのかと問いたいが、頬にあからさまな蹴り跡をつけたDr.ミューゼンが、執念のようにマイクを握りしめ、何時の間にやら復活している。
「ようこそ、キッチンスタジアムへ。今日は君たちにクリスマスケーキを作ってもらう!」
この先から話が長いので要約すると、スポンジを焼きすぎたし、クリスマスだからばってん兎とケーキのデコレーション勝負をしようという事らしい。
「今回は、君たちのために特別ゲストを用意した!」
そう言ってばっとスポットライトの下から現れたのは、割烹着を手にペコリと頭を下げた家庭料理が旨いと評判の、シュライン・エマ。セフィロトの住人ではないが、その腕は確かであるし、今日はクリスマス。これくらいの奇跡など小さなものだろう。しかし、彼女のその視線はなぜかばってん兎に釘付けだ。
(抱いて持って帰りたいかも…)
と、そんな事をシュラインが思っている背後では、
「今回は特別審査員も用意している」
ばっとスポットライトの位置が移動して、豪快に手を上げたのは、身長227センチの巨漢、オーマ・シュヴァルツ。こちらも料理が得意なむしろ職業主夫(ぇ)。
「あれだ、俺の力は使えるのか」
もし使う事が出来るのなら、具現能力を使用してこのキッチンスタジアムをオヤジアニキ筋肉桃色ハート趣味全開Xmas仕様に飾り付けしてしまおうかと問いかける。
「オヤジ趣味はいらないデショ〜」
「ぐはっ!」
しかし、ばってん兎の一言でその場に撃沈させられてしまった。
「なるほど」
事の顛末に、リュイは顎に手を当てて納得する。
「ケーキ作りですか、楽しそうですね」
あれから少しは練習して、それなりに見えるようにはなったつもりだ。
「ケーキは、得意です」
クレインはその秀麗な顔に本当に嬉しそうな微笑を浮かべる。
「最近、友人に振舞う事もありますので」
しかし新しいメニューのケーキを作ると少し違った味になるというおまけ付きではあるが。
「前はそうね、審査する側だったから今回は作る側よね」
流石に毎回審査員を行うと言うの楽しみが半減するような気もするし、そう何度も腹を壊しそうな料理を食べたくも無い。
シャロンは、デコレーションの勝負ならば食べるの戸惑いそうなものが出来てしまってもいいかと、材料となる野菜や果物を思い浮かべる。
「あ、えっと…」
キッチンコロシアム初体験のメイは、背の届かないクリスマスツリーの飾りつけ勝負じゃなくて良かったと、頭のどこかで考えながら、場慣れした3人を戸惑うように見やる。
(お…落ち着け私! えっと、ルーナ…よね?)
ばってん兎の正体について突っ込みたい気分になりながらも、誰もしないという事はこれが普通なのだろう。
メイはふーっと一度息を吐くと、ここに来てしまった以上ケーキのデコレーション勝負をするしかない! と、開いている台へと駆け出した。
【本日の御題はスポンジ】
「喜べ皆の衆!」
むしろお前が黙れと突っ込まれそうなDr.ミューゼンの声が響く。
「オーマ君がサンプル用にとプチケーキを焼いてくれた!」
また長いので省略しつつ、オーマは見た目に似合わないピンクの箱に入れたプチサイズのクリスマスケーキを各々に配る。
「おぅ、ソーンにも来いよ〜」
と、同時にマッチョポーズの親父がプリントされた何かしらのチケットを贈呈する。
チケットには『聖筋界ソーン観光ツアー腹黒同盟編』と記載されており、なんだか見ているだけで暑苦しい。
「確かに綺麗デショね」
オーマが配ったプチケーキを見て、ばってん兎はむむっと声を漏らす。
確かに見た目は本当に極上のケーキそのもので、誰もが感嘆の声を漏らす。しかし、中を割ったばってん兎が沈黙するのを見て誰もがケーキを覗き込むと、
「「「「「…………」」」」」
綺麗に形抜きされたアニキ型チョコが、割る角度さえも計算されてこちらに向けてポーズを取っていた。
全員はその作りにそっとオーマに視線を向けると、腹黒オヤジ愛ポーズを決めて満足そうに豪快に笑っている。
その瞬間、誰もがソーンは凄い所だと思ったとか思わなかったとか―――
−クレイン・ガーランドの場合−
