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もちあんルーレット
【オープニング】
「さあさ皆さん、よってらっしゃい見てらっしゃい――」
和服姿の元気そうな少女が、怪しく瞳を輝かせながら人を呼び込んでいる。
なんだなんだとのぞきこめば――
少女の手元には、十五個のお餅が。
普通の切り餅よりもやや小さめ。
なぜか円を描くように置いてあるそれに、そこはかとなく恐怖を感じる。
「そこのあなた! 興味をお持ちになりましたね! なりましたね!?」
強引に引っ張り込み、和服少女は耳元でまくしたてた。
「実はこのお餅、あらかじめ半分に切って間に色んな物を挟んでありますっ!」
「………」
それは、もしや……
「そうっ! これぞ名づけて、『もちあんルーレット!』」
くだらない親父ギャグとともに、少女は元気よく、
「さあっ! 皆さんも参加していってくださいよ〜――」
と呼び込みを続けていた。
【集まった物好きたち】
「『もちあんルーレット』か。面白そうだな」
ひょいと顔をのぞかせのは、門屋将太郎(かどや・しょうたろう)だった。「俺も参加していい?」
「もちろんですー!」
きゃーと呼び込みの和服少女ルルが嬉しそうに両手を握り合わせる。
「いいって? ありがとな」
ルルが用意した椅子にどっかと座り、円に並べられたお餅を眺めて、
「餅の間に何が挟まっているかわからないってとこが面白いんだよな、コレ」
「お餅版ロシアンルーレット、ってワケね。これ」
将太郎の後ろからのぞきこむように、女性の声が割り込む。
「あたしも参加させてもらうけどいいかな?」
「きゃはっ☆ 当然ですー!」
「いいの? ありがとう♪」
ルルの用意した椅子に座ったのは、門屋嬢(かどや・じょう)という娘だった。
ルルは呼び込みを続けた。
「まだまだいませんか〜? 怖くて楽しいもちあんルーレットですよ〜!」
どこまでも親父ギャグなネーミングを惜しげもなく披露していた、そのとき。
「親父ギャグが現れるとき……」
ふふふふ、と不気味な親父笑い声。
「親父もまた現れる――!」
ピカーン
なぜか後光と天を指すような妙なポーズともに現れたのは、オーマ・シュヴァルツである。
筋肉もりもり、新年からあらマッチョ・力一杯親父愛しての登場。
スパーン
気味よい音を立てて、後ろからハリセンでオーマを張り倒した存在がいた。
「何を恥ずかしいことをしているのオーマ。一緒にいる私まで醜く映ってしまうわ」
「……他人のふりをしていればいいのではないか……」
ハリセンを持った美しい少女の隣で、全身黒のスーツにコート、マフラーの青年がぽつりとつぶやく。
あらいやだ、と振袖の少女――ユンナは口に手を当てた。
「そうだったわ。ではそうするわ。オーマ、貴方なんか知りません。だぁれ貴方」
「……今さら遅すぎる」
青年――ジュダがため息をついた。
すでに彼らは注目を浴びまくっている。きゃあ、と呼び込みの和服少女・ルルが嬉しそうに両手を握り合わせた。
「あなたたちのおかげで注目度NO.1よ! さあよってらっしゃ見てらっしゃい、もちあんルーレット――!」
「……なぜか、僕も引きずりこまれたみたいだねえ……オーマの影響かな」
つぶやいたのは、長身に眼鏡の青年――クルス・クロスエアだった。
「ふっ。今回は腐れ縁を巻き込んで挑戦だからな……!」
オーマがハリセンダメージから復活、大胸筋を張って宣言する。
「……僕も腐れ縁だったのか……」
クルスがつぶやいた。
「日は浅かろうが腐れ縁に違いなし!」
「腐った縁なんだから今にも切れそうだ、とかってよく言うよね」
「ぐはあっ!? た、大切な友人に言い換えるからそういう言い方はよせ! な!?」
「腐って切れても別にいいわねえ」
「……そうだな」
ユンナとジュダにうなずかれ、オーマ撃沈。
何しろユンナは振袖姿でジュダとともに初詣に行く途中だったところを、オーマに引きずりこまれたのだ。機嫌が悪くて当然である。
「……よく分からんが……あんたたちも参加するのか?」
