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魔女の唄、キミの夢
誰も分からないのは、他人の気持ち。
理解しようとして、それでも無理で、何度傷付いた?
だから、もう止めた。
だから、もう考えない。
そうしたいから、そうする。
それで充分だと思った。
――それでも生きていたいなんて思うのは、なんて無様なんだろう。
人を殺し続けていた少女は或る日その行為が他の組織に目を付けられ、逆に命を狙われることになった。だからと言って簡単に死んでやる訳にもいかずに慣れた色で返り討ちにしていくも、その行為は途中にて止めざるを得ない。
それは敵と同じ顔をした人間の介入と、その問う質問へ答えるために。
「どうして、人を殺すの?」
蘇紅瑛の問いに、少女はちらりと敵――蘇藍琳の方へ向けた。全く違わぬ、というのは少女の対人記憶能力が極めて低いためであるかもしれないが、彼女らは同じ顔をしていた。生物学上別段珍しい話でもないので、さして気にも留めずに問答のためにと口を開いた。
「傷付けるしか、人と関わりを持てないの。だから、そうしてるだけ」
傍らの死体に一瞥し、少女は哂った。
振り返った視線は、ひどく冷たく、例えるなら絶望の色に近い。否、それとも、絶望にその所在を置きながらも、遥か高き場所にある希望を求めている色。
「あなた達は、もっと長く相手をしてくれると嬉しいんだけど――どうかな?」
藍琳と共に少女を追ってきた組織の仲間は、もはや動かない。そのことに、同情はない。
彼女らの立つ場は既に過去の遺物ではあるものの、地雷が今尚活動をしている。対応した能力を持たぬ存在に取っては、死地に近い。藍琳に追い詰められてやむを得ずこの場所に立っているだけにすぎず、出来ることならすぐにでも足場を移動したいほどだ。だが、安易な行動は半身を失う結果と繋がる。故に、ただじっとしていることしか出来なかった。
邪魔するものは、いない。
あるのは、二つの選択肢。
問うのは、同一の顔をした少女。
面倒なことになったかもしれない、と。比較的冷静な頭でそう思考する。
自分よりも身長の高い、黒の瞳が問う。
「どうして……どうして、人を傷つけることでしか自分を示せないなんて考えるの? どうして他に選択肢が無いなんて決め付けるの!?」
紅瑛の泣きそうな視線に耐えられず、少女は視線をもう一人の少女に向けた。藍琳は、一言だけ。
「私は、その気持ち……分からなくもない」
それは同情でもない、感想に近い言葉。紅瑛は信じられない、と言ったように藍琳を見た。
「でもあの男の子は生きていてほしい、って言ってたし、私もそう思ってる!」
男の子、という言葉に、少女は嬉しそうに目を細めた。少しでも自分を認識することが出来た存在がいたことに、そしてその結果として自分が殺されるのかもしれないということに。
「それでもね、選択肢すら無い人だっているから」
「無いって決め付けるのが、間違ってるのよ!」
姉妹の声をどこか遠くで聞きながら、少女はさてどうしたものかと思案を巡らせる。二人まとめて殺そうかと思っていたが、いずれも殺意に近いものは殆ど感じられない。いや、藍琳の方には漠然と感じるものはあるのだが、足元で転がっているオトナらとは違って、ひどく曖昧だ。
殺されたくない、と思っていた人は数え切れないほどに殺してきた。
殺してやる、と思っていた人も沢山殺してきた。
だから今の状況は、ただ戸惑うだけしか出来ない。
「……喧嘩なら他所でやって欲しいものだけど」
それでも、少しでも自分に関心をもってくれたことに、何故だが喜びを感じる。殺人しか肯定方法を知らない少女にとって、それは初めて感じる経験だった。
「で、結果として私はどうしたらいいの?」
器用に瓦礫の上に腰掛けて、少女は問う。
「生か死か――なんて、どこかの文学者の言葉みたいでカッコイイけど、それだけで満足する存在じゃないわよ、私は」
それに、と言いかけて、少女は藍琳の方を見た。
「選択肢なんて、幾つも存在してた。でも結末は一緒。だから、あの少年に頼んで、あの子の夢を借りて、誰かに殺されたいと思ったの」
「それは、死ぬため?」
「生きるために、死にたいの」
「自分独りで死のうとか、そうは思わなかったの?」
「一度は思った。でも、そんなんじゃ、私が私としての存在を誰にも肯定されてないようで、凄い悔しいの。少なくとも、殺される瞬間だけは生きてるって実感できるでしょ? 私は普通の人と同じ力を持った人間じゃなくて、魔女なんだから」
死でしか生を証明できない。
だから、殺してくれる存在を渇望し、それでもむざむざ安易に殺されるだけに自身の存在を貶めたくない。適度に生き、適度に死ぬ。求めるのは、何とも歪んだ思想。
