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タクトニムではないらしい 〜最強は誰。
…暫し、静止。
場所は セフィロトの塔第一階層イエツィラー内部。彼ら二人が置かれている状況はと言うとはっきり不意打ちの強襲――と言うか今のところ別に攻撃を加えられている訳ではなく、銃を突き付けられて脅されていたりするところ。
それはタクトニムの場合でも人間並み、もしくはそれ以上に知能が高い者は時折居るが――それはごく僅かな連中に限られる。…基本的にはビジターなんぞやっている人間の方が大抵狡猾、余程頭が回るもの。ヘブンズゲート等で様々話を聞いたり周囲を見回してみれば、そちらが余程大勢なのだと言える。タクトニムに負ける理由は頭ではなく、単純な火力・戦闘能力の問題な場合が圧倒的に多い。
そうでもなければ正直な話――人間、ビジター側に抵抗の余地が無い。塔側、タクトニムの方が単純な生命力や攻撃力に耐性、日常的に使えるロストテクノロジーばっちりな武装云々数え上げれば切りがないが――ともかく単純な力関係で言うなら明らかに人間に勝るのが当然。なのに――更に頭の方の平均値でもタクトニムが人間と並んでしまうなら――ビジターが何とか平らげたセフィロトの塔外部からの入口周辺区画・都市マルクトの存在自体奇蹟も良いところになる。普通に考えて成立する事が有り得ない。タクトニムの頭が人間並みに回るのが普通なら、そもそも劣勢と言うのも生易しいくらい一方的な状態になっていて当然である。…人間のコミュニティなど塔内の一角に作っている余裕はないだろう。
…だから、『この相手』であるなら、他ならない彼ら二人がまったく気付かぬ内に、殆ど不意打ち状態で銃を突き付けて来ており、しかもその状態で止まって脅しに掛かっている事も――まぁわかる。
相手は、タクトニムでは無く、人間なのだから。
■
リュイ・ユウとシャロン・マリアーノ。
今、銃を突き付けられているのはこの二人である。
対して突き付けている方は、反ギルドの立場を取る無法者――ジェダ。
で。
ジェダの代わりのように持ってるもの全部出せときゃんきゃん吼えているのが若宮なるガキである。そちらもそちらで、こちらに向けてはいないにしろ一応の武装はある訳で。そうなるとユウとシャロンの方が後手に回ってしまうのはどう動いたとしても避けられない。そもそもジェダの運動能力と武装を考えるなら、エキスパートとは言え戦闘は一応専門外になるユウとシャロンの二人程度では真正面からやりあって勝てる訳も無い。
暫し膠着する中、ユウはそろそろと降伏の意味で銃を置き両手を挙げていた。これはまた…困りましたね、と溜息を吐きつつも、一応大人しく従う事に決めた模様。俺もまだ死にたくありませんしと肩を竦めてぼやいている。シャロンの方もまた、応戦する気は取り敢えず無い。…ユウを見てから続けて地面に銃を置く。
そしてそのシャロンが、ちらりとジェダを見、ぼそりと溜息混じりで吐いていた。
「まぁ、あたしらも探索名目だけどある意味泥棒になるし、普通に泥棒さん居るんだからあんたたちみたいなの居るのは想定出来るけどね…持ってる物全部ね。やり方三流って言って良い?」
「…んだとてめ」
意外にも挑発的な科白をはくシャロンに、反射的に若宮は激昂し掛ける。何よとシャロンもそちらを向き、だってそうでしょ、全部渡しても殺されない保障無いし、ここまだ中だしこの後タクトニム襲って来ないって保障も無いから殺されなかったとしても死ぬ確率まだあるし。こっちに逃げ道ゼロじゃ何もする気無くなって当然でしょ、少しは勉強になった? とあっさり続ける。
「そんな訳だから応戦しちゃってもいいんだけど…折角殆ど無事――それは少々の怪我はあるけど、それだけで済んでるから新たに怪我するのも何だかなと思うし」
だから銃置いてるだけ。
「…まぁまぁ、シャロンさん抑えて抑えて。確かに仰る通り全部持って行かれてしまってはこちらが生き残る都合上辛いですが…そうですね…良い装備…何かめぼしい物と言いますと、俺のコートの内側にメタル製の小物入れがありますから、取り敢えずそれをどうぞ」
「…出せ」
「…良いんですか、コートの内側に銃隠し持ってる可能性とか考えなくても」
「…この状況から俺の不意が衝けると思うのか」
「思いません。でも…俺に自分で出せって言うなら突き付けてるその銃何とかして下さい。いつ撃たれるかと思ったら怖くて動けるものじゃないんですよ。今言った物も、もし取り落としてしまったら元も子も無くなる代物ですし」
「…」