将太郎が、突然現れたどこの世界の人間が分からない人間に、おそるおそる声をかける。
「うむ! 筋賀新年早々、大胸筋挑戦漢浪漫溢るる催し……! 妻の料理に比べればどんな料理でも! 毎晩鮮烈紅色盛りゴッドメタル筋胃腸は動じない……!」
「とか言いながら、あなた手に何持ってるのよ」
ユンナがオーマの手にしているドリンク剤を示す。
「万が一のために。親父ラブボディフェロモン注入筋賀胃腸薬ドリンク2006全員分だ!」
仕方ないわねえ、と慣れまくっているユンナとジュダがそれを受け取る。
しかし、将太郎と嬢は引いた。
「お、親父らぶぼでぃふぇろもん……?」
「そ、それあたしも飲まなきゃダメ……?」
「……たぶん逃げられないと思うよ、キミらも」
諦め口調で言ったのはクルスだった。
かくして、全員で口にした胃腸薬――
……桃色ピンクで甘々な味がした。
ルーレットを始める前に、将太郎と嬢がギブアップしかけるという問題発生。
そんなことをしている間に、呼び込み娘のルルが餅の数を増やしていた。
「予定より人数が多かったのでぇ、二十個に増やしてみたですよっ」
それではそれでは、とルルはどこから取り出したのかマイクを手にして、
「もちあんルーレット――スタート!」
【一週目】
食べる順番は、参加を表明した順となった。つまり、将太郎・嬢・オーマ・ユンナ・ジュダ・クルスの順である。
「合計三個まで食べられるのか。んじゃ……これ」
将太郎はひょいっと少し小さめのお餅をつまんで口に放り込んだ。
そして、「うぇ」と頬を引きつらせた。
「あ、甘いもの連続……これ、いちごジャムか……?」
「は〜い、ブービー一個目ですー☆」
ルルがかわいらしく体をくねらせる。
「な……何と言うか……その……今まで食ったことのない味だな……」
将太郎は残したいのを必死に耐えて、すべて食べきった。立派な根性である。
「次あたしね。それじゃさっそくいただこうかな」
嬢がお餅を順繰りに眺めていって、将太郎の食べたものの四つ隣をつまんだ。「それじゃいただきまーす」
ぱくっ。もぐもぐ……
「あ、こしあん――すっごく美味しい!」
将太郎がうらめしそうに嬢を横目で見る。
「あんこか。まともなのも入ってんなあ」
オーマが真剣なまなざしで餅をにらむように見て、そして「では俺はこれだ……っ!」
と嬢のとったものの隣をつまんで口に放り込んだ。
そして。
がちん
歯が、何か金属的なものに当たった音がした。
「がふっ!」
オーマは慌てて口からそれを取り出した。きゃあと嬢とユンナが汚い〜と身を引かせる。
「なんだこりゃーーー!」
餅に挟まっていたのは金属の板。
刻まれている文字は、『スカ』。
「……お前に似合いだ」
ジュダがぼそりとつぶやいた。
「くおおおおお」
オーマは男泣きに泣いた。
「いいこと? 私のように至高の美を抱く存在という者は、まとう全ての在りしが同様に美しきもののみでなければならないのよ。その私に美しさの欠片もない妙なものを食べさせでもしたら……どうなるか分かってい・る・わ・よ・ね????」
ユンナがルルに迫る。
ルルはにっこり笑って、
「は〜い。変なもの当たっちゃったら、どうぞお連れ様に八つ当たりしてください☆」
「もちろんよ!」
そしてユンナは、オーマが食べた餅の二つ隣をつまんでぱくりと食べた。
「……あら、このパリパリ感……」
「あっ、海苔に当たられましたね〜」
「パリパリの海苔の挟まったお餅……まずいとは言わないけれど」
歯についたらどうしてくれるのよ! とユンナはハリセンでオーマの後頭部をはたき倒した。
「なんで俺がこうなるんだ……」
「うるさいわ。あんたはおとなしく八つ当たりされていなさい」
そして順番はジュダへと移る。
「……正月遊びとやらの余興のひとつ……か……まあ、そこの男が先ほどからたくらんでる下らん余興に比べればかわいいもんかもしれんがな……?」
横目で見るのはオーマ。オーマはぎくりとそっぽを向いた。
「え? 何か企んでるんですか?」
嬢がおそるおそるオーマのほうを見る。すでに見るのも怖い存在となっているらしい。
「まあいい……」
ジュダは淡々とユンナの食べたものの四つ隣をつまむ。
そして口の中に入れた。
「………」
淡々とそのままのみこんでしまったらしきジュダを見て、全員が「何だった!?」と迫る。が……
ジュダは涼しい顔で、答えなかった。
「さ、さてはまともなもん食ったな……!」
オーマがぐううとうなる。
「僕はまともだったよ。つぶあん餅」
クルスが口をもぐもぐさせながら言った。
「あ! てめ食べるの早っ!」
「さ、二週目。将太郎さん、どうぞ」
クルスはにっこりと眼鏡の奥の瞳を微笑ませ、将太郎に番をゆずった。
【二週目】
「じゃ、これ」
将太郎はクルスの食べたものの五つ隣を選んだ。
「……ん? これは……もしやチーズ?」
「はあ〜い☆」
「へえ! 意外とまいう〜♪」
「餅とチーズは合うからなあ」
料理の得意なオーマがうんうんとうなずく。
「あたし次これ!」
嬢がまたひとつつまんだ。そして、
「ラッキ〜☆ まったあんこ〜♪ 美味しいよー」
「ずりぃぞ……じゃあ俺はこれだ!」
オーマが勢いこんで選ぶ。
口に入れて――
―――
「まずくは、ないっ!」
腕を組んでうなずく。そしてなぜか将太郎に握手を求めた。
「この甘さによく耐えた……っ」
「あっいちごジャムだったのですねえ☆」
ルルが笑顔で補足した。「ちなみに砂糖たっぷり入れたいちごジャムですからねえ」
「そんなもの当たったら太ってしまうではないの!」
なぜかユンナが憤り、スパンとオーマの後頭部をハリセンで一撃した。
「な、なぜ……」
「そもそもお菓子はカロリー高いのよっ。まったく、私には合わない世界だわっ」
憤然としながら、ユンナはちゃんと順番を守り、ひとつの餅を持ち上げる。
そして――
「―――!!!」
すぐさま吐き出そうとしたのをプライドと根性でとどめ、ユンナは口を抑えて振袖姿であたりを駆け回った。
その様子から何かを察したのか、ジュダが近くにちゃんと置いてあった水のコップを取り、ユンナに渡す。
ユンナはそれをごくごく飲んだ。そしてさらにジュダに手を差し出す。足りないという意味らしい。
ジュダは淡々ともう一杯の水を差し出す。
ごくごくごく。
「――っありえない! ありえないわ……! 何この激辛さ……!」
「唐辛子ペーストですの〜☆」
ルルがうふっとかわいらしく笑う。
「そりゃ、後のもんの味分からないだろうな……」
将太郎が同情したように言った。「いちごジャムなんてかわいいもんだ……」
はあ、はあ、と肩で息をするユンナにしがみつかれながら、ジュダがひとつつまみあげた。
「………」
淡々と食べた。淡々と食べて、それで終わった。
『だから何食ったんだ!』と全員腹の底で叫んだが、口にする者はなぜかひとりもいなかった。
「ああ、僕は砂糖醤油だね。これも美味しい」
「ってクルス早い上に運がよすぎだっつーの!」
オーマのつっこみで、二週目が終了……
【三週目】
残る餅も、八個となった。
「これが最後か……」
ごくりと喉を鳴らして、将太郎が最後のひとつを選び取る。
そして、「おお……!」と嬉しそうに顔を輝かせた。
「良かった……! きなこだ! まあまあいけるな!」
「まあまあ」と言うわりに、ものすごく嬉しそうである。
「あたしもこれが最後だね……」
今までのあたりがよかっただけに、嬢が額に汗を浮かべて震える手で最後のひとつをつまんだ。
そして、この世に天使でも降臨したかのような顔の輝きを見せた。
「チーズ……! けっこういけるじゃない……!」
「けっこう」というわりに、ものすごく嬉しそうである。
「何でお前ら二人そんなに運がいいんだ……?」
少し泣きそうになりながら、オーマがひとつを選びとった。
そして、
「ああ……」
パリパリと音がする海苔の感触を、喜びとともに噛みしめた。
「うまい……うますぎる……」
「う……い、いやなもの全部オーマに食べてもらえればよかったのに……っ」
ユンナはまだ辛い味の残っている口の中に、ぽいと最後の餅を放りこむ。
そして――再び振袖姿で駆けずり回ることになった。
ジュダが淡々と、今度は最初から二杯の水を用意してユンナに渡していく。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
ユンナは涙目になりながら、スパンスパンスパンスパンスパン! とオーマの頭を連打した。
「や、八つ当たりにも、ほどが……っ」
「二つしかない唐辛子ペースト、二つとも当たっちゃったのですね〜」
ルルはにこにこと邪気のない笑顔で言った。
最悪の運のなさを、新年早々披露してしまったユンナである。
続いてジュダが、またもや淡々とひとつを選びとり、それを口にしたが――
がちん
「―――」
『何を食べたんだ』と、今度は誰も聞かなかった。聞かなくても分かったという意味でもあるが、それ以上に――怖くて聞けなかった。
ジュダは淡々と、口の中から金属片を取り出す。
『スカ』
「ユンナ。これで俺も適当に運が悪いということになるだろう」
「……! ジュダ……!」
ユンナが涙目でジュダの腕に抱きつく。
「ああ、僕今度は大根おろしだ。お餅に大根おろしは合うね」
「だからクルス早ぇっつーんだー! おまけに運いいし!」
こうして、もちあんルーレットは終了した。
ルルが残りの二つの中身を確認し――緊張した面持ちになる。
「何よっ!? 何が残ってるの? ジュダが食べたのは何よっ! 何食べてても許してあげるけど!」
「あ、アロエの果肉が……入っているものが二つあったはずなんですけど……」
ひとつしか、ないです。
「………」
アロエ。あの、苦さではどんな食べ物にも負けないアロエの果肉。
メンバーは一様に思い出した。ジュダの淡々とした食べ方を……
「こ――こいつにかかりゃ、どんなゲテモノも、普通の食いもんなんだろうな……」
オーマが引きつりながらつぶやく。
いかなゲテモノ食べようと涼しい顔なスカシ謎々ミステリー。2006もナマモノにモテまくる運命だろう三十路もどき……
【オーマの企み】
「ご馳走さん、楽しかったよ」
将太郎がすっきりとした顔で立ち上がる。
「色々なお餅食べられて、皆とわいわいしたりで、おもいっきり楽しめたよ!」
嬢も立ち上がりながら笑顔で言った。
二人とも、帰る気まんまんである。
しかし――
「待て待て待てーい」
オーマが、重々しく呼び止めた。二人の腕をがっしとつかみ、
「ついでだ。お前さんらも参加しろ」
「……へ?」
「ロシアンルーレット! 逆にこちらからの挑戦で唸る餅筋アニキ雄たけび悶絶乱舞ルーレットゲームに挑ーむ!」
「い、言ってる意味が分からないんですけどっ!」
嬢が声をあげると、ユンナが呆れたように、
「ようするに、オーマが造ったルーレットがあるから参加しろって言いたいのよ」
と要約してくれた。
「そうそうそのとおり☆」
オーマはいそいそと隠してあったものを取り出した。
――桃色ハート型餅……
「……これ食べろと……?」
将太郎ががっくり肩を落として嬢をうかがう。
嬢も将太郎をうかがう。
そして……
「――これも新年の景気づけだーー!」
お互い初対面にも関わらず、将太郎と嬢はどこかで意気投合して桃色ハート型餅に挑むことにした。
「さあっ! まずはお前さんから!」
指されたのは将太郎。
えいやっと将太郎が口に放り込んだ桃色ハート型餅は、
「………」
――中に一枚の紙が入っていた。
もぞもぞと取り出す。書かれていた文字は、『筋年親父アニキ染め隠し芸大会腹黒強制問答大胸筋無用招待状』。
「……行けと?」
「うむ。それを手にしてしまったからには、異世界だろうがなんだろうが参加しにくるべし」
「………」
将太郎は無言でがっくりとうなだれた。
「あ、あたしも……えーい!」
嬢がハート型餅を口に放り込む。
そして、口からぼっと火を吹いた。
「おお。山葵辛子キムチ入りだな」
「……ほらお前さん、水水……」
将太郎がぼろぼろと涙をこぼしはじめた嬢に水入りコップを渡し、その背をゆっくりなでてやる。
「ああ、あたしの運が……」
「ふふん。バチが当たったのよ」
ユンナがべーっと舌を出した。美しきを旨とする彼女らしからぬ行いだった。
「では次は俺様自身だなっ」