「一つだけ、聞くわ」
紅瑛は荒くなっていた息を整え、努めて冷静に口を開いた。それは逆に、少しだけ肌寒いものを感じさせる。
「あなたは、生きたいんだよね? 本当はもう誰も傷付けたくないんだよね? だったら、そう言って」
或いは、少しだけ鬼気迫る顔で。祈るようなその顔に、暫し返す言葉を失った。藍琳は言葉に、小さく首を振った。
「違うわ」
断言するかのような、肯定を求めるかのような。そんな声。
「あなたは、死にたいんだよね? 本当はもう誰も傷付けたくないんだよね? だったら、そう言って」
同じ声。同じ色。同じ姿。
シンメトリーになり、差し伸べる手ですらこの場に似つかわしい。少女を軸に、世界が反転しているような、そんな錯覚。
言葉は、失う以外に他なし。
故に、取りうるべき行動は唯一つのみ。
ただ、決断するという、行動。
少女は姉妹の顔を交互に見比べ、苦笑したように笑みを零す。
「両方、お断りよ」
その言葉が、一番妥当なような気がした。
どちらかを選ぶということは、どちらかを否定していることとも同義。
少なくとも、そのいずれかを選ぶことは出来なかった。
「生きることも、死ぬことも、誰かの手に委ねることはお断り。だから、このまま逃げさせてもらうわ。強い人に殺されるのは本望だけど、死にたがりじゃないの、これでも」
「それって、どういう意味……」
「私を殺して、或いは生かして。それで終わりじゃないでしょ、あなた達は。面倒なのよ、そういうの。羨ましいくらいに、面倒なのよ、そういうの」
くしゃりと歪んだ顔は、魔女とは呼べないほどに人間らしく。
ただ、同じ血を分けた<半身>を求めているだけのように、愛しげな顔をしていた。
足元には地雷。
周囲には死体。
残されたのは、二人の姉妹。
「……で、結局どういうことなのかな」
「両方とも、嫌だった、ってことでしょ?」
「死にたくもなく、生きたくもなく、ってこと? 物理的に、不可能だよね」
「ううん、そうじゃなくて、他人に決められたくないってこと」
「あ……なるほど。でも、それならどうして、殺してなんてお願いしてるの?」
「結局、死ぬか生きるかっていうのは、運だから」
「死を待って殺されるんじゃなくて、死のために歩き続ける、ってこと?」
「抽象的だけど、そういうこと」
「難しいわ」
「難しいね」
「でも、分からなくもない。例えば、あの子が私たちのどちらかの意見を受け入れてたら、どうなってたかな」
「修復不能に、なってたかもしれない、ね」
選ぶという行為は、一方を選ばないということに等しい。肯定せず、否定するという行為。
それが、少女は最も避けたいのだと。
「組織の人から聞いたんだけどね、あの女の子、ずっと一人だったみたい。仲間もいなくて、家族もいなくて……でも、自分から得ようとはしないらしいの」
「だから、あんな顔したんだね」
どちらかを選べと問われたときの、苦しそうな顔。選ぶことで、介入することで、ずっと欲しかったものを壊してしまいそうな、手の届かないものに対する羨望の感。
「人間らしいね」
「人間らしいわ」
「ね、今度会ったとき、家族になれないかな?」
「養子に、ってこと?」
「違う違う。仲良くしたいな、って話」
劣等感はある。拭えないコンプレックスもある。ある程度、妥協するだけの精神も持ち合わせている。それでも、決定的に失う何かを、敢えて得たいとは思わない。
「私、帰るね」
「……私も、帰る」
「またね」
「そっちも、元気でね」
互いに歩く道は異なる。
それでも、いつかまた会えることが出来ることを、嬉しく思う。同じでも、同一ではないから。
もしあの時、少女が一方を選んでいたとしたら、私たちは戻れない場所まで進んでしまうことになっていたのかもしれない。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0742/蘇紅瑛/女性/15歳/エスパー】
【0743/蘇藍琳/女性/15歳/エキスパート】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
二者択一であっても、第三の選択肢を敢えて作り選ばせてみました。
死すべき運命は甘んじて受け入れるが、自ら手繰り寄せることはしても選びはしない。
加えて、もしどちらか片方を選択した時、姉妹にとってはそれは致命的ではあったのではないだろうか。
そのようなことから、このように収束させていただきました。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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