ユウのその科白に、ジェダは無言のままユウのコートの内側を注意深く探る。言った通りのメタル製の小物入れ。…妙に軽い。中身。確認の必要。流れるような動作で片手だけで器用に蓋を開け、中を見て、眉を顰めた。
次の瞬間、ユウの頭に突き付けられていた銃口に力が込められた。ぐいと押し当てられる。
「…ふざけてるのか?」
空だぞ。
「………………開けちゃいましたね」
「…何?」
「…だから取り出す際に取り落としたら元も子も無くなると言ったじゃないですか…いきなり蓋を開けたら同じ事になるんです」
「…何を言っている」
「中身、新種らしいウイルスなんですよ。恐らく手持ちで一番値の張りそうな物になると思ったので真っ先にお教えしたんですが…開けてしまったら意味無いですよねぇ」
「…ウイルスがこんな不用心なケースに入っている訳無ぇだろうが」
「…俺もそう思ったんですが、置かれていた状況からしてそうとしか思えなかったんですよね。近くのコンピュータ内にあったレポートからして間違いは無いと。わかり易く要点だけ言いますと、このウイルスは感染力が強いそうです。しかも空気感染するそうで…曰く二十四時間後には全身から出血し、藻掻き苦しんで死に至ると。とても怖いですね…ああ、この塔からの回収品になるので他の場所――特に外の知識で詳細を探るのは不可能に近いと思いますよ。治療も難しいと」
入っていた器からして…ひょっとしたらあまり知能の高くないタクトニムが管理してたのかも知れませんね。もしくは自分たちは耐性がある為に殆ど気にしてなかったとか…。
「…ワクチンは何処だ」
「持ってません」
「嘘を吐け」
それらは――セットで持っていてこそ価値のあるものになる。
「いえ本当に。確かに同時に見付けて回収はしたんですが、こんな事もあろうかと別行動してる仲間に持って帰ってもらう事にしたんですよ。ですから俺の手許にはウイルスの方しかありません。で、見た目通りの器ですから万が一の事も考えまして、俺とこちらの彼女は予めその血清飲んでありますから――これも同じ場所で見付けたものです――大丈夫なんですが…」
と、笑顔を見せてからジェダ、そして若宮に目を遣り、如何にも気の毒そうに嘆息する。
「嘘だと思うなら信じなくても構いません。残り少ない余生を楽しく過ごして下さい」
「…若宮」
無感動なジェダの声に呼ばれ、若宮はイエッサ、と元気に返事。不敵な表情を浮かべたまま、おもむろにユウに歩み寄る。当然のようにユウの言を信じていない。これ見よがしに片手を空け、翳す形に挙げるとその指先でユウに触れようとする――触れようとした、その時。
触れようとしたその相手に、問われた。
「…エスパーの能力って絶対的に信用できると思ってますか?」
「あン?」
「今の話を聞いてこちらの方――ジェダさんに呼ばれた、そして俺に何かを仕掛けようとしている――となると貴方は【思考読破】か【記憶読破】か知りませんが、その辺りに類する【こちらの心を読み取る力】がお使いになれるのだとお見受けします。知人にテレパスが居ますから結構わかってるつもりですよ。で、このウイルスのワクチンについては今の我々にとって結局切札になるので、勝手にお読みになると言うのなら――俺も確り心の中で嘘吐いて隠し通すつもりですので悪しからず」
「ンな事タダの人間に出来る訳――」
「無いと思いますか? 慣れてると結構そうでも無いですよ」
「そうね。実際、そこのジェダだってタダの生身とは到底思えない運動能力持ってるんだものねぇ?」
「それとこれとが同列に並べられっか」
「エスパーだのサイバーだのって区別が案外信用に足る基準にはならない、と言う意味では充分同列ですよ」
「…若宮!」
やれ。
ジェダから言外に言われ、やや途惑いながらも若宮は頷く。そして呟くようにユウに屈めと命令。ユウは抵抗せず素直に屈み若宮を恐れもせず真っ直ぐ見る。その態度を見て若宮はまた止まる。が、ジェダの視線に促され――漸く、若宮の手袋越しの指先がユウの額に触れた。
「…どうだ?」
「…やっぱ嘘っす。…ワクチンどころかウイルス自体」
「…そう思いたいだけ、って事もあると思いますが? 貴方がそう思うならそう読めてしまう可能性もありますし」
強いエスパーさんであるなら余計にね、とにっこり笑って、ユウ。
…その態度には、全然揺らぎがなく堂々と自信に満ちている。若宮の届く位置に屈む事を拒んだり、若宮の指から逃げたりその指を払う素振りさえ――微塵も見せなかった。
逆にユウのその態度を見、ユウの言葉が嘘と確り読み取った筈の若宮の方の目が――揺らぐ。
「…どうした」
「…っ、読めたのは、間違い、無いっす。間違い無えんです、けど…」
