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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>



それは確かな過去であり



ライター:有馬秋人









所属機関最大の汚点ともいえる事件から、すでに三年の時間が経過していた。アレクサンドル・ヨシノは椅子に腰掛けて思考を尖らせる。窓の外からは変わり映えのしない風景が広がって。その無聊を慰める素振りすら見受けられなかった。
視界を意識から切り離す。意識は記憶を辿りなおすように、収束された。拭いようのない汚点という過去へ。
納得がいかないのはあの停電事故だ。事件直後に原因を究明しようとしたが、担当者を幾度変えても捗々しい成果があげられず、結果今でも「原因不明」という体たらく。三年という時間がたった今、解明は難しいだろう。どうして、あの時、あのタイミングで停電なぞ起きたのだろう。
それがなければ、こんな現状は起こらなかったというのに。
思い出して、軽く肘置きに触れていただけの手に力が篭った。
起動中の一機にデータ移植を試みていた研究員は全て死亡、他三機を見ていた者たち、主任研究員らすら殺害されて。この研究は今は停滞中のままだ。暴走の理論が分からない以上、二体目のノスフェラトゥを生み出すわけにはいかない。口惜しいという感情がこれほど明確になる記憶もあるまい。
ああそうだ、研究員が殺害されただけならこうもむきにはならなかっただろう。自分も、機関も、だ。原因はあの一機、データ移植を行っていた一体だ。何がどういう理由で、どういった現象が起きたのか機体を押さえていない今、推測しかできないが、その推測すらできない状態の一機。三機が暴走としたのは分かるのだ。急激な動力シャットダウンに伴うデータの破損だろう。けれどあの一機だけは違っていた。何か目的があるかのように。

「同機種への攻撃はタブーと刷り込んであったはず…」

それは、上書きのデータではなく、製作コンセプトとともに刷り込まれていたはずなのに。あの一機はそれを軽々と乗り越えて屠っていった。トドメまでは刺していなかったようだが、たいした違いはない。時間さえあれば、あれは間違いなく壊していた。
切り離していた視覚という感覚を取り戻す。漠としていた視線が鋭く狭まり、全てを切断していくように世界を睥睨する。

「二度目はない、二度目は」

行動不能になった三機のノスフェラトゥ、解析にかけられ洗いざらいのデータを拾われるはずだったその三つのうち二つを奪っていった残り一体。両手が塞がっていた相手に遅れをとって逃してしまった。あの屈辱を忘れない。
椅子から立ち上がったアレクサンドルは、静かにセフィロトという狭い世界を見下ろした。
身のうちから消えない確かすぎる過去を踏みしめながら。






 * * *






それは確かな記憶であり、曖昧な希望だった。
セフィロトに作った隠れ家で、エノア・ヒョードルは壁にもたれて反芻する。いつ何が起きてもいいように立ったままの形だ。その体勢を保って、視線は入り口にすえたままで。
思い出すのは二つの過去。少し前の時間と大分前の時間の経過だ。
偶然の邂逅で言葉を交わした時間は未だ近く、エノアの心で繰り返される。今まで対象を護衛することばかり考えていたのに、護衛という意味を考えてしまうほど、彼女の心を感じていた時間だ。護衛対象が何を考えるかなぞ、思考パターンとして学習していたはずなのに、それらは全て行動を導くためのサンプルにしか過ぎず、真実彼女のことを思っていたわけではないと実感した。対象を知った、その分だけ、遠くなった。知るにつれ遠のく相手にもどかしい感覚を知る。
ああ、こんな感覚は初めてではないのだと、ふと思い出した。これほど強烈ではなかったが、そう、三年ほど前にも同じように、苛々とした。届かないことに苦しさを知っていた。今思えば、それらは「もどかしい」という言葉で表現できる感情なのだろう。あの日、システムエラーを起こした記憶層はところどころ不鮮明で濁っているけれど、確かすぎる記憶もある。エノアは自分の手に目を落とした。
体中に接続されていたケーブルを千切り、動き出した自分を止めた研究員を跳ね飛ばした。手加減するという思考はなかったから、死んだ者もいただろう。あの時心を占めていたのはたった一人の笑う顔。その対象を守らなければと歩き出し、自分と同じ型の一機が護衛対象を殺そうとしているのが見えた。ああいや、朧だが、対象の傍にはもう一人何かがいたかもしれない。ただ、その何かは対象を害する気配がなかったのだ。だから自分は、自らと同じ顔同じ体同じコンセプトで設計された同型を攻撃した。身のうちに刻まれたタブーだという意識を振り切って。
手から目を外したエノアは元の通りに入り口に視線を止める。けれどその意識は奥へおくへと向かっていた。そこに、あるのだ。彼女の体の各部位を補う、かつての仲間たちが。
護衛対象を標的と定めていた一体を可動不可能状態に追い込み、片手で掴み、もう一体、既に半壊していた機体に停止を促し纏めて壁にたたきつけた。そして対象の保護に向かおうとしていた自分を、圧倒的な力が吹き飛ばしたのだ。優先順位の選択は一瞬で終わった。
崩れていく壁に紛れて二体を拾い上げ、一時撤退を選んだことを忘れない。届く場所にいた護衛対象をおいて、守るという存在意義の前提として、自分が動き続けるために逃げ出した過去を覚えている。

