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<クリスマス・聖なる夜の物語2005>


Silent Night 〜花咲夜〜


 空のない暗い窓辺に置かれた、鉢植えも随分育ってきた。
 それ程草丈は高くなく、どちらかというと地平を這うように若草色の葉を茂らせていた。
「もう少しで咲くかしら?」
 既に鉢を買った店に足しげく通い、常連となっていた白神・空はちょんっと膨らみ始めた花の蕾をそのすっきりと細く長い指先でつつき微笑んだ。
 生花を扱う店の店員から、これは高山などの厳しい自然で育つ草なので、それ程細かい世話というものは必要ないと言われたとおり。さほど育てるのに手間はかからなかった。
 反対に水や肥料のやりすぎの方が花の生育によくないということだったので、空は気が付いたときに水をやり、日照の代わりとなる生育装置のスイッチを入れるそれだけしかやっていなかったのだが……
「上手く育ってくれてよかったわ」
 これで、あの子との約束が果たせる。どうせ折角だから、よりドラマティックにロマンチックに見せてあげたい。
 壁にかけたカレンダーを見ると12月の半ばに差し掛かって、クリスマスを表すリースとベルのマークが見えた。
「クリスマスにあわせることはできるかしら?」
 今度店に行ったら聞いてみよう。

 クリスマスの朝に蕾が上手く咲くようにしたいのだ、という空の要望に花の専門家とも呼べる店の店員は快く知恵を貸してくれた。
 花には開花に適した温度がある、日照時間と温度を調節してやれば花の開花の時期をずらすことが出来る。
 とはいっても、それは最新の注意が必要であった。
「温度を下げすぎると、今度は折角の蕾がダメになるというし……結構難しいわね」
 空は細心の注意をはらって、蕾の生育を見守った。
「このままだと、花の観察日記とかも書けそうね」
 一体この植物はどんな花を咲かせるのだろうか。
 早く見てみたいような、もっとこのドキドキする緊張感のようなものを味わっていたい様なもどかしい衝動に空は苦笑する。

 そして、あの子はどんな花になるのだろう……?

「待ち遠しいわ♪」
 

 一般的にクリスマスというと白く寒いイメージがあるが、南半球に位置するブラジルのクリスマスは当然ながら暑い。
「ホワイトクリスマスなんて……」
 夢のまた夢よね。ひょっとしたら、遠いアンデスの山並みには万年雪が残っているかもしれない。
 何れにしても、閉鎖された空間である都市セフィロトにおいて、雪で白いホワイトクリスマスなど望めるはずもなかった。
 人工照明しかないとはいえ、流石にクリスマスなだけあって店々また家々がクリスマスイルミネーションに飾られ何時になく、街並みを明るく照らし出していた。
「さてと……何処にいるかしら?」
 路地裏にふらりと現れる不思議な少女。
 その姿は浮世離れしていて、まるで夢想の幻のように唐突に現れる。探そうと思って街の中を探した事はなかったけれど………
 折角の夜なのだから、一緒に過ごしたい。
 そんな空の想いが通じたのか……
「……アシャ?」
 果して……狭く薄暗い路地裏になにやら落書きをしている少女の姿があった。
 白いワンピースが汚れるのも厭わずに、熱心に石で地面を刻んでいる。
「アシャ久しぶりね」
 元気だった?少女の書き込んでいるものを踏まないように回り込んで空が近づくと、驚いたようにアシャが頭を上げた。
「空?」
 どうしたの?
「あたしはアシャを探していたの」
 そういわれて、アシャは訳が分からないようにキョトンとして首を傾げた。
「今日はね、世界で一番幸せが溢れる日なのよ」
 知ってた?
「そうなの?」
「そうよ、だって今日はクリスマスイブだから」
 神の子の生誕を祝うための日。たとえ信仰はしていなくても、街の賑わいを楽しむ事はできる。
「一緒にご飯でも食べない?」
 空はアシャの手を引きイルミネーションに彩られた街へ繰り出した。
 繁華街はいつになく人の往来が忙しなく、店々からは定番ともなったクリスマスソングが流れてくる。
「わぁ……今日はなんのお祭りなの?」
「今日はクリスマスよ、皆が幸せになる日なの」
 迷子にならないようにとアシャの手を引き空が街を歩く。
 子供特有の、暖かい手が空の頬を緩ませる。
「さ、アシャは何が食べたい?」
 今日はあたしの、おごりよ。クリスマスのディナー、折角だからワンランク上の食事を楽しむのもいい。
「おいしいもの」
「じゃぁ、あそこにいこうか」
 都市セフィロトの内部では少しだけ高級感の漂う、レストランへ二人は連れ立って歩き出した。
 冷たいジャガイモのポタージュに、色鮮やかな前菜、柔らかく煮込んだビーフと白魚のポワレ……二人の前に見た目にもおいしそうな食事の数々が並べられる。
「わぁ〜……」
 こんなご飯初めてよ。おいしそうと、少女がにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「冷めないうちに頂きましょ♪」
「うん」
 一人で食べる食事よりも誰かと一緒に食べる方が断然いい。
 それが好ましく想っている相手ならなおさらのこと。
 アシャは空の目の前でなれないフォークとナイフの食事ながらも、楽しそうに見えた。
「おいしい?」
「うん」
 ワインの注がれたグラスに口をつけ、空も食事を楽しんでいた。