クレインは自分のキッチン台に持ってきたスポンジを前に、一通りの道具と手順を反芻する。
両手の黒の手袋を外し、背広の上着を脱ぐと、カッターシャツの袖を丁寧にめくって、肩にかかる髪を纏め上げ、料理を作る際には清潔に邪魔にならないようにと言う基本を押さえる。そして、なぜか備え付けてあったエプロンをつけた。
色は……まぁこの先不問で。
ケーキに使用できるような材料は予めいろいろと用意されて適当な量がキッチン台の側に置かれている。
これを全部ばってん兎が用意したとは考えにくいが、視線の先に彼の白衣を流し見て、考えても仕方が無いと自分の作業に移った。
先ず最初にケーキ用に使用される長細い包丁でスポンジを半分に切り、クリームを塗ろうかと視線を移動させるが、なぜかクリームの姿は見当たらない。
台の上には砂糖と生クリームがちょこんと置かれている。どうやら自分で作れと言う事らしい。
ペーストの種類も豊富に置かれており、どうやら色とりどりのクリームを作る事ができそうだ。
これで飾り付けのバリエーションを増やす事もできるだろう。
とりあえずクレインはホイップクリームを作るために生クリームと砂糖を手に取る。普通生クリームのパックには作り方とか砂糖の分量とか書かれていてもいいものなのだが、この生クリームのパックには『お任せ☆』の一言で全てが終っていた。
一瞬背後に北風が吹きぬけるような感覚が走りそうになったが、ここは今までケーキを作ってきた感を生かして、クレインは生クリームをボールに流し、砂糖を入れていく。
正直泡立てるだけなのだから分量なんて実際どうでもいい話だとは思うが。
しかし問題は多分ホイップクリームに色を着けるためのペーストの方だろう。
クレインには新しいメニューのケーキを作ると味が不思議になるという謎がある。
あまり新しい事に挑戦はしない方がいいのではないのだろうか。しかし、この勝負思えばデコレーション勝負であって、味は加味されていない。
多少クレインが不思議な味のケーキを作ろうとも見た目が綺麗なら多分大丈夫だ。
時間短縮用なのか備え付けのホイップミキサーでかき混ぜれば、程なくしてつんと山が立つホイップクリームが出来上がる。
クレインは後々ペーストにて色を着けることを考え、最終的な出来上がりの状態まで混ぜてしまわずに、クリームを幾つかのボールに分ける。
その中の一番多いクリームの弾力を最後は泡だて器を使って自分の手で調整しながら完成させると、ヘラに持ち替えて出来上がったクリームをフルーツと一緒にスポンジで挟み込んだ。
そしてその周りをまたヘラで綺麗にクリームを塗り、見た目は本当に美味しそうな真っ白のケーキが出来上がる。
クレインは、さて…と、先ほど混ぜ加減の途中で分けたクリームのボールにペーストを混ぜて色をつけていく。
しかし、思いのほかペーストは色が薄いのか、クレインが思い描いているような色が出ないらしく、何杯か入れてみるが結局色の濃さは変わらずに、途中で量を増やすのを断念して、何色かのクリームを作り上げた。
出来上がったカラーホイップクリームを絞り出し袋に入れて、ケーキの上そして側面にまるで絵を描くように搾り出していく。
得意というだけあって、クレインの飾り付けの腕は一流のパティシエに引けをとならいものがあった。
もうこの段階でかなり完成度の高いものを作り上げていたクレインだが、チョコレートを手に取ると、それを細かく削っていく。
そして最後、その削ったチョコレートをケーキの上に撒いて白い雪に見立て、クレインのケーキは完成した。
−リュイ・ユウの場合−
スポンジから作れと言われたら、いかなリュイであっても流石に参加とは言わなかったかもしれない。
前にばってん兎と戦った時(?)から、幾分か修行を積んでこれでも腕は多少良くなったと思っている。
しかし、それは同居人から言わせれば不評であるらしいのだが、そんな事は関係ない。
リュイはスポンジを目の前にして、ごそごそと何かを取り出すと、それを熱読し始めた。
本の題名は『誰でも簡単ケーキ作り』。
しかしその本の表紙にはしっかりカバーが施してあり、他の参加者には何の本であるかは分からなかったのだが。