オーマは腕まくりをして、ぽいと桃色ハート型餅を口に放り込む。
「ぐほっ!」
……口の中身を吹いてしまった。
「あ、甘く作りすぎちまったかね……」
ルベリアと呼ばれる花の、甘砂糖漬けである。
「ほれユンナ。お前もだ」
「えー……」
いやいやながらユンナもひとつを選び取った。
そして口の中に入れたまま、うぐっと硬直した。
「こ、この感触は紙……」
おそるおそる皆からは隠れるようにして口の中から出したものは……将太郎が引いたものと同じだった。
「おおユンナ! 今年こそは来てくれるんだろうな……!」
「誰が行くものですか! というか食べられないものをお餅の中に入れないで……!」
「俺も食べるのか」
ジュダがつぶやく。
「当然だ」「当然よ」とオーマとユンナがハモった。
「………」
ジュダは選んだ桃色ハート型餅を淡々と食べた。
一瞬、動きを止めて――
そしてまた淡々と口を動かし始める。
「まてお前!? 今何かあったろ、何か入ってたろ!? 出せ、口から出せー!」
「ひょっとして私と同じ!? ねえジュダ、ジュダと一緒なら私救われるからお願い出してー!」
「………」
ジュダは口元を隠しながら、何かを口の中から取り出す。
思ったとおり、それは将太郎、ユンナと同じものだった。
「うおお……! 今年はユンナもジュダも来るんだな……! 大胸筋が鳴るぜ……!」
ユンナとジュダの視線が素早く交わされた。いかにして逃げるか、視線で語り合ったようだ。
「さあクルス、お前も食え!」
「……来ると思ったよ」
クルスはすべてを諦めた様子で、桃色ハート型餅を手に取る。
その瞬間――
親父電波で餅の中に亜空間への道が発生し、中に聖筋界中の美筋親父神たちが筋肉誇示乱舞する光景が広がった。
「………」
クルスは淡々と手をかざし、亜空間への道を何かの力で消し去った。
世にも微妙な光景が消える。オーマだけが感激し、他全員が石化する中、クルスはひとりもくもくと「これ、なかなかおいしいね」と桃色ハート型餅を食べていた。
【ルーレット・ユンナバージョン】
「こんな目に遭わされたんだもの……うううっ対抗してやるわーーー!」
ユンナが取り出したるは、セレブ御用達・超高級和菓子店、正月限定予約販売餅。
「わあ、美味しそう〜〜〜!」
嬢が喜んだ。
「中に何が入っているかはお楽しみよ☆」
さあ、お食べなさい。ユンナはものすごい迫力の目つきでふふふと笑って将太郎に言った。
「うりゃ!」
将太郎が超高級餅を口にする。
そして……その顔がぱあと輝いた。
「超まいう〜〜〜〜〜〜!」
美味、絶品。それはこういうものを言う。とろけるような餅、絶妙な味付け、すべてが整ったハーモニー。
「ああー! いいなあ」
嬢が悔しそうに将太郎を見る。ユンナは「あら、よかったわね」と冷めた調子で「はい次!」と言った。
「はい……っ! たあっ!」
意味不明なかけ声とともに嬢が超高級餅を口にする。
そして、ほんわりと頬を赤らめた。
「お、おいしい……本当においしい……っ」
「あらあなたも当たり? つまらないわねえ」
ほらオーマ! とユンナは壮絶な笑みでオーマに順番を回す。
「くう……ほれっ」
ぽいと口に放り込んだ餅。
「ん?」
オーマが中から取り出した紙は――
『女王様が一日何でも頼みを聞いてくれる券』
「ひっ!?」
ユンナが悲鳴をあげた。なんでよりによってあんたが引くのよその券をとばかりに、オーマを燃えるような瞳でにらみつけ、
「どっかから女王様をさがしてきなさいな」
とごまかそうとした。
オーマはくっくっと笑った。それは低い、ある意味壊れた、ある意味最高な笑みだった。
「ああ……身近にいる女王様をたーっぷり使いまわすことにするぜ……」
「……貴様の奥方に殺されんといいがな」
ジュダがぼそりとつぶやく。
はっとオーマが自分の美しき恐怖の妻を思い出し――「ああ……」と手にある券をひらりと取り落とした。
ユンナがほっとして、ジュダの腕に抱きついた。
ジュダの番となった。
ジュダが口にした餅は、かちっと金属の音がした。
「………?」
口元を隠しながら中身を出すと、それは指環だった。
