|
都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録
〜探索の第一歩はここから〜
ライター:楠瀬鳴海
ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。
タクトニムの進入を防ぐ頑強さを第一に設計された無骨なゲートの前に、ビジターズギルドの建物があった。
セフィロト内部の探索に向かうにはゲートを通らなければならない。
そこで通行証兼身分証明書となるライセンスを発行する必要が出てくる。
もっとも、身体器官を機械化したサイバーや加齢を停止したエスパーがいるこの世界で、紙切れ一枚で申請登録できるライセンスの信憑性はどれ程のものか不明だが、あって困るものではない。
建物の一階はロビーで、わかりやすく一番がギルド登録の窓口になっている。
他の窓口はギルド経由の仕事斡旋や、その報酬を受け取る者、ビジターに依頼を持ち込む者など様々だ。
彼らの話し声に装備した銃器の立てる音が混じる所がセフィロトらしい。
そんな物騒なビジターに混じって、今ロビーの片隅で会員登録の書類に記入している青年はやや雰囲気が違っていた。
柔らかそうな茶色の髪からのぞく耳にはピアスが飾られ、フード付きのアーミージャケットに包まれた身体の細さと笑顔が軽く険のない印象を与える。
青年――スピラエ・シャノンはセフィロトに来たばかりだった。
見知らぬ土地をサイバーアイで探索しながら地図情報に起こすのを楽しんでいるうちに、スピラエはゲートの向こう側にも興味がわいてきた。
「ああ、それならギルドで登録してきな。
じゃないとゲート開けられないぜ」
ゲートの前に立つ男にそう言われてギルドの建物を指差されたのが数分前。
実際セフィロトに着いてからは、ビジター登録をした方がいいと誰もが言っていた。
――こんなもんかな?
スピラエは一応書類を見返してみるが、記入したデータのほとんどはデタラメだ。
第一スピラエという名前からして偽名なのだ。
性別と年齢以外は適当に記入している。
――ま、誰が登録したかわかればいいんだよね。
一箇所記入漏れがあったのに気付き、スピラエがペンを走らせようとした時。
「あ」
右手に力が入りすぎて、書類はペンの引いた直線を境に破れてしまった。
内部に銃を収納した右腕は時折力の加減が上手くいかず、予想外の動きをする。
オーバーホールのたびに部品交換を強く勧められてきたが、スピラエは先立つものの無さを理由に先延ばしにしていた。
――うーん、そろそろヤバイかな?
でも無いお金は出せないもんね。
丸めた書類を少し離れたダストボックスに放ると、きれいな放物線を描いて収まった。
――まだ使えそうだな。
もうちょっと働いてね右腕くん。
気を取り直して新しい書類に記入し始めるスピラエに、隣で同じようにビジター登録書類を書いていた青年が声をかけてきた。
「そんなんテキトーに書いたらええねん。
ワイも名前以外はテキトーやし」
長く波打つ真紅の髪と同じ色の輝きを持つ瞳、青年の装備した日本刀が目を引く。
銃器が幅を効かす世界で装備が日本刀だけというのは、実力と自信が無ければできる事ではない。
それが嫌味に感じられないのは、彼の笑顔が人懐っこさとあでやかさ、両方を持ち合わせていたからだろう。
「兄さんも新人さん?」
「あはは、まあそんなとこ」
軍事用のハーフサイバーだった過去を持つスピラエに、『ルーキー』という言葉は似合わないかもしれない。
が、それは隣に立つ青年に言える事だった。
朱鷺の外見は数十年前から青年のまま、時の流れから切り離された存在となっている。
「朱鷺・カーディナルや。
ワイもこの辺初めてやねん。
兄さん、ライセンスもろたらメシでも一緒せえへん?
