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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【繁華街】マフィアの裁き
―瑣末な忘却―

ライター:香方瑛里


 おいおい、俺がマフィアだからってそう睨むなよ。敵じゃないってんだ。
 言うだろう? 「マフィアは信用出来るが、信用し過ぎるな」って。ありゃ、こう言う時に役に立つ格言だと思うぜ。
 何、他でもない。仕事を頼みたいのさ。
 うちの構成員が勝手をやらかしてな。
 組織は、構成員が勝手をするのを許さない。
 ここまで言えばわかるだろう? 他の組織との間も焦臭いってのに、馬鹿を始末するのに組織ごと動いてなんかいられないって訳だ。
 報酬は金か? それとも、上物のコカインか? 酒に女でも構わない。
 受けるか受けないか、今すぐ俺に言ってくれ。

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 日が悪かったのか、時間が悪かったのか、場所が悪かったのか。
 少なくとも同行者には恵まれている。傍らのリュイ・ユウへと視線を動かして、クレイン・ガーランドは心中で嘆息した。可能性が最も高いのは三番目、この場所だろう。
 都市マルクト、繁華街。人が集まるとともに必然的に築かれたこの街は、昼夜を問わず異様な熱気に溢れ饐えたにおいを発している。新鮮な陽の光など到底望めぬ都市にあって、特に色濃い闇たちはごく自然にここへ引き寄せられていた。
 こんな時間にこんな場所へ二人が揃うのは珍しい。お互いの余暇を利用して、噂に聞いたコーヒーの隠れた名店へ足を運んだのが事の起こり。たしかに申し分のない味で、ついマスターとのコーヒー談義に花を咲かせたのがおそらくこんな時間になった要因。そして店を出た二人が今、穏やかならざる表情で眼前の男と対峙することになった原因は、つい先ほど擦れ違った若い男だ。
 店を出て路地を曲がり、表通りへ向かう途中、脇道から飛び出してきたその男とぶつかりそうになった。連れに咄嗟に腕を引かれ転倒は免れたものの、そのまま走り去ったと思われた相手はなぜか二人の許へ戻ってきた。ユウが前へ出るのにも構わず、唐突にその腕に縋りつく。面食らった瞬間、男が出てきた脇道から数人の足音。その姿がはっきりと確認できる距離まで近づいたところで、男は身を翻し別の路地の闇へと消えていった。
「――おいおい、俺がマフィアだからってそう睨むなよ」
 二人の前に佇む男が口を開く。本人もあっさりと肯定する通り、風体からマフィア、それもチンピラ連中を何人か後ろに立たせている辺り、下っ端よりはやや上の地位にある人物だろう。繁華街にはマフィアの事務所も集中している。さして珍しい光景でもない。
「先ほどの男性に関することで私たちを足止めしたのなら、あなた方は見当違いをなさっています」
「知り合いでもなんでもない、だろ?」
 意味のない微笑を浮かべて男が首を傾ける。
 クレインは静かに頷いた。
「知ってるよ。あいつの周りは徹底的に調べつくしたからな」
 男が一歩、近づく。
 ユウがポケットに入れていた両手を出して、右足を僅かに滑らせる。男の背後で複数の動く気配。それを制して、男がにたりと笑った。
「腕は立つみたいだな」
 無言。
「しかも、特定の組織との深い繋がりもない。そうだろう?」
 これにも無言。
 男は気にした風もなく、さらに歩みを進めてクレインとユウの前に悠然と立った。暗い路地で、笑みの表情を崩さないその顔が、影を濃くする。
 男が、囁いた。
「仕事を頼みたいのさ」

