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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


奴を殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ



 ロヴァ・ア・デウス!
 街の戦士たちは囁きあう。ロヴァ・ア・デウスがマルクトにいる、と。そして手練れのビジターを手当たり次第に闇討ちし、肉塊やジャンクに変えている、と。
 シオン・レ・ハイは噂を聞いた。情報屋を当たるまでもない。ロヴァの話はどこにでも転がっていた。ジャンクケーブや酒場、そしてここオフィス街。行く先々で、聞きたくなくても聞いてしまう。
 いや――シオンは無意識に、ロヴァ・ア・デウスの噂を求めているのかもしれなかった。何の誇りも持たず、生きのびることを目的としているビジターたちは、ロヴァが去るまでマルクトを去るか、装備を固めて迎撃の準備を行っている。
 シオンは噂と彼らを横目に見ていた。ロヴァの狂気と破壊の力は知っている。もし出くわせば、ケガ――いや、故障はまぬがれない。ロヴァの話を振られると、会いたくないし、死にたくもないものだ、とシオンは吹聴していた。
 しかし、彼はつい昨日ボディのメンテナンスを済ませたし、今も重火器と高周波ブレードで身を固めてマルクトを歩いている。ロヴァが怖ければマルクトを出るか、自宅で大人しくしていればいい。シオンは歩いている。ロヴァ・ア・デウスを、求めているのだった。

 ロヴァ・ア・デウス!
 奴は今、マルクトにいる。奴は自在に姿を消すことができた。どこに潜んでいるのかわからない。奇襲をまともに受けたなら、即死もありうる。仮にその一撃を避け、ロヴァを運良く打ち倒したとして、誰のためになるだろうか。賞金はかけられているが、ロヴァよりも狩りやすく、ロヴァよりも恨みを買っている賞金首は山ほどいる。なぜ、よりにもよって、ロヴァ・ア・デウスでなければならないのか――。

 ぶぅん、という唸りが、シオンの髪のひと筋を撫ぜた。

 ロヴァ・ア・デウス!



 オフィス街には似合わぬ轟音に、美しい長髪の男が足を止める。トキノ・アイビスだった。数日前からマルクト内にロヴァが侵入し、腕の立つビジターを殺戮(或いは破壊)してまわっているという噂は、彼『も』聞いている。ゆっくりとその紅眼をめぐらせ、トキノは音の出所を探った。大小と差した高周波ブレードの柄に手をかけ、重火器を持ち歩く彼もまた、ロヴァの襲撃を警戒し――もしくは渇望していたのかもしれない。
 ジャンクと化したオフィスの外壁が飛び散り、物騒な音が鳴り響く――トキノはその中を声も音も立てずに走った。そして、ひるがえる黒と、動く碧眼を見出した。
 あれは、シオン・レ・ハイ。
 トキノは露骨に眉をひそめ、対戦車ライフルを構えた。シオンを救おうとしたわけではない。トキノとシオンは、あまり……仲が良くなかった。



 ロヴァは噂通り、姿も見せずにあらわれた。しかし、姿はなかったが、関節と油圧、どこかのタービンが唸り、軋む音は隠しようもなかったようだった。そして、人間ともモンスターとも機械ともつかぬ、異質な気配もまた、消された姿からにじみ出ている。
 見えない背後からの一撃を、シオンはすんでのところで避けた。
 ちりっ、と腕にかすかな衝撃。
 左の袖が裂けた。シオンの作り物の腕が、わずかな裂け目からのぞいている。それを、ロヴァが見たかどうかはわからない。寝れば、自分とシオンが近しい存在であることを知っただろう。
 ロヴァ・ア・デウスが、あらわれた。彼は無貌だった。しかしシオンはその目に見据えられた気がした。ロヴァはすでにマグナムの銃口をシオンに向けている。
 発砲! 発砲発砲発砲!
 シオンはブレードを構える間もなく、回避に徹するしかなかった。休む間もないが、シオンの息が上がることはない。ただ、肝を潰された気分だ。喉と舌が渇き、息が詰まるような『錯覚』がある。これは幻肢のようなものか。77マグナムの弾丸の衝撃は、シオンのコートの裾に大きな穴を開け、壁と窓とエアコンを吹き飛ばす。
 ――勝てない! これは勝てない、私は死ぬ。もう一度死ぬ!
 瓦礫が上げる白煙を浴び、転がるようにして弾を避けながら、シオンは引き攣った笑みを浮かべていた。わからない。嬉しいのかもしれない。回避と防御が精一杯で、せめて一矢をと奮起するだけでも思い上がりであるような気がする。ロヴァは何も言わない。シオンを狙う理由も告げず、表情ひとつ変えない。言葉を話せないだけか、表情を変えられないだけか。
 弾丸! 衝撃衝撃衝撃!
 眉間めがけて飛んできたマグナムの弾を、シオンはブレードで切り飛ばした。しかし、間を置かずに後続が来た。ブレードが砕け散った。


 シオンの敗色が濃厚だ。限りなく黒に近い敗色が、トキノには見える。対戦車ライフルを構え、不可視の速さの戦いを、トキノは見物していた。メンテナンスしたばかりの望遠アイは、すこぶる調子がいい。苦戦するシオンがなぜか笑っているのも見えるし、消えたりあらわれたりを繰り返すロヴァの軌道も見えなくもない。
 ――そうだ、ちょうどいい。ここで今私がシオンを撃ち殺したとしても、ロヴァの仕業ということにできる。ここで死んでもらうのも、悪くはないか。
 トキノの冷静な視界の中、シオンが高機動運動装置を起動し、ロヴァの背後に――トキノのライフルの銃口の前にまわりこんだ。トキノは笑みこそしなかったが、冷徹に、迷うこともなく引き金を引いていた。

