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<東京怪談ノベル(シングル)>


第1話:「流星、輝く為にっ!!」

■A PART:探偵は迷走中?

 見覚えのある通路を何度目も通る度、伊達剣人は眉間の皺を深くしていった。
 普段はスーツ姿の剣人だったが、今日はマスタースレイブ用のスーツを身に着けている。
 身体のラインに沿ったスーツの中で、剣人は鼓動を早めていた。
 ――……マズイ。迷ったか?
 指定された時間はとうに過ぎ、剣人は完全に遅刻していた。
 ――初日から遅刻って、印象サイアクじゃないのか!
 通路の片側に開けた窓からは、演習スペースで訓練に励むマスタースレイブが見える。
 ここはマスタースレイブの基本訓練を教える場所で、ビジターズ・ギルドの有志が無報酬で初心者に手ほどきをしてくれる。
 剣人もマスタースレイブでの戦闘経験が無い訳ではない。
が、やはり自己流で出来る事には限界がある。
 マスタースレイブも新造した事だし、改めて基本から学び直そうと剣人は考えたのだ。
 ――に、してもどこなんだよ教室は!?
 通路の窓と反対側には似たようなドアが続いているのが災いし、剣人はもう何度も教室を間違え、その度に他の受講者の注目を浴びていた。
 受付で『今日は初心者講習アンタだけだから、マンツーマンで教えてもらえるよ』と言われ、程良く緊張しつつ教室に向かったのだが。
「あ! ここか!?」
 ようやく剣人が指定された教室の部屋ナンバーを見つけた時には、すでに始業時間から40分が経過していた。
 ――とにかく謝れ俺!
 剣人は息を吸い込んで勢い良くドアを開けた。
「スイマセン、伊達です! 遅れました!!」
 教室には椅子に掛けた男が一人だけいた。
 教壇に立つ者は誰もいない。
 ――誰もいないのか。待てよ、ここでいいはずだよな?
 剣人はバックステップで一旦ドアの外に戻ってナンバーを確認したが……合っていた。
 ――まさか怒って帰ったとか? 
 疑問ばかりで思考を停止させている剣人に、男が立ち上がって尋ねた。
「キミ、伊達剣人君?」
「あ、ああ。俺だけど?」
 男は老獪な笑みを浮かべて片手を差し出す。
 ラフなジャケットの下に着ている物は、よく見るとマスタースレイブ用のスーツだった。
「ギルドから案内来てたな。キミの担当は俺ね。宜しく」
 男の手を握り返しながらも、剣人は呆然としていた。
「お、遅れてスイマセンでした!!」
 男は気にもせず剣人に近くの椅子を勧めた。
「まあ気にしないで良いよ。遅刻って結構多いし」
 かしこまる剣人に、ティーチャーは笑った。
 行儀悪く椅子に逆からかけた教官が聞いた。
「で、キミはどの位マスタースレイブがわかるんだ?
知ってる事って聞かされても時間無駄だから聞くけど」
 剣人は言葉に詰まった。
 ――何となくわかるけど、わからんって言えば全部わからん……。
 嫌な汗を額に滲ませる剣人に、教官は助け舟を出した。
「……まあ何となくは知ってると思うから、かいつまんで話すな。
退屈だったら聞き流せよ?」
 教官は上下にスライドする黒板を下ろし、書き出した。
「マスタースレイブは元々、月面開発計画の中で開発された、人の動きをトレースする作業機械だ。
後から戦争の主力兵器として発展したのは、世界の歴史じゃよくある流れだな」
 マスタースレイブは人の動きをトレースする為、人間が普段から行っていることをそのまま実行する。
 何と言っても大きな構造上の特徴は、ボディから出たマスターアームだ。
 マスターアームと呼ばれる人間の腕の入った小さな腕が、腕操作時に胴体から離れ、 その動きに合わせてスレイブアーム――マスタースレイブ本体の大きな腕が動かすのだ。
 脚部や頭部もそれぞれ人間の動きに合わせて動く。
 説明は続く。
「つまりだ。
自分の動きとマスタースレイブの動きに誤差があるから、何らかの違和感、戦闘時のタイミングのズレが出るって訳だ。
それをいかに少なくするかが、マスタースレイブでの戦闘の基本だよ」
 カンカン、とチョークで黒板に印を付けて教官は言った。
「機体自体の反応速度を上げる方向で開発されたものも何機かある。
けど、それはそれでパイロットが振り回されたり、ついて行けない場合もあった。
第一に、今じゃそのテクのほとんどが『審判の日』で無くなってる。
元々兵器メーカにあったマスタースレイブぐらいじゃなきゃ、使えない技術だ」
 教官は更に説明を続ける。
「今はマスタースレイブが軍の所有物だった大戦時と違って、マスタースレイブも自分に合わせてカスタマイズしてる奴が多い。
移動スピードに特化したのや限界まで重装備して防御値上げたの、いろいろだ。
その分それぞれの機体で癖が異なる。
自機の癖をつかんで戦うのが賢いやり方だな」
 剣人は自分のマスタースレイブ・流星を脳裏に浮かべる。
 武者姿を模した流星の主要兵装は高周波ブレードと腕に仕込んだショットガンだ。
 以前使っていたマスタースレイブから動作制御に関する部品を引き継いだ為、動きに関してはあまり不安を覚えていない。
 ふと、剣人は不覚にも欠伸をもらしてしまった。
「ま、退屈な話はこれくらいにして」
 ――や、ヤバイ!
「俺は退屈じゃありませんよ!」
 青ざめた剣人が必死に弁解する。
 それに教官は耳の辺りを掻きながら答えた。
「俺が退屈なの。慣れない説明してたから。
という訳で、キミも早速マスタースレイブに乗ってくれ。動かしながら教える」
 そう言い残して教室を出て行こうとするのを剣人は引き止めた。
「えーと、その、基本的体力づくりと言いますか、うさぎ跳びで砂浜何周もしたり、とかは……」
剣人が幼い頃から親しんだジャパニメーションの特訓シーンでは、必ず見かけた光景だ。
「ここに砂浜無いだろ」
 ここはセフィロト。内陸に位置するため、海からは遠い。
「ええ、まあ……」
 ――そうだった……。
 軽く意気込みを挫かれて肩を落とす剣人に、教官は肩をすくめた。
「大体訓練なんて、今更だろう?
慣れないうちは筋肉痛くらいにはなるかもしれないが、それは身体が変に力んでるからだ。
本来マスタースレイブは特別な訓練なんて必要ないんだよ。
特にキミみたいに、武道経験者にはね」
 ――ギルドから話でも行ってるのか?
 通路を先になって歩き出した教官を追いかけながら、驚いた剣人が聞いた。
「どうして俺が、そうだと?」
 剣人は北辰一刀流と少林拳を習得している。
 それなりに危険な存在とも、何度も渡り合ってきた。
「身のこなしとかね。普段から丸腰の人間とは違うよ」