「そうだろう?」

言葉は、仲間たちへと向けられる。自我意識の名残もない、ただの機体としての価値すらもはや乏しい、エノア・ヒョードルの仲間たち。ノスフェラトゥたち。咄嗟につれてきたのは仲間がこれ以上保護対象に害を与えないようにということもあったが、一番の理由はやはり、彼女らも、あのエラーで混乱していたのだろうと分かっていたからだ。自分達ノスフェラトゥの名を持つ者が守るべき相手。それを攻撃したという最後で消えて欲しくなかった。

「ともに…」

エノアは自分の体の各部位を軽く擦る。そこに、彼女らが存在している、と。度重なる戦いで破損したパーツは仲間の体で補ってきた。この体の大部分は彼女らから受け取り構築してあるのだ。
あの時、守るべき相手を手にかけようとした事実は消えないけれど、この体という形で、ともに守ろう。そうエノア・ヒョードルは囁いた。
ノスフェラトゥという同一の存在として、確かすぎる過去として。守りたいという明確な希望を手に携えて。






 * * *






手の中にある情報はまるでパズルのピースのような断片ばかりだと気付いた。
ヒカル・スローターは憮然とした顔で黙々と銃の手入れをしていた。手は精緻な動きで銃を解体し、掃除を行っているが、思考は完全に飛んでいる。無心になる為には武器の手入れが一番だとでも言うような態度だった。知り合いの一人でも横にいれば多少は違ったのだろうが、現在彼女の近くには誰もいない。
集中をよしとする環境が許容している記憶の繰り返しは、相棒の義体整備にときに見てしまったものについて。

「あれは……間違いなく」

相棒の宿敵だった。意識は他の義体に収まっていたのかぴくりとも動かなかったが、間違いなくノスフェラトゥという名前に属するものだった。あの敵がどれほど強いのかは身に染みて理解しているというのに、そんな相手がああも大破しているとは、いったいどんなことが起きたというのだろうか。
もしかしたら、自分たちの手ではあまる自体が起こりつつあるのかもしれないと呟きかけ、すぐに取り消し首を降る。それは重要なことではなかった。それは、けして重要なことではないのだ。自分の力量を踏まえることは必要で、けれどそれに囚われすぎるのは間違いだった。できるできないの問題なぞではなく、やらなければならないこと、考えなければならないことなど、現状いくらでもある。
そう、たとえば、相棒を追い詰めたTTがあそこまで弱らせた相手を殺すことも出来ずに逆に破壊していたという事実。倒れていた相手にあんなことが出来なかったのは確認済みだ。つもりあの場には、もう一人、何者かが存在していたということになる。その存在はただTTを倒すことが目的だったのか、それとも、相棒を助けるつもりだったのか、後者ならなぜ姿がなかったのか。疑問に思うことは山積みで、そのどれもが不可解すぎて明快な答えを導けない。
布をあてる手に不必要な力が篭っていた。慌てて力を抜いて、手を止めて。物憂げなため息をついて。
手入れを終えた銃を一気に組み立てる。
銃を戻していくことで、シャットアウトしていた外部の情報が流れ込んでくるようだった。場所はいつも仲間集う場所。時間が半端なせいか常連のだれも居らず、いるのは店の店員ばかりだ。その中で、黙々と銃整備をしているヒカルに話しかけるものは皆無。それは愛想が悪いというわけではなくて、それが、ルールだとわきまえているせいだろう。
テーブルに整備済みの武器を寝かせる。次のものに移ろうとするがふと、時間が気になった。一つにかける時間が多いとは言わないが、今日は考え事をしながらだったせいか、いやに時間経過が早い。

「止めておくか」

手の中を見つめて結論付けると、手入れ道具を手早く仕舞う。呼び出しに律儀な人間が含まれている状態で、いい加減なことはできない。ヒカルは呼び出した二人の顔を思い浮かべて少しばかり笑った。
相棒を大切と思う者たちを呼んだつもりだった。今までどおりの行動では、無力に等しいと知ったからだ。足りないのはおそらく過去のこと、あの時あの場所で、本当な何が起きていたのか。そして今、自分たちを何が取り巻いているのか。圧倒的に、認識が不測していると知った。
未だ血気にはやるばかりの相棒の成長を促して、時間を稼ぐつもりだったがそれだけでは不味かろう。そう、ようやく気付いた。
敵について知らなければならない、いいや、一体、本当は何が敵なのか知らなければならない。
ヒカルの脳裏では相棒そっくりの顔の者と、その相手と自分達の間で暗躍している節のある男の姿が浮かんでいた。
敵とは、一体誰を示す言葉なのか。
仇と敵はけして同じではない。重なることも、剥がれる事もあるのだ。
そのことを少しでも知りたい、そう切実に願った。

気になる記憶は過去のこと、それは確かな現実であり、同時に、相棒を縛る枷でもある。











2006/08/...




■参加人物一覧

0541 / ヒカル・スローター / 女性 / エスパー
0713 / アレクサンドル・ヨシノ / 男性 / エスパー
0716 / エノア・ヒョードル / 女性 / オールサイバー



■ライター雑記

ご注文ありがとうございます。複雑に絡むラインを解す前の時間。そんな感じでのモノカキでしたが、いかがでしょうか。
なるだけご注文に沿うような形を心がけましたが、期待外しではないことを強く願っています。
この話が少しでも楽しんでいただけますように。