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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【都市中央警察署】ビジターキラー
灰色の境界線

千秋志庵

 おい、死にに行く気か?
 あそこはタクトニム共の要塞だ。行けば必ず死が待っている。
 それにあそこには奴らが……ビジターキラーが居るって話だ。もう、何人もあいつ等にやられている。お前だって知らない筈はないだろう?
 知ってて行くのか? 止められないんだな?
 無理だ。勝てるはずがない……いや、お前なら大丈夫かも知れない……。
 わかった。止めはしない。だが、必ず生きて帰ってこい。俺はお前の事を待っているからな。

 目的を違えるな。
 現実を見据えろ。
 本能に突き動かされるな。
 冷静に対処せよ。

 これはまるでエラーメッセージだ。
 脳味噌へと直接叩き込まれるエラーメッセージ。
 バグでもなく、デバックでもなく。
 ただ羅列される同じ内容の文句。

「……黙りなさい」

 失うな。

「…………それくらい心得てます」

 言葉は奇異に歪んだ笑みを象り、同時に全ての命令を強制終了させる。途端に冷めていく自身の体温を暖めるかのように両腕で体を抱き寄せ、眼球だけはぐるりと辺りを一周した。
 灰色の存在を視界に収め、そしてそれが何を意味するのかを理解しても尚、笑いは収まらない。
「ジェミリアス、抑えて。ここで動くのは得策ではない」
 ヒカル・スローターの声は届いていたのだろうか。届いていて、従うだけの理性と本能を持ち得ていたのだろうか。確かめる術を持たない彼女に取っては、今にも飛び出して行きそうな仲間を言葉で留めるのが精一杯だった。こういうときこそ無力を実感してしまうのだと唇を強く噛み締め、脳裏に浮かんだ彼女の血を分けた息子の顔に苦笑する。
「あなたには頼りたくはなかったのだが、それも上手くは行かないのだな。全ては思惑通りに行かないのか、或いは人間如きでも予知し得るべき範疇が存在するのか……」
「単なる経験からの考察と確率論ってのもあるけどな。あと、ゲーム理論とか、机上の理論で良ければ幾らでも」
「そうだな。それと……ってここであなたとそんなことについて話すつもりはなかったのだがな」
「同感だな」
 アルベルト・ルールはヒカルの横に立ち、正面に立つ女性を見やった。
「俺が止められるという保障はないぜ」
「構わぬ」
「下手したら、共倒れだ」
「それはないのう」
「素敵な自信で」
「自信ではない。加えて進言させてもらうが、『灰色』相手には逃げることを薦める。それに私も少しばかり手違いでこの場を離れないといけないが故に、必ずジェミリアスを連れて帰ってきていただきたい」
 共倒れを否と判断した理由は、実力を信用してのことではない。そうありたいと願いたいという想い。本来ならヒカル自身が引き止めるべき事項なのだが、生憎と尾行してきていたはずの相棒の気配が宜しくない方へと向かっているのを感じ取ったのはほんの数分前。まだ本調子ではないのだからと何も告げずに置いてきたのは、こちらの不手際と言ってしまえばそれまでだ。だからこそ、この目で安全な姿を見て安心したい。ジェミリアス・ボナパルトを託したのはそれがためでもあったし、『灰色』の中に突っ込んでいったとて、今の彼女とでは連携など取れるはずもない。故に完全なる足手まとい。それならば、頭を下げるしか他はない。
「……安全区域で待っておる。それが伝言」
「構わないけど、それ遺言にするなよ」
「ほう、小生意気なことを言うな」
 本来の目的である警察署のデータベースへのアクセスは、こちらで何とかするしかない。幸か不幸か、これから向かう先が当初赴く場所であるから、下手に戦闘をして破壊するのも合わす顔がない。
 無力さ。
 或いはやるせなさ。
 ただここでじっとしているのも、それらを痛感させるだけ。それならば、紛らわす手立てとしてでも良いから――動こう。それは彼女らのような人間に取って、唯一取り得る可能な手段だった。
 一つだけ頭を下げ、大事な人の大事な人に向けて言う。
「死ぬな。死んだら、私が殺されてしまう」
 おどけたようなその言い方にも、含まれるのは願い。
 アルベルトも目を僅かにそちらへ向け、「お互いに」と小さく言って、母親の元へ駆けていった。

