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バレンちゃんに逆襲!
「ババババレバレバレンタイ〜ン。グレンタイじゃーなくってバレンタイなの〜」
能天気で調子外れな歌のような騒音を撒き散らす一人の幼い少女。どこかの早朝アニメ番組のような、ヒラヒラが沢山ついたコスチュームを纏っている。
「漢字で書くと馬連隊〜お馬のかたちのチョコレート〜、きゃはっ」
少女は時折くるくると舞うようにその場で回り、かと思えばバレリーナのように飛んだりした。
「そんなわたしはバレンタインの使者、バレンちゃん〜。バレンタインを幸せな日にするのがわたしの使命〜。きょおーもどこかーでー、バレンちゃんのステッキがー、ステキに輝くのーよー。ステッキなだけにステキ、なんちゃってキャハっ」
少女はそれを耳に入れた者が思わず硬直してしまうような寒〜い駄洒落を一人で云って、一人でぐふふと笑った。
だがそれを咎める人間は誰も居ない。
何故なら少女が騒音を気分良く口ずさみ、飛んだり跳ねたりしているのは、家屋やマンション、ビルが立ち並ぶ遙か上空だったのだから。
そんな少女は手にした”ステキなステッキ”を、木こりがそうするように肩に担ぎ―…といってもそれ程重そうなものでもないのだが―…今度はハイホー、ハイホー、と上機嫌で空の中を歩いた。
そうしているうちに少女はそのふざけた動作を止める。
「およっ」と目を丸くし、ステッキを持っていないほうの手を額に当てて、遙か上空から地上を見下ろした。少女のいる場所からは、”それ”は豆粒程度にしか見えないはずなのだが、彼女は望遠鏡のような目を持っているらしく、目敏く”それ”を見つけたのだった。
額に当てた手を下ろすと、少女はぐふふとニヤつきながら、肩に担いでいたステッキを下ろし、ブンブン、と片手で回す。そしてまるでホームラン予告をするバッターのように、ぴたっとステッキの先端を”それ”に突きつける格好をする。勿論もう片方の手は腰だ。
「バレンちゃん、ターゲットはっけ〜〜んっ」
少女が嬉しそうに…本当に嬉しそうに、そう声高らかに叫ぶと、どこかの魔法少女が持っているようなステッキの先端が赤く光り、光線が”それ”に向かって発射された。
―…その明らかに怪しい光線が発せられたのは、瞬きをする瞬間程度のことで、地上に蠢く人たちの中で誰もその光線に気がついたものはいなかった。
自らのことをバレンちゃんと称する少女は、光線を発したあと、ステッキの先端をまたくるくると回し、西部のガンマンのようにステッキの先端に、ふっ、と息を吐きつけた。もう片方の手を未だ腰に当てつつ、少女は今までの能天気な表情から一転して遠い目をし、
「折角のバレンタインだ…幸せに過ごしな、坊や」
と渋く呟いた。
そして一方、一瞬だけその怪しい光線を受けた”それ”というのは。るんたった、と足取り軽く恋人との待ち合わせに向かう、一人の男性だった。 自分に一条の光線が発射されたことなど夢にも思わないその男性が、待ち合わせ場所である某広場に着くと、その男性の恋人らしき女性が笑顔で彼を出迎えた。
「ごめんね、待たせたかい?」
ありきたりな受け答えを期待しつつ、彼は恋人に笑顔を向けてそう云った。彼女はきっと、大丈夫私も今来たばかりだから、そんな風に応えてくれるだろう。そうしたら彼女は少しはにかみながら小さな包みを僕に差し出すんだ。―…ごめんなさい、少し形が崩れてしまったんだけど。彼女の台詞はこんな感じかな?大丈夫、僕はそんなこと気にしやしない。僕はあはは、と笑って、気にすんなそれが手作りの証拠だよ。そう返して、その包みを有り難く受け取るんだ。そしたら彼女は嬉しそうに微笑んで、僕の腕に手を絡めてくるだろう。さあ今日は何処へ行こうかな、折角のバレンタインだもの。洒落たイタリアンのお店とか、雑誌で見つけたかわいいカフェとか。ああなんて幸せな一日なんだろう。
