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悪ィけど、助けてくんない? 〜武林の小娘、奮闘す。
…戦闘中なのは見えていた。
極東の着物めいた露出の高い服を纏ったおねえさんと、男か女かはっきりしない中性的なルーズな風体をした華奢な奴の二人。どちらも並々ならぬエスパーだかサイバーではあるようで、空中で何やら常人離れした凄まじい戦いっぷりを見せていた。華奢な方は仕方無く応戦しているようで、反対におねえさんの方は鬼気迫る迫力で――とは言えどうも、殺気――とまで言うにはいまいち凄みが欠ける気配。つまりは本気ではない気がする。…ついでに何処と無く楽しそうにも見える。となると遊んでいるのだろうか。…タクトニム徘徊するセフィロトの塔イエツィラー内と言うこんな場所でそれはありなのか。
少しして、華奢な奴の方が墜落と言うより地面に激突して来た。その倒れたところ、と言うより瓦礫に減り込んだところから――緊張感の欠片も無い妙にのほほんした声が見物しているこちらに掛けられる。見物中である事がバレたよう。掛けられた声で初めて、その華奢な奴が男だった事が判別付けられる。女の声じゃない。ただ一瞬、何と言われたかの肝心なところがよくわからない。助けてと聞こえた気がするが――それは気のせいではとも思えた。助けてと言う割にはそれ程必死に聞こえない。やっぱり遊んでいると見ていいようである。
が。
気のせいと思えたのは自分の耳が拒否したからかもしれない、と言う可能性もある。何故なら彼ら二人のその戦闘行為が遊びの延長だったとしても、彼らの戦いが見えていたこちら――シャロン・マリアーノにしてみればあんまり遊びでは済まない大事にもなりそうだから。
何故なら華奢な男――ブラッドサッカーと呼ばれていた――が墜落して間もなく、露出度高いおねえさん――確か柊七星と言う名の古株ビジター――が、尋常でない闘気を抑えもしないまま、彼のすぐ側に降り立って来ている。しかもブラッドサッカーが声を掛けた方向を――せめて余計なトラブルには巻き込まれまいと下手に動かない事を決めていたシャロンの方を、荒っぽい期待を含んだ眼差しで見てしまっている。
…これはちょっと嫌な方向に事態が動きそうかなぁと思う。
暫し停止。
少しで良い、覚悟を決める猶予をくれ。
■
「見付かっちゃったわね。…まだ判断甘いなぁあたし」
ふぅ、とウェーブのかった赤い髪を掻き上げつつ、シャロンは小さく息を吐く。一応の覚悟は決まった。くるりと振り返り、隠れていた当の物影から出、七星とブラッドサッカーの方を見る。いつも通りこげ茶の繋ぎを着た姿。動き易いので大抵いつでもこれ。イエツィラー内と言う事で当然の武装として銃を抱えてもいるが、勿論、七星にもブラッドサッカーにも銃口は向けない。自分からわざわざ厄介を呼び込むつもりは無い。
現れたシャロンの姿を見、七星は目を眇めた。
「ふぅん、ビジターか」
何処か値踏みするような目で、七星はシャロンをじーっと見詰めている。そんな七星の足許から、再びシャロンへと声が掛かる。先程の「助けて」と同じ声。つまり倒れているブラッドサッカーの声。…ここまで来てもやっぱり切羽詰まっている風はない。
「…なー、ねーさんお願い、代わって?」
「…嫌」
「うわあっさり」
「だぁってあんたたち二人の戦いっぷり見てる限り、こちらの着物のひと…あたしじゃ到底太刀打ち出来る相手じゃない気がするんだもん。それにあたしの得物って見た通り銃だし、向こうさんから見てもあんまり楽しくないんじゃないかなって思う訳。あたし元々単なる在野の植物学者だから――ビジターって言っても大した戦闘能力持ち合わせてないし」
