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<ホワイトデー・恋人達の物語2006>


夢の島小夜曲
 ホワイトデー。
 それは、バレンタインで告られた殿方が、意を決して返礼を行う日である。
 結果どうなるかは、人それぞれだが、いわゆる『本命』の場合、それなりにムードのある、ロマンチックな演出を心がけるのが、世の常と言うものだ。むろん、雑誌の特集や広告も、来るべき日に備え、それなりの場所を用意している。
 だが、ここにそんな世間の風潮に、真っ向から逆らおうと言う御仁がいた。
「えぇい。どいつもこいつも、キラキラした場所ばっかり並べやがって! カップルなんざ、相方がいれば、どこだって幸せだろう!」
 ばり、と雑誌を引きちぎるその男。今朝、通勤電車に乗る際、いちゃついてたカップルに邪魔されたとかで、さらに機嫌が悪い。
「よし。この俺様が、カップルに場所なんざ関係ないって事を、証明してやる!」
 男は、雑誌に記事を投稿するライターだった。そして、数日後、ある場所に、数組の男女が派遣されたのだった。

 言われた場所は、廃ビルだの公園のトイレだの、都会的な場所ばかりではない。ネイナが放り込まれた場所は、まさにそんな場所だった。
「だ、騙された‥‥」
 夢の島‥‥無論、ドリームアイランドじゃない方‥‥に呆然と佇む彼女。先住民族の居留地で、恋人とつつましく暮らしていたある日、招待状を貰って、いそいそと来てみた所、予想から思いっきり外れてしまい、顔を引きつらせている。
「だから気を付けろと言っただろうが‥‥」
 恋人の方は、最初からその招待状が眉唾ものだと疑ってかかっていたらしく、彼女の様に儀式用民族衣装ではなく、いつもの動き易い迷彩上下だ。おまけに、護身用なのか、ショルダータイプのホルダーに、銃まで完備。
「だって、村から出る機会なんて、最近なかったし‥‥」
 しょぼんとした表情で、そう言うネイナ。肩を落とす彼女に、恋人は少し申し訳ない気分になったらしい。ぽふんと頭を撫でて、こう言ってくれる。
「気にするな‥‥。気持ちは分かる」
「うん‥‥」
 こくんと頷くネイナ。いかに人ごみや雑踏が苦手な、自然派美少女だとはいえ、お洒落に興味がないわけではないし、外の世界に関心を持てないわけでもない。
「帰ったら、どこか連れて行ってやるさ。そうだな‥‥。この間、似合いそうなペンダントを見つけたから」
 恋人はそう言ってくれたが、ネイナの心は晴れない。それどころか、彼の言い分に、余計な事を知ってしまう。
「って! お前出入り禁止のはずじゃあ‥‥」
「最近は大人しくてな。チェックもあってないようなもんさ」
 咎めるネイナに、彼氏はあっさりとそう言った。諸事情で、最寄の街におおっぴらには出入り出来ない恋人。しかし、数年たった今、その辺りのルールは、かなり緩んでしまっているようだ。
「知らないぞ。言われても‥‥」
「償いは、してる」
 その時だけ、厳しい表情を浮かべる彼。出入りに目をつぶる代わりに、時折無償で自警団の仕事を手伝っているのは、まだネイナには話していない。
「まぁ、日が暮れるまで、迎えのバスは来ないからな。しばらくはここでのんびりするしかないさ」
 話題をそらすように、そう言う彼。帰ろうにも、ここは自分達が住んでいる居留区とは、かなり離れた場所だ。いくら自然児のネイナでも、歩いて帰るには骨が折れるくらいの。
「のんびり出来ない状況なんだが」
「そうか? 結構良い拾いものがあるかも知れんぞ。例えば‥‥こんなものとかな」
 厳しい表情を浮かべたままのネイナに、恋人はくすりと笑いながら、あるものを見せる。それは、どこから紛れ込んだのか、東洋趣味のナイフが握られていた。
「どこからそれを‥‥」