男性はそこまでをわずか1秒で頭の中に描き、そして我に返った。
あれおかしいな、彼女ははじめの、大丈夫私も今来たばかりだから、も云ってないぞ。
そこで初めて、男性は恋人の異変に気がつく。
普段自分と会うときは嬉しそうに笑っている彼女は、今は顔を真っ青にして手を口に当てていた。男性はまるでホラー映画を見ているような彼女の様子に、思わずポカン、とする。
「ど、どうしたの―…」
恋人の名を呼ぼうとした瞬間、彼女は目を大きく見開き―――……。
彼女のつんざくような悲鳴を眼前で受け、思わずくらくらと男性が倒れそうになっている間に、恋人は背を翻してダッシュで逃げていく。男性は薄れゆく意識の中で彼女の後姿を見送りながら、何なんだ一体、と思った。
男性が倒れそうになっているにも関わらず、道行く通行人は誰一人手を差し伸べようともしない。…否、近寄ろうとはしているものの、皆ぎょっとした表情で目を見開いているのだ。男性は彼女の悲鳴から受けた肉体的、精神的なダメージでフラフラになりながらも、思った。
―…何なんだよ一体、と。
倒れゆく男性の瞳が閉じられる前に、通行人たちは確かに見た。
男性の瞳が、―…通常ならば綺麗な円を描いている黒目が、見事なハート型になっていたのを。
…バレンちゃんは、きみの街にもやってくるかもしれない。
★
「うお、兄さん大丈夫かい?下僕主夫候補ってぇもんは、そう簡単に意識失っちまったらいけねえよ。おい、しっかりしな」
恋人から悲鳴をあげられてしまったショックで地面に倒れてしまった青年。その青年を抱き起こし、頬をぺちぺちと叩くのはこのあたりでは見かけない風貌の男性だった。赤い着流しを身にまとい、胸元を大きく広げた大胆な格好をしているけれど、その体格は引き締まった筋肉で出来上がっているので、この街には珍しい格好だけれども決して似合わないというわけではなかった。むしろ似合いすぎていて、その男性の周囲だけがこの街から切り離されているような、そんな錯覚を回りに群がるギャラリーに与えていた。
その一種異様な男性こと“朝筋”マラソンついでにソーンから東京までやってきてしまったオーマ・シュヴァルツは、周囲の視線などこれっぽっちも気にせず、青年を介抱しようとしていた。現在バリバリ現役中の下僕主夫であるオーマは、自分に似た匂いを倒れている青年に感じ、ここは自分が何とかせねば、と元来世話焼きの気性を乗り出したというわけである。
そこに、そんなオーマと青年に近づくもうひとつの影があった。それはオーマ同様別世界から東京に偶然訪れてしまったロック・スティルだった。ロックはまるで軍人が着ているようなしっかりしたジャケットを羽織り、キャップを目深に被っておまけにサングラスまで着用するという、彼的にはごく自然な格好だけれどもこの東京においてはオーマ同様異様な格好で、倒れている青年と彼を介抱しているオーマに声をかけた。
「気絶しているものを無理にたたき起こすと意識障害を起こすぞ。何があった?ガス爆発か?それとも狙撃か?」
現代日本においてありえないほどの物騒な単語を並べるロック。オーマはロックの存在に気づき、振り返って彼を見上げた。そしてロックのがっしりとした体型を人目見ると、ぱぁっと顔を輝かせる。
「おお、こんなとこにも愛筋フレンズが!やっぱあれだ、大胸筋は時空も超えるっつーわけだな」
「…? すまんが言っている意味が分からない。それより何があった? そして此処はどこだ?」
「うう…ここは東京のH公前です…うぅ」
頭上で交わされる会話を聞き、律儀に答える青年。ようやく意識を取り戻したらしい。彼はオーマの腕の中で自分の額に手を当てながら、うぅ、と呻く。
「すいません、ご迷惑かけまして。もう大丈夫です…」
「いや、あんた大丈夫には見えねえよ。何があったんだ? 悪いようにはしねえから、ちょっとこの親父筋にいってみな」