「チョコレートケーキですね」
リュイは小さく呟いて、作り方を小さく反芻し、手順をしっかり暗記すると、その本をパタリと閉じて作業に取り掛かった。
しかし、白衣のままで。
まぁ白衣も衛生的に清潔感を守る為に着る様な物ですから、差しさわりはない訳ですけれども。
リュイはさてっと辺りを見回し、キッチン台に備え付けられているデコレーション用の材料を一瞥していく。
さすがクリスマス。こういったところまで用意してあるとは太っ腹な事である。
とりあえずチョコレートを湯銭で溶かして液状にしなければ始まらない。
まるでバレンタインに好きな男に手作りチョコを上げるために奮闘する少女の如く、チョコにいびつに包丁を入れてチョコを細かくしていく。
そう普通の板チョコは包丁を入れると硬くて逃げるのだ。
しかしここは男の腕力。リュイは溶かすには差しさわりのない大きさまでチョコ屑を程なくして作り上げた。
ここで、まな板とキッチン台の周りがチョコの細かい屑だらけになっていしまっている事は想像に難くないが。
チョコを程よく湯銭にかけて、ドロドロにした後、とりあえずホイップクリームを避けてとおり、次にリュイが手掛けたのはチョコレートバタークリームだった。
バターと砂糖と卵で作るホイップクリームにもひけを取らず、応用もしやすいクリームだ。
勿論バターは無塩を使用。手で混ぜて居ては時間がかかるが、ホイップミキサーは素人が使うと周りに具を撒き散らすという特性を持っている。
結局リュイは例に漏れず一度分量を量って用意したバターが辺りに散らばって、ホイップミキサーを投げ出して泡だて器でバターを混ぜた。卵と砂糖そして溶かしておいたチョコを加えて、チョコレートバタークリームを完成させると、ここからが本番である。
スポンジの上にチョコレートバタークリームを乗せ、ヘラで均等に平らにしていくのだが、これがどうも上手くいかない。
クリームを乗せてヘラで伸ばし上手くいかずにクリームを取り除き、またクリームを乗せて……という作業を何度か繰り返してみたものの、一向にクリームは綺麗に塗られていってはくれなかった。
「………おかしいですね」
リュイは何度やっても綺麗にならないケーキを目の前にして、何が悪いのだろう? と一度考え込むようにその手を止める。
こればっかりは元々お菓子やケーキを作った事のないリュイに腕を求めるのも酷かと思ったが、当のリュイは出来ないとは思っておらず、たんに慣れてないから無理なのだと自己納得して、豪快にクリームが塗りたくられたケーキに、これでよしっと小さく頷く。
どう考えても明らかにクリームの層に差があるのだが、本人が言いといえばこれでいいのだ。
最後に上から細かく砕いたナッツやアーモンド、クルミをまぶして、粉砂糖を振りかける。
これで、リュイのケーキは完成した。
−シャロン・マリアーノの場合−
見た目勝負だし…と、シャロンはスポンジを前にしてしばし考える。
審査としては食べる事はないが、どう考えてもシャロンが作ろうと画策しているケーキはケーキとしてはかなり異質で、食べるには少々の勇気を必要とするかもしれない。しかし、シャロンは捨てられなければいいか、と製作を開始した。
とりあえず赤く長い髪を首に何時も撒いているバンダナでまとめて、丁寧に用意されていたエプロンを着込む。
やっぱり色は不問の方向で。
ケーキを作るためにもかかわらず、各々のキッチン台に用意されている材料の中には、明らかにケーキに不似合いなものも含まれており、狙ってるのか? と思わなくもなかったが、とりあえずシャロンはその中から真っ赤に熟れたトマトと、臭み消しにとレモンを手に取った。
まず最初にレモンを真ん中で真っ二つにすると、果汁を絞ってレモン果汁を作っておく。この時あまり絞りすぎずに果汁は自然の落ちるのを待つのがポイントだ。
そして次に本番のトマトに取り掛かる。
トマトはジャムと、デコレーション用に薄くスライスして砂糖で煮たものを用意しようと、鍋やらヘラやらを用意。
