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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


扉を開く鍵


 いつものようにいつもと変わらない時間、風景、人々、そして自分。
 多少の変化はあるものの、特異というわけではない毎日。
 だが、
『少し…話さない』
 いつもの日常の中に居る人たちとは違う、声。
 テレパスで脳に直接響く声は、呼ぶ。
 軽い眩暈を感じ、瞳を開けた時にはまったく違う景色の中に居た。
(あ……)
 こちらの都合などまるで考えいないのか。
 相変わらずの白い空。
 その中で際立つように黄緑色をした広い草原の中でポツンと立つ家の前で、エアティアが立っていた。
 メイ・フォルチェはそんなエアティアの姿を確認すると、ぱっと笑顔を浮かべて草原の中を駆け抜け彼の元へと駆け寄る。
 もう一度会えたなら聞きたい事がたくさんあったはずなのに、彼の顔を見たらなぜだかそれが一気に飛んでしまったような気がした。
『この前は、ありがとう』
「え?」
 この前というと、迷子になったラ・ルーナを探したときの事だろうか。
「気にしないで。ビックリしたけれど、ルーナが見つかってよかったって思うもの」
 そう言って微笑んだメイに、エアティアのつられるように薄らと微笑を浮かべて、行き先を促すようにすっと踵を返す。
 その瞬間開けたメイの視界に今までその場所になかった筈の小さなロックハウスが姿を現した。
 一言で表現するならば「可愛い」と言ってしまうのが妥当だと思われるそのロックハウスには、二人座り程の小さな木のブランコと、一組のロックチェアとロックデスクがブランコと対になるように置かれている。
 この場所、いや、この家にいったい何の意味があるのか分からなかったけれど、メイはエアティアに示されるままにロックチェアに腰掛けた。
「ねぇ」
 そうして一息ついたところで、メイは思い出したように口を開いてエアティアを見る。
『……どうかな』
「もう、先に結果を言わないで!」
 メイが思ったのは、こんな幻想の中ではなく現実に存在しているであろうエアティアにこの先出会える可能性はあるのかどうか、という事。
 少しだけ頬を膨らまして拗ねたそぶりを見せてみるけれど、そんな見た目でどれだけ拗ねていようとも、本当は全然起こっていない事なんてお見通しで、エアティアはクスクスと笑っている。
「エアティアの名前って、空の涙って意味…よね」
 どうして涙なんて名前を付けたんだろう。
 メイがエアティアから聞いたこの名は、実は偽名でしたと言われてもおかしくない位わざとらしさを含んでいる。
『本当は別にこの名になる必要はなかったと思う』
 そんな何の事はないエアティアの返答にメイは首を傾げる。
『僕が覚えている限りのオカアサンの記憶では、オトウサンとオカアサンの名前の一部をくっ付けたらこうなったらしい。それだけ』
 案外簡単な答えだった。
「答えてくれてありがとう。でも、どんな名前だったとしてもエアティアはエアティアよね」
 例えば本当はとっても変な名前でかっこ悪いから今の名前を名乗り始めた。とか理由があったって、メイの目の前にいるのは“エアティア”という1人の人であることに変わりはない。
「ルーナと三人で話なんていいよね」
 さぁっと風が吹き草同士がこすれる音がして、メイはそんな光景をのんびりと見つめながら呟く。
「私って戦闘向きじゃないから塔にはあまり興味がないの」
 それでもこのセフィロトの塔の都市マルクトに滞在してしまうのは、ここに住む人々が余りにも元気で一緒に居ると楽しいから。
『確かに同じ毎日を送る人は少ないと思う』
 日々探索に出かけたり、物資流入の変動で物品の値段が上下したり。戦いに赴く人もそうでない人も何かしら変化の下に生きている。
 ならば、貴方は?
 メイはすっと表情を変化させ、真剣そのものの眼差しで真っ直ぐにエアティアを見据える。

