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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


鍵を掴む心


 ジェダは、頭に付けていた装置を一度手元に取り、辺りを見回した。
 どこを見てもどこにでもある住宅街と、市場。
 ジェダは装置を頭に付けなおし、迷うことなく進んでいく。
 ある、一点を目指して。
「っくそ…」
 だが、頭の装置は一度火花を上げたかと思うと、完全に壊れてしまった。
 目的地を目前にして突然小さく火花を上げて壊れてしまった装置に、ジェダは小さく舌打ちすると、その装置を投げ捨てた。



 クレイン・ガーランドは紙の買い物袋を抱え、頭の中で今まで買ったものと、何か予定していたものの買い残しはないだろうかと頭の中で考える。
 歩きながらしばらく考えた後、買い残しは無いと判断すると、クレインは市場から離れ、自宅へ帰るためにその途中である少々密集した不思議な造りの住宅街へと足を踏み入れた。
 瞬間―――

―――ドゴォン!!!

 あまりに突然の爆発音にクレインは思わず足を止めて振り返る。
 振り返ったそこにはコンクリートが崩れた白い砂煙が立ち込め、思わず手で口元を覆う。
 砂煙の中見える黒い何かの影。
 それは人を肩に担いでいるようにも見えた。

「エアティア!!」

「!!?」
 どこか他人事のように騒動を見つめていたクレインの耳に届いたどこか聞き知った声。
(ラ・ルーナ?)
 少女は煙で咳き込み、微かな風で晴れた煙の向こうに、やはり見知った白いフードが見えた。
 だとすれば、影かもしくは影が担いでいる人のどちらかがエアティアと言う事。
 住宅街のど真ん中で立ち上がった爆音に、辺りの住民達もまばらではあるが何事かと顔を出す。
「その男を止めて!!」
 男は煙越しにそんな人だかりを見つめ、小さく舌打ちする。
 煙の中走り出した男をクレインは思わず追いかける。
 しかし、クレインにスタミナが無いこと以上に、オールサイバー並みの身体能力で去っていった男を追いかけることは、同じ身体能力かオールサイバーでなければ無理なように感じた。
 追いかける事は諦め、クレインは住宅街へと戻る。
 住民の人々に囲まれて白いフードの少女がしきりに目元をぬぐっていた。
「少々通してもらえますか」
 クレインは人をかきわけるようにして、少女の前にひざを着く。
「大丈夫ですか?」
 その声に、ぴくっと少女が顔を上げる。
「クレイン……」
 そしてそのままクレインにしがみ付いた。
 少女―――ラ・ルーナを比較的綺麗な場所に腰掛けさせ、クレインは膝を折ると下から見上げるようにルーナの顔を覗きこむ。
 しかし、ルーナはぐずったままクレインに向けて視線を上げることはなかった。
 クレインはそっとルーナを抱きしめて、赤ん坊をあやす様に優しく背中をポンポンと叩く。
 そして、ふとクレインは腰を落としたまま視線をゆっくりと移動させた。
 その視線の先に落ちていたのは、あの男が落とした何かの装置。
 捨てていけば何かしら証拠や情報を落としていくことになるであろうに、あの男にはそう言った事は一切関係がないのだろうか。
 クレインはゆっくりとした動作で落ちている装置を拾い上げる。
 完全に壊れてしまっている装置は、この都市マルクトの中では見かけたことがないような仕様になっていた。
 あの男はコレをいったいどうやって手に入れたのか。
 そして、如何してそれがまたルーナが、ひいてはエアティアが居た場所に落ちているのか。
 立てた推論の辻褄を合わせるならば、この装置が何かしらエアティアかあの男かに影響を及ぼし、何時もの強力な幻覚の能力を破ったと考えるのが妥当。もしこの推論が正しかった場合、エアティアは自分で逃げてくるということは無理だろう。
 それにしても―――
 クレインはもう一度そっと辺りを見回す。
 実際はこんなにも身近な場所に居たなんて。
 壊れた壁に立てかけるように置いた紙袋は、この近くの市場で買ったものだ。
「クレイン……」
 ルーナの小さな声がクレインの耳に届く。
「落ち着きましたか?」
 優しくかけられる言葉に、ルーナは小さく頷く。
 クレインはその姿を確認すると、ふわりと微笑んだ。
 このセフィロトという場所は決して治安のいい場所ではない。
 住宅街と言えど安全とは言いがたい。それが都市マルクト。
 下手をすれば人が密集するこの地域は、テロリスト達の標的とされてもおかしくない場所とも言えた。
「此処に居たのは、エアティア…なのですね?」
 確認するようにルーナに問いかける。ルーナが此処に居るということと、あの叫びによって確信はあったが、ルーナの口から事実を聞くことで、もしかしたらという思いを完全に消すことができる。
 そして、ルーナはこくんと大きく頷いた。
「分かりました。先ずはエアティアを探さないといけませんね」
「でも……」
 フードの下から見上げる瞳が、クレインに「どうやって?」と問うている。
「オフィス街は、どうでしょうか」
 誰かをさらい、それが人目に触れないようにと考えるならば、普段から人気のない場所を選ぶだろう。そう考えれば、オフィス街が一番妥当な気がした。
「そこなら……」
 普段タクトニムもあまり訪れるような場所ではない。と、ルーナは小さく呟く。
「行ってみるデショ!」
 普段人を取り込むほどの幻覚の能力を持っていても、エアティア自身に戦う力はない。可能性があるならば1つ1つ潰していくしかなかった。