ジャムは普通糖分の高いフルーツで作るものだと思っていたが、別に糖分の高いトマトだって差しさわりがない訳で、実際トマトジャムというものはこの世に存在している。
トマトは勿論皮付きのまま、焦がさないように、砂糖とレモン果汁とそして一味シナモンを加えて、シャロンは木ベラでゆっくりじっくりとトマトジャムを煮詰めていく。
見た目はちょっと赤茶色だが、苺ジャムとそう変わらなくも見えなくもない。
実際トマトジャムはそう不味いものではないのだから、そこまで突拍子もないものが出来るという事はないだろう。
スライスしたトマトも、砂糖とレモン果汁を加えてゆっくりと煮込みながら、火を弱火にして鍋の蓋をした。
時々鍋を覗きながら、シャロンはその間に次の作業へと移行する。
ケーキにはやはり白いホイップクリームだろうと、シャロンは生クリームを手に取ると、ホイップミキサーを使って手早くあわ立てた。
ジャムと砂糖で煮たトマトもあるし、クリームは甘さ控えめが丁度いいだろう。
つんっと立つような感覚までクリームを混ぜると、シャロンはボールを横に置いて、ケーキ用の細長い包丁に持ち替える。
そしてスポンジを3枚に切り分けると、その間に先に作り上げておいたトマトジャムを薄く塗り重ねていった。
見た目はやはり苺ジャムと変わらないようも見えるが、これはれっきとしたトマトなのだ。
トマトジャムを挟んで3段になったスポンジを、ホイップクリームでコーティングしてしまえば、誰もこの中にトマトが入っているとは思わないだろう。
シャロンは鍋の蓋を開け、トマトスライスが上手い具合に煮詰まっているのを確認すると、鍋の中に水が入らないように氷水で一気に冷やして、ケーキの上に綺麗に扇状に並べていく。
ここまででも充分ケーキとしては見れると思うのだが、シャロンは残りのレモン果汁を使って最後のコーティング用にとゼラチンを溶かす。
どうやらレモンゼリーを作ろうとしているらしい。
沸かしておいたお湯に、レモン果汁・砂糖・はちみつ・ゼラチンを入れて、氷を入れたおいたボールに、果汁が入っているボールを置いて、しっかりと冷やす。
出来上がった果汁をケーキの上に流して綺麗にコーティングすると、シャロンはケーキを冷蔵庫へと入れる。
こうしてシャロンのケーキは完成した。
−シュライン・エマの場合−
シュラインは愛用の割烹着を着込み、勝負なのだから、とやる気満々に軽く意気込む。
土台となるスポンジは皆同じ。
どれを選んでも同じなのだから、土台の失敗等の差は殆どない。完全なデコレーションの勝負だ。
シュラインはスポンジが用意されているにもかかわらずなぜか小麦粉に手を伸ばす。
いったい何をするのだろうか? と見ていると、卵・牛乳・ベーキングパウダーを混ぜ合わせて出来たものの1つはクッキーの生地に、絞り出し袋に入れているものはシュークリームの生地のようだった。
シュラインはオーブンに入れてタイマーセットしたクッキーとシュークリームの生地が出来上がる間に、と本番の土台となるスポンジに手を伸ばす。
ケーキ用の包丁で3等分均等に切り分けられたスポンジにはやはり腕が感じられた。
生クリームからホイップクリームを作る過程も、他の参加者同様ホイップミキサーを使ってはいるものの、どこか手際のよさが感じられる。
出来上がったクリームをまず一番下に塗り黄桃を並べ、中段となるスポンジを乗せるとクリームを塗り、今度は苺を並べた。
適当なところでオーブンが焼きあがりの音と鳴らし、シュラインは出来上がったシュークリームの中にクリームを詰めていく。大きさ的にはどちらかというとプチではあったが、これでも立派なシュークリームと言えるだろう。
シュラインはチョコレートを手に取ると、まず適当な大きさに切り分け、その小さくしたチョコレートを順番に細かくしていく。大きいままでは確かに作業がしにくいのは何でも一緒だ。
細かくしたチョコレートを湯銭にかけて、ゴムベラを使ってゆっくりとかき混ぜながら溶かし、適度に伸び始めた頃を見計らってシュラインは、出来上がったチョコをスポンジの上にかける。
ここで違うのはスポンジを回転させられる台に置いて、チョコレートを塗っているというところ。
