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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


箱庭の扉


 何時もの都市マルクトのはずなのに、時々見える蜃気楼のような陽炎のようなものは何だろう。
 眼がおかしくなったのかと思ってこすってみても、目薬をさしても何も変わらない。しかも周りの人たちにはこの蜃気楼が見えていないようなのである。もしかしたら自分が何か得体の知れない病気にでもかかってしまったのかもしれないが、熱も無いのにこの夏の景色のような陽炎が見えるなど明らかにおかしい。
 おかしいと思いつつも、そっと手を伸ばし蜃気楼に触れる。
 一瞬の頭痛に瞳を閉じると、瞼の裏に今までとは違う色が見える。
 ゆっくりと瞳を開き周りを見渡すと、目隠しをした人が一人、こちらを向いていた。目隠しをしているはずなのに、射貫かれたような視線を感じる。
『無理矢理こじ開けた人なんて、初めてだよ』
 クレイン・ガーランドは一瞬その言葉にきょとんとあたりを見渡し、何か納得がついたように小さく頷くと、
「人が住んでいるとは思いませんでした」
 確かにクレインが見ていたものは陽炎に似たような蜃気楼の映像で、普通に考えればその先に人が居るなどとは考えない。
「お邪魔します…と、言うべきでしょうか?」
『いや…いいよ』
 結果的にこじ開けて無理矢理入ってきた形になってしまったとはいえ、クレインがこの場所を意識していたわけではなく、本当にただの好奇心からきた行動なのだから咎める理由はない。
 本当に嫌ならば即座にお帰り願えばいいのだから。
「何度か声は聞いた事がありますが、実際は…初めてですね」
『それはどういう意味で言ってる?』
 前に迷い込んだ時はクレインの想像を汲み取った形に場面が変化したが、今回は完全にエアティアが普段過ごしている場面の空間が広がっている。
 前も今回もそしてラ・ルーナを探して欲しいと頼んだ時も、エアティアは常にテレパシーによって会話を行い、自分から口を開くという事はしていない。
『あぁそうか…』
 エアティアの言葉にクレインはただ首を傾げる。
 名前を覚えてはいたけれど、前に出会ったときの事を曖昧な現実――夢だと考えていれば、確かに初めましてかもしれない。
 クレインは一人なにか考え、そして納得しているエアティアに向けて疑問符を浮かべつつも、
「宜しくお願いします」
 と、つい挨拶しつつ軽く頭を下げる。
『あ…こちらこそ』
 ついついエアティアも社交辞令のように言葉を返してつられるように頭を下げた。
 一瞬お互いどうしようかと言葉が途切れ、沈黙の時間が訪れる。
 しかし、突如として髪を軽く巻き上げるように吹いた風にクレインは改めて回りを見回し、今立っている場所が緑の草原であることに気がつく。
 エアティアが居るという事は、ここは夢のような現実のような曖昧な空間で構成された場所。今まで自分は何処に居た?
「しばらく居させて頂けませんか?」
『どうかしたの?』
 そう、自分は都市マルクトに構えた自宅近くを散歩していたはずだ。
 不確定要素ばかりの緑の草原。
 陽炎の先に居た人。ありえないほどの突然の緑。
 ここはクレインにとって不安ばかりが募る場所。それでも、
「いえ、周りの事が大体把握できないと心配といいますか」
 このまま生活していたならばこんなのどかな場所へ赴くような機会も、ましてやこんな場所があるのかどうかさえ知る事ができなかっただろう。
 しかし実際にこの場に降り立ったという自分の感覚だけは本物で、どれだけ穏やかな空気をかもし出していても、クレインには本当にここが安全な場所かどうかは分からない。
 だからつい、尋ねてしまう。
「もともといる世界ですが、常に気を張っていないといけない世界なので」
 “世界”は同じ。
『確かに、外の空気は痛いと思う』
 時には死と隣り合わせの時間。
 やらなければやられるという感情は人を黒く染め上げていく。
「私はもともとそこまで気を張っているタイプではないとは思うのですが、なれていないところだと流石に……」
 クレインは微かに苦笑を浮かべながら少々申し訳なさそうにそう口にする。
 行きなれた道でさえも完全に安全とは言えないこのご時世なのだから、確かにクレインの言う事はもっともだろう。
 自分から足を踏み入れてしまったとはいえ、ここは知りもしない場所なのだから。
『この場所の事を知りたいんだね』
 何処までも広大に見える緑の草原と、それに不釣合いな真っ白な空。
「この場所はあなたの住まいのような所ですか?」
『違う』
 エアティアはクレインに向けていた視線を外し、何処までもエンドレスで続いているように見える草原の果てを、見渡すように顔の向きを変える。
「ではなぜこの場所に?」
『ここが僕の創った空間だからだよ』
 空間主が空間に居てはいけないという道理もない。
「確かにそうですが……」
 そう言われてしまうと、新しい疑問も浮かんでくるのは仕方がないわけだが、それを今口にして答えてくれるかどうかはかなり賭けだ。
『立っているのが疲れるようなら、座るといい』
 本当の地面ではないから、汚れる事はない。と付け加えて、エアティアはゆっくりとその場に腰を下ろす。
「ありがとうございます」
 クレインもそんな気遣いにお礼の言葉を述べ同じように腰を下ろすと、本物ではないと言っていたのに草の萌えるような匂いが微かに鼻に届いた。
「まるで飛ばされたようですね」
 あの殺伐としたマルクトという場所から、一気に開放されたような。
 そう考えると、やはり気になる事が増えてくる。
「この場所は何処に繋がっているんでしょう」
 都市マルクトからこの場所へこれたのだから、マルクトと繋がっているという事は分かる。
『どこでもあって、どこでもない場所に』
 エアティアは遠くを見据えていた瞳を解き、軽く膝を抱えると、小首をかしげるような角度でまたクレインに視線を向ける。
『曖昧なのは、ダメなのかな?』
 把握するという事は、それに対する対処を考える事ができるという事で、不測の事態に対処ができるという事だから―――実際は居なかったとしても、宇宙人が攻めてくるかもしれない事を想定して準備ができる。そんな事象に酷似しているような気がする。
「ここがあなたの“住まい”“場所”だと把握できれば、もしまたこの場所へ迷い込んでしまったとき不安にならずに済みます」
『何度も来れたらここの意味が無くなってしまうよ』
 エアティアはクレインの言葉にクスクスと笑いながら言葉を返す。その口調に『またきても構わない』と言われているかのような声音が聞き取れた。
 クレインはまたも風に遊ばれた髪を軽く押さえ、草原を見渡しふと思い出したように問いかける。
「ルーナ嬢は、ここへ来た事があるのですか?」
 小さなルーナならば、この空間で沢山の遊びを見つけられそうだ。
『クレインは聞いてばかりだね』
 そんなに色々な事に興味がありそうには見えないのに。
 そう言われて、クレインはその顔に微笑を浮かべながら、
「いつも其方からのテレパシーばかりでしたから」
 たまには声をかけられる側になったとしてもいいのではないか。
『確かに一方的なのはフェアじゃない…か』
 いつもこの場所にいるだろうと思うのに、エアティアには会話を、人を嫌っているという節はあまり見受けられない。
『でも、その答えは―――』
 最後の言葉が聞き取れずクレインは首をかしげ、もう一度お願いしますと口を開こうとした瞬間、一気に目の前が暗転した。





