「って、少しはやりそうに見えるけど?」
「ま、確かにビジターやってるくらいだし、腕っ節全然駄目って訳じゃないけど…戦闘特化なエスパーでもサイバーでも無い普通の奴を相手にした護身術レベルならなんとかなるか、って程度に過ぎないわよ? その条件での喧嘩くらいならちょっとは自信あるけどね、エスパーハーフサイバーの剣士さんに期待される程の力は絶対持ってない。それでもどうしてもあたしとやってみたいって事なら、大した足しになるとは思えないけど…も少しそこの無駄に綺麗な兄さん――ブラッドサッカーで良いのかしら? と続けてもらって、その後で、お互い素手だったら遊び相手になってもいいかなって考えてるくらいね」
ま、やったとして負けるの確実っぽいけど。
肩を竦めて言うシャロン。と、七星がうーんと考え込んでいる。
「そーねぇ。あんた…身のこなしからして何か専門的なモノ身に付けてる風でも無いし。ただ確かに生命力はありそうよね。護身術、喧嘩レベルならそれなりか…でもねぇ」
そこまで言って、七星は倒れているブラッドサッカーに改めて目を向ける。
「…やっぱあんたが良い」
ほら、立ちな。
当然のように言いながら、七星はブラッドサッカーの脇腹を足の先でちょいと蹴り飛ばしている。…サイバー化している足の先。それもぶつかった時結構痛そうな音が響いている。
が。
「…やだ」
それでもやっぱりブラッドサッカーは起きようとしない。…但し、特に痛そうな風でもない。これで普通のスキンシップと言うのなら、そんな過激な方々に割り込むのはシャロンとしてもなるべく辞退したいところ。結局、やる気ある方のおねえさんの興味が自分から逸れたようなのは良い感じだ。…幾ら名だけは知っていても、後の反応予測が全然付かない相手は正直危険である。自分と関係の無いところで片が付くならそうして欲しい。
と、その時。
場違いに無防備な声が、何処からとも無く飛んで来た。何処からかと目で探せば――ブラッドサッカーの倒れている位置を境にするならシャロンとちょうど正反対辺りの位置に歩み寄って来ている人影一つ。ついでに言うなら七星の背後に相当。つまり誰も殆ど意識していなかったところに、その人物は来ていた事になる。
…何故意識していなかったか。それはどうやら、歩み寄って来ているその人物には――こんな場所でありながら緊張感らしきものがまるで無かったから。
つまりはそこに居る事自体は意識されていたとしても、ビジターやらタクトニムと言った、注意警戒すべき存在だとは思われなかったと言う事らしい。
「凄いです〜こんなに強い人たちがいるなんて〜…」
「…」
「…」
「…」
いきなりの無防備な別の声に、三人は瞬間、沈黙。
無防備な声の主。それは風体からして一応東洋――特に中華系と思しき武術家らしくは見えたが、それにしてはのほほんした印象を与える、全体的に色素が濃いめの、そして細身の少女だった。
彼女は――心ここにあらずと言った様子で何やらずっとぶつぶつ呟いている。
――…おにいさんの方は〜勁力の使い方も的確ですし、凄く動きが自在なのです〜…羅撞村で私の学んでいる流派とも少ぉ〜しだけ似てる気がしますけど〜何かが違うのです、何処の流派なんでしょうか〜??? おねえさんの方は器械の使い方も凄く手馴れてらっしゃいますし、空を飛ぶ以上に身のこなしも素晴らしいです〜。私もこの人たちみたいに強くならないとなのですよね〜まだまだなのです〜修行修行♪
と、どうやら自分の中で一つ一つ確認するよう続けられる科白からして――少女は七星VSブラッドサッカーの戦闘を暫く観戦していたものと見て取れた。時々、何か套路――自らの学ぶ武術の型を自分の身体でなぞり確かめもしつつ、うんうんと頷いている。…修行熱心と言って良いのか悪いのか。