ヘラで伸ばしながらゆっくりと回転台を回せば、ケーキの側面は綺麗に均一にチョコレートでコーティングされていく。
台から垂れて落ちたチョコが勿体無いと思うかもしれないが、ケーキに置いてこの落ちたチョコもケーキの見栄えを良くするために必要な捨てチョコなのだ。
綺麗にチョコレートでコーティングされたケーキを見て、シュラインは一度頷くと、きょろきょろと辺りを見回し、細長いマカロンを手に取る。
そのマカロンをランダムにバラバラな高低さで側面に貼り付けると、なんとなく柵のように見えてきた。
次に粉砂糖を上面にふりかけ、粉雪を連想させる演出を施す。
シュラインは適当に置かれた厚紙を手に取ると、カッターナイフを使ってトナカイの形にくりぬく。
くりぬいた型紙を使用してケーキ上面の中央にココアパウダーでトナカイの姿を映し出すと、最初に作っておいたプチシューやクッキー、絞ったクリームで周りを飾り付けていく。
間に抹茶を混ぜたチョコの形や苺の配置を見る限り、どうやらケーキでクリスマスリーフを模しているのだと分かる。
一通りのケーキの形が出来上がると、シュラインはアーモンド粉末と砂糖を手に取り、マジパン作りを開始する。
練りあわし出来上がった生地を幾つかに分け、食用色素を使って何色かのマジパン生地を作り上げる。
出来上がった生地を指先で器用に形を作り、数分して出来上がったのはソリに乗ったサンタクロースだった。
出来上がったサンタとソリに、トナカイ型のチョコを添えると、ベリーを重ねて作った雪だるまに粉砂糖をふり、空いた中央に配置していく。
最後にチョコレートチューブでMerry Christmasの文字を書き、シュラインのケーキは完成した。
−メイ・フォルチェの場合−
結局オロオロと状況に流されるようにキッチン台の前に来てしまったメイ。いや、覚悟はしたはずだ。ケーキを作ると!
うーんと首をかしげ、自分はどんなケーキを作ろうかと考える。やっぱりラ・ルーナ…今はばってん兎が好きそうな人参クリームのケーキが良いかな? と予想をつけると、さっそくと作業に取り掛かるために備え付けのエプロンに手を伸ばす。
しかし(見た目)子供が参加することを考えてなかったのだろう、その用意されたエプロンはメイには少々大きすぎるため、仕方が無いとこのままの服装で作業を開始することにした。
まぁ服が汚れたら後で洗えばいいし。
見た目11歳であれど、今まで生きてきた経験は普通にある。料理の手順くらいは頭の中に入っているメイだ。そこまで大きな失敗をすることは無いだろう。
まずケーキ用の細長い包丁でスポンジを真ん中で二つに分け、間に何か挟もうと用意する。
やっぱり人参クリーム用意しようと思っているのだし、中に入れるのも人参だろうと、ケーキのデコレーション用の材料が置かれているキッチン台から人参を何本か手に取る。
トマトだってあるのだから、今更なぜ人参があるかなんて愚問だろう。
元々から人参の砂糖漬けがあればいいと思っていたのだが、流石にそこまで親切ではなかったらしい。
メイは仕方が無いと砂糖漬けは諦め、人参の砂糖煮に切り替えることにした。
まず人参を適当な大きさに切ると、水と一緒に煮立ち、柔らかくなったところで水を変え、もう一度煮立ったところで大量の砂糖を2回に分けて鍋に投入する。
後は水気が無くなるまで中火でことこと煮詰めるだけだ。
この人参の砂糖煮が出来上がるまでスポンジに手を付けることはできないし、メイは人参クリームを作ろうと生クリームを手に取る。
(普通のクリーム絞って兎の形に出来ないかな)
そんな事を考えながら、メイは生クリームをボールに注ぎ、適度な砂糖を加えるとホイップミキサーのスイッチを入れてかき混ぜる。
途中ミキサーを止めるとクリームを二つに分けて、多いほうに人参のペーストを加えた。
これであと少し満遍なく色が変わるまで混ぜれば人参クリームの出来上がりだ。
人参クリームばかりではデコレーションには多少物足りないかもしれないと考えると、メイは徐にホワイトチョコレートに手を伸ばす。
これをスライスしてかぶせたら可愛くならないだろうか。
とりあえずやって見なければ分からないし、材料は残ってしまってもきっと誰かが最後には食べるのだろう。
切りやすいようにホワイトチョコレートを一度割り、野菜カッターの付いた大根おろし器を目に付け、試しに…と一度カッターに通してみれば、いい塩梅のホワイトチョコレートスライスが出来上がった。
程なくして人参の砂糖煮が出来上がり、スポンジの間に挟んでも邪魔にならないように小さくする。
出来上がった人参の砂糖煮をホイップクリームと一緒にスポンジの間に挟みこみ、コーティングには人参クリームを使用する。そのまま、絞り出し袋に入れた人参クリームを手に取ると、ケーキの側面に波を打つように絞り出していった。
上面はまだ寂しいが、一見するとちょっとオレンジっぽい普通のケーキのように見える。
メイは上面に普通のホイップクリームを丸く絞り出し、そのクリームにちまちまと何やら細工を施していく。
クリームに何かの形を持たせる事は流石に難しかったが、何となく見れなくも無い形にはする事が出来た。
最後にスライスしておいたホワイトチョコを中央に鎮座するクリーム兎の周りにかぶせて、メイのケーキは出来上がった。
【とある味の王様もびっくり】
各々出来上がったケーキを眼にし、オーマはううむと唸る。
見た目で言えば、申し訳ないが料理初心者からやっと片足卒業したばかりのリュイのものを除けば、どれも申し分ないと言える。
見ていてやはり綺麗なのは本人も自負するようにクレインのケーキであり、見目も申し分ない、食べても安心できそうなのはシュラインのものだ。
しかし如何せん。今回は味は見ない。
一番外側を覆うレモンゼリーが絶妙に光を加えるシャロンのケーキも光るものがある。
リュイのケーキだって頑張ったと見て取れる努力の跡が残っているし、なにより前回と比べれば格段の進歩なのだ。
メイが作ったオレンジ色した人参クリームのケーキは、一目瞭然で何となく誰の為に作ったのか察しが着く。
「想いの深さでいやぁ」
と、感慨深げにオーマは口を開き、そしてまた閉じる。
なぜか審査員さながらに採点表に何やら書き込んでいるようにも見えるが、実際本当に書き込んでいるのかは不明だ。
オーマの事だし演出でコレくらいやってくれたりもするだろう。
クレインのケーキの前で、ん? と首を捻り、曖昧に笑いながら苦笑する。
「うむ…」
小さく味が…と呟き、採点表に何かを書き込む。
食べても居ないのにどうやって味が分かるのかと突っ込みたい所だが、それはまたクレインとは別の世界の人なのだから、そんな能力だって持っていたりもするのだろう。
オーマに言わせればそれは親父愛で受信している。と、口にするのだが。実際のところは本気で不明だ。
並べられたケーキを前にして一人唸ったオーマであったが、オーマの審査の最大の重要ポイントは、そのケーキにどれだけ想いがこめられているかという所。
無愛想なDr.ミューゼンから手渡された紙に、勝者の名前を書き込むと、オーマは審査員席に戻っていく。
ところで、ばってん兎のケーキは? と思わなくも無いが、視線を移動させればバトルコックのくせして何もせずに隅っこで丸くなって寝ている。
「勝者を発表す―――って聞けお前らぁ!!」
各々作業に集中していたためその間は気が付かなかったが、作業が終った早々一同はその周りへと集まって、ばってん兎を囲んでいる。
「あぁ、やっぱり抱いて持って帰っちゃダメかしら」
白いふかふかの手足のばってん兎。顔は普通の女の子のようなのだが、その耳は兎のロップイヤー。
「あ…え? ダメですよ、シュラインさん!」
うっとりとしてそう口にしたシュラインをメイは必死に押し留める。
しかしばってん兎のふかふかは見ていて和む。
「温かそうですよね」
季節的に天然の毛皮を身に着けているのと同じなのだから、寒さには強いのだろうかとクレインは考え、一度直に触ってみたいと願う。
「そろそろ起こした方がいいんじゃないかしら」
シャロンはばってん兎を見下ろしながら、自分達のケーキ作りは終っているし、何より背後から不気味なオーラが立っている。