 この街で、いや今の南米でマフィアと関わりを持たずに生活できる者は少ない。だがその関係の深さや距離ならば、ある程度こちら側で調節可能だ。クレインも、ユウも、その点うまく利用しているといっていいだろう。
 ――『縁』を作っておくのも悪くないぜ。
 だから男のその言葉には、二人とも否の態度を示した。
 依頼を受けたのは、さらなる面倒を回避するためだ。それにユウは非合法の医者だ。裏の世界で不本意な顔の覚えられ方をされて、一部のマフィアに目をつけられるのは御免蒙る。
 ――あいつの居場所はわかってる。ここ数日そこを動いてないってこともな。さっきはたまたまうちのシマまで来てたが、まァ、偵察ってところだろうな。
 ――“そこ”に逃げこまれてるんで、簡単には手出しできない。それに、騒ぎを大きくして上に知られるようなことは避けたい。あくまで穏便に、な。
 傾いた建物を見上げる。ビジターズギルドが斡旋している雑居マンションのひとつ。すぐ隣は別の組織の管理するビルだということだ。上手い隠れ家ではあったが、それも時間稼ぎにしかなりえない。事実、そろそろセフィロトを出る素振りを見せ始めている。
 仕事の内容は、男の始末。
 コカインの横流しをしていた男だ。しかも、それがばれた仲間を口封じに殺したのだという。短絡にもほどがある。
「人生を棒に振る理由なんて、大概つまらないことですよね」
 溜息まで添えて呆れるユウは、先に立ってマンションの階段を上ってゆく。繁華街よりは大分ましとはいえ、ところどころで壁が崩落している通路は歩きにくかった。人気はない。住人はあるはずだが外に出ている者はいないようだ。
 三階の隅から二番目のドアを確かめて、ユウはクレインを振り返る。ここに辿り着くまでにお互いの意見は一致を見ている。ドアを開けさせる手順を確認しようとユウが口を開きかけたところで、どこからか金属の軋んだ音が聞こえた。ドアが開かれたのだ。
 咄嗟に階段まで引き返し、改めてフロアを窺う。開いているドアは、左。奥から二番目。見覚えのある背格好がドアから出てきた。
「クレインさん、下で足止め、お願いします」
 小声でいい、返事を聞く前にユウも踊り場まで下る。クレインは二階に留まって、ユウの動きを見つめた。頭上から靴音が近づいてくる。死角で男は見えないが、ユウに任せておけば問題ないだろう。男がエスパーでもサイバーでもないのは依頼人に聞いて知っていたし、組織に追われるようになってからは特殊な武器や装置を手に入れられる暇もなかったはずだ。コカインで得た金はあるだろうが、今ではその使い道を考えることすらままならぬ――クレインは呆気なく終わるであろう「仕事」を思って、眼差しを細めた。
 その視線の先で、ユウは男の気配が近づくのを知ると、わざと靴音を響かせて階段を上り始めた。
 心做しやつれた表情の男を視界の端だけで注視して、階段の途中で擦れ違う。男はユウには気づいていない。元より黒のシャツを纏うユウは裏路地ではなかば闇に融けこんでいて、男が憶えている可能性は低かった。それを計算に入れてクレインを下の担当にしたのだ。
「あ……アンタ」
 狙い通り。二階の暗がりから出現した銀髪の美貌を目にした途端、男の足が止まった。ゆっくりと後退り、下りたばかりの階段を上がってくる。上へ行ったところで窓から飛び移れる距離に建物はなく逃げ場はないに等しいが、ただ組織に追われている途中に出逢った眼前の青年が何者なのか計りかねているのだろう。
 クレインの今は黒色の瞳がそっと瞬く。
「私たちと一緒に、ある場所へ行って頂きたいのです」
「ある、場所?」
「ええ。あなたが行かなければならない場所です」
 その言葉で、男は相手の素性を覚ったようだった。
 完全にクレインに背を向けて、階段を駈け上がる。だがその先にいるのはユウだ。無言で立ち塞がられ、こちらも仲間と知ったのか、一瞬迷う表情を見せると手摺に飛びついた。その腕を、ユウの手から放たれたナイフが掠める。怯んだ隙を逃さず、ユウに後ろ首を掴まれて正面から壁に叩きつけられた。
 圧迫された気管と打った顎の痛みに呻きつつ、横目で睨みつけてくる。
「逃げても無駄です。それとも、もっと痛い目を見ないと理解できませんか」
 男の背の中心に硬い感触が当たる。振り向かなくともわかったのか、男は僅かに力を抜いた。
 覗きこむように首を傾げるクラインが問いかける。
「自分がこれからどこへ行くべきか、おわかりですね?」
「……このまま墓場へ案内してくれたっていいんだぜ」
 クレインは警戒したが、ちらとユウへ視線を送っただけだ。
 ユウは一切の揺らぎを見せることなく、ただ男の背に据えた38口径を強く押しつけた。
「行きたいのならどうぞご自由に」
「撃つ気かよ」
「ご安心を。一発で動けなくしてさしあげますから」
 動けなく、とユウはそういった。殺すわけではないのだ。察して男の頬が強張る。
 促されるまま、男は組織の事務所へと連行されていった。