自信なさげに語尾が萎む。
「…」
ジェダは黙って若宮を見ている。
と、シャロンが大仰に肩を竦めた。
「…まぁ、信じないなら信じないでも良いんじゃない? 嘘だと思って当初の予定通りあたしたちの持ち物全部持ってけば。…全部持ってかれてそれでも無事で帰れたら…ま、まずあんたたちの方もそう長く生きてないと思うけど念の為、盗られた物売る為のルート潰しといても良いしね」
知ってると思うけどあたし農園持ってるからいざとなったら自給自足可能だし、別に困らないもの。
「…てめぇ」
「殺す? ヤケになってそこまでエスカレートするかなあ。だってあたしたち命掛けて本望って程の大した物持ってないから結局あんたたちの得になるとも思えないし。ほら、あんたたちの立場でビジター殺したらゲート破りどころの話じゃなくさすがに立場悪くなると思うけどどうかしらね? 試してみる? …もしあたしが今殺られたら犯人があんたたちだってダイイングメッセージの一つや二つがっちり残しとくくらいの自信はあるわよ。もしあんたたちが奇蹟的に生き残れたとしてもそれじゃ後々大変な事になるわよねえ? それに全部持ってかれて放っといた結果あたしの方が死んじゃってもちょうど思いっ切りあんたたちへの恨みつらみが募ったところになるからね。あたしにしてみればあんた――ジェダにやられるのって今回だけじゃないし。勿論きっちり毎回カウントしてるわよ? 見えないかもしれないけどあたし、結構執念深いの。そうなれば死に際にそんな思念かっ飛ばしてどっかのエスパーに届く事もあるだろうから」
それら、あんたたちに迷惑になろうが知った事じゃないから実行するかな?
さらりと内容に反し楽しそう――但し目は全然笑っていない――に告げるシャロンに、若宮の顔色が青くなる。…読み取る方に限って強烈過ぎる程の力があるテレパス。実は若宮の能力はそうなのだが――それを考えると、シャロンのこれはかなり怖い脅しになる。能力云々と言うより精神的に参ってそれこそ『呪い殺される』程に感応してしまう可能性すらも否定し切れない。
「…彼女はこう仰ってますが…どうします?」
さらりと問うて来るユウ。
「やっぱりワクチン手に入れておきたくなったりしませんか?」
「…」
「ワクチンが欲しければ…どうすれば良いかはわかりますよね?」
「…本当に、あると言うのか」
陥落。
…それを示す一言をジェダから引き出し、ユウとシャロンの二人はそれぞれ艶やかに笑い合う。
「ええ。わかって頂けましたか」
ユウのその言葉と共に、ジェダは渋々銃口を下ろす。
「…ワクチンを持っていると言うお前の仲間とやらは、何処だ」
「さっき貴方たちにお会いする前の時点で無線が壊れてしまっているので連絡取れません。ですが貴方たちに捕まってない分俺たちより先に都市マルクトに向かっていると思います。…それより。当のウイルスを見付けたのはまだここからそれ程離れていない企業系研究所らしきビルになるのでそちらに行った方が確実だと思います」
ウイルスの方もワクチンの方も、全部持ってくるのはさすがに無理だったので、まだ残っていると思いますよ、と続けつつ、地図をお持ちでしたら見せて頂けませんか、いえ、俺の方で地図出してもいいんですけれど、帰り道を考えると地図を渡す訳には行きませんから。貴方の地図を使ってお教えします――と、ユウは淀みなくジェダを促す。無言のままジェダから見せられた電子地図の画面を読み取り、横から手を出し数回操作。画面表示を移動させる。そして――ここの四階西側端の部屋になります、と一つのビルを迷い無く指し示した。当のビルは幸運な事に我々の前に探索の手が入ってないような場所だったので、急いだ方がいいかもしれませんよ、とも付け加える。
「場所柄、あたしたちの仲間追うより自分たちで当の場所探しに行った方が早いと思うけど?」
ついでに他の物も自分たちで探索してゲットしたら? とシャロン。
にっこり微笑み掛けている。
すると。
「…」
がちゃり。
再び、ショットガンの銃口が当然のようにユウとシャロンに向けられる。
「…甘いな」
が。
ユウもシャロンも動じない。
「そちらこそ」
「…まったくね」
「…」
「そう簡単に貴方がたが信用できるとは思ってませんよ」
今お教えしたその場所は当然嘘です。
行動には色々と気を付けて下さいね。
言いながら、ユウは改めて――今度は自分の懐から取り出した紙製の地図に何事か書き入れ、すぐに見れないように折り畳み、翳して示す。
「こちらが本当の場所です。そうですね…あちらの建物の壁際、ここからすぐ見える場所に置いて行きますんで、俺たちの姿が見えなくなってから取りに来て下さい。ああ勿論、この約束を破って俺たちを追い掛けて来たり攻撃して来るようなら今度こそ反撃しますよ」