聞いていて調子が狂いそうな呑気な声ながら、よくよくその内容と行動を確認すれば、彼女は先程見付けたシャロンさんよりも七星さんが喜びそうな『遊び相手』になるような気がする。疾うに気付いていたか、七星が先にその少女に声を掛けた。その声が何処か弾んでいるように聞こえたのは…気のせいでは無いだろう。
「…あんた、武者修業か何かかい?」
「はい〜。えー…私は武術集団「羅撞村」門弟、姓は鄭、名は黒瑶と申します〜。以後お見知り置き下さいませ〜☆」
と、七星から声が掛けられるなり、その少女――鄭黒瑶は両手を合わせて丁寧に礼を取り御挨拶。
受けて、七星はにやりと危険に微笑んだ。
そして――ごく簡単に、名乗りを返す。
「…あたしは七星。柊七星ってんだ」
■
…で。
いつからこうなっていたのか黒瑶はよくわかっていない。わかっていないがこうなっている。…が、敢えて状況を説明するなら――武者修業ってんなら私と遊んでくれないかい、とお互いの名乗りの直後に七星が誘い、黒瑶がそれに返事もしない内に行くわよと声が掛けられ――殆ど時差無く七星の手にすらりと顕現させられていた【PKブレード】の切っ先が――黒瑶に向け振り下ろされていた。鋭く正確な太刀筋。反射的に避ける――まで行かず、直撃してしまうが黒瑶の場合は生まれつきの【硬功夫】――サイバーパーツの強化ボディCに匹敵する程の無茶な耐久力がある為、殆どダメージ無し。七星も黒瑶もお互い意外な結果――七星は【PKブレード】の切っ先が命中しているにしてはダメージを感じられない頑丈過ぎる手応えに、黒瑶は七星がいきなり攻撃してきた事それ自体に――思わずきょとん。
が、すぐさま察したか七星は凄みある笑みを見せてきた。そして【PKブレード】を一旦引くと、いらっしゃいお嬢ちゃんと当然のように黒瑶を挑発。と、少し考える風を見せた後、散打試合なのですね〜と黒瑶もあっさり受け頷き、気の抜けるような気合いと共に――だが行動としてはまともに加速、集中して――七星へと攻撃を開始した。さあ、びしばしいきますよ〜、と気合い充分構えを取り、地表を蹴って七星へと肉迫する。黒瑶としては自分の得意な武術からして接近戦に持ち込む事がまず第一。幾ら怪力だとは言っても肝心の拳が当たらなければ意味が無いのだから、まずはそれを狙う。
と言うか。
…そもそも今置かれたこの状況に疑問は何も無かったのか。この黒瑶、恐らくは修行がてら七星とブラッドサッカーの戦闘を見付けたところで観戦していたのだろうが、だからと言ってブラッドサッカーが墜落して一段落付いたと見えたそこに無防備に近付き、更には七星にいきなり誘われ、少しは考え込んだにしろ結局散打試合――つまりは模擬戦闘、実戦型の打ち合いなのですねとあっさり理解した黒瑶にはそう突っ込み入れたくなる気もする。…まぁ、とにかくそれで両者納得?の上済し崩しに戦闘開始した事は確かなのだが。
七星、そこに至りそれまで戦っていたブラッドサッカーと、ちょっとだけ『遊び相手】に考えてもいたシャロンをあっさり放置。彼らより、本気で遊んでくれそうな武闘家のお嬢さんの方に興味が湧いたらしい。
…そんな訳で、今こうなっている。
息を切らせているのは、黒瑶の方。さっきから拳が一度も当たらない。掠りさえしない。対して七星の攻撃は一つ一つ的確に入っている。幾ら頑丈な身とは言え何度も刃を受けていればさすがに疲労する。それに傷は無くとも痛みがまったく無い訳でもない。息が詰まる時もある。一応、七星のブレードに装着されているワイヤーの高周波がOFFにしてあったり、【PKブレード】もやや薄めに顕現させてあるのは手加減の内なのだが黒瑶はそれに気付いていたか。…そんな余裕は無いか。