一人でメシ喰うんはサミシイわ」
ふー、と息を吐く朱鷺にスピラエも眉を寄せる。
「う、あんま考えないようにしてたけど……そう言われるとものすごくお腹減ってきた」
時間はちょうど昼食時に差し掛かっている。
セフィロト内部では太陽光が射さないものの、スピラエの体内時計は正確なようだ。
最近欠食気味の生活だったのもあったが。
「安いメニューで良ければおごるで?」
「え、ホント!? 助かるなー。
あ、俺スピラエ・シャノンね」
破顔するスピラエに「エエ性格しとるわ」と朱鷺は苦笑した。
「すぐ書き終わるから待ってて」
スピラエはさらさらと再び書類に記入し始める。
「ゆっくりでもええよ。
受付、そんなに混んでへんようやし」
実際、ビジターの登録とライセンスの発行を待つ者はそれ程多くなかった。
ロビーにたむろしているのは、ほとんどが既にセフィロトでビジターとして活動している者たちだ。
二人からやや離れた場所で登録書類に記入している男以外は既に書類を出してしまい、後はライセンスを受け取るだけである。
スピラエの記入を待つ朱鷺の視線の先で、男は几帳面にペンを走らせている。
黒く流された髪の先が白く、それが赤い衣装の肩口に添えたアクセントとなっている。
日本刀を持つ所は朱鷺と同じだが、まわりに与える印象は真逆にも等しかった。
すっと伸びた姿勢と凛とした雰囲気が、隙の無い古武士を思わせる。
スピラエの一見軽く見える振る舞いの奥にも油断ならないものを感じた朱鷺だけに、その男にも自然と視線が向けられる。
「お待たせっ。
書類出してこようか」
「ん? ああ……」
記入し終わったスピラエの声に朱鷺が振り返る。
そこに場違いな罵声が飛び込んできた。
受付の娘にビジターらしき大男が因縁をつけている。
「これっぽっちの報酬でやってられるかよ!!」
「申し訳ありませんが、今回の情報ではこれ以上お渡しできません」
どうやらセフィロト探索の情報をギルドに売った男が、その値段に不満を抱いているらしい。
「こっちは命がけでやってるんだぞ!?」
更に罵声は続く。
周りにいるビジターたちは係わり合いになりたくないのか、それともそんな光景も見慣れた物なのか、男と受付の娘のやりとりを黙って見ているだけだ。
スピラエは小声で隣に立つ朱鷺に囁いた。
「どこでもこういう人っているんだよねー」
「全くやな」
男の言う『命がけの探索』はセフィロトのビジターなら全員がしている事で、声高に主張する話ではない。
長引く男の罵声に、娘が怯え始めた時。
「あなたが仰る事が正しいのなら、そう強い言葉で彼女を困らせずとも良いのではありませんか?」
受付の娘と男のやり取りに割って入ったのは、ビジター登録書を書いていた男だ。
赤い瞳に反射する照明の加減で、スピラエには彼がサイバーだとわかった。
――うわ、真面目そうな人だな〜。
放っておけばいいのに。
スピラエが見た所、受付ロビーには通常では見えない防犯システムもあった。
暴徒鎮圧の装置も旧式ながらそこかしこに配され、最悪受付の娘はそれを作動させるだろうとスピラエは静観していたのだ。
「何だテメェは」
「申し遅れましたが、私はトキノ・アイビス。
名乗りが遅れた非礼をお許し下さい」
律儀にトキノは男に名前を告げ、深く一礼する。
ざわめいていたロビーは今や静まり返り、男のだみ声とトキノの張りのある声だけが響く。
「関係ねぇだろ、通りすがりのテメェには!」
怒りの矛先が自分に向いていても、トキノは悠然と構えている。
サイバー故かあまり感情が表れないトキノの表情が、更に男の神経を逆撫でしているようだ。
「あの兄さんのが強そうやけど、大丈夫やろか?」
「うーん、でも俺たちが前に出てっても、あんま状況変わんないんじゃない?」
ぼそぼそと言葉を交わす朱鷺とスピラエをよそに、トキノと男の間にある空気は張り詰めていく。
「いいえ、私も本日よりビジターに加わる者。
同じビジターとして、報酬の正当性は気になりますし……」
す、とトキノの瞳が細められる。
「何より、騒ぎ立てるあなたは不快です」
「……言いやがったな!!」
その一言が引き金となって、男はトキノに掴み掛かった。
が、流れるような動作でトキノは男の背後に回り、膝を払って転倒した男の喉元に刀を突きつける。
その刀は抜刀されていないものの、二人の技量差は明らかだった。
「無駄に争う事もないでしょう?」
「……っ!」
大勢の目の前で恥をかかされた男は急いで立ち上がると、その場から離れて行った。
受付の娘がトキノに礼を言う頃には、ロビーには再びざわめきが戻っていた。
書類を一番窓口に出すトキノの後ろにスピラエと朱鷺が並ぶ。
「トキノさんだっけ?