■EYE CATCH:You are my shooting star.

「お。もう講習終わりかよー」
 剣人が受付で出会った男が、デスクから教官にのんびりと声を掛けた。
「ちょっと『揉んで』くる」
 教官はジャケットを脱いで、自分のロッカーから出したハーネスをスーツに装着している。
「『柔らかめ』にしてやんなよー。そいつ緊張してるしさ、真面目そーだし」
「ま、程々に手加減するよ」
 ――ほ、程々って……!
 二人の会話に青ざめる剣人へ、教官が向き直った。
「キミ、何だってわざわざマスタースレイブの訓練なんか?
自己流でも結構いい所まで動かせるだろ」
 確かに自己流でマスタースレイブを動かしている人間も多い。
 ――でもそれじゃ、俺のなりたいレベルに届かないんだよ。
 あえて言葉にすると気恥ずかしさも覚えるが、剣人は正直に告白した。
「ええと……気になる娘がいて……その娘を守ってやりたいんです。
いや、隣で一緒に戦いたいってのが合ってるかな。そんな所です」
 意外にも教官は冷やかさずに剣人の言葉を聞いていた。
 ――笑われるかと思ったんだがな。
「ああ、結構マスタースレイブ使い慣れてる娘なんだ?
それは頑張り甲斐があるな」
 教官は一瞬考え、爽やかに重い言葉を剣人に投げた。
「じゃ、『固め』にしとくか」
『固め』の意味を考えたくないと思いつつ、剣人はマスタースレイブに向かった。 


■B PART:探偵には『固め』が似合う? 