まぁ、二刀の武器の存在はそれだけで有利で当然なのだが、お互いこんな場所に居るビジターである以上――対等の条件での戦いを期待する方が甘過ぎる。そこは――セフィロトの塔イエツィラー内などと言うこんな場所である以上誰でも暗黙の了解。先程のシャロンが七星に言った「お互い素手なら」発言も、元々基本的に戦う気が無い上に、妥協点として一応言ってみただけの節がある。…実行されるとは端から思っていない。
この黒瑶もまた、頭ではなく身体でそれを承知のようだった。声は口調は相変わらずのんびりお気楽だが、その中でも何故自分が不利なのか、どう動くべきなのか方法を一つ一つ考え、少しずつ狙いを変えて動いている。…それでもどうしても黒瑶が押されているのだが。
それもまた当然か。ただでさえ七星は武器使用、その上に自在な【飛行】がある。そうでなくとも身のこなしの練度が黒瑶とは違い過ぎると言えた。それは素手同士の打ち合いにでもなれば――至近での近接戦闘になるなら黒瑶の剛拳が勝るかもしれないが、その間合いに持ち込ませないのも――相手方の有利にならないように事を運ぶのもまた戦闘の技術である。それら諸々合わせ、絶対的に七星が優勢と言えた。
…古参の一流ビジターを相手に回すには、半人前の武術家ではちと荷が重かろう。
ただ、そんな『遊び相手』としては能力的に絶対物足りないだろう黒瑶の相手をしながらも――七星は何処となく楽しそうである。
それをいつの間にやら見ていたか、誰かさんが減り込んでいた瓦礫の方から声がした。
「…ふーん。結構やるな、あの嬢ちゃん。七星の姐御のあの態度見る限り、一つ一つの功夫は結構いいとこ行ってそうだ。全然当たらないけどあの打突は結構鋭いし。ただ応用力が足りねぇ感じか。経験値が低いって事かな。ま、後はせめて【飛べ】さえすれば幾らか楽なんだろーが…それは無理みたいだしな」
あの嬢ちゃんの場合【飛行】の能力は無さそうだもんなぁ。
のほほんと評しつつ、結局七星から解放されたブラッドサッカーはそのままぼけらんと黒瑶VS七星の戦闘を見物している。墜落したそこ、瓦礫の中から半身は起こしたが、立ち上がるまではせず座ったまま。シャロンもまた、緊張を強いられた割にはいきなり置いて行かれて気が抜けたのか、取り敢えずそのブラッドサッカーの側まで来、手頃な瓦礫によいしょと座り込む。
で、二人して黒瑶VS七星を見物。
「そーねー。あの子【飛べ】るならまだ何とかなる可能性が出て来そうよねー。それからあの子の戦い方、あんたみたいな感じも少しだけ…するんだけど気のせいかしら?」
「そりゃ…向こうの武術で言う勁力の類は今時超能力――特にボディESPの系統とイコールに扱われてるもの多いから色々重なって見えるだけだろ」
「そうじゃなくて…何て言ったらいいのかな、ちょっとした動きの形が似てる気がする時があるんだけど」
「ってそういう意味なら――それを言っちゃあ向こうに失礼。俺の場合完璧に似非だから。奴らの套路のごく一部を見よう見真似で組み込んでるだけ」
「どういう意味?」
「あの嬢ちゃん使ってるの南派小林拳。て言うか洪家拳の系統って素直に言った方が良いか。それ以上細かい流派はよくわからねぇけど」
「…何?」
全然わからん。
まぁ、御当地ブラジルの人なシャロンにしてみればそれも当然なのだが。
「あー、えーとな、洪家拳ってのは…誤解を恐れず物凄く簡単に説明すると頑丈と怪力が売りの中国拳術。俺の場合香港でちょっとだけ見た事あるから見当付いただけ」
「あんたってそんな方から来たんだ」
「まぁ、長く生きてりゃ移動もするさ。こう見えても結構前に【加齢停止】してるんでね」
「…何だか納得行かないわね」
「…何が」
「あんた、あたしより若く見えるわよ」