 店を後にした空はアシャを伴い、自分の部屋へと戻ってきた。
「ここが、空の部屋?」
「そうよ」
 こざっぱりとした広い空間、余計なものは一切省いたそこのベッドサイドには小さな鉢植え。
「あ……」
「あのときのお花、もう少しで咲きそうなの」
 だから、今日は泊まって行きなさい。アシャと目線を合わせるようにひざを突いた空はその耳元で囁いた。
「約束したわよね、一緒にお花が咲くのを見ようって」
「……うん」
 ためらうようなアシャの唇にゆっくりと自分のそれを重ね合わせた。
 態と焦らすように、ことさらゆっくりそのワンピースのボタンを外した。

 照明の抑えられた室内。ベッドの中に横たわる少女は一糸纏わぬ姿で夢の中にいる。アシャにそりそった空ももちろん生まれたままの姿である。
「ちょっと、むりさせちゃったかしら?」
 空の腕の中で確かに一輪の花がその硬い蕾を綻ばせた。
「まだまだ……」
 もっと、もっとこの子は大きく艶やかな花になることだろう。
 花の先を思い空は、薄闇の中でそのなやめかしい唇を微笑ませた。

「アシャ……起きて」
「……ん……」
 空の呼びかけに、少女が眠たげに瞼をこする。
「お花、咲いたわ」
「あ……ホントだ」
 きれい。
 ベッドサイドに置かれた、小さな植木鉢の花の苗は小さな星のような白い花を咲かせていた。
 綿毛のような花びらはどこか、高き山の峰に積もる白雪を思わせる。
「このお花は、エーデルワイスって言うお花だそうよ」
そういいながら空はアシャの髪にそっとヘアバンドをはめた。色は花と同じ白い色のヘアバンド。
 白いく小さな純真の花言葉を持つ、その花は、目の前の無垢で触れたら溶けてしまいそうな少女のようだった。
「?」
「アシャへのあたしからのクリスマスプレゼント」
 色違いで青いヘアバンドを出してみせる。
「これでおそろいよね♪」
 クリスマスは大切な人への思いを伝えるきっかけをくれる。
 二人の恋は花と共に始まったといってもよかった……




   風は遠くさりげなく 砂漠をゆく旅人達の詞を運び
   水の飛沫は戯れに 乙女達の綾衣を濡らしていく

   時の流は永遠というなれど
   我想いはその流の前に泡沫のごとく消えていくのか

   姿麗しき 貴き花よ
   誰が為に 花開くのか

   匂い馨しき 愛おしき 花よ
   誰が為に 咲き誇るのか

   億の民人に称えられし花よりも
   我為だけに 咲く花であれ



【 Fin 】



★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆★
   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆★


【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】

【0233 / 白神・空 / 女性 / 24歳 / エスパー】


【NPC / アシャ】


☆★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★☆
         ライター通信          
☆★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★☆


白神・空 様

何時もお世話になっております、ライターのはるです。
このたびはクリスマスノベルへの御参加ありがとうございました。
やっと花を咲かせることができましたが、サイコマスターズの方はもう少しだけ続きます。
ちょっとした粗品代わりに、短いながら詩をつけさせていただきました、御気に召していただければ幸いです。