「はあ…親父筋…」
青年はかろうじて意識を取り戻したものの、まだはっきりと覚醒はしていないようで、ぼんやりした頭を抱え、ぶつぶつとつぶやく様に言った。
「僕もわけが分からなくて…。彼女と待ち合わせしてたんです、ここで。そうしたら、彼女が僕の顔を見て突然悲鳴を上げて…」
青年はそこまで言うと、ハッと目を開けてがばっと起き上がった。そしてガッデム、と頭を抱える。
「ああ、何で僕がこんな目に…!? 一体何があったんだ!?」
「……」
青年が身を起こす一瞬前に、その青年の“ハート型の目”をしっかり見ていたロックは、少々唖然としながらも呟く。
「“羽目”と“目”をかけてるのか…?」
「ははは、そいつぁ面白い駄洒落だな。だが笑い事じゃないらしい。よう青年、何か心あたりはねえかい? なんかされた覚えとか」
「覚え…? いえ、何も。ただ僕は、彼女がチョコレートをくれるというので、うきうきるんるんしながらこの広場にきただけで…」
「うきうきるんるんるんたった、か。羨ましいぜ、そんな愛筋チョコを期待できるたぁ…」
今まで大して動じず、能天気そうな表情を浮かべていたオーマの顔に、さぁっと青いものが差した。朝筋マラソンといいつつ、実のところ愛妻の作る破壊的味覚を持つチョコレートから逃亡してきた立場のオーマは、しみじみとそう呟いた。だが妻手作りの未知との遭遇チョコのことは一端忘れることにして、うむ、と一人頷く。
「よっしゃ、通りかかったのも何かの縁。俺が何とかしてやろうじゃねぇか」
お人よしで世話焼きのオーマ、そして世話を焼く対象は自分と同じにおいを持つ下僕候補の青年とならば、助けないという選択肢は存在しない。このような事件には慣れっこになっているオーマは、青年のハート型の目は、何かしらの行為によって変えられてしまったものだと考えた。つまり青年の目を変えた人物がいるというわけで、その人物を何とかすれば、きっと青年の目も元に戻るだろう。
「ほ、本当ですか? 僕、何が起こったかまったくわからないんですけど」
「でぇじょーぶだ、下僕候補青年っ。お前さんの未来、そして東京筋都心の明日を守るため、親父筋に任せときな!」
オーマはそう宣言し、わはは、と声高らかに笑った。彼の脳内ではやる気がめらめら燃えている。
そしてその場にいたもう一人、ロックはオーマと青年のやり取りを聞きながら、彼もやはり考えていた。
マフィアの抗争戦の最中、突然東京にやってきてしまったものの、どうすれば元の世界に戻れるかわからない。それにやたら筋肉を主張するでかい親父の言うとおり、乗り掛かった船だ、自分も協力するのは吝かではない。それに何者かがこの街に不穏をもたらしているのならば、自分も防ぐ手伝いをするべきだろう。ロックはそう考え、のりのりで大胸筋を主張しているオーマに声をかけた。
「そこの親父。これから原因となった何者かの捜索を開始するのか?」
オーマはロックのほうを振り向き、少しだけ目をむいた。だがそれも一瞬のことで、すぐにニヤリ、と笑みを浮かべ、
「あたぼうよ。このままで放っておいちゃいけねえ。この兄さんの目もハートですンばらしいが、でもカカァ天下候補の乙女には嫌われちまったんだろう?ここは先輩下僕主夫の俺が何とかしなきゃあな!」
「あんたの言う単語は悉く俺の知らないものだが。だが大まかな意味は分かった。ならば俺も協力しよう」
ロックの協力を申し出る言葉に、オーマは目を輝かせた。そしてがっしりとロックの手を握り、ぶんぶんと振る。
「マジでか! さすが愛筋フレンズ、話がとおるぜ。俺ぁオーマ・シュヴァルツってんだ、よろしくな」
「俺はロック・スティル。構わずロックと呼んでくれ。頼むから、その変な呼び方では呼んでくれるな」
「あんでだぁ?いーじゃねえか、愛・筋フレンズっ! お前さんのむきむきっ腹もせくしーマッチョに割れてんだろう?」
にやにや、と調子良さそうににやつくオーマに、サングラスの裏で渋った表情を作るロック。