 クレイン自身も取り立てて大きな戦闘能力は持ち合わせていないため、ルーナの邪魔にだけはならないよう細心の注意を払う。
 例え左半身がサイバー化していようとも、それは医療用であり戦闘用ではない。
 人気のない場所を選ぶということは、それだけ何かあった際に相手も遠慮などしてこないという事。
 連れ去るという行為によって、男がエアティアをこのまま殺してしまうということはないだろうが、彼にとってエアティアが用無しになってしまったら、躊躇いなくエアティアを殺すだろう。
 幾度となくゲート破りを行い、ビジター達をあざ笑ってきたジェダ。
 少し歩くだけで足音が響いてしまいそうなほど人気のないオフィス街を、クレインとルーナは慎重に歩く。
 もしこの場所に2人がいたならば、相手に先に気配を察知されてはこちらが不利になる。
 ただでさえあちらは戦闘能力の高い
 例えルーナが同じかそれ以上の身体能力――戦闘能力を有していても、向こうには人質がいる。不意を着かなければやはり圧倒的にこちらの分が悪い。
 すっと足を止めたクレインを訝しんで、ルーナが顔を上げる。
「ク……」
 クレインはそっと振り返り、口元に指を1本立てた。
 それを見て、ルーナはばっと自分の口を押さえる。
 聞こえてきたのは、人の声――あの男だ!
「くそっ! あの野郎!!」
 男――ジェダは何かの装置のようなものを思いっきり地面にたたきつけた。あまり強く作られていなかったらしいその装置は地面に当たると同時にその隙間から切れた配線を覗かせた。
「てめぇも何か言いやがれこのくそ餓鬼が!」
 廃材に凭れて顔を俯かせたまま、エアティアはただ無言だった。
 いや、無言だったのではない。
 ただ自己主張の強いジェダの心と、心構えもなく放り出された外の世界の音の煩さに慣れるのに必死だっただけ。
 業を煮やして振り上げたジェダの手に持たれたショットガンがその頬に当たり倒れても、エアティアは悲鳴さえ上げなかった。
「見えるんだろう? その目隠しの下で!!」
 その髪を掴んで無理矢理上を向かせる。
 感情の無い口元はただ薄く開かれて、しかし言葉を紡ぐ形までには至らず、息を吐き出すのみ。
 ジェダは大きく舌打ちし、掴んでいた髪を乱暴に離す。
「エアティ……!!」
 思わず駆け出そうとしたルーナの口をそっと塞いで、抱き上げる。
「誰か居るのか!?」

 ドドドドドド――――!!