「……さて、私も動くかのう」
 弾薬を補充したばかりのライフルを抱え直し、警察署へと足を向ける。距離としては然程離れた場所でもないし、本気を出して駆ければ数分も掛からない。問題はその内部。『灰色』の巣窟だという事実は確定している。
「レオナも凄い場所に逃げ込んだものだ。こちらも私一人で相手出来るかどうか自信はないが、死んだらアルベルトに殺されてしまうであろうな」
 誰も死なせはしない。
 それが約束。
 だが予想に反して警察署内は意外なまでの静謐さを保っており、『死者しか生まぬ地』として身内で囁かれている場所にはそぐわない。靴の音が署内に不気味なまでによく響く。息使いまで耳障りなまでに聞こえる。それから察せられる人間の位置も如実に窺える。
「兵頭レオナ。私は待っていろと言ったはずだが、そんなに私の言葉が信頼出来ぬのか?」
 一角にぺたりと座り込んでいるレオナは声に強張った顔をすぐに解いて、安堵した笑みを向ける。
「ヒカル……心配掛けて、ごめんなさい」
「タクトニムにやられたのか? それにしてもその様子はしおらしくてらしくない」
 それにしても、と周囲を窺う。『灰色』どころか、タクトニムの気配は皆無だ。幾つかある仮説の内最悪のものを導き出し、ヒカルは苦笑交じりにレオナの横に座り込んだ。
「現在の状況を簡潔に述べよう。――ジェミリアスが暴走、とでも表現すればいいのだろうか。兎も角、勝手に戦闘を『灰色』と始めて、計画は総崩れ」
「つまりは援護がいるんだな!」
「いや、いらぬ」
 即答に面食らいながらも、レオナはその理由を聞いた。
「あなた、ここに来るまでに戦闘は?」
「一度」
「その際に、問題は何もなかったのか?」
「……」
 沈黙を肯定と見なし、ヒカルは一人頷く。事前に確認しながらも忠告をしなかったことが悪いのだが、レオナのMS用高周波ブレードは壊れていた。残量メーターが壊れているだけなので、一度くらいの戦闘なら問題はないと踏んでいたのだが、レオナの反応からしてもそれは正しい認識ではなかったのだと実感する。
「それで良く無事だったな」
「無事じゃなかったよ。でも、この近くまで来たときに、タクトニムが急に方向転換してどっかに行っちゃって、それで助かったんだ」
「それって……」
 それは、ジェミリアスのお陰だろうか。
 血は血に。
 本能は本能に。
 同類は同類に。
 強いから挑みたくなる。
 理性が殺せと命じている。
「何だ……結局は私の出番、無意味ではないか」
 護ろうとして動いて、結局は護られている。逆に、彼女の大切な者を危険にさらしている。気合を入れるかのようにぱしっと頬を叩いて、ヒカルは取り出した端末を署内の機械へと直接繋いだ。機械は生きていようといまいと構わない。それでも何か手に入れられるものがあれば、御の字。
「何してるの?」
 横から覗き込むようにしているレオナにも見えるように画面を動かす。羅列している文字は幾度となく止まり、こちらのリアクションを求めてくる。事前にジェミリアスから叩き込まれていたとは言え、情報処理の類については未熟に近い。本来ならこの工程自体もジェミリアス本人がすべき事項であったのだが、この状況になっては贅沢は言っていられない。
 欲しいデータは、確かセフィロトの元居住者のデータ。都市が壊滅しても電脳は生きていることに驚嘆しながら、ふいにキーに走らせる指を止めた。
「レオナ、悪かったな、今回のことは」
 指が再び動く。
「あなたの性格を知っていればこのようなことになるとは予測出来たはずなのだが、な。全く、まだまだ及ばないな、私も」
「謝ることないよ。正面切って、ボクが申し開きをすれば良かったんだ」
「そしたらついてこなかったのか?」
「ううん」
 笑顔の否定に、思わずヒカルの頬が緩む。
 目的のデータは、確かにそこには存在していた。しかしそれは過去形であって、完全なるものではない。それでも、ジェミリアスの望むデータが入っていることを祈りつつ、ヒカルは端末を元の場所へと戻した。
 丁度その時、外から聞こえてきた轟音に表情を曇らせるも、
「……」
 何も言わずその場を後にし、待ち合わせの場へと足を進める。
 今のレオナは戦力外。彼女を護っていれば、ヒカルも戦闘に正面を切って参加出来ない。
「……」
 故に何も言わず。
 ただ、生きて帰ってくることを、信じて。