かくして一見まったくアンバランスな即席コンビが誕生したのだった。
「まずだぁな、俺が思うに―…」
とりあえず件の青年は自宅に帰し、場所を移してオーマとロックは作戦会議をはじめた。やはり人ごみの中では何かとやり辛く、青年と出会った広場からは少しばかり離れ、閑散とした裏通りの一角にて妙齢の男性二人は顔を突き合わせている。見ようによっては、なんとなく近寄りがたい雰囲気だ。
「ああいうことをしでかせる奴ってのは、大してそう多かねぇ。何の目的でやってんのかは知らねえが、何かしらの特徴がある奴だろう」
「つまり、この街の一般人ではない奴を探すということだな。だがそう簡単に見つかるか?姿形も分からないんだぞ」
寂れた裏通りで、二人の親父は考え込んだ。まずターゲットがどんな奴なのかを探らなくてはならない。
と、そこでオーマが、ぽん、と大きく手を叩いた。そしてにんまり、と笑む。
「そんなら、こいつの出番だな! 待ってろよ、今ラブゲッチュポスター作ってやらぁ」
「…らぶげっちゅ?」
また唐突に意味の分からないことを言い出したオーマを、ロックは眉をしかめて眺めた。オーマは、むん、と手を胸の前でがっしりと組み、念を唱えはじめる。するとオーマの目の前に、ぽん、ぽんと空間からとびだしてきたように筒のようなものが幾つも現れる。だがそれは宙に浮かび続けるわけではなく、出現すると同時にオーマの足元にばさばさと落ちていった。幾つも現れているそれをロックはひとつ取り、観察してみた。筒のように見えた白いそれは、どうやら大きな紙を丸めたものだったらしい。中に何が書いてあるか気になって、ロックはそれを広げてみた。…と、同時に、うっ、と硬直する。
「……なんだ、これは」
ロックが固まってしまったのも無理はなく、それは幼い子供の身の丈ほどもある大きなポスターで、でかでかとポーズをとった少女が描かれていた。少女はフリルがたくさんついたコスチュームを纏い、二人がまだ知らないこの事件の張本人そのものであった。さらにロックの眉を顰めた原因になったものは、その少女の周りに背景の代わりとばかりに描かれている、ボディビルダーのようなポーズをとったマッチョでスキンヘッドな、得体の知れない“兄貴”たち。ロックでなくても眉を顰めたいものである。だがそのポスターを延々と大量生産し続けているオーマは、得意そうな顔で親指を立てた。どうやら一度ポスターを出現させると、あとは放っておいても大丈夫なようだ。
「どーだ、すっげえギラギラびゅーてほーだろ! 題してせくしーマッスルグラビアポスター! あの下僕主夫候補の青年から念をたどってな、具現念写で作ったんだ。うーん、我ながらイイ出来だぜ」
オーマは床に落ちた丸まったポスターひとつを拾い上げ、それを広げて惚れ惚れと眺める。オーマ的には改心の出来らしい。
ロックはサングラスの奥で遠い目をして、暫しそんなオーマを眺めていたが、やがてハァ、とため息をついて自分が持っていたポスターをくるくると丸めた。
「……まあ、セクシーマッチョ云々はどうでもいいとして…。その、今回の張本人はこいつなんだな?」
ロックはやれやれ、と内心思いながら、ポスターのど真ん中で可愛らしくポーズを取っている幼女を指差した。オーマは「うんにゃ」と頷いて、
「こんな桃色フリフリ筋幼女が、ンなことしでかすとはねえ。何か事情があんだろうが、これ以上東京筋都心を困惑させるわけにゃいかねえ。てなわけで、俺ぁ手加減無用でやらせてもらうぜ!」
オーマはそう声高らかに叫び、指を口にあてて、ピィーっと口笛を鳴らした。するとそれに呼応するように、どこからともなく今までロックが見たこともないような異様な集団が現れた。おもにそれは二種類で構成されていて、ひとつはまるで漫画のようにデフォルメされた草花。但し花のど真ん中には目と鼻と口―…つまり顔がある。もうひとつはボディビルダーのような筋肉をやたら誇張している透き通った男性たち。但しその肉体は上半身のみで、おまけに背後の背景が透けて見える。つまるところ、幽霊だとか霊魂だとか―…そういうものだ。
