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扉を開く鍵
いつものようにいつもと変わらない時間、風景、人々、そして自分。
多少の変化はあるものの、特異というわけではない毎日。
だが、
『少し…話さない』
いつもの日常の中に居る人たちとは違う、声。
テレパスで脳に直接響く声は、呼ぶ。
軽い眩暈を感じ、瞳を開けた時にはまったく違う景色の中に居た。
(あら…)
こちらの都合などまるで考えていないのか。
相変わらずの白い空。
その中で際立つように黄緑色をした広い草原の中でポツンと建つ家の前で、エアティアが立っていた。
シャロン・マリアーノはあたりを少し見回し、ふっと笑うように息を吐き出すと、草原の向こう――エアティアの元へと歩き出す。
ここへ来るのも3回目。意味は違えど三度目の正直などという言葉も存在しているのだから、人間同じことが3回あれば慣れもするというものか。
(ある意味あたしもビジダー向きの性格よね)
シャロンはそんな事を思いながら草を掻き分け踏みしめる。
こうして手で触った感覚、足元に何かを踏んだ感覚が脳に伝わっているのに、本物ではない。
表面的な部分では本物でないと理解できているのに、深層や感覚は本物であると伝えている。繋がらない感覚にシャロンは多少もやもやとしつつ、それが彼の力の強さなのだろうとどこか納得してしまう自分に苦笑を覚えつつ、
「エアティア、久しぶり」
と、彼の前で足を止めていつもの笑顔を浮かべる。
『久しぶり』
いつものように口元だけしか表情は読み取れないけれど、その口元が微笑んでいる。
「話すといっても、何を話しましょうか」
会話の話題を自分から切り出すべきか、それともエアティアが何か話し出すのを待つべきか。
シャロンは軽く瞳を泳がせ、何か思い出したようにはっとすると、
「そだ、今のあたしの畑はお気に召してる?」
前回この場所へと来てしまったとき、すっかり普通の畑になってしまったシャロンの農場に少々不満気だったエアティア。
それを思い出してシャロンはちょっぴり悪戯っぽい口調でエアティアに問いかけた。
『……別に…』
どこか駄々っ子のように軽く顔を伏せて小さく顔を伏せ、やっぱりどこか口を尖らせている。
シャロンはそんな様子にクスクス笑いながら、
「とーっても気に入ってそうだったから、休ませている畑だけジャングル状態のままにしてあるのよ」
そうしてご機嫌を伺うように伏せた顔をこっそりと覗きこむ。
仄かに。本当に仄かにだけれども、覗き込んだ顔色からどこかウキウキとしているかのような雰囲気を感じ取り、シャロンは満足そうににっこりと微笑んだ。
まぁ、人間つまらないか楽しいかと聞かれたら、楽しいを選んでしまうのは仕方が無いことで。
「それとー、他の種についてはもうちょっとね」
シャロンは今度は申し訳なさそうにそう告げて、小さく一応出来てはいるけど…と言葉を続ける。
『うん…シャロンが納得行くまで、待てるよ』
何気なく、本当に何気なく呟いた言葉なのだろうけれど、シャロンは一瞬きょとんと瞳を大きくする。
「ふふ、結構なくどき文句ね」
クスクスと笑ったシャロンにエアティアは驚いたように背筋を伸ばす。
『椅子…用意したのだけど』
そして照れ隠しのように呟いてシャロンに背を向けた。
そうエアティアが立っていたのは、ロックハウスの前。
古きよき開拓時代を思わせるそのロックハウスのバルコニーには、家と同じように木でできた小さなブランコと椅子と机が置かれていた。
「ありがとう」
今まで(といっても2回だが)来訪者に対して何もしてこなかったが、今回は自ら呼んだ手前ちゃんと考えて場所を用意したらしい。
シャロンはエアティアに促されるまま木の椅子に腰掛けた。
そうして落ち着いたところで今まで自分が背にしていた草原を真正面から見据える。
「それにしても」
青々と茂る緑の草原はこんなにも生き生きしているのに、どうして空の色だけは白いままなのか。
「空の色戻っちゃってるわね…」
『本物じゃ…ないから』
そう、夕焼けが空の色の一つといえど、絵の具を零したような色合いでは何も生き生きとしてこない。