 顔を引きつらせるネイナ。見るからに輝きの違うそれは、模造品なのは間違いない。しかし、彼女の恋人は、そんなオモチャでも、人ひとり殺せるくらいの腕を持ち合わせている。それを知っていたから。
「さっき見つけて拾っておいた」
「ま、まぁ‥‥滅多に来れる場所じゃないしな。少し散策して見るか‥‥」
 このまま、拗ねて彼を放置していたら、また物騒なものを拾いかねない。そう思い、ネイナはつんっと口を尖らせながらも、その辺を一緒にお散歩する事にした。
 ところが。
「‥‥可愛い」
 頬に朱を散らせながら、手を引こうとするネイナの姿が、恋人には魅力的に映ったらしい。ぼそりと、わざと聞こえるように、呟いてみせる。
「ば、ばかっ。言うに事欠いて何を‥‥」
 かぁっと耳の先まで赤くなるネイナ。だが恋人は悪びれる事無く、きっぱりとこう言いきる。
「恋人を慈しんで何か悪いか?」
「いや‥‥。は、恥ずかしいだろっ」
 この男には、口説き文句が照れくさいなんて神経がない事は、充分承知だ。だがそれでも、彼女は文句を言ってしまう。そんなネイナを、恋人は背中から緩く抱きしめ、こう囁いてきた。
「今は2人しかいないし。それに、カラスに遠慮する事もないだろう?」
「そりゃあ‥‥」
 こくん‥‥とうなずくネイナ。部族の公認状態で付き合っているのだ。今更動物達に断りを入れるような間柄でもない。
「だったら、良いだろうが」
「うん‥‥」
 あやすように言われ、素直に頷く彼女。と、背中を抱きしめていた恋人は、彼女をくるりと前向きにして、そのまま軽くキスしてくれる。
(これが普通‥‥なんだよな‥‥)
 極々ノーマルなカップルとしては、当たり前の光景。照れくさいけれど、それは愛されている証拠。そう思ったネイナは、口付けられながら、恋人の胸に手を添える。
 と、その時だった。
「ガァァァァ‥‥」
 抱き会う恋人同士を邪魔するかのように、濁った鴉の鳴き声が響いた。
「今何か音がしなかった?」
「‥‥何しろゴミ捨て場だからな。どこかのアホが、研究途中のバイオモンスターを捨てたとか、充分にありうる。そこだ!」
 双方とも、耳は良い方だ。と、恋人は持っていた模造品の短刀を、空へと放り投げる。程なくして、襲撃して来たのは、普通の5倍はあろうかと言う巨大な鴉だった。
「どこからこんな‥‥」
「奴らにとっては、過ごしやすい場所だからだろ。下がってろ」
 警戒するネイナを制し、彼は持っていた銃を化け鴉へと向けた。
「あたしだって弱いわけじゃ‥‥」
「少しは守らせろ」
 弓こそおいてきたが、護身代わりのブーメランはある。それを当てようとするネイナに、恋人はそれをやるのは自分の役目、とばかりにぴしゃりと断った。
「‥‥し、仕方がないなっ」
 化け鴉ごときに遅れを取る様な恋人ではない。そう思い、ネイナは処分を彼に任せる事にする。
「ふん。この程度で、俺の女を奪おうなんざ、100年早い」
 程なくして、ゴミ置き場に生ゴミが一匹増えた。正確に撃ち抜かれた死体を見下ろし、銃をホルダーに戻しながら、そう宣言する恋人。
「こっぱずかしい事を言うんじゃねぇーーー!」
 おかげで、ネイナの両頬はてっぺんまで真っ赤だ。ここまで口説き文句を垂れ流されると、むしろわざとやっているような気がするが。
「そうか? これくらいは普通だと思うが」
「‥‥だいたい! 都会の者は無駄な塵をだしすぎる!」
 放っておいたら、脳味噌がショートしてしまいそうだ。そう思ったネイナ、苛立ち紛れに、まったく別の方向へと、説教を始めてしまう。
「今関係な‥‥」
「大有りだ! 無駄な塵さえ出さなければ、こんな場所が作られる事もなくてだなぁ‥‥」
 困った表情を浮かべている恋人の前で、ネイナは持っていたブーメランを、近くの壁に叩きつけていた。