ロックは唖然として、宙に浮かぶそれらを眺めていたが、呼び出した本人のオーマはてきぱきと彼らに指示を出していた。どうやらオーマが具全念写により作り出した大量のポスターを街中に貼らせようというらしい。
「おい、あんたこいつらに手伝わせるのか?」
ロックの問いに、オーマは当たり前だ、というような顔をしてみせた。
「そりゃぁ、人探しにゃ人海戦術が一番ってな。心配すんな、害があるような奴らじゃねえよ。まあ、ちょーっとナンパ癖はあっけどな?」
「……だが、あまり大仰なことになっても、住人を不安がらせることになる。ここは俺がおとりになろう」
ロックはふぅ、と息を吐き、自分の胸を親指で指した。こうみえても数々の戦場を渡り歩いてきた男だ、機動力には自信があった。
だがオーマは、一瞬目を剥いたあと、自分の顎を撫でながら考え始めた。そして何かしらの結論が出たようで、ロックの肩をぽんぽん、と親しげに叩く。
「わーった、お前さんの意気込みはな。そりゃおとりも結構、だがこの街は広いんだぜぇ?お前さん一人じゃ何日かかるか分かんねえよ」
「……」
オーマの言葉に、ロックは思わず唸った。
「…ならばオーマとやら。ポスターを貼る以外に方法はあるのか?張るだけじゃ埒はあかんぞ」
「ふっふっふ」
ロックの訝しがる視線を受けて、オーマは不敵に笑う。そして両手で親指をビッと立て、ニカっと笑って見せた。
「そこんとこはのーぷろぐれむ! この桃色腹黒親父に任せときな!」
「……少々の不安は残るが…」
得意そうに笑うオーマに、ロックは一抹の不安を感じながら肩をすくめた。
「いたぜ! 俺のマッチョせくしー大胸筋が示すところ、ワル筋幼女はあれだっ」
腹黒商店街直売アイテム、運命の赤いイロモノ糸を称するものを小指に巻いたオーマが、すぐ隣に見えるビルの屋上を指差して怒鳴った。そんなオーマとロックがいるのは、目標がいるのとは数メートルほどしか離れていない、これまた高層ビルの屋上である。
「ついに見つけたか。…しかし、イロモノ糸というのも役に立つものだな…」
「ふははっ、何せせくしーナマモノのいろんな念が込められてるからなっ。まあそれはともかく、やいやいやいそこのワル筋幼女、てめぇさんは年貢の納め時だ! 覚悟しやがれ!」
オーマはふんぞり返って、隣のビルの屋上に向かってそう叫ぶ。オーマの傍らにいるロックは、腕組みをしながら冷静にその場を観察していた。すると、む?と唸り声をあげる。
「おい親父。もう一人幼女がいるぞ。複数犯なのか?」
オーマはロックの問いに、ん?と眉を顰めて屋上のほうを目を凝らして見つめる。数秒間ほどそうしていたかと思うと、オーマは突然奇声をあげた。
「げげっ! あれは…サモン!」
「…サモン?知り合いか?」
ロックの冷静な問いに、オーマは叫び返す。
「俺のかわいい愛娘だ! おいサモン、ワル筋幼女と何してる!まさかお前まで…!」
父親の人面草と霊魂軍団を何とか撃退したかと思えば、今度は本丸の登場である。サモンはやいのやいのと叫ぶ父親、オーマの姿を確認して、げ、と顔をしかめた。
「どしたのサモン! あの派手派手親父マッチョ、サモンの知り合い?」
「……うちの、馬鹿親父。……バレン、あいつに近寄っちゃだめだよ」
サモンは短くそう答え、さてどうしたものかと考えた。軍団はもう撃破したし、あとは父親のみ。だがオーマと一緒に、サモンの見覚えのない、キャップとサングラスで顔を隠した男性がいるのが分かった。多分東京での協力者なのだろう。屈強な肉体を持っていることは分かったけれど、あまりあの桃色親父と同類にも見受けられない。ということは、もしかして父親はまともな理由で動いているのだろうか…?