 クレインとユウが連れてきた男を見て、依頼人は片眉を上げて意外そうなポーズをした。
「随分と残酷な判断をしたもんだ」
 奥から出てきた数人に引き渡される男をざっと観察して、笑う。二の腕のシャツに血が滲んでいたが軽傷だろう。
「あなた方と、『縁』を作りたくはありませんので」
 あくまで穏やかな声音は素っ気ない。
 長居をするつもりはない、と視線で催促されて、依頼人は別の構成員に顎をしゃくる。すぐに木箱を抱えて戻ってきた。中身はクレインが所望したワインだ。刻印された銘柄と年を確認して受け取る。「合格」だった。
「そっちのあんたは、金でいいんだな?」
 ユウは頷いて、三本、指を立てて示した。
 依頼人が金額を口にする。
「ご冗談を」ノンフレームの眼鏡の向こう、鋭い光が躍った。「ゼロの数が足りません」
 瞬間、依頼人は押し黙ったが、ややあって肩を竦めると了承した。
 それぞれ望んだ通りの報酬を受け取って、事務所を後にする。去り際、背中に視線を感じたが振り向かなかった。危険な色を帯びたものではない。
「……あのコーヒーの味が、恋しいですね」
「もう一度行きますか?」
「いえ、しばらくは遠慮したいところです」
「同感です。今度は時間を変えて来ましょう」
「ええ、そうですね。――いずれ、また」
 やり取りは表通りの喧騒に呑まれる。ネオンの洪水に裏路地の闇に慣れた目は微かに眩んだ。
 そういえば、男の名も依頼人の名も聞いていなかった。こちらも名乗ってはいない。
 繁華街を抜けたところで、二人は別れた。それぞれの日常に戻ってゆく。数刻前の些細な出来事など、すぐにそれらに埋没して、もう思い出すこともない。


 <了>


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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0474】 クレイン・ガーランド
【0487】 リュイ・ユウ

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 初めまして、香方と申します。この度はご依頼ありがとうございました。
 サイコマスターズで書かせて頂くのは初めてなので、やや手探り感が抜けなかったのですが如何でしたでしょうか。なにか勘違いをやらかしているのではないかとはらはらしています……本当にしていたら、遠慮なくお申しつけください。

 >クレイン・ガーランド様
 わかりやすい発注文で描写がしやすかったです。
 最終的な処理は組織の方へ、というところにクレインさんらしさを感じました。あくまで感情を覗かせずに関わり合いも浅く、どこかそんな印象を持ちましたので本文も深く掘り下げてはいません。
 そして執筆中は黒猫さんにパワーを頂きました。今回は登場していませんが、遅く帰宅した主に甘える姿を想像するだけで癒されます。……すみません。

 >リュイ・ユウ様
 内容の一部が採用できず申し訳ありません。
 行動を見たときに「おいしゃさま、こわい」と思ったのは秘密です。
 報酬の指定がございませんでしたので、キャッチコピーを参考にして現金にさせて頂きました。ゼロの数はご想像にお任せします。脱臼ひとつ治療したぐらいの、リュイさんにとっては「かなりの良心価格」だと思っています。相手にとっては……いや、これを口にするのは野暮というものでしょう。

 少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
 ありがとうございました。