―――会いたい

 そう響いた思いに、エアティアはふいにふっと顔を背けた。
 その瞬間固まっていたメイの表情が崩れ、エアティアの袖を引っ張るように握り締める。
「会いたい。私、現実のエアティアに会って、触れて、話したい」
 この手で掴んでいる袖も脳には確かに“本物”だと情報が伝わっている。でもそれはテレパス能力を使って本物だと思わせているだけで、本当は空を握っているだけとか、そんな、そんな――――
『メイ……』
 すっと頬に触れた指が、何かを掬い取る。
「……あれ」
 一粒零れ落ちた雫は、それをきっかけとして掬い取れないほどに止め処なく溢れ、メイは必死に涙を堪えようとぐっと力を込めるが、大粒になった涙はそれでも零れ落ちる。
『メイが…哀しむ事はないんだ』
 僕は僕の意思でこの場所を選んだのだから。
「自分から、切り離したの…?」
 恐る恐る小さく問いかけたメイに、エアティアは小さく頷く。
「どうして、そんな……」
 一人ぼっちで、自分から一人ぼっちになりないなんて、そんなのは悲しすぎる。
 メイは皆と一緒に居るのが好きだし、皆の元気な姿を見るのも大好きだから、そりゃ1人で過ごしたい時もあるけれど独りになりたいなんて思った事はなくて、だからそんなエアティアの行動が良く分からなかった。
「ねえ、何処に居るの!?」
 メイはぐっと涙を押し留め真っ赤になった目元でエアティアの服を掴むとその顔を真正面に向ける。
 そんなメイの行動にエアティアは動揺を隠せない口元でそっとメイを見下ろす。
「私は本当のエアティアがどうなっているか知らないから、聞くしかないの」
 ――――子供みたいじゃない私
「……元気、なの?」
 ご飯はちゃんと食べてる? と付け加えるように問いかけて、メイは眉根を寄せるとじっとその目隠しの下の瞳を見透かすように覗き込む。
『大丈夫。ちゃんと元気だし、ご飯も食べてる』
 むしろご飯はルーナにある種無理矢理取らされていると遠まわしに口にすれば、メイの口からは微かな笑いが漏れた。
 幾分か落ち着きを取り戻したメイは、こんなにも緑や家は本物に近いのに、やはし何処までも白いばかりの空を見上げて、そっと問いかける。
「周りが白い壁ばかりだったりしない?」
『どうして、そう思う?』
「空が白いから」
『そうだね』
 実際部屋には色がない。いや、色がないのではなく色を着ける必要がないのだ。だってその色を見たり部屋から出たりすることがあまりないから。
「そういえば、ルーナは元気?」
 メイは思い出したようにそう口にしてあたりを見回した後、少々瞳をきょとんとさせて問いかける。
「ルーナがいるのに、どうしていつも貴方は一人きりなの? ルーナも一緒ならいいのに」
『ラ・ルーナはここに居る必要がないから』
 どうやら現実の世界に置いてルーナはエアティアの世話を焼いているらしい。それを思うとどこか微笑ましい。
「ルーナは本当の貴方の傍にいるのね」
 コクンと頷いたエアティアの頬からそっとその目隠しに手を伸ばす。
「……ねえ、いつか目隠し取ってくれる?」
 いつか、現実で会えたら、その目隠しの下にある瞳を見てみたいと思ったから。
 しかし伸ばした手は虚空を掴み、明るかった景色が一瞬にして黒へと変わる。

 しかしそれも一瞬の事。


 気がつけば、手を伸ばしたままの体勢で、路地裏に立っていた。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0712 / メイ・フォルチェ / 女性 / 11歳 / エスパー】

【NPC / エアティア / 無性別 / 15歳 / エスパー】


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■         ライター通信          ■
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 扉を開く鍵にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。ドンドンむずがゆいといいますか甘酸っぱさが増していっている状況に思えて、書いている途中で妖しい笑いを浮かべそうになりました(ぇ)現実で関わるようになりましたらどうなっていくのか物凄く興味津々でございます。
 それではまた、メイ様がエアティアに会いに来ていただけることを祈って……