 事態は単純で、把握するのは容易すぎた。
 目の前に立ちはだかるタクトニムを殲滅していたところに、欲が出てしまったらしい。
 同胞の匂いに誘われたのか、警察署内から出てきた『灰色』は眼前の虐殺の光景に、敵を認識した。酔いしれる行為は、結果として周囲のタクトニムを遠ざける。遠巻きに結果を傍観しているだけなのか、それとも生存本能として逃げるためか。
 女と、『灰色』。
 その対決の構図は、歪。

「警察署に侵入する前に一戦闘あってな、その途中に『灰色』の気配を感じたんだ。そしたら、殺したくなったらしい。だから、同胞の血が沢山出る方法を敢えて選択して、待ち続けて、殺し続けたんだ」

 ――そうしたら『灰色』は、思惑通りに現れてしまったという、何とも皮肉な話だ。

 思惑。
 それは一体、誰の思惑だろうか。
 神サマか何かかなとクダラナイことに思考を及ばせながら、攻撃にいつでも転じられるように力の制御を行っておく。それも接近戦になっている両者にとっては、狙って仕掛けることは到底不可能だ。運に賭ける程に、自身の能力を楽観視もしていない。下手にジェミリアスに隙を生ませるのも、得策だとも思えない。ヒカルには自分しか母親を救えないとしか言っていたのだが、こうして見ているだけの現状ではそれすらも疑わしくて仕方がない。
 力と力の応戦。
 劣勢は明らか。
 挑むことは止めず、進むことは諦めず。
 美鬼に見惚れるのも一瞬、アルベルトは身を隠していた場から飛び出て、二者の間へと走り寄った。駆け寄る途中、こちらへと反応した『灰色』へと向けて、ありったけの力を込めて雑念を叩き込む。一瞬だけ怯んだように後退したところに割り込み、
「     ……!」
 思惑を一瞬で理解したジェミリアスは瞬時に光偏向をして次の一撃をやり過ごすと、アルベルトの手を取って全力での逃避を開始した。逃げるという手段は最大の屈辱でもあるのだが、それを真正面切って為す。
 『灰色』は追いかけることはせず、暫くは何もない空間へと意味のない攻撃を繰り返していたが、その実態に気付いた頃には、既にジェミリアス親子は逃げ遂せており、戦闘意欲を逸したのか踵を返して警察署内へと戻っていった。

「あなたは……邪魔をしてくれましたね。折角、殺せたというものを」
 安全区域でのジェミリアスの平手打ちの後の叱責に、アルベルトは一瞬言葉を詰まらせた。それでも殆ど搾り出すような声を漸く出したのは、すぐに後。
「殺すことが目的で、お袋はあんなことしてたんだ」
「ええ、勿論」
「だとしても、アレは俺にはお袋が殺せるような相手だったとは思えなかった。だから、ああやって止めた。それで、逃げた」
「それは、勝手な思い込みです」
「だったら、どうしてお袋は俺を連れて逃げたんだ?」
「あなたがいたから……あのままだと、あなたが殺されていたと」
「同じこと、思ったから、だから助けようと思ったんだけどね」

 ――弱いから無理な気はしてたんだけど、それでもあのまま見てるだけだったら絶対後悔していると思ったから。

 小さな呟きを残して、アルベルトは身を翻した。待ち合わせ場所として指定としたそこには、既にヒカル、レオナの二者が立ちすくんでいた。二人と会話を幾つか交わし、アルベルトだけが先にどこかへと姿を消した。
「目の前で母親が殺されそうになって、傍観していられる息子がいると思うておったのか?」
 呆れたようなヒカルの声に、ジェミリアスは「殺されそうだったのですか、私は?」と問い返す。
「それはもう、凄まじい劣勢具合だったがのう」
 自分を客観視出来ない程に頭に血が上っていたのか、と。言わんとすることを察してかヒカルが大きく頷いた。
「故に、あまり怒ってやるな。不器用なのだよ、あなたと似て」
 手渡された端末は見た目よりも遥かに重く感じられ、それを胸に抱きかかえたままに、ジェミリアスは静かに目を伏せていた。
 それはあたかも、何かに祈っているようだった。





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0544】ジェミリアス・ボナパルト
【0536】兵藤レオナ
【0541】ヒカル・スローター
【0552】アルベルト・ルール

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

もの哀しくも、も何かが残れば良いと思いながら書かせていただきました。
これからどの道を選択するにせよ、後悔のないような道を辿っていってもらいたいと願うばかりです。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