 ぐら‥‥。

 その壁が、突然揺らめいた。
「あぶな‥‥!」
 はっと気付いた恋人が、ネイナを引き寄せる。問答無用で抱きしめられたその瞬間、崩れてくるその壁。
「え? うわぁぁぁぁっ!」
「く‥‥!!」
 なんと、壁だと思っていたのは、うずたかく積み上げられたゴミの山だったのだ。恋人が庇ってはくれたものの、二人まとめて仲良く埋まってしまった。
「ああ、酷い目にあった‥‥。おい、大丈夫か?」
「何とかな‥‥。しかし、服がえらい事になったな」
 身体を起こすと、二人ともゴミ塗れになっていた。恋人が、体に付いたそれを払い落としてくれるものの、お肌に付いた臭いは中々取れない。
「うわ、もう最低だーーー!」
 泣きそうなネイナ。流石に普段から精神力を鍛えているだけあって、涙こそこぼさないものの、表情はどよーんと沈み倒している。
「ちょっとしたトラップだな‥‥。誰かの悪意が感じられるが‥‥」
「そんな事はどうでもいいから、どこか洗える所を‥‥」
 犯人がいる事を疑う恋人に、ネイナはそう訴えた。そんな彼女に、彼は困った表情を浮かべている。
「まだ寒いだろうが」
「こんな格好のまま、一秒でもいたくない」
 時期は3月。水浴びには向かない季節だ。しかし、乙女心としては、綺麗にしたいと言うのが当然の理。仕方なさそうに、恋人は何とか洗い流せる場所を探してくれる。
「わかったわかった。そうだな‥‥あそこに水道がある。ゆすいでくるか?」
「うん‥‥」
 こくんと頷くネイナ。作業員が、ちょっとした洗い物や、掃除に使っているのだろう。ご丁寧にたらいまで用意されたそこで、彼女は服を脱ぎ、お肌にタオルをあてがう。
「流石に冷たい‥‥。くしゅん」
「ほら言わんこっちゃない‥‥。こっちへおいで」
 部族の風習で、下着は付けない為、素肌のままだ。寒さに震えているネイナを、恋人はその身で包むように抱き寄せ、上からコートをかけてくれる。
「これ‥‥」
「さっき見つけた。生ゴミ置き場とは離れていた場所だし、使えると思ってな?」
 見慣れないそれに、顔を見上げれば、粗大ごみとして転がっていたクローゼットから見つけてきたらしい。確かに、キツイ臭いはなかった。
「そ‥‥だね」
 冬物の厚いコートは、冷えた身体を温めてくれる。背中には温もり。ムードなんて欠片もなかったけれど、その温もりは、ネイナにとって何よりも変えがたい存在だった。
(あったかい‥‥)
 それが、人工的なものだと、頭では理解している。それでも、彼女は充分満足だった。
「幸せそうだなー」
 そう言って、頬を寄せるネイナをからかう仕草も、今は心地良い。
「一緒にいられるから‥‥」
「そうか‥‥」
 理由を言えば、恋人は応えてくれる。魔法の仕草めいたキスで。
「ん‥‥」
 最愛の人と共に在る喜びを、その唇で味わうネイナ。
「もう、離しはしないから、安心してくれ。愛しいネイナ」
 それを感じているのは、彼女ばかりではないようだった。

 数時間後。
「服、乾いて良かったな」
「ああ」
 綺麗になった服を羽織りなおしたネイナに、そう言う恋人。頷いた彼女の耳に、バスのクラクションが聞こえた。
「来たみたいだぞ」
「ああ。全く‥‥帰ったら文句言わなきゃな」
 ネイナがそう言うと、恋人も「そうだな。使った弾丸代くらいは請求するか」と、同意してくれる。
「あの、さ」
「ん?」
 そんな彼と、乗り込んだバスの後部座席で、ネイナはあるものを差し出した。
「これ‥‥やるよ」
 それは、ビンの欠片や王冠。それに鴉の羽や、折れたナイフの先で作った‥‥簡単なブレスレッド。村の者がたまに作る装飾品に、どこか似ていた。
「いつのまに‥‥」
 驚く恋人。
「ホワイトデー‥‥だからな。こんなものしか作れなかったけど、悪くはないだろう?」
 そうだな、と頷く彼。そして、答えの代わりに、腕につけてみせる。
「普通は逆なんだが‥‥、まぁ、良いか。大切にさせてもらうよ」
 以後、彼がそれを、お守り代わりにしていた事は、改めて書くまでもなかった‥‥。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0178/ネイナ・コリン/女性/17/狩人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 名前が出てこないのは、奴を出して良いのか不明瞭だった為の処置です。ご了承下さい。
 なお、諸事情により、2人の関係を恋人に戻しました。だって子供がいると、奴がただのマイホームパパになってしまうので、面白くないんですものっ。
 そんなわけで、いつもの通りむっつりすけべですが、げしがしと容赦なく甘さを垂れ流しております。ホントは、絶対に生身で戦った方が強いんだけどねぇ。ACだし。あ、武器が違うのは、デートにメインウェポン持ってこねーだろと言う配慮の為です。しかし‥‥ネイナのツンデレ加減が2割増しになっているのは、気のせいだろうか。いや、奴はきっと元からツンデレ‥‥(殴られる音)。まぁ個人的には、しゃべんねぇ女より、余計な事まで話して墓穴を掘るタイプの方が書きやすいです。
 適当な事喋ってますが、楽しんでいただけたのなら幸いです(笑)。