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扉を開く鍵
いつものようにいつもと変わらない時間、風景、人々、そして自分。
多少の変化はあるものの、特異というわけではない毎日。
だが、
『少し…話さない』
いつもの日常の中に居る人たちとは違う、声。
テレパスで脳に直接響く声は、呼ぶ。
軽い眩暈を感じ、瞳を開けた時にはまったく違う景色の中に居た。
(おや……)
こちらの都合などまるで考えていないのか。
相変わらずの白い空。
その中で際立つように黄緑色をした広い草原の中でポツンと立つ家の前で、エアティアが立っていた。
クレイン・ガーランドはそっとサングラスを外し、辺りをそっと見回すようにしながら一歩一歩ゆっくりと草原へと足を踏みいれる。
アルビノ体質であるが故に太陽に弱い身体ではあるのだが、ここの太陽光はどこか優しく、そして儚い。
ポツンと経つ家は、どこか古きよき開拓時代を思わせるそのロックハウス。そのバルコニーには、家と同じように木でできた小さなブランコと椅子と机が置かれていた。
「こんにちは」
サクサクと軽く草を踏みしめる音だけを引きつけれて、クレインは家の前で立つエアティアをそっと見下ろす。
ふっと顔を上げたエアティアは目隠しをしたままなのに、どこか顔を覗きこまれたような感覚がして軽く首を傾げる。
『やっぱり……みたいだ…』
声とは違うテレパスで届く声が届きにくいという事は、完全に伝えたいと考えている情報ではないという事か。
首を傾げてみるものの、エアティアはそんな呟きがクレインに漏れてしまった事など気にもしていないのか、すっと視線を外してロックハウスに振り返ると、椅子を促すように腕を差し出した。
「ありがとうございます」
クレインはその顔に優美な微笑を浮かべてその椅子に腰掛けると、向かい側に腰掛けたエアティアに向けて言葉をかける。
「お話という事ですが」
話したいのはクレインではなくエアティアのはずなのに、話を始めているのは自分のほうで、どうして自分がここに呼ばれたのか気になってしまった。
『友達…か』
今まで自分がクレインの事をどう考えていたのか初めて考えさせられたように言葉を反芻させる。
「そうだと、私は嬉しいのですが」
その言葉と共にエアティアの顔を真正面から見つめて微笑んだクレインに、真実を感じて一瞬表情を強張らせた後、なぜか視線を逸らす。
照れているようなそんな仕草がどこか微笑ましくて、ついついくすっと声を上げてしまう。
『……クレイン?』
「いえ、すいません」
どこか想像が付かないそんな仕草を見るだけで、夢が現実だったのだと認識させられるようで、そんなリアル感が無性に愛しい。
「折角ですしケーキいかがですか?」
どこか素朴なロックハウスは午後の緩やかなティータイムを過ごすには最適の雰囲気で、クレインは持っていたケーキの箱をエアティアに見せるように持ち上げる。
本当は、友人の下へとケーキを届ける途中だったのだが、こういった偶然もまた導きなのだろう。
『友達には?』
「ケーキは、また作ればいいのですよ」
友人にはいつでも会えるのだしまた作ればいい。しかし、エアティアには次いつ会えるかは、分からない。だから、食べてもらえたら嬉しいと思った。
『ありがとう』
そっと微笑むようにお礼を述べたエアティアの姿に満足するようにクレインは優美な微笑みを浮かべる。そして、ロックハウスから見渡せる限りの草原を見て、ふと口を開く。
「ここは何処にでも繋がっていると思っているのですが、外へは繋がっていないのでしょうか」
もし繋がっているのならば、どうして塔の外へと出た事がないのか。いや、出たくないのか。
『クレインは、誤解している』
先ほどまでの人間らしい仕草はなく、いつものようにどこか感情のない声音でエアティアは淡々と告げる。
しかし、何処とでも繋がっていることは本当で、クレインは言葉の意味が読み取れず首をかしげた。
『繋がっているわけじゃない。ただ、時々歪むだけ』
そしてその歪みにクレインのように迷い込む人が居るだけ。
今回のように誰かを自分からこの場所へ迎え入れる事など今までした事などなかった。
それは防壁を自分から壊すことにもなりかねないから。