サモンがそう考えを巡らせていたのは命取りだったようで、傍らのバレンはオーマたちを敵だと認識したらしい。
「ううーん、じゃあとりあえずっ。バレンちゃんの愛を受けてみれーっ!」
そう叫び、サモンが止める間もなくステッキから光線を放った。
「むむっ」
「…来るぞ!」
バレンが叫んだのがオーマたちにも伝わり、二人は身構えた。間もなく光線がこちらに向かって放たれるだろう。
ロックはそう考え、一瞬だが、サングラスの奥であってもあのハート型の目は適わん…と思った。だって、ハート型なのである。漫画の主人公のように、黒目がハート型になっている兵士など、様にならないではないか。あーあ、いやなものに首を突っ込んでしまった…、と一瞬の間にそこまで思うと、光線が自分の隣を突き抜けるのを感じた。
「……!? オーマ!」
自分の隣ってことは、つまりはオーマだ。あー自分じゃなくてよかった、そう思いながら一時の戦友の状態を伺った。だが次の瞬間、ロックはあんぐり、と口を開けた。目の前で信じられないことが起こったのだ。
「むん!」
光線を放たれたオーマが気合を入れて大胸筋に力を込めると、光線はカキン、とその大胸筋を反射して明後日の方向に消えていった。それだけではなく、光線を受けた部分の服がぱぁっと光り、その光が収まると立派なマッチョアニキの刺繍が描かれているではないか。うわあ…、とロックは引きそうになったが、明日の聖筋界を背負うと豪語する筋肉愛親父、オーマの勢いはそれだけではとまらない。
「ふははは! ワル筋幼女よ、俺とマッスルせくしー勝負で勝てるとでも思ったか!? いでよ、薔薇アニキふぁんしーラブ筋ステッキいぃぃっ!!」
「えええええっ!!? ちょ、ま、反則だよぉっ! ねえ何あれキモいよサモンんっ! あれホントにサモンの親父なの!? 変態だよ!?」
自分の光線が大胸筋によって防がれ、しかも何故か服にアニキ刺繍が施されちゃって、あまつさえ防いだ当人の手には薔薇色に光り輝くやたらごてごてと可愛らしいステッキが握られている。勿論、その上部にはボディビルダーのポーズをしたマッチョ兄貴の像がくっついていることは言わずもがな。
自分の立場も忘れ思わずサモンに泣きつくバレンを、サモンは肩をぽんぽん、と叩き、あくまで冷静に宥めた。
「……ごめん。あれでも、実の父親なんだ…」
そのサモンの諦めきったような言葉が、バレンに引導を渡す言葉となったようで。
すっかりボルテージがあがりきっているオーマを止める手立ては最早無く、ふはははは、と低い笑い声を響かせながら、薔薇色のパワーをステッキの上部、マッスルアニキの像に溜めているオーマ。あれが発射されたら何が起こるか誰にもわからないが、とりあえずただ事では済まなさそうだ。
そんな父親の妙なやる気を悟ったサモンは、一瞬、バレンを連れて逃げようかと思った。だがそのすぐあとに、その考えは打ち消された。
「……!」
彼女の視界の中、オーマたちの後方に、見慣れた紅色が見えたからである。
「……バレン、もう大丈夫だよ」
「へ?」
バレンが腑抜けたような声をだし首を傾げると、サモンは黙って前方を指差した。と同時に、ゴキッという大きな音があたりに響いた。
「〜〜〜……っ!!」
オーマたちがいる屋上では。
ロックは突然現れた紅色に目を見張り、オーマは今しがた大鎌の柄でぶん殴られた後頭部を、両手で庇ってもんどりうっていた。そんなオーマからは時折苦悶のうめき声が漏れる。
「……何者だ、あんた」
凄腕の兵士である自分にも、只者ではない筋肉親父であるオーマにも、全く気配を感じさせないまま背後に忍び寄り、オーマの後頭部を鎌の柄でぶん殴った人物。勿論、オーマの妻であり、サモンの母であり、そして地獄の番犬という異名を持つシェラである。
シェラは大鎌を担いで、ふん、と屋上の床でもんどりうっている夫を見下ろした。
「まぁた何か企んでると思ってあとをつけてきてみりゃあ…あんた、今度は幼女虐待かい!? いい加減にしな、犯罪の芽を育てるどころかあんたが犯罪じゃないか! くぬっ、くぬっ」
シェラは眉を吊り上げ怒りを露にし、夫をげしげしと蹴りつける。その容赦ない有様に、さすがのロックも血の気が引く思いだった。いやほんと、女性って怖いです。
