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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


 虫掃い

 ギルドの受付時間が始まった。
 付近には、多数のビジターがたむろして、雑多な賑わいを見せている。
 朝一番に、ヘルズゲートを潜ろうとする者。
 少しでも良い条件でパーティを組もうと、仲間を募る者。
 彼らが声高に話す声が、自然にスピラエ・シャノンの耳にも入ってくる。
(やっぱり、凄い所なんだな)
 身振り手振りを交えた武勇伝。そこには、脚色も多分に含まれるだろう。それでも、ただの噂話ではなく、実際に見てきたビジター達の語り口は、臨場感が違う。
 迫りくるタクトニムの恐ろしさ。
 今は無い、かつてのテクノロジーの域を極めた物の残骸。
 もうすぐ自分もそういった物を目にし、戦うのかと思うと、スピラエは大きな期待とほんの少しの不安で、胸がいっぱいになる。
(今日こそは、中へ入ってみたいな)
 ギルドへの登録は、先日済ませた。それから何度か、様子見を兼ねて待ち合いカウンターをうろついてみた。
 初めてセフィロトを訪れた者が、一人で行ける場所もそれなりにある。けれども、それでは物足りない。ここは初めてでも、危ない橋はそれなりに渡ってきた。
(俺向きの上手い話があると良いな)
 待ってばかりではつまらない。今日、適当な相棒が見つからなければ、一人で挑戦してみるのも、一興かもしれない。
「スピラエ・シャノンさん」
「はいはーい!」
 受付係に呼ばれ、彼は元気いっぱいに答えた。
「そうですね。少々お待ち下さい」
 スピラエの要望を一通り聞くと、受付係は電子ファイルを検索した。
「ちょうど、ご希望に添えそうな案件がありますよ」
「えっ。本当ですか」
 今日思い立ったのは、ツイていたのかもしれない。わくわくして覗き込むスピラエに、受付係は該当のプリントを差し出した。
「これなど、いかがでしょう」
「えっと……」
 輝いていたスピラエの顔が、たちまち曇る。
(このエリアナンバーって、結構奥の方じゃないか?)
「表向きは、そのエリアに挑む自信がある人の募集ですけれど。初めての方でも構わないそうですよ」
「え、でもそれじゃ、他の人の足手纏いになるんじゃ」
 不安を浮かべるスピラエに、心配は無用だと受付係は微笑した。
 ビジターは数多いとはいえ、常に希望する相手が見つかるとは限らない。同行者が、目的地へ行くには、まだ少々経験不足な場合、別の場所で慣らしてから赴く。それは、よくある話らしい。
「練習だけでパーティを解散する場合だってあるんです。自分を鍛えてくれる人募集という依頼だって、結構多いんですよ」
「へえ、そうなんだ」
 そんな内容なら、今のスピラエにはうってつけだ。
「よし、決めた。これに申し込みたいんだけど」
「分かりました。依頼人に連絡しますから、もう少々お待ち下さい」
 待つ間に、スピラエは依頼を受けた者に公開される別ファイルに目を通す。
(へえ。虫型タクトニムか)
 資料から読み取れる状況に対して、彼の頭は目まぐるしく戦略を練り始めた。