『物理的空間を越える力があるわけじゃない。そう感じさせているだけ』
クレインは一度なるほど…と、小さく呟くと、次の言葉を唇に乗せる。
「繋がっているかどうかとうのは、本当は問題ではなく」
『ない』
クレインの言葉を聞くよりも前に、エアティアは言葉を返す。
それは、その言葉に形を持たせる事は無意味だと思ったから。それほどにエアティアは外へ出たいと感じた事がなかった。
「何か支障がおありなのですか?」
外は確かに危ないことも多いけれど、塔の外は広大なアマゾンのジャングルに囲まれて緑豊かな土地である。こんな造り物の塔の中ばかり見ているだけでは気がめいってしまいやしないか……と。
インドア派のクレインがそんな事を考えてしまうほどに、エアティアからは動きや生活観が感じられない。
「もし、ないのでしたら、一緒に外へお出かけしてみませんか?」
主に行動は日光の弱い日や夜になってしまうけれど。
『…ありがとう、でも……』
自分から外へ出るのは、ただ―――怖い。
「エアティアさん?」
途中で言葉をとぎらせたエアティアに向けてクレインは首を傾げる。
『……何でもない』
完全な否定の言葉を発しなかったのは、確かに出来たらいいと期待してしまったから。
クレインはきょとんとした仕草でただエアティアを見るが、ふと感じた何かしらの足りなさに辺りをそっと見回す。
「ルーナ嬢の姿が見当たらないのですが…」
先日エアティアが探していたのだし、当然一緒に居るものと思っていた。
本当はルーナに性別など存在していないのだが、見た目や言動は少女のそれに近いため、エアティアはクレインが「ルーナ嬢」と呼ぶ事を別段否定する事なく言葉を返す。
『ラ・ルーナは、ここに居る必要がないから』
そういえば、以前この空間に来た時もラ・ルーナの姿を見る事はなかった。
それならば、ルーナはどこに居るというのだろう。
確かにそれも気になる事ではあるけれど、やはりそれよりもこの隔絶したエアティアと、あのルーナがどこで出会ったのかのほうが気になって、
『拾ったんだ。死に掛けていたのを』
「?」
『視えたから、拾ったんだ』
自分の言葉が足りなかった事に気が付いたのか、多少言い直してみるものの、やはりどこか足りないままの言葉。
迷子になったルーナを探すために行ったナビゲーションと同じ要領でルーナを見つけた。
「ルーナ嬢は可愛いですから、触った事はありますか?」
あの白いふわもこの手は大変触れていて気持ちがいい。
そう問いかけたクレインに、エアティアは“本当の意味”を読み取って小さく首を振る。
「あの手に触ってみたいと思いませんか?」
そんなに触ってみたいものだろうか? と、エアティアはきょとんと首を傾げる。
「三人で、お出かけしてみたいものですね」
先ほど断られなかったから、いつか出来たらいいとクレインは、今まで以上に微笑みを浮かべる。
言葉を返そうとしたのかエアティアがクレインへ向けて顔を向ける動作と共に、まるでスローモーションのようにすぅっと景色が遠ざかっていく。
――――いつか
いつのまにかいつもの都市マルクトの一角に立ち、クレインの手にはケーキの箱はなく、その言葉だけが心に響いていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0474 / クレイン・ガーランド / 男性 / 36歳 / エスパーハーフサイバー】
【NPC / エアティア / 無性別 / 15歳 / エスパー】
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■ ライター通信 ■
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扉を開く鍵にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。実のところクレイン様の実年齢はちょうどこちらが想定しておりますエアティアの父親の年齢あたりになりまして、どこか心持親子っぽい感じになってしまうかもしれない…と感じております。
それではまた、クレイン様に出会える事を祈って……
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