純度の高い虹の雫を加工した指環だ。有名ブランド同士がコラボした超レア製品である。
「うっわあ! すごい綺麗な指環……!」
「大したもんだなあ……」
嬢と将太郎が感心し、ユンナがおおはしゃぎする。
「ねえ、それもちろん私にくれるのよね? ねえ?」
「………」
ジュダはおもむろに水のコップを手にとり、その水を流して指環を丁寧に洗った。
そして無言でユンナの手を取り、その細い指にはめた。
何も言わないところがミソ。素晴らしきかっこよさである。
きゃー! とユンナがハートマークを飛び散らせながらジュダに抱きつく。ジュダは黙って抱きとめた。こんなあたりも決まっている。
「大したもんだ……」
将太郎がしみじみとつぶやいた。
「クルスの番だぜ?」
「ああ、うん」
クルスがひとつ餅を手にとると――
女王様電波で餅中に超高級ブランド店への道が発生した。
店員が見える。ものすごい絶妙な口先三寸でものを購入させる気まんまんな営業スマイルが見える。
「………」
クルスは淡々と手をかざし、何かの力でその道をかき消した。
超高級ブランド店が消える。「ああ、行ってみたかった……」と脱力するユンナを尻目に、クルスは「このお餅、普通の状態でもおいしいね」と言った。
【ルーレット・ジュダバージョン】
「てなわけでジュダ。お前も何かやれ」
「そうよお。ひとりだけ何もしないなんてずるいわ」
二人の腐れ縁から要求され、ジュダは仕方なくゲームを造ることになった。その場で調理器具一式を具現能力で作り出し、華麗な手さばきで「ずんだ餅」を並べていく。
「うわっ! これも美味そう……!」
「ほんと!」
将太郎と嬢が感嘆の声をあげた。
早速将太郎が嬉々としてその中のひとつに手をつける。
「んあ? 中に紙が……」
またかよ、と渋々口の中から出すと、
『オーマを一日家事にて下僕扱いし放題権利券』
「ジュダてめえ!?」
「………」
「……いや、俺がとっても困るんですけど、この券」
将太郎が当然なことをつぶやいた。「たしかに俺んち俺と甥っこだけで家事には困ってるけど……うーん……」
「ん? なんだなんだ、なら本当に一日行ってやってもいいぞ?」
「一日も留守にして、奥方に殺されなければいいがな」
ジュダがぼそりとつぶやいた。オーマがぴしっと石化した。
「次あたし、あたしだね!」
嬢が素早く選んだずんだ餅を口にした。
「……わあ、やっぱり紙が入ってるぅ……」
口元を隠しながら何とか引っ張りだす。
『ミニ獅子オーマを一日家畜扱いし放題権利券。牧羊犬代わりにでも番犬代わりにでもお好きに』
「ジュダーーーー!」
「………」
「ねえ、ミニ獅子ってなに? なんかかわいい感じに聞こえるなあ」
「いい! 興味持たなくていいから! 頼むから!」
「それはずるいというものよ」
ユンナが口をはさむ。
「くっ……なら、一回だけ変身するから。家畜扱いだけは勘弁な? な?」
オーマはミニ獅子へと変身した。美しい銀の毛並みを持つ獅子、おまけに小さくてかわいい。
「うわあ、かーわいー!」
嬢は大喜びでミニ獅子を撫でた。オーマはつい猫のように身をすりよせる。
「……このことを奥方に密告すれば、貴様は抹殺されるだろうな」
ジュダのつぶやきに、ぴしっとミニ獅子オーマが凍りついた。
「次は私ね」
なぜかオーマの番をすっとばし、ユンナがるんるんとしながらずんだ餅をひとつ口にする。
「あら、紙……ええと」
口からなんとか取り出し、見ると。
『オーマを一日家事にて下僕扱いし放題権利券』
「ほーっほっほっほ!」
ユンナは女王様笑いをした。「オーマ! 私からは逃げられなくってよ……!」
「あああああ……」
オーマが男泣きに泣く。ユンナの元では何を命令されるか分かったもんじゃない。
ジュダ自身の番となった。もちろん無視されているオーマの番は回ってこない。
ジュダの引いたずんだ餅の中の券は、
『ミニ獅子オーマを一日家畜し放題権利券以下略』
「うふふふふ……ジュダからも逃げられなくってよ……っ」
「―――」
オーマはすでに言葉も出ない状態で固まっていた。
ラスト。クルスの番。