「……何者かは知らんが…そのあたりにしておいたらどうだ。そこの親父も悪気があったわけじゃないんだし」
ロックがそう口を挟むと、シェラはようやくロックの存在に気づいたようで、キッと彼のほうを睨んだ。そしてにぃっと笑う。
「兄さん、あんたオーマのお仲間かい? 悪気があろうがなかろうが、こいつは運命なんだよ。黙って見といたほうが身のためだよ? あとあたしはシェラ、紅色のカカア天下とか呼ばれてるよ」
「……なるほど、俺はロックだ。あんたのその異名の理由は何となく分かった」
そう二人が遅めの自己紹介をしている間も、シェラの足の下では、オーマが助けを求めに呻いていた。
シェラはそんなオーマを足蹴にしたまま、隣の屋上にいるわが子とその友人に向かって声をかける。
「…あんたたち! 見てりゃわかったろ、もう大丈夫さ! 早くこっち降りてきな」
声をかけられたサモンとバレンは、顔を見合わせた。
「……大丈夫だよ。シェラが出てきたら、もう、ね」
「……そーなの?」
うん、と頷くサモンに、バレンは隣の屋上を見た。そしてシェラとやらに足蹴にされている筋肉親父を見やる。
「……大丈夫そーだね」
「で、あんたたち。今回のこれは、一体どういうことだい?」
すっかり落ち着いたあと、一同を尻目にシェラが腕組みをして問いかけた。シェラに詰問されているような気になって、思わずしゅん、としているバレンを庇う様にサモンが口を挟む。
「……シェラ。バレンは悪いことをやろうと思って、やったんじゃないんだよ。ワル筋じゃない」
「ワル筋?」
わが子の言葉にシェラは一瞬眉を上げ、そして傍らでへたっている夫を見下ろした。
「ああ…なるほどね。確かにその子の様子を見る限り、そんなに悪い子じゃないってのは分かるさ。でもね、何でこういう騒ぎを起こしたかは聞いてもいいだろう?」
「…そうだな、お前にはそれを説明する義務がある」
シェラ同様、腕組みをしてバレンを見下ろすロック。
そしてサモンに後押しされ、バレンは渋々ながら口を開いた。
「……わたしは、バレンタインの精なの」
「……精?」
バレンの言葉に首を傾げるシェラ。
「うん。バレンタインを求める人々の心から生まれたの。で、わたしは…もっとみんなが、バレンタインを幸せに過ごせるといいなあって…!そう思ったの、思っただけなんだよ!」
「だが、なぜそれが他人の目をハート型にすることに繋がるんだ?意味がわからん」
ロックは片手で頭を抱え、そう呟いた。それに反論したのはサモンである。
「…バレンは、恋する人の目をハート型にすれば、それは愛ラブゆーの証だっていってたよ。…だから、誰かを好きな人が、その気持ちをもっと表せるように…って、そういうことじゃないのかな」
「サモン……」
バレンを除く一同―…いつの間にかオーマも復活し、その輪に加わっている―…は、サモンの言葉に何かしらのそれぞれの気持ちを抱え、バレンを見下ろした。バレンはすっかり背を丸くしていて、叱られている雰囲気になっている。
そしてその沈黙を破ったのはロックだった。
彼はキャップの下の額をぽりぽりと掻き、居心地悪そうに言った。
「……まあ、元々は悪気があったわけじゃない…というのは、俺にも伝わった。だがな、誰しもが目をハート型にされるのを望んでいたわけじゃあるまい。現に恋人がそうされて、驚いてしまった奴もいる」
「……うん」
ロックの言葉に、バレンはしおらしく頷いた。
「もしお前が彼らの目を治さないというのならば……ちょっとした仕置きはするつもりではいた。どうだ?今の気持ちは」
ロックにそう尋ねられ、バレンはぽつり、ぽつりと呟く。
「……そうだよね。わたしのやったことで、いやな思いをした人もいたんだよね…」
バレンがそう呟くのと同時に、シェラが身をかがめ、がばっと彼女を抱きしめた。思わず目を白黒させるバレン。
シェラはバレンを抱きしめながら、その耳元で囁く。
「あんたはバレンタインの精だろう? わざわざそんな他人に干渉しなくったって、ただ見守ってやりゃあそれでいいんだよ」
「紅色さん……」
バレンははじめは目を白黒させていたものの、シェラの抱擁の暖かさに、やがて目を閉じてそれに委ねた。
