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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


永遠と、望むモノ

 思えば、いつだって傍にキミがいた。
 愛とか恋とか、そんな生半可な言葉で始末の終えられるようなことは一つだってなかった。
 だから自信を持って、声高に叫ぶことが出来る。

 キミを大切に思う。

 だから護ることをこの命にするのならば、自分が自分でない存在になってしまっても構わない。自分のことを分からなくなってしまっても、憶えていてくれなくても、何も口惜しくはない。後悔など、微塵も思っちゃいない。
 ただ一つ心残りがあるとしたら――。

 もう二度とキミを抱き締められないことだ。

「バレンタイン、てのも、これで何度目かな。うん、何度でも新鮮な気分で迎えられるからオーケーなんだけどね」
 今年は少しだけ趣向に凝ってみたというチョコレートは見た目も形もほぼ同じで、中身が異常なまでにデンジャラスなのだとか何とか。そういえばキッチンには裏料理会でしか見られないようなえげつない材料がちょこんと座っているものを見たときにはその日の夕食がどうなるものかと戦々恐々としていたものだが、実際にはそれらしいものは何もなかったことを記憶している。結局あれは気のせいなのだと思っていたのだが、今この瞬間得心した。
 いわば今年はロシアン・ルーレット。その前に本物の、否普通の味のチョコが交じっているかどうかも疑い深いものだ。
 ……璃菜さん、一つくらいはまともなチョコはありますよね?
「そういえば、今年一年も色々あったよね」
 手元のチョコを一つ口に入れ、高桐璃菜は言った。ちょっと酸っぱそうな顔をしている。梅干味か?
「今年の秀流との思い出ベストスリー……だと順位付けちゃうみたいで厭だから、秀流との今年の思い出を三つ挙げるとしたら何だと思う?」
「三つ?」
「そう、三つ。同じだと嬉しいな」
 えへへと照れる璃菜の顔に内心どぎまぎしながら、神代秀流はそうだなと顔をそむけた。同じ答えを出せる自信はある。でも今の自分が正面から璃菜の顔を見据えて言える程の根性は座っていない。
 ……可愛いすぎるんだよ、その顔が。
 何を今更と思われても仕方がない。プロポーズをした仲にでもなれば慣れそうなものだが、実際そうではないらしい。可愛いものはどれだけ経っても可愛いし、照れるものは照れる。顔をそむけて思案する仕草で何とか誤魔化してきてはいるものの、内心はかなり動揺している。心臓が過剰活動しているせいで機能停止してしまうんじゃないかと思う程、だ。
「……璃菜、その前にちょっと思ったんだが?」
「ん、何?」
「三つに絞るのって難しくないか? 例えば少なくとも一日に一つは新しい出来事は起こっていて、単純計算でも365の思い出があるはずだよな。その内、関連した事象を一つに括ったとしても、三桁は悠にある筈だ。で、璃菜」
「は、はい」
 改まった声に、思わず笑いを音に出してしまいそうになる。堪えろ自分、と言い聞かせて、秀流は両手を口元の前で組んだ。
「俺達の思い出、って三つだけかな」
「え、ううん違う。沢山ある。……けど、一番印象に残った思い出、っていうか、絶対に忘れたくない思い出っていうか」
「忘れたい思い出なんて、一つもないよ、俺は」
「そりゃ、私もそうだけどそういうことを言いたいんじゃなくて……えーと、えーと。ちょっと待って、今きちんと言葉をまとめるから」
 半分冗談混じりでの言葉だったのだが、璃菜は思いのほか真剣に考えているようだ。耳からは容量オーバーによって白煙が出そうな程に顔は真っ赤になっている。比較対照で言えば秀流の色よりも幾分も紅潮している。
 これでは少し可哀想かなと、組んだ手を解いて、秀流はくすくすと笑ってみせた。
「ごめん、璃菜」
 初めは何に謝っているのかに困惑しているようであったが、聡い璃菜のことだ、すぐさま悟ったのだろう。赤い顔は一層紅くなり、口元を小さく尖らせた。
「からかってたの? ひどい」
 ……元はといえば、その可愛いらしい顔が原因なんですよ。思っても、口には出さない。璃菜はチョコをまた一個摘み上げて口の中に放り込んだ。悶えた顔も見せないから、普通の味なのだろう。恐らく。
「秀流って、ほんの時々ちょこっとだけ意地悪だよね」
「璃菜がいつもそんな調子だから、意地悪したくなるのは璃菜が原因なんだよ」
「私のせい!?」
「そう、璃菜のせい。反応が素敵だから、ついつい、ね」
「……素敵、って言葉で曖昧にしてない?」
「バレたか。うん、正しくは反応が可愛いから、かな」
「それも冗談?」
「これは本音。否、さっきの言葉もずっと本音だけどね」
 そう言って、秀流は手の平を広げた。
「アリオトとの出会い」
 親指を折る。
「俺が大怪我をする」
 人差し指を折る。
「クリスマスで恋人から婚約者へ昇進」
 中指を折る。
「以上、俺にとっての三大イベント。同じか?」
「うん、同じ」
 嬉しそうに笑う璃菜の顔が好きで、その顔が自分だけのためにころころと変わるのがとても愛しくて、彼女のためなら何だってしてやろうと、そう思った。
 背からそっと抱き締める体は柔らかくも暖かく、とても小さかった。
 護る存在がいることで強くなれる人間がいるとしたら、自分も間違いなく例外ではない。

 愛してる。

 幾度となく繰り返す言葉を、彼女は静かに噛み締める。いつだって、目を伏せ身を預ける。

「ところで秀流、これ」
 ややもして、璃菜は秀流に一つの包みを渡した。
 すっかり忘れていた、バレンタインのチョコレート。
 それは少しだけだが、苦い味がした。





【END】