 翌朝。
「君がスピラエ君か」
「アレンさんですか? よろしくお願いします」
 差し出された無骨な手を、スピラエはしっかりと握り返した。
「準備は終わっているか? 良ければすぐ出るが」
「え?」
 スピラエはきょろきょろと辺りを見回した。
「他の人は?」
「いない。今回は、君と俺の二人だけだ」
「え」
 微妙に、声が上ずってしまう。
 他人をあてにはしていない。ただ、ビギナーのスピラエは、今回は他人の邪魔にならないようにと、心がけるつもりだった。
(うん、でも考えようによっちゃ、マンツーマンで訓練してもらえるんだよな)
 アレンはかなりのベテランのようだ。これはラッキーかもしれない。
 持ち前の切り替えの早さで、スピラエは心の中で頷く。ただ、アレンはそれでも良いのか気になった。
「アレンさん。俺が初心者だってご存知ですよね。先に進めなくても構わないんですか」
「ああ、聞いてる。無茶はしないから心配するな」
「それは良いんですけど」
 目にかかる前髪を掻き上げると、右に3つ並んだピアスが光った。
 言いよどんだスピラエの心中を察したのか、アレンは軽く手を振った。
「なら、遠慮はいらん。気にするな」
「はいっ」
 人懐こい笑顔を浮かべ、スピラエはアレンと並んで歩き始めた。
 安全地帯を通過する間に、互いに簡単な自己紹介や相談を進めていく。
「今回のタクトニム、虫型ってことは、特に明かりに反応したりするんですか」
「モノによるな」
 生物から変化したものなら、本来の性質を残している場合も多い。しかし、人工物の場合は、外見と性質は一致しない。
「今回はメカのつもりだったんだが。生体でやってみたいのか」
「いや、良いです」
 多人数になれば、スピラエが虫をおびき寄せる役を担当すれば、効果的だろう。だが、アレンと二人、つまり訓練の為にスピラエがメインで戦うとなると、虫集め担当は苦しい。
「ここから先は、いつタクトニムが襲ってきてもおかしくない。フォローはするが、気を抜くと大怪我をする」
「分かりました」
 スピラエは軽く一歩踏み出す。飄々とした様子は変わらない。だが、瞳の冴えた輝きは、一部の隙も無かった。
(ここが、セフィロト)
 遅れを取らないよう気を配りつつ、スピラエの目はぬかり無く辺りをサーチする。
 もう何人もここを出入りしている筈なのに、部屋は冷え冷えとしていた。その割に、空気に澱みは感じられない。
(低温にセットした通風装置が効いてるのかな)
 ヘルズゲートから遠ざかるにつれ、スピラエの興味を引く物が増えてきた。
(あのドアロックシステム、2030年製か。そんなに珍しくはないけど、誰か探してたっけ)
 暗闇の中で、シャッターを切る微かな電子音が響く。
「おい、道筋は写真で取るんじゃない。覚えるんだ」
「これ、俺の趣味なんです」
 実際には、趣味というより生業か。その筋では、時には結構な値で取引される。
「手馴れてるな」
 スピラエは、おどけた仕種でカメラを持ち上げた。一通り室内を検分すると、次の部屋へ向かう。
 それから幾つかの部屋は、何事もなく通過した。
(あれ)
 数メートル先に、震えるものがある。視力を暗視から赤外線に変えてみる。
(間違いない)
 僅かだが、熱を持っている。
「アレンさん」
 小声で呼びかけ、左手のナイフを構えた。
「目が良いな……そうか、サイバーだったか」
 アレンも自分の武器を構えた。一匹だけだが、気付いていないのか動く気配が無い。
(どうしよう。やっつけなくちゃ先に進めないし)
 考えた隙に、アレンに向かい、消してあったライトを持ち上げる。アレンが頷くのを確かめて。虫を狙ってライト点けた。
「わ」
 虫は真っ直ぐに飛んでくる。思ったより早い。
「くっ」
 狙いすましてナイフを薙ぐ。しかし、相手が小さすぎて、なかなか当たらない。
 右側に回りこんできた虫に対して、右腕を引き、素早く体の位置を入れ替える。虫の軌跡を目で追いながら、数歩分後ろへ飛んだ。
 着地と同時に、方向を変える虫に向かい、地面を蹴る。ジャケットが風をはらんではばたいた。
 カツッ。
 小さく、硬質な音がして、虫がナイフに弾かれる。
 ガキッ!
 地面に落ちた瞬間、そのボディはナイフで叩き割られていた。
(刃、こぼれてないかな)
「一丁上がりだな」
 スピラエがナイフを調べている間に、アレンはタクトニムの残骸を袋に詰めた。
「それ、どうするんですか」
「バラして売る。戻ってから山分けだ」
 タクトニムの中では低級品でも、一般では高度テクノロジーの結晶だ。壊れていても、部品にはなる。
(写真は、分けて貰ってからで良いか)
 できれば動くタクトニムの写真も取りたいが、アレンがサポートに回ってしまっているので、今日は諦めるしかない。
「腕をどうかしたのか」
 気付かれた。右の動きがおかしくなるのは、稀なのに。
「あ、いや。前からちょっと調子が悪くて」
「パーツが手に入らないのか」
「そうでも無いんだけど」
 スピラエは言葉を濁した。入手不可能な特殊な素材では無い。恐らく、修理すればすぐ直るのだろうが、その気になれない。
「メンテナンスすると、勘が狂うという奴がいたけどな。調整した状態で使い込めば勘は戻るんじゃないのか。命取りになるぞ」
「そうですね」
 スピラエは曖昧に笑う。アレンも、それ以上は何も言わなかった。
 その後、幾つか似たような戦闘を繰り返した。
「アレンさん、タクトニムの出現場所って、決まってるんですか」
「そうでも無いが。何故だ?」
「さっきから、同じ所ばかり回ってるでしょ」
 アレンは、軽く目を見開いた。
「分かるのか?」
「地図を覚えるのは好きなんで」
 笑いながら、髪を掻き上げる。
「じゃあ、ここからヘルズゲートまでの道は分かるか?」
 スピラエは、覚えた道筋から最短ルートを示した。
 歩いた距離は結構あるけれども、脇道で無駄な移動を繰り返している。ヘルズゲートから、遥か遠く離れてはいない。また、実際に奥まで行っていたとしても、これまで歩いた距離くらいなら覚えられる。
「驚いたな。地図を作らず、一度で覚える奴はそういないんだが」
「俺、地図情報向けのAIを持ってますから」
 淡々と告げるスピラエに、アレンはそうか、と呟いた。
「戦い方も落ち着いているし。お前さん、すぐにここに馴染みそうだな」
「だと、嬉しいですね」
 謎に包まれたセフィロト。腕に覚えがあれば、興味を持つのは当然だ。
「今日はこれが最後だ。気を抜くなよ」
「はい」
 スピラエは、ふと思いついた。
「アレンさん、折角だから、今度はアレンさんが手本を見せてくれませんか」
「手本と言ってもなあ」
 アレンは苦笑した。
「戦いそのものは、生身の俺よりサイバーの君の方が、遥かに上だと思うが」
 軍事用サイバーだったスピラエは、戦いの勘そのものも掴んでいる。セフィロトには慣れていないというだけだ。
「ここの虫は、ちまちましていて、連携して攻撃するにはあまり向かないんだが。その練習をしておくか」
 自分の攻撃に夢中になりすぎて、味方と邪魔をし合ってしまう。初心者にはありがちだが、スピラエはそこまで冷静さを失う事は無い。
 とはいえ、生身の人間にスピードを合わせたり、狭苦しい室内での連携攻撃をしたりする機会は少ない。
 アレンの動きを捉えつつ、虫をかわし、或いは切りつけ、スピラエは懸命に戦った。
 セフィロトから帰り、スピラエはタクトニムの残骸を幾つか貰い受けた。
「ジャンクケーブには、そういったモノを取引きする店が幾つもある。良ければ、俺の行きつけを紹介するが」
 別れ際、スピラエは、「お前さんなら一人でも、もう少し先まで行けるぜ」とアレンに背中を叩かれた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0758 / スピラエ・シャノン / 男性 / 22歳 / ハーフサイバー】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました。