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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


□ Under holy night □



 寒空の下、リュイ・ユウは患者の家に検診をしに来ていた。
 ……クリスマスだと言うのに。
 医者に休みも無いと思われているのは一般的な認識だが、ユウの場合は違っている。
 医者が休みだと、患者は自分の方に回ってくるので所謂、儲け時。
 平時にも開業しているから、新規の患者は確実に増えている。
 医者という物は、患者があっての職業だ。
 病気や怪我で来院して貰えないと儲からない。
 定期的に病気になってくれるのならば、別にそれはそれで構わないのだが、頻繁に同じ患者に通院されて藪医者だと言われるのも心外だ。
 適度が一番。
 とは言え、ユウの場合、受診時の丁寧な対応と、誠実そうな外見とは裏腹に料金は暴利といって良い位の金額を提示するので、非常に一見さんな患者が多かった。
 その辺りはユウ的には通常料金より割り増し40%位で提示しているのだが、同居人が言うには「……あんた、ぼりすぎだって!」らしい。
 あの一拍の間は何なのだろう、突っ込んでみたい所です。
 キチンと人を観察して、取れる客からはきっちりと取り立てて居るだけなのですが。
 価格変動しやすい薬品などを購入する時にも使ったりしているのですが、ここのところは室内の生活環境改善でしょうか。
 たまに取り立てがきついのに腹を立てて、仕返しをしに来る律儀な客も居るのはご愛敬で。
 何かあっても頼もしい相方も居ますしね。
 その辺りの本音は流石に照れくさくて言いませんが。
 定期的な検診を終えると、患者に二、三注意をする。
 年齢的な事もあり、そろそろ身体の無理も利かないと思いますし、と医者が言うにはハッキリと言いすぎな言葉に患者はつき合いが長いのか、かっかっかと笑い飛ばした。
 長いおつき合いをしたいと珍しく思って、言ったんですけれどね。
 どうにも、珍しい事をいうと本気にして貰えないのは如何なものか。
 ユウは内心溜息をつくと、明朗快活な印象を与えるが何年もの間生き抜き、財を築いてきた老獪な患者にビタミン剤を処方する。
 すっとプラスチックボトルに入った薬をテーブルの上に置き、使用人が出してくれた珈琲に口をつける。
 ユウの楽しみの一つでもあるのがこの珈琲だ。
 味にうるさい主の味覚を満足させるだけあって、味も淹れ方も上手かった。
 黙って味を堪能するユウに老人は、今日の晩にパーティがあるので日頃の労いも兼ねてどうじゃと聞いてきた。
 友人や連れあいでも一緒で構わないという、その言葉にユウは遠慮無く出席の意を伝えた。

***

 ユウはシンプルなデザインのフォーマルなベストで身を包み、艶めく黒髪を軽く撫でつけていた。
 対してケヴィン・フレッチャーは普段と変わらない服装だ。
 黒いシャツに迷彩柄のジャケットを羽織り、黒髪を高く結い上げている。
 ケヴィンはパーティの規模にさすがに躊躇した。
「いきなり連れてこられたと思ったら、えらい大規模なパーティじゃねぇか」
(いつもより猫被った服装してると思ったら)
 黒服やドレスを着た男女も多いという程でもないが、見渡せば失礼にならない程度には着飾っている。
(俺、普段着だから結構目立ってる気がするんだが)
「あんただけ良い格好かよ、俺にも一言いってくれたって良かったんじゃねぇ?」
 少し恨めしげにユウを見上げ言うケヴィンに、
「貴方が帰ってくるのを貞淑な妻のように、暫く待ってたんですよ? これでも。パーティの開始時間が近づいてきていたので、そのまま連れてくる事になりましたが」
「待ったってどれ位」
「15分程度ですかね」
「短っ!!」
「まぁ、それは置いておいて。俺は招いてくれた主人に一寸挨拶してきますよ」
 シャンパンの入ったグラス片手にユウは会場の人混みに紛れて消えた。
「……って、おいっ!」
 ケヴィンは一人立ちつくしていたが、溜息をつくと手近なテーブルに近寄り、まずは食欲を満たす事にした。
 骨付きチキンを2,3本更に乗せ、サラダとポテトを山盛りにして、壁際に立ち黙々と食べ始めた。
(………。ん……? 貞淑な妻って誰だよ!)
 ユウの言った言葉を何となく脳内再生して居たところ、ユウのからかいに今頃気付いたケヴィンだった。

***

 ユウは本当に挨拶だけをする為に屋敷の主の居る場所を探している内に、黒服の給仕が差し出すお酒をその都度受け取り、気前よく呷っていたところ、アルコールの種類を色々とごちゃ混ぜにして飲んでいたのが悪かったのか、微かに身体が揺れる。
「ふうっ……酔いましたか」
 立ち止まり、顔を上げ、冷たい空気に触れようと外へ出る事の出来る扉を探す。
 微かに頬に赤みが指し、良く見知っている人物であればユウが酔っていると直ぐに分かるだろう。
 これ以上酔うと、以前しでかした二の舞になってはいけないと自分を戒めると、ようやくバルコニーへ繋がる扉を見つけた。
 グラスを給仕が持つトレイの上に置き、ふわふわと何処か覚束ない足取りで向かう。
 ようやく冷たい空気に触れる事が出来ると笑みを浮かべ、ガラス扉に手を掛ける。
 だが、外には既に先客がいた。

***

「おや、貴方でしたか」
 パーティとアルコールが入って開放的になったのか、幾分明るいユウの声。
「あんた……酔ってないか?」
 振り向いたケヴィンがユウの顔を見て言う。
 少し声が低くなっているのは例のご宿泊事件を直ぐに思いだしたからだろう。
「いえ? 大丈夫ですよ、この通り」
 軽く頭を左右に動かして、振っても酔っていませんと示してみる。
 本当は「やりすぎましたか」と内心思って居たのだが、やせ我慢をしてしまうユウである。
「本当か……?」
 かなり疑り深く聞くケヴィン。
 日頃の行いが物を言うらしい。
「確認してみますか」
「どうやって」
 ユウがケヴィンに近づく。

「こう、ですよ……」
 二人の影が重なる。

「ん……! はぁっ! ちゃっかり酒飲んでるんじゃねぇかっ」
(な、な、な、な、何をっ)
 顔を真っ赤にしたケヴィンがユウに抗議する。
「酔いは覚めてますよ?」
 にっこりと笑みを浮かべるユウの表情にケヴィンが噛みつく。
「酔っぱらいは、酔ってるのに酔ってないって言うんだぜ?」
(一本取ったぜ)
「そういう事にしておきますか」
 ユウはどことなく言い訳臭い言い方をすると、酔いで火照っていた体が覚めてきたのか身震いをする。
(あ)
「大丈夫か?」
「中に入れば大丈夫です。医者の不養生と言われるのは嫌ですからね」
 心配げに言うケヴィンにユウは中へと一緒に誘う。
「じゃ、そうするか」
 ケヴィンが先に中へと入って行こうとするのをユウは肩に手を掛け、
「これを忘れていました」
 ポケットの中からスルッと取りだして、ケヴィンが言葉を挟む前につける。
「……ドッグタグ?」
「クリスマスですから。本当は此処に来る前に手渡したかったんですけどね」
 首にかけられたドッグダグを指で確かめて見る。
「あー、それで待ってたって言ってたのか。待たせて悪かったよ」
「まぁ、でも屋敷のバルコニーで渡せたので良いんですけどね。クリスマスらしく、雰囲気ありますし」
「サンキュ。でも、あんたクリスマスって柄じゃないよな」
 ユウはケヴィンの首にかかるドッグタグを満足げに見て、肩を並べ中に入りましょうと。
「あぁ、ちょっと待て」
 ケヴィンがユウの腕を掴む。
「何です?」
 ケヴィンが照れくさそうにユウを見上げる。
「眼鏡」
「眼鏡がどうかしましたか」
「眼鏡外せって」
 急がせるように、腕を掴まれていない方の手で眼鏡を外す。
 別段、眼鏡を外したとしても、視覚に問題はない。
 ユウのそれは所謂、伊達眼鏡だったので。
「外しましたよ」
 外した眼鏡を胸ポケットに収めるのを確かめると、ケヴィンはぐい、と手を突き出した。
「眼鏡ですか」
 掌の上にあったのは新しい眼鏡だった。
 フレームレスなデザインで知的な印象を与える眼鏡だ。
「お返しだよ。あんた、フレームのない方が似合うよな」
「ありがとうございます」
 早速、新しい眼鏡をかけて言う。
「似合ってるぜ。あんたを待たせていた分、これでチャラってコトで」
「十分ですよ」
 嬉しそうに笑みを浮かべ、先に行くケヴィンを見つめる。
 振り向いたケヴィンが微かに顔を赤くして言う。

「でも、ベッドでは眼鏡外せよ」
「それがお好みなら」

 クスリと口元に笑みを刻むと、ケヴィンがむっとした表情を浮かべる。
 嬉しいのに照れくさくて、どう返して良いか分からないのだ。
「パーティ終わったら飯でもおごれよ。堅苦しくって、食べた気がしないんだよな。あんたの手料理でもいいけど」
「貴方の好きそうな料理が多かったと思うんですが。まぁ、慣れない場所でゆっくりご飯は食べた気がしないのは確かです」
「0時には帰るからな、それまでなら待っててやる」
 待つ側なので、どことなく偉そうな仕草のケヴィン。
「俺も食べ物は口にしてないんですよ。早く終わらせて、一緒に頂きましょう」
 普段と変わらない口調で、けれどいつもより優しいユウの口調に、ケヴィンは小さく呟いた。
「やっぱり、大勢いる場所よりあんたといる方が安心する」
 追いついたユウがケヴィンの肩に手を置き、耳元で囁いた。
「俺もですよ」



Ende