「ルーナ。起きてください。ルーナ」
リュイはすっと屈みこむと、ばってん兎の肩を揺さぶる。
メイはやっぱりルーナなんだ、と納得しながらその様を見ていると、
「ルーナじゃないデショ! あちしはばってん兎なんデショ!」
と、眼をこすりながらぶーっと頬を膨らましたばってん兎が眼を覚ました。
「その嬢ちゃんのこと好きなんだなぁ」
オーマはそんな一同の事を見ながら、にやにやと笑う。
しかしDr.ミューゼンの顔には青筋が立っていた。
「勝者! メイ・フォルチェ。理由は審査員のオーマ君からだ」
「え…わ、私!?」
メイは自分を指差して、あまりの驚きにその場で立ち尽くしている。
オーマはその場で立ち上がると、Dr.ミューゼンからマイクを受け取る事無くキッチンスタジアムに響き渡るような声で、話し始めた。
「メイ嬢ちゃんのケーキは、ばってん兎のために作ったつー想いがヒシヒシと伝わってきた。俺ぁ料理は想いが一番だと思っている。だから、今回の勝者はメイ嬢ちゃんに選ばせて貰った」
今回はデコレーションの見た目勝負のはずだったのだが、審査員がオーマではその主旨が変わってきてしまっても仕方が無いだろう。
審査員を見抜き料理をするのもバトルコックの腕だ(いや皆さん違いますけれども)。
オーマは審査員席から立ち上がりメイの元まで赴くと、このセフィロトでは見た事が無い花を一つ、メイに差し出した。
「これは、俺の故郷で咲く花でな」
贈った者と永久の絆で結ばれるという伝承を持った、輝く花――ルベリア。
「誰かに贈るといい」
俺も昔妻より送られたんだぜっと豪快に笑って、すっとメイの目の前にルベリアの花を差し出す。
「あ…ありがとう」
メイは嬉しさと驚きが半々の表情でルベリアの花を受け取る。
「さぁて、食材も大量に残ってる事だしなぁ、いっちょパーティでもするか?」
今まで擬似和装のような格好だったオーマが、ばっと振り返ると同時にピンクフリフリのエプロンを羽織り、同じようにピンクの三角巾をぎゅっと頭の後ろで縛る。
「趣味悪くないデショか?」
どうやらばってん兎的にはフリフリはお好みでは無いらしい。
しかしそんな事は些細な事、オーマは包丁を手に取ると、まるで何かの魔法がその場で展開されているかのように調理していく。
「専業主夫だけあって、手際いいわね」
シャロンは意気揚々と料理を作るオーマを見てボソリと呟く。
「握手していただけますか?」
クレインはばってん兎の前で屈みこみ、こくっと小首をかしげる。
「ん?」
ばってん兎は気にも留めずに普通に右手を差し出し、ケーキを作るために手袋を外したままの手で、ばってん兎の手を取った。
(ふかふか……)
触り心地のいい小さな手は、シュラインが抱いて持って帰りたいと口にしたその言葉を裏付けるにふさわしいものだった。
「そうだ」
リュイは何かを思い出したように鞄の中をガサガサと探ると、ばってん兎に向けて1つの箱と1つの袋を差し出す。
「クリスマスですから、プレゼントをと思いましてね」
箱にはシンプルな作りのオルゴールが、これをエアティアに。
そして、袋には赤いリボンが、これをラ・ルーナに。
ばってん兎と呼ばなければ怒る事は分かっているが、リュイは気にせずにそれを差し出す。
「ありがとうデショ〜」
ばってん兎はへにゃっと柔和に笑って、何処にそんな場所があるのか分からないが、プレゼントをかっぽうぎのどこかにしまい込んだ。
「あのね、ル…じゃなくて、ばってん兎」
ちょっと心配げな表情で花をぎゅっと握り締めてメイは問いかける。
「ここからどうやって帰れば安全かな?」
セフィロトのどっかであるキッチンスタジアム。しかし正確な場所は誰一人知らない。
「ここから離れれば直ぐ帰れるデショよ」
如何してそんな事聞くのかな? といった感じに首をかしげてばってん兎は問いに答える。
「え?」
という事は、何だろうここはエアティアのあの場所に近い作りなのだろうか。いやしかし、謎は謎だが。
とりあえず安全に都市マルクトに帰れることが分かったのだし、それはそれで良かったと思う。
「わわ?」