「…そりゃ悪かった。どう考えても俺の方が姉さんより年寄りだ」
「乙女の敵め」
「…んな事言われてもよ」
「言ってみただけに決まってるじゃない」
「…よくわかんねぇ姉さんだな」
「そっくりそのまま返しとくわ。…んー。やっぱり、銃だけじゃなく咄嗟にナイフとかも飛び道具として使えるようにしておいた方がいいかしらね」
「…ってお前、本当に後で姐御とやる気かよ?」
「やらなくて済むならやりたくないに決まってるけど…でもね、今回はあの彼女とかあんたみたいな奴だったからまだ良かったけど、そうじゃない絶対避けられない奴だったら…って考えるとね」
やって出来る事だったら、生き残る努力くらいしといた方がいいと思うから。
出来る事が多い方が、戦略的に見ても潰しが利くし。
「かもな。…銃使いはどうしたって銃の機構っつう制限出てくるからな」
銃使いの技術如何に関らず、引き金を引いてから実際に銃弾が発射されるまでの空白の時間とか、弾が届く絶対距離とかは…まぁ一丁毎に多少の誤差はあるだろが、銃の種類によって殆ど決まってる訳だから。…この辺がっちり読まれてると、相手によってはそれだけで致命的だし。
反面、ナイフみたいな原始武器だと手前の技術と能力次第になるから咄嗟の武器には一番いいかもしれねぇよな。銃同士でやってるところでいきなりそこに切り換えてとどめ、ってのも状況次第で結構行けると思うぜ。銃の方にばっかり注意行ってりゃ対応できねぇ事もある。
「そういう言い方するって事は、あんたみたいなのでも銃使う事あるんだ?」
「まぁ殆ど使わねえけど、飛び道具が無ぇのが弱点っつや弱点だからな」
「ふーん。にしても…あー、お腹空いたわね」
「言われてみりゃ俺もだ…。七星の姐御に付き合うと無駄に消耗すっからなー…。でも新鮮なタクトニム見当たんねェし死体からっつーのは嫌だし…姉さん勿論血ィくれないよな?」
「…。…それでブラッドサッカー、って事か」
「ん、まぁそう。ってねーさんも腹減ったか…そーだな…こっから【テレポート】で飯屋にでも逃げるか?」
「それは魅惑的な提案だわ」
「んじゃ決定?」
と。
…シャロンとブラッドサッカーが呑気に駄弁りつつあっさり意気投合したところで。
凄まじい勢いで高周波ワイヤーブレードが上空から降って来た。上空からの投擲。先程シャロンが考えたナイフ投げの要領で、バカでかい長刀が二人の休んでいる目の前、ざっくり地面に刺さる。…投げるには重過ぎる代物ではと思うが、そこは長刀の持ち主が軍事用ハーフサイバー故の怪力か。
「こぉら。…逃げる算段付けてるんじゃないよ?」
七星。
いつの間にやら、随分と高い位置に一人で滞空している。
「一応あんたがそこに残ってる事前提でこの子と遊んでるんだからね。ブラッドサッカー」
「って、武士の魂捨てっかよ」
「捨ててないわよ。置いただけ。ま、このくらいのハンデがあってちょうどかな」
と、七星は高周波ワイヤーブレードを地表に投擲したその体勢から、地面に垂直に立つ角度にくるりと体勢を入れ替える。とは言え七星が居る位置は空中で、座標自体は変化無し。改めて黒瑶を見遣り、【PKブレード】片手ににっこりと微笑んでいる。
一方の黒瑶は――何故か息を切らせて近くのビル内を走っていた。窓際。時折影が見える。階を上っていく。時折いきなり姿が見えなくなる――どうやら転んでいる――が、すぐに復活し再び階段を上り続けている。
それを視界に入れ、シャロンはきょとんとした。
「…何してんの?」
「ああ、対抗策みたいなの♪」
と、滞空中の七星は笑いながらビルへと近付き、豪快な太刀捌きで黒瑶が居た階の窓ごとビルの壁を破壊する。ほぼ同時、続く黒瑶の気合。それと共に黒瑶の拳が突き出されるが――その拳が七星に触れるより先に、七星がビルから離れるのが先だった。やはり掠りもしない。即座にそう確認するなり黒瑶はまた階段を上り出す。