 演習スペースで流星に乗り込む剣人を教官は覗き込み、レーダーやセンサー、モニターのレイアウトを確認した。
「かなりカスタマイズしてるけど、ベースは軍用マスタースレイブかな?」
「ええ、そうです」
 ハッチを閉め、目の前にモニターが近付くと、頭部カメラが拾った映像が映し出される。
 教官も自分のマスタースレイブに乗り込んだ。
 すぐに開かれた通信回線から声が聞こえてくる。
「モニターはリア、フロント、サイドの切り替えができる。
最初のうちは機体ごと向き直った方が混乱しないかもな。
見にくかったらズームもかけてみると良い。
センサーで拾った熱源反応なんかも一緒に表示できるから、色々試してみて」
 熱源センサーだけで周りを見渡すと、訓練中の他マスタースレイブの影が動いて見えた。
「動かすは頭で考えない方がいい。
自分の身体を動かす時は、何も考えないだろ?
それと一緒で要は慣れだよ。ちょっと軽く走ってみな」
 流星が滑らかな動きで走る動作を見せたのに満足し、教官が言葉を繋ぐ。
「大丈夫みたいだな。じゃ次。
最初に面食らうのは、このマスターアームと、実際に銃なりナイフなり持つスレイブアームの感覚の差だ」
 教官がマスターアームを持ち上げて手を振って見せた。
 それに合わせて剣人もマスターアームを動かしてみると、流星のスレイブアームがトレースする。
「もっと言うと、攻撃範囲の違いがある。
キミのマスタースレイブは大型の高周波ブレード持ってるだろ。
キミが武道なり習ってるんなら、間合いの違いに気付くんじゃないか?」
 ――確かに、間合いが取りにくいな……。
 流星が装備する高周波ブレードは長さも十分あるが、紙一重でかわされるような相手ならその間合いの認識差が命取りになる。
「銃を持った時の感覚も剣と同じように違う。
モニターから見える外の映像は頭部のカメラとセンサーで拾ってるから、実際よりも上から見てる事になる。
加えてスレイブアームは自分の腕よりも外側についてるから、その感覚の差は慣れるまで面倒かもしれないな」
 身体で覚えている事にしっかりとした値論付けがなされて、剣人は目の前が開けるような気がした。
 ――今までそんな事考えないで動かしてたなぁ。基本ってのは何でもあるものだな。
「そんなとこだな。じゃ、軽く戦ってみるか」
 心なしか楽しげな男の声が剣人の耳に届いた。
 ――待てよ!! 
「え、も、もうデスかッ!?」
 上ずった声の剣人を無視して教官が鉄パイプを渡してきた。
「習うより慣れろってね。
マスタースレイブ動かしてる方が良いだろ。せっかくカスタム機に乗ってるんだしさ」
 向かいに立つマスタースレイブが、パシパシと鉄パイプを手の平で打ち合わせている。
 ――うっ、これで戦えって言うのか……。
 剣人は流星が握る、何だか使い込まれて斜めに曲がった鉄パイプをモニターから見下ろした。
 ――一方的にボコられるの必至じゃないのか!?
 追い討ちをかけるように教官が言う。
「加減はするけど容赦しないから宜しく」
「矛盾してませんかそれ!」
 剣人の抗議も空しく、マスタースレイブは軽くステップを踏んでいる。
 ――その動き、やたら喧嘩慣れしてるチンピラそのままだろ!
 もはやマスタースレイブには見えない。
 鉄パイプよりもバタフライナイフが似合いそうだ。
「ぐるぐる演習スペース走り回っても良いんだけど、面白くないだろ。身に入らないよ」
 もっともらしい台詞の後、小さく「俺がつまらん」という声が剣人の耳に聞こえた。
 ――聞こえてるよ本音! 頼むからそういうの聞かせないでくれよ!
「それじゃ、始めるか!」
 高らかかつ一方的に、教官が開戦の合図を上げた。


 『固め』に『揉まれた』剣人は、激しい筋肉痛に数日間呻き暮らした。
 が、トリッキーな喧嘩戦法を得意とする教官の戦い方は、基本的に正々堂々正攻法で攻める剣人が持つ弱点も気付かせてくれた。
 ……のは、筋肉痛も治まったずいぶん後になってからだったが。


(終)