ふわっとばってん兎は足元が浮いた事に瞳をパチクリさせる。
「あわわ〜」
何かと思えば、ばってん兎はシュラインに抱き上げられていた。
「あ、ずるーい」
メイはぶぅっと顔を膨らませるが、シュラインがばってん兎と会えるのは、こういった奇跡の時しかない。
「あたし達はいつでも会えるし、ね?」
シャロンはメイを宥めて、オーマが作り上げていくある種芸術の域の料理に視線を移動させる。
「うわぁ……」
さすが審査員をしていただけの事はあるのだろうか、メイは思わず感嘆の声を漏らしていた。
「ばってん兎ちゃんは、抱っこ好きかしら?」
子供の扱いにも慣れたシュラインは、きっちりばってん兎が落ちないようにお尻をしっかりと支えている。
やはり生まれはどうあれ、見た目同様5歳ほどのばってん兎は、シュラインに抱き上げられてきゃっきゃとはしゃいでいる。
「よーし料理できたぞぉ!」
オーマの声に振り返れば、シュラインと遊んでいてばってん兎に止められない事をいい事に、キッチンスタジアムを親父アニキ筋肉桃色ハート趣味全開Xmas仕様に飾りつけ、壁際には参加者全員の等身大ギラリマッチョ黄金像が置かれている。
「………オヤジ?」
シュラインの手からピョンと飛び降りたばってん兎は、愛用のフライパンを片手にオーマを追いかける。
「はっはっはー!!」
オーマはその装飾に満足気な笑いを浮かべならば、ぴょんぴょんとばってん兎の攻撃を避けながら、同盟パンフをばら撒いていく。
「あら、美味しい」
世界が違えば料理も違うかと思えば、装飾はどうあれ料理は普通に万国共通。
「では私たちはゆっくりと」
キッチンスタジアムをグルグルと追いかけっこする二人を、苦笑して見つめながらも、
「料理を堪能しますかね」
と、一同は料理が乗ったテーブルに椅子を持ち寄り、戦いの後のパーティを楽しんだのだった。
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★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
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☆聖獣界ソーン☆
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
☆サイコマスターズ☆
【0474/クレイン・ガーランド/男性/36歳/エスパーハーフサイバー】
【0487/リュイ・ユウ/男性/28歳/エキスパート】
【0645/シャロン・マリアーノ/女性/27歳/エキスパート】
【0712/メイ・フォルチェ/女性/11歳/エスパー】
【NPC/ばってん兎(ラ・ルーナ)/無性別/5歳/タクトニム】
【NPC/Dr.ミューゼン/男別/?/エスパーハーフサイバー】
☆東京怪談☆
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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聖なる夜の物語2005版・ばってん兎 〜デコレーション・スペシャル〜にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。コレを書き上げる間に右親指負傷、左人差し指負傷をしたのはきっと不遇な扱いをしてしまったDr.からの挑戦状と受け取っておきます(ぇ)。Dr.は本当こんなキャラじゃないんですが、今回のこれでこっち方面に落ちていきそうな予感もしています。
トマトジャムを検索しましたところ、本当に存在していると言う事でびっくりしたしだいであります。しかも美味しいらしいと……。写真の方も拝見できたので、苺ジャムと比較したような形で書かせていただきました。多分このケーキ美味しいと思います(笑)
それではまた、シャロン様に出会える事を祈って……
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