色を知るだけではダメなのだろう。
シャロンは少しだけ残念に思いつつ、机に頬杖をついて空を見つめていた顔をゆっくりとエアティアへと戻す。
そして、
「あれだけ色々見れるみたいなのに、空だけ見えないのは何故?」
『…………』
一瞬の沈黙が訪れる。
「答えられないならそれでもいいわよ」
無理に聞きたいわけじゃなく、本当にそう思ってしまっただけだから。
「エアティアのこと全部知らなきゃいけない理由もないし」
エアティアはただ黙ってシャロンの言葉を聞いている。
確かに知っていれば役に立つこともあるけれど、どんな関係―――友達だって恋人だって相手の事を全て知っている人なんて居ない。
ましてや、自分とエアティアの関係は凄く曖昧なものだ。
「誰にでも言いたくない事はあるもんよ」
シャロンは優しくそう告げて、そっとエアティアの頭を撫でた。
しかし、動きを止めていたエアティアははっとして首を振る。
『……言いたくない、わけじゃない』
ゆっくりとエアティアの言葉が流れ込んでくる。
エアティアが生まれたばかりの時に、母親は何かから逃げるようにしてこのセフィロトの塔の中、都市マルクトの隅に居を構えたのだという。
そう、エアティアは自我が芽生え記憶というものを意識した時には、もうこの薄暗い塔の中での生活が普通になっていた。
『思い出せないんだ』
ここはオカアサンが小さい頃絵本で読んでくれた風景。その本の中にだってちゃんと色は付いていたはず。
―――貴方の瞳はまるで……
『だから、知らないっていうのは間違いかもしれない』
全てが想像の産物。
それでもこの場所はまるで元々から知っていたかのような感覚がある。それなのに本物を知らない。
「それって……」
本当はとても寂しいことなんじゃないの? シャロンはでかかった言葉を飲み込むが、飲み込んだところで一度浮かんでしまった言葉はもう伝わってしまっている。
訪れてしまった沈黙に、シャロンは何か違う話題はないものかと思いを巡らせ、戻ってしまっている空の色に話題を戻す。
「出来上がった種が気に入らない理由分かったわ」
真っ白な空を見上げ、ここがもし色づいたら…と思いをはせる。
「エアティアがどんな色が見たいか聞いてなかったものね」
エアティアはシャロンの言葉に少し考えるように顔を伏せる。その様を見てシャロンは少々困らせてしまったかな? と考え「今じゃなくてもいいわよ。思い浮かんだら時でいいから」と言葉を続ける。
『それは、空の色の種?』
「そうなるかな」
『だったら僕はどんな色かも分からないから、何も言えない』
空の色は、青と水色とそして白。
それが微妙な濃度で重なり合った二度と同じものにはめぐり合うことのない色彩。
『だから、シャロンの思う色でいい』
「なら今作っている種でも大丈夫かしら」
考え込むように瞳を伏せると同時に、どこか感じる浮遊感。
はっとして顔を上げれば目の前を人が行き交う中、椅子に座っていた。
まるで夢のように終ってしまった時間。だけれど、
――――楽しみにしてる
シャロンの脳裏にこの一言だけ強く残っていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0645/シャロン・マリアーノ/女性/27歳/エキスパート】
【NPC/エアティア/無性別/15歳/エスパー】
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■ ライター通信 ■
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扉を開く鍵にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。シャロン様のエアティアはかなり子供な雰囲気をかもし出しているような気がします。多分このエアティアが一番年相応と言う奴でしょう。一応思春期真っ盛りなので大人の女性の貫禄でこのまま宜しくお願いします(ぇ)。
それではまた、シャロン様がエアティアに会いに来ていただけることを祈って……
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