「あれ? 『手ごろサイズ獅子オーマが一週間どこでも送り迎え権利券』……ちょうどいいオーマ、精霊の森と街往復させてくれる?」
普段は精霊の森と呼ばれる森に住むクルスがにっこり微笑んだ。
「ジュダーーー! なぜ俺ばっかりこんな目にーーーー!」
「それはもちろん」
ユンナが言いかけ、言葉をとめる。
にやりと女王様は笑んだ。
誰もが、言わなくても分かっていることだった。
――これは、ただの嫌がらせだと。
【エンディング】
「ははっ。今度こそご馳走さん。楽しかったよ」
将太郎がオーマたち一行に笑って言った。
そしてオーマたちのついでにずっと見ていたルルに向かって、
「楽しかったけど、食べ物を粗末にするなよ?」
「うう〜〜それを言っちゃあおしまいです〜〜」
ルルがお盆の端っこをかじって体をくねらせる。
嬢が改めて立ち上がった。
「ありがとう。何が当たるか分からないスリルと興奮が味わえて楽しかったよ。来年もまたやる予定があったら、そのときはぜひ、あたしを誘ってくれよな」
にっと笑って、「さてと……帰ったら論文でも書いてみるかな……」
そして将太郎と嬢が去っていく。
その後ろ姿に、思い出したようにオーマが声をかけた。
「おーい。お前さんらも飲んだあの胃腸薬な、副作用で一週間丑三つ時に枕元に親父神降臨するから、ありがたくうやまっておくようにー」
視線の先で、将太郎と嬢がずざざっとずっこけた。
「ジューダ☆ 初詣に今度こそ行くのよー」
振袖をふりふり、ユンナが上機嫌になって言う。すでに唐辛子ペースト入り餅を二つ連続で食べたことは忘れ去ったようだ。
「………」
ジュダが無言で立ち上がる。
オーマがぐぬぬとうめいて、
「くそ……こうなったらお前らの初詣にくっつきマッチョして邪魔しまくって」
「そうさせてあげたいのはやまやまなんだけど」
クルスががしっとオーマの肩をつかんで、にっこり笑った。「その前に僕を精霊の森に帰してくれないかな?」
手でひらひらさせているのは、『一週間オーマが送り迎え券』。
「うう……筋賀新年親父筋は俺に味方をしてくれなかったのかあ……!」
オーマは天に向かって吼え……そして、がっくりとうなだれた。
クルスがぽんぽんと、慰めてるんだかせかしてるんだか嫌味なんだか分からない肩の叩き方をする。
とりあえず。
彼ら『腐れ縁』組の腐った縁が、腐り落ちて切れてしまうというようなことは――永遠になさそうだった。
―Fin―
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2006★┗━┛
東京怪談
【1522/門屋・将太郎/男/28歳/臨床心理士】
聖獣界ソーン
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー】
【2083/ユンナ/女性/18歳(実年齢999歳)/ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫】
【2086/ジュダ/男性/29歳(実年齢999歳)/詳細不明】
【NPC/クルス・クロスエア/男性/25歳?/『精霊の森』守護者】
サイコマスターズ アナザー・レポート
【0517/門屋・嬢/女性/19歳/エキスパート】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
門屋嬢様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはあけおめノベルにご参加いただきありがとうございました!
サイコマのキャラクターさんは初書きなので、嬉しかったです。
なお、もちあんルーレットはあらかじめ作られた表を、後半の変則ルーレットは純粋にダイスを利用しています。キムチを食べさせてしまい申し訳ありません;
では改めまして……あけましておめでとうございます!
またどこかでお会いできますよう……
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