そんな姿を見、思わずシャロンは呟いた。
「…対抗策って…【飛行】封じだったらむしろ相手を狭いところに誘い込むべきじゃない?」
これじゃ相手の得意分野にわざわざ合わせてやってるような…。て言うかそもそも、高いところに上がっても【飛行】相手じゃあんまり意味が無いような…。
「その辺の判断が未熟故、かね」
溜息混じりに苦笑するブラッドサッカー。
「でも一生懸命考えた結果なのよねぇ♪」
御機嫌な七星の声が短い会話を締め括る。
そんな事を話している間に、黒瑶が上っていたそのビルの屋上に辿り着く。それから七星は屋上へと移動。と、現れたその姿を認めるなり黒瑶は今度こそと再び七星へと突進。が、大袈裟に【飛行】を使うまでも無くひらりとあっさり七星に拳を躱され、黒瑶は踏鞴を踏む。そんな黒瑶が体勢を立て直す前に、七星は手持ちの【PKブレード】で追撃した。そちらはあっさり命中。…そろそろ黒瑶の意識が朦朧として来た。が、黒瑶としてもこんなところで一方的に負ける訳には行かない。折角のこんな強い人との散打試合、何か見出せなくては意味が無い。
と、緊張高まったところで地表から上空へと声が掛かる。
「あのよー、俺たちがこれ持ってっちまうとは思わない訳ー?」
これ。それは――ブラッドサッカー&シャロンの前に七星が投擲し現在地表に突き刺さっている高周波ワイヤーブレードの事。
…実はコレ塔内からの回収品で、ぶっちゃけ、貴重品である。
が。
七星としては今はそれどころではない。
「出来る度胸があるならやりな――って折角良いところで余計な水差すんじゃないの邪魔するとぶっ殺すわよ!?」
一息にそう怒鳴り声が聞こえた。七星の声。
現在、七星も黒瑶も地表からは姿が見えない位置に居る。
…一方の屋上では覚悟を決めた黒瑶が七星と対峙していた。が、やはり状況は変わらない。黒瑶の攻撃は当たらない。七星の攻撃はヒットアンドアウェイでよく当たる。それも元々七星が使う流派故か、一撃一撃が重い。
結局、屋上に場所が変わっただけで地表に居た時と何も変わらない戦況が続く。能力の相性の悪さと技量の違いに為す術も無い。黒瑶は機動力で明らかに劣る。一方的に叩きのめされてしまう。このままでは勝ち目はゼロ。
こうなったら。
黒瑶は作戦をカウンター狙いに切り換える。攻撃の手が止んだと見た七星は、少し様子を見てから再びただ構えを取ったままの形でいる黒瑶に突進、何度も何度も斬りかかる。黒瑶もその攻撃を受けてしまう――とは言っても、防御体勢で受け止める事が出来ているのではなく、身体が頑強故にその攻撃が致命傷とならないだけで――一つ一つの攻撃自体は無防備に食らってしまっている状態。
それでも少しずつ考え、形を変え、黒瑶は七星の攻撃を受け止めようと頑張り、ひたすら耐えている。【PKブレード】での攻撃。二刀では無く一刀だけでも七星の攻撃が読めない。集中の必要。
続けられる攻撃。その太刀筋を一つ一つ見る。パターンを読む。読めるか。見切れるか。見なければ。極限状態の中、黒瑶は目を見開いて七星の攻撃を受けながら、見続ける。
そして。
見えた。そう思った刹那、黒瑶の手が自然と動いている。自分に斬りかかってくる【PKブレード】の切っ先を【鉄砂掌】でいなし――いなす事が出来ている――そこに続けて拳の一撃を。
黒瑶が両足を付いていた部分。瞬間的にそこがぼこりと減り込む。陥没。そのまま屋上の床面にびしりと深く罅が入る。殆ど同時にカウンターで突き出された乾坤一擲の一撃――ここぞとばかりに【沈墜勁】を発動させ、増加させたその全体重を乗せたこれまで以上に鋭く重い打突が七星に入る――!