 がくっとつま先が何かに躓いたかのように上腿が軽く傾く。
 クレインはとっさに壁に手を付いて転ぶのを免れると、ゆっくりとあたりを見回した。
 その瞬間、今まで入ってこなかった雑音と騒音が一気に耳の奥を突き抜ける。
「時間切れ…というものでしょうか」
 見渡す景色は見慣れた都市マルクトの一角。そして後数歩というところに自宅の玄関が見える場所。
 一歩、踏み出す。
「……っ!」
 突然の頭痛にその秀麗な顔を微かに苦痛の色に染めて、クレインは軽く米神に手を当てた。
 今日はもう帰って軽く眠りに付こう。
 夢を見るのは嫌いだけれど、もしまた会えるならたまには夢を見てもいい。
 そう思いながら――――






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0474/クレイン・ガーランド/男性/36歳/エスパーハーフサイバー】

【NPC/エアティア/無性別/15歳/エスパー】


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■         ライター通信          ■
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 箱庭の扉にご参加ありがとうございました。少々この段階ではまだ好感度の影響によって答えが曖昧な部分が多々あります。言いたくない訳ではないので次にお会いした時にはかなりの確立で本当の答えを話してくれるだろうと思います。つきましては最初の出会いを夢と思っているとして書かせていただきました。
 それではまた、クレイン様がエアティアに会いに来ていただけることを祈って……