「…その地図に記された場所が信用できる保証は何処にある」
「それこそ信じてもらうしかないですが。ですがそれこそ――貴方たちに疑っている余裕はありますか? 時間は刻一刻と過ぎて行くんですよ。二十四時間…いえ、時計を見ますと…貴方が蓋を開けてしまってからもう三分は経ってますか。案外、時間と言うものはすぐに過ぎますよ」
信用できないと言うのなら早く本当か嘘か確認しないと時間の余裕がどんどん無くなると思いますが。
…勿論信じて頂ければ一番ですけれど。俺は貴方がたと違って人間の命を奪うなんて真似をする気は一切無いですからね。
こう見えても、一応医者になるので。
■
で、暫し後。
結局、ユウの言葉通りに行動したようで、ジェダと若宮二人の姿が見えなくなってからの事。
不意にシャロンがユウを見る。
「…ねえねえ念の為訊いとくけど」
「はい。…さっきのウイルスは口から出任せですよ。…ついでに言うならテレパスに心の中での嘘が通用すると言うのも勿論ハッタリです。お連れの若宮君でしたっけ、ひねて見せてますが心根は真っ直ぐな方のようで本当に良かったです」
いやあ、さすがに読まれた時はどうなる事かと怖かったんですよ、と爽やかに言ってのけるユウの顔と声には…説得力はゼロ。が、シャロンは気にしていない。…て言うか彼女の方もまたやっていた言動が充分それに近いのだから当然か。
「そうよね。でもだったら、さっきのワクチンがあるって教えたところも単なる嘘?」
「いえ、それは本当に『薬』のある場所ですけど」
「?」
「今の彼らにはちょっとした小型爆弾をセットしておいた位置を教えました。…探索の途中で必要かと思ってセットしたものなんですが、結局、作動しないままのようだったので…解除して回収した方が良かったものなんですけど、位置関係的に無理だったので…放ったらかしだったんです」
場所は薬学系企業らしいビルですからそれだけでもある程度説得力になりますし、ちょうど大きさも適度に小さく目立たないものですから周辺機材と紛れます。で、作動は振動式なのでちょっと触ったり揺らせばそれで、どかん。
「…あら素敵」
「ま、大した威力は無い爆弾ですが、彼らにとっていい薬にはなりそうなくらいの威力はあります。勿体無いなあと思っていたんですが、こうなると放ったらかしでちょうど良かったですね」
これくらいでは少し甘いかな、とは思いますけどね。
そこまで続けると――ユウとシャロンはどちらからともなくにっこりと爽やかな笑顔を交わす。
………………えー、戦闘能力云々さて置いて、敵に回さない方がいい人って、居ますよね。
Fin.
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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■整理番号/PC名
性別/年齢/クラス
■0487/リュイ・ユウ
男/28歳/エキスパート
■0645/シャロン・マリアーノ
女/27歳/エキスパート
※表記は発注の順番になってます
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…以下、登場NPC(□→公式/■→手前)
□NPCP008/ジェダ
■NPC0201/若宮
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ライター通信
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今回は発注有難う御座いました(礼)
…どうも発注文を見ているとユウ様とシャロン様は絡ませたくなってしまうと言うか発注時に絡ませ甲斐のある事書いて下さると言うか…(以前のパーティノベル然り)。そんな訳で今回はこんな感じで御二方のみ同時参加の形にしてしまいました。そして窮地脱出の方法も御二方分を合わせて、少しアレンジさせて頂きました。
絡ませたくなってしまうのは何故でしょう…うーん、御二人とも何処か似てらっしゃるところがおありだと言う事なのでしょうか?(おい)
ともあれ、ある意味最強コンビな気がしております。…そんな訳で副題が(笑)
少なくとも対価分は楽しんで頂けていれば幸いです。
では、お気が向かれましたらまたどうぞ。
深海残月 拝
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