 言葉と共にジェダはマシンガンを乱暴に打ち放つ。壁に打ち付けられた弾丸は、辺りに霧のような粉塵を撒き散らした。
 これは、好機だ。
 クレインはルーナを抱く腕の力を弱める。
 そして、ルーナはクレインの腕から跳びあがり、オフィス街のビル壁を強く蹴りこんで、一気に粉塵の中へと飛び込んだ。
 その直後、ジェダの身体が吹き飛ぶ。
 再度巻き上がる瓦礫と粉塵。
 あの小さな身体のどこにそんな力があるのか―――
「エアティアを!!」
 その様子に意識を取られていたクレインは、ルーナの叫びにはっと我を取り戻すと、小さく頷いてエアティアの元へ走る。
「立てますか?」
 もし何か足に傷でも負わされて歩けない状態になっていたら、15歳ほどのエアティアをクレインが抱えてこの場から逃げるのは少々無理に思えた。
 しかしそんな心配も杞憂に終る。エアティアはクレインの問いに、こくんと頷き、ゆっくりと立ち上がった。
「ま…待て!」
 瓦礫から這い上がるようにして、口元の血を拭いジェダが起き上がる。
「あんたの相手は、ルナデショよ」
 歩き出した背後でまた一際大きな爆音が響いた。

 オフィス街を抜け、都市マルクトの明かりが見える。
「もう、大丈夫ですよ」
 安心させるよう微笑みかければ、エアティアの視線が目隠しの下から自分を貫いているような感覚に陥る。
 しかしそれも一瞬のことで、倒れかかるようにクレインの胸に頭を預ける。
「エアティア?」
 呼びかけてみても返事はない。
 エアティアはクレインの腕の中、意識を失っていた。





 傭兵ギルド――本人達は便利屋仲介業に近いと思っている『四の動きの世界の後の』の事務所で、クレインは出された珈琲に口を付ける気分にもなれず、ただソファに腰を下ろしていた。
 しばらくしてガチャリと扉が開く音にクレインはゆっくりと視線を向ける。そして、総元締めであるケツァルコアトルが何の事はないといった感じの口調で話し始めた。
 気がつけばルーナも追いつき、倒れたエアティアの傍について奥にいる。
「彼の事をお願いしてもよろしいですか?」
 実際クレインが自宅に引き取っても良かったのだが、どうも自分が面倒を見るというのは無理な気がして、彼らに保護を頼む。
「話を聞くに、それが一番いいかもね」
 クレイン自身、ここで傭兵の契約を行っていることもあり、考える中で此処が一番の安全な場所のような気がしたから。
「また、お伺いします」
 ルーナが傍にいるとはいっても、知り合いが誰もいない場所に放り出されたのだ。
 友達の顔――彼もそう思ってくれているといいけれど――を見る事が出来れば、きっと少しは安心するかもしれない。
 クレインはケツァルコアトルに、再度お願いします。と頭を下げて、ゆっくりと事務所を後にした。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0474 / クレイン・ガーランド / 男性 / 36歳 / エスパーハーフサイバー】

【NPC / エアティア / 無性別 / 15歳 / エスパー】
【NPC / ラ・ルーナ / 無性別 / 5歳 / タクトニム】

【NPC / ケツァルコアトル / 女性 / ? / エスパー】
尚『四の動きの世界の後の』は、深海残月が運営されている個室となり、このシナリオは半コラボとなっています。


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■         ライター通信          ■
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 鍵を掴む心にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。これにて白い箱庭第一章は完結を迎えました。思いっきり次に続きそうな内容ですが、次からは第二章になります。
 第二章からにつきましては、OP文章個室にて掲載しております。
 それではまた、クレイン様がエアティアに会いに来ていただけることを祈って……