…と、思えたが。
そこはまた経験の差か、咄嗟の勘働きが勝ったか――ぎりぎりの線でその攻撃さえもひらりと躱す七星の姿が黒瑶の目に見えた。
あああああこれでもだめなのですか〜と黒瑶は嘆くが、すぐにそれどころではない事に気が付く。足許が頼りなくふらつく。もう駄目だと黒瑶は自覚する。が、それにしては驚いたような意外そうな、はっとして自分を見る七星の表情が見えた。少し離れた位置。【PKブレード】も握られたそのままで、攻撃の形になっていない。となると今この瞬間は七星が自分に攻撃を仕掛けている訳ではない――と思ったら――次の瞬間、完全に想定外のところから連続で衝撃が来た。黒瑶の意識は暗転する。
とは言え。
黒瑶の意識が暗転したのは、別に七星から重ねられる攻撃に耐え切れなくなった為だけ――ではなかった。
本当のところは、たった今七星への攻撃の為に発動させた黒瑶自身の【沈墜勁】が原因で――老朽化したビルが耐え切れずに崩壊してしまい、黒瑶の足許から物の見事に崩れて、瓦礫に飲まれつつビルの高さ分地表まで落下してしまった、と言う事だったりした。
その何階分もの重力と瓦礫の衝撃と、元々の七星から与えられた重いダメージの累積もあり、脅威的な頑健さが売りである黒瑶も――さすがに、気絶してしまった訳で。
■
何だか形容し難いくらい物凄く苦い味が口の中に広がった。むしろその味で逆に気絶しそうなくらいの苦さだが、元々が気絶していたので逆に気付けの役に立つ。
…と言うのが、その気付け薬の提供者シャロンが想定していた、本来の効能――と言うか反応の筈だが。
この場合、少し違った。
黒瑶が瞼を開けたら、その顔を覗き込んでいたのは三つの顔。戦っていた相手の七星に、済し崩しに黒瑶と選手交代してのほほん休んでいたブラッドサッカー。それと、ブラッドサッカーと一緒にのほほんしていたこげ茶の繋ぎに赤毛長髪のおねえさま――シャロン。
特にそのシャロンが、少し訝しげな顔で目覚めた黒瑶のその顔を見てもいる。
理由は、黒瑶に飲ませた――と言うか無造作に口に突っ込んでみた気付け用に加工した薬草。
「…苦くなかった?」
「ほぇ? …大丈夫ですよ〜。そう言えば、何だか口の中がさっぱり甘くて爽やかなのです〜♪」
「………………そう」
それ以上は深く突っ込む気も起きず、シャロンはそこで引く。そして…一応の確認の為、黒瑶に与えたその気付け薬の残りを取り出し自分でもちょっとだけ舐めてみたのだが…途端、ごく少量のそれだけでも予想通りに凄まじい苦味が来た。
予想通りながら、それでもやっぱりとんでもない苦さ故に変な顔をしているシャロン。彼女のその顔をふと視界に入れ、ブラッドサッカーが怪訝そうな顔をする。シャロンはブラッドサッカーが自分を見たと気付くなり問答無用でその腕を引っぱり呼び付け、気付け薬の残りを差し出し、自分と同じようにちょっとだけ舐めてみろと促す。ブラッドサッカーも何の気無しにシャロンに促された通り実行して…瞬間的に、言葉を失う。
苦過ぎる。
…これの何がどうしてさっぱり甘くて爽やかなのか。
シャロンとブラッドサッカーの視線が、殆ど同時に――物問いたげに黒瑶に注がれた。
が。
黒瑶がそこに反応するより先に、七星がきゃー、やっと起きた☆ と嬉しそうに黄色い声を上げながら、目覚めた黒瑶の半身を起こす形でがばりと抱き締めている。
いきなりの事で、黒瑶、びっくり。
「にゃっ!? あ、あのぉ〜???」
「ふ・ふ・ふ。面白かったわよ〜♪」
今はまだまだだけどさ、あんた将来有望よ☆ 是非またいらっしゃいな♪ 鍛えたげるわ☆
と、自分を抱き締めたままでの何だか嬉しそうな七星の科白に、黒瑶は何事かときょとんとしたまま固まり、目を瞬かせている。
えーと、つまり。
…どうやら、見込まれてしまった、と言う事らしい。
Fin.
×××××××××××××××××××××××××××
登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
×××××××××××××××××××××××××××
■整理番号/PC名
性別/年齢/クラス
■0645/シャロン・マリアーノ
女/27歳/エキスパート
■0662/鄭・黒瑶(てい・こくよう)
女/15歳/エスパー
※表記は発注の順番になってます
×××××××××××××××××××××××××××
…以下、登場NPC(□→公式/■→手前)
□NPCP006/柊・七星
■NPC0127/ブラッドサッカー
×××××××××××××××××××××××××××
ライター通信
×××××××××××××××××××××××××××
今回は発注有難う御座いました(礼)
そして鄭黒瑶様、初めましてで御座います。
…作成に時間の掛かるライターですが(汗)宜しければ以後お見知り置きを…。
今回は二名様御参加です。
戦闘路線な鄭黒瑶様と観戦路線なシャロン・マリアーノ様を組み合わせまして、黒瑶様VS七星の戦況をシャロン様&ブラッドサッカーが説明しているようなしていないような形(どっち/汗)になってます。
文章は全面共通で。
■シャロン・マリアーノ様
いつも御世話になっております。
…殆ど、ブラッドサッカーと駄弁っててもらいました。
七星さん、強い人もしくは強くなりそうな人が良いようですので…予め負けを想定して宣言するような方とはやりたがらないような気がしまして観戦のみになってます。
で、気付け薬の件がこんな感じに化けました(笑)
■鄭・黒瑶様
…何だかんだで七星さんに見込まれてしまったようです。彼女は現状半人前であろうと強くなろうとする子は好きな模様ですので。…済し崩しでお付き合いして戦ってくれるようなら更に好みと言うか(笑)
初めましてなので性格・口調・行動等は、汲み取れていましたでしょうか。そこが引っかかるところです。
あ、それから発注タイミングでのオープニングシナリオ内に一つボケを発見したので懺悔しておきます(汗)。七星の服は赤では無く黒でした。…私にとって彼女は髪の紐やら帯とか装甲の赤色な印象の方が強かったようでつい勘違いを(シナリオ作成時にNPC頁確認していなかったせいもあります/汗)。そして服の模様も模様で炎っぽいだんだら模様に見えたからってのもあるかもしれません…。
失礼しました。
現在はこの件、訂正済みになっております。…お気が向かれましたらまた同シナリオもどうぞ。
少なくとも対価分は楽しんで頂けていれば幸いです。
では、また機会がありましたらその時は。
深海残月 拝
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