強いんだね〜。あいつに触れられてもなかったでしょ。
俺は今日からビジター入りしたスピラエ・シャノン。
で、こっちは同じく新入りの朱鷺さん」
朱鷺は「さん付けて何やキモチワルイから呼び捨てでエエわ」と舌を出して言葉を続ける。
「朱鷺・カーディナルや、宜しゅう。
けどホンマ兄さん強いんやな。
結構修羅場くぐって来たんとちゃう?」
親しげに声をかける二人に幾分雰囲気を和らげ、
「ああいった輩には黙っていられない性分なのです」
とトキノは言った。
二、三言葉を交わせば、トキノの厳しい口調が他人だけでなく自分にも向けられたものだと二人にはわかる。
「これも何かの縁ですし、ライセンスが発行されたならどこかで食事でもご一緒しませんか?」
並んで再び窓口で呼ばれるのを待つ間、トキノがそう切り出した。
むむ、とスピラエがやや難色を示す。
「嬉しいんだけどさ、俺あんまお金ないんだよね。
高い店だったらパス」
その物言いのストレートさにトキノの肩からも力が抜け、わずかだが笑顔を見せる。
「ご心配なく。私がおごりますよ」
「ホント!?
やったー! 俺好き嫌い無いからねっ。
朱鷺も行くよな?」
即承諾すると思われた朱鷺だったが、少し考えている。
そして意外な言葉をトキノに告げる。
「知らんヤツにおごってもらうんは、気ぃ進まんのやけど」
「ちょ、何言って……」
しかし朱鷺は表情を変え、トキノと困惑するスピラエに笑いかけた。
「兄さん信用できそうやし、おごられたるわ!」
真新しいライセンスを手にした三人は、その後ギルドからも近い食堂に足を運んだ。
メニューは庶民的なフェイジョアーダと呼ばれる豆と豚肉の煮込みやピラルクのから揚げ、それにライスなどを頼んだ。
食糧事情はここ数年で随分回復しているが、審判の日以降飽食という言葉は過去のものとなっている。
「こっちはおごってもらってるのに、トキノさんお茶しか飲んでないって……ちょっと気まずいカモ」
久しぶりに胃を満足させたスピラエが、半分以上皿を空にしてから気が付いてそう言った。
トキノはオールサイバーなので、ここでは紅茶を注文したのみだ。
「……そうですね、もし『借り』だと感じられるのでしたら」
顎に指を当てて思考し、トキノは言った。
「今後探索の道行や情報の提供をして下さる、という事でいかがですか?」
スピラエと朱鷺が頷く。
「俺もこっち来たばっかで知り合いいないから助かるよー。
宜しくな」
「ワイも面白い話は好きやで。
乗ったわ」
三人はこれからの話を続けようと、とりあえず食後のコーヒーと紅茶を追加注文した。
(終)
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス 】
【 0758 / スピラエ・シャノン / 男性 / 22歳 / ハーフサイバー 】
【 0100 / 朱鷺・カーディナル / 男性 / 99歳 / エスパー 】
【 0289 / トキノ・アイビス / 男性 / 99歳 / オールサイバー 】
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
初めましてのご注文ありがとうございます。
執筆させて頂きました楠瀬鳴海です。
パーティノベルの作成は私も初めてだったのですが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。
ここから始まる皆さんの探索が有意義なものである事を願っています。
…サイコマは稼動PCさん少な目のようなので、応援してますよ〜!
口調などイメージと違う部分がありましたら修正しますので、お気軽にご連絡下さいね。
機会がありましたら、また宜しくお願いします。
スピラエ・シャノン様
ご注文ありがとうございました。
窓開けしていたものの「果たして自分に需要があるのだろうか…」と半分思ってましたので嬉しかったです。
ゆるい感じと、他PCさんとの年齢差感が出せていればな〜と考えながら書きました。 年齢差=経験値の差、ではないと思うんですけどね。
朱鷺・カーディナル様
ご参加ありがとうございます。
関西弁が似非くさくてスイマセン!ここが一番の修正ポイントかもしれません…。
ノリは軽く、かつ実は鋭いというのを押し出してみました。
今回お爺ちゃんぽさはあまり出しませんでした(笑)出しても良かったんでしょうかね?
トキノ・アイビス様
ご参加ありがとうございます。
第一印象は他お二人とはまた違った、正統派剣客のような方だと感じました。
耳に優しい言葉が必ずしも正しいとは限りませんよね。
見る目と聞く耳のあるお相手なら、一緒に行動するうち厳しい言動の裏にある真摯さも伝わるのではと思います。
|
|
|