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<東京怪談ノベル(シングル)>


“ Bad Encounter ”


 ヒト、機械、パーツ――。
 ジャンクマーケットには其れ等が、整合性無くひしめき合っている。
 売る者、買う者、ともすれば奪う者も潜んでいるのかも知れない。
 其れ其れが、其れ其れの思惑を持って集まる此の場は、非常に活気に満ち溢れていた。
「……毎度の事だが、此だけ多いと見て廻るのも一苦労だな。」
 其の中の一人、二輪車輛を押していた青年が溜息混じりに呟く。
 名をネイ・サークと云う此の青年は、傍らの二輪車輛の為のパーツを探しに訪れていた。
 ――ビジターズギルド登録者のみが赦される、ヘルズゲート奥に広がるセフィロトの探索。
 其れに備えて、未だ附き合いの浅い此の車輛を強化しようと思い立ったのだ。
 屹度此の場には、モノこそ違えど彼と同じ目的で訪れているビジターは少なくない。
 ネイは傍らの車輛を一瞥した。
 相棒と呼ぶには未だ少しよそよそしい此の車輛も、共にセフィロトを駆け抜けられる様に為れば、今以上に自然と息も合う様に為るだろう。
(出来るだけ良いモノ附けて遣りたいけど、財布の中身とも相談しないとな……。)
 そんな事を考え乍、店先を眺めて進む。
 地面に布を引いただけの者、簡易な机を使っている者、本格的にワゴンを持ち出している者。唯坐っているだけの者、積極的に声を掛けている者。
 其れ其れのスタンスで其れ其れの露天が所狭しと並んでいる。
 此処に並ぶ品は威力も値段もピンキリだ。威力や状態、希少価値で値段が附くのが一般的だが、偽って粗悪品を売ろうとする輩も居るので注意しなければ不可ない。
 ああでも無い斯うでも無い……とネイが追加装甲に悩んでいると、
「……ぅおぁっ、」
少し間の抜けた声と共に車輛を支えていた両手に軽い衝撃を覚えた。
 若しかして、と前方を覗き込んでみると案の定、金色の髪をした少年が転がっていた。
「いてて……。」
 少年が小さく呟き乍起き上がる。
「……悪い、考え事をしていたもんだから……。」
 ネイが謝り、片手を差し出すと今初めて気附いた様に少年は顔を上げて、笑った。
「んにゃ、俺も余所見してたしさー。おあいこ。」
 少年はネイの手を取って立ち上がる。軽くツナギを払ってから視線をネイに……と云うより、隣の車輛に向けて、目を輝かせた。
「90年代モデルのフルカウル……ッ、然も凄ぇ状態良いし……ッ、」
 何処か恍惚とした表情で車輛を眺める少年に、ネイは軽く引きつつ問うた。
「好き、なのか……、バイク。」
「メッチャ好きッ、バイクってーか……機械全般、」
 語尾上げでそう云って少年は可愛らしく首を傾げる。
「全般って……、」
 幅広過ぎやしないか、と返すより先に少年が、ぐっと拳を握って語り出した。
「パーツは多ければ多い方が良いねッ、バラして弄るの愉しいし。何よりバイクなんて改造し放題じゃんか。」
 ――って事で改造する気無い、
 其の力強い言葉に、ネイは漸く合点が行った。
「御前、メカニックなのか、」
「ぅえ、あ、あー……未だ名乗ってなかったっけ。」
 少年は頭を掻き乍そう云うと、にこりと微笑んだ。
「はい、レオンハルト16歳、ぁ、長いからレオで良いけど。其処の整備工場でバラック構えて仕事してマッス。」



 ネイとレオの二人は、レオのバラックであるプレパブ倉庫に居た。
「取り敢えずさ、一回全体を見てみて予算と合わせて何の位掛かりそうか計算するからさ。あっちの休憩室で待ってて。中の珈琲メーカとか好きに使って良いし。」
 レオは買い足した部品を作業台に置くと、倉庫の隅に作られた一面硝子張りの一室を指した。
「嗚呼、宜しく頼む。」
 レオの出現はネイにとって渡りに船で有ったし、此の歳でバラックを構えている位だからそう腕も悪くないのだろうと踏んで、二つ返事で改造の申し出を受け入れて仕舞った。
 ……此のメカニックが、彼を知る者の間で如何揶揄されているかを知らないで。
 ネイは言葉に甘えて珈琲を淹れると、硝子の向こうのレオを見遣った。
 丁寧に、素早くカウリングを外す手慣れた様子に安堵を覚えて、暫く見守る。真剣だが、何処か愉しそうな表情は見ていて気持ちが良かった。
 傍らのファイルに何か書き込むのに気附くと、彼の中ではもう完成図が出来上がっているのだろうかと愉しみに為る。
 ネイは視線を戻して、珈琲を啜り、何時のモノかは解らないが置いてあった雑誌へ手を伸ばした。

 其れを暫く読み進めて、珈琲が丁度一杯終わった処へレオが休憩室の扉を開けた。
「御待ったせー。」
「……嗚呼、終わったのか。」
 ネイは顔を上げて扉の方を見た。
 レオはファイルを捲りつつ、ネイの前で立ち止まる。
「ん。此方での試用期間も含めて三日って処かなぁ。急げってなら未だ早められるけど、」
「否、急いではないからじっくり丁寧に遣って呉れ。」
「了解。」
 ぴ、と敬礼したレオに軽く笑うとネイは立ち上がる。
「じゃぁ、三日後に取りに来る。……宜しく頼むぞ。」
 完成を楽しみにして、レオのバラックを後にした。


 * * *


「えー、先ずカウリングの強化。前のより衝撃に強い素材にした。其れで重量増した分は穴開けたのと削ったのでプラマイゼロって処、」
 彼から三日後、約束の日に為ってネイは亦レオの元を訪れた。
 外されていたカウリングも新しく附け替えられ、相棒は完成した姿で出迎えて呉れた。
「強いって何の位だ、」
「防刃防弾。銃弾は弾くかな、跡附かないし。流石に高周波モノには負けるけどねー。」
 ネイは生まれ変わった相棒の説明を受けていた。
 レオはもうファイルを持っていない。既に頭の中に書き込んでいるのだろう。
「エンジンのリミッターも外しといたからスピードも限界迄出せるし。」
 ――唯遣り過ぎっとイカれちゃうけどねー。
 ネイも其の辺は心得ている。頷いてメータに視線を遣ると、御丁寧にも目盛りの多い物に付け替えられていた。
「後は……希望に有った左右の高周波ダガー、一応附けたけど……一寸威力低いかな。予算の関係。……まぁ、後で附け替えられるけどね。」
「嗚呼……此のボタンは、」
 ネイはメータ類の下に見慣れないボタンが有るのに気附いて手を伸ばす。
「え、自爆ボタン。」
「ッ……、」
 さも当たり前の様に告げられた言葉に思わず手が止まる。
(押す処だった……、)
「じゃなくてだなッ、何でそんなモンが……、」
「えー、ロマンっしょ。」
「何がだ、っつかこんなモン附ける位ならダガーの方をもっと、」
「否、ほら、此サービスだし。」
「こんなサービス要らねぇッ、」
「えぇ……、自爆だぜ、自爆するんだぜ、」
「何が云いたい。」
「ろーまーんー。」
「…………ッ。」

 不毛な口論の末、翌日自爆ボタンの除去された二輪車輛が無事納品された。