シェラはふっと笑い抱擁を解き、バレンの頬にキスをして言った。
「抱きしめられるのは暖かいだろう?」
「……うん」
「じゃあ、それを奪うようなこたぁしちゃいけないよ。…まあ最も、あんたは奪いたくて奪ったんじゃなかったとは思うけどね」
「お前さんが、自分でやったことを自覚したってんなら、今回はめでたし筋って訳だぁな」
先ほどまで地面でへたれていたことなど忘れて、オーマはシェラ同様身をかがめた。そして懐から一厘の花を出し、バレンに差し出す。
「…これ」
「ゼノビアってぇ世界に咲くルベリアの花だ。こいつぁ人の想いを写し取って輝く花でな…こいつの色を影らさんように、これから励むんだな」
バレンはその花を受け取り、大事そうに胸に抱えた。そしてオーマの言葉を受け、小さく頷いた。
そんな少女の姿を見て、一同はやれやれ、と肩の荷が下りたような笑みを見せた。
彼らの気持ちを受け取り反省したのなら、この少女も二度とこんなことはしないだろう。
「今回はなかなかイイ締め方したじゃないかい、オーマ?」
シェラにそう笑いかけられ、オーマは得意そうに胸を張る。
「まぁな。俺もちったあやるときゃやるってことで…」
「でも今月は小遣いカットだよ」
「…………ッ!? はぁ!?」
シェラの短い一言に、オーマの顎ががくーん、と下がる。そしてわなわなと震えているオーマに、シェラはくっくっ、と笑いながら告げた。
「東京を少しばかり腹黒筋肉に染めやがった罰さぁ。やっぱりあんたが動くとろくなことにゃならないね」
「ででででもようっ! 俺が何したってぇんだよ!?」
「色々とさ。色々と、ね」
完全に妻の尻に敷かれている夫が抗議の声をあげている脇では、サモンがバレンの気を取り直すように、銀次郎と一緒にチョコの食べ歩きにいこうと誘っていた。
「…たべあるき?」
「……うん。バレンタインって、チョコの日なんだよね。銀次郎も行きたいって言ってる。……おじさんもいく?」
傍らにいたロックを見上げ、サモンは首をかしげた。ロックはふむ、と顎に手を置き、
「まあ……たまにはいいだろう。帰り道を見つけながらな」
「…うん、じゃあ決まり。行こう?」
サモンがそう言ってバレンの手を取り、かすかな笑みを浮かべて見せた。
そう、バレンタインは何も恋人たちだけの日ではない。
街にはまだまだ、甘くて美味しいチョコがあふれているのだから。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2079/サモン・シュヴァルツ/女性/13歳/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/女性/29歳/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】
【0709/ロック・スティル/男性/34歳/一般人】
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■ ライター通信 ■
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オーマさん、二度目ましてのご発注ありがとうございました。
そしてロックさん、はじめまして。この度はご発注ありがとうございました。
バレンタインといいつつナンダコレなシナリオにご参加、感謝しております!
イベント商品にも関わらず遅延してしまい、申し訳ありませんでした;
楽しんでいただけるといいなあ、と思いつつ…!
そして合流場面までは個別部分になっております。
サモンさん、シェラさん部分とも合わせてお読み頂くと、
より一層楽しんで頂けるのではないかと思います。
今回はギャグシナリオ故、キャライメージを壊していたら申し訳ありません;
何かご感想やご意見などありましたら、お気軽にメールのほうお送り下さいませ。
それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ。
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