 そのとき、シオンの高機動運動よりもさらに速く、ロヴァが動いた。かれの高機動運動装置は、シオンのものよりもはるかに高性能だったらしい。
 しかしこのときは、その性能がかえって仇になった。

 ちいっ、
 トキノは小さく舌打ちをする。対戦車ライフルの弾丸は、シオンではなく、ロヴァの右腕に命中した。戦車を2、3発で破壊する弾丸はしかし、ロヴァの装甲に当たって跳ね返った。信じられない強度の装甲だ。
 ロヴァの『目』はトキノに向けられ、次の瞬間には77マグナムの銃口も向いていた。かれはシオンとロヴァが犬猿の仲であることなど知らない。知っていたとしても――恐らく、今のように、トキノにも発砲していただろう。
 トキノは流れるような動きで身をひるがえした。マグナム弾の直撃を受けたのは対戦車ライフルだけだ。アスファルトとライフルの欠片の中、トキノは腰の高周波ブレードに手をかけて、ロヴァとの距離を詰めていた。
 トキノのブレードの攻撃可能範囲に入るまで、一秒。
 カタナ型のブレードと77マグナムの斧刃がぶつかり、まぶしい火花が散った。
 会話などはここに、ひとつも入り込む余地がない。

 ――しかし、よりにもよってこの人に助けられるとは。
 トキノの思惑など知るよしもないシオンは、心中で歯噛みした。
 ――しかし……妙な話です。この人が、私を助けるとは。本当に妙です。何か裏がある。
 トキノにはまったく感謝しないまま、シオンはロヴァとトキノの打ち合いから目を離さず、飛びすさってガトリングを準備した。要した時間はほぼ3秒。ぢゃらりと給弾ベルトをアスファルトに投げ打ち、シオンは引き金を引いた。
 ロヴァはほんの一瞬腰を沈め、消えた。
 光偏向によって姿を消したのではない、高機動運動だ。ロヴァの両足はトキノの胸を蹴りつけ、その反動で後方に跳んでいた。シオンのガトリングの弾丸は危うくトキノを吹き飛ばすところだった――いや、シオンにとっては、トキノが木っ端微塵になったほうがよかったか。借りを返さずにすむ。
 一方、ドロップキックをまともに受けたトキノはあえなく吹き飛んでいた。彼は窓を突き破り、無人の小奇麗なオフィスの中でもんどり打った。受身は少しばかり失敗し、右腕の関節が火花と煙を散らす。それでも、痛みを感じないトキノは起き上がり、お気に入りの服が汚れ、裂けて、焦げたことに腹を立てた。
 トキノを蹴り、着地したロヴァは、後退しながら2丁のマグナムを連射した。連射にも関わらず、狙いは正確だ。シオンの左肩が砕け、腕がジャンクになりながら肩口から飛んだ。左の脇腹が大きく抉れた。灰色の瓦礫の中を、シオンは雪玉のようにむなしく転がる。
 ロヴァは発砲をやめない、やめない、続けている、弾は無限か。
 オフィスの中からワキザシ型のブレードが飛び、レーザーのようにまっすぐにロヴァをめざした。トキノが投擲したのだ。ブレードはまばゆい流星だった。ガツリ、とロヴァの右手のマグナムが跳ね上がる。
 ロヴァはさっと顔をシオンに向けた。隙を突いて、シオンは持っていた爆弾を投げていたのだ。ロヴァはシオンではなく、C4爆弾を撃っていた。
 マルクトのオフィス街一帯が衝撃で揺れる。もうもうたる白煙と黒煙。ロヴァは顔のない目で煙を睨みつけていた。この煙にまぎれて、シオンとトキノは逃走を始めていたのだ。ロヴァには、それが見えていたのか。
 77マグナムは、白煙と黒煙めがけて火を噴いた。噴き続けた。

 一分後、オフィス街にようやくの沈黙が戻ってきた。
 ロヴァ・ア・デウスは文字通り姿を消し、シオンとトキノはジャンクケーブへと逃げ延びていた。


 シオンの姿は見る者の哀れを誘う。まともに歩くことさえままならない有り様だ。逃げる際に、何発かまともにロヴァの弾丸を浴びてしまったのだ。要領のいいトキノはシオンの目の前を走っていたので、背後からの追撃を受けずにすんだ。
「ゆ……、許しません。絶対に……」
「ロヴァ・ア・デウスがそれほど憎いか」
「彼だけではありませんよ……、私が憎むのは……」
「ふん」
 トキノは冷ややかにシオンを一瞥し、賑やかなジャンクケーブに目を移す。店員や通行人は、ふたりの格好を見て息を呑んでいた。
 ロヴァ・ア・デウスだ。奴がまたやった。このふたりは、運良く逃げ延びたにちがいない。
 彼らが囁いているのが聞こえる。
「だが、あなたの気持ちのちょうど半分くらいには同意できる。奴を野放しにはしておけない」
「……殺さなければ……」
「奴に『死』というものがあるのなら、確かに、殺さなければ」
 街角のゴミ置き場のそばで、シオンは倒れた。その姿はゴミ置き場のスクラップとほとんど同化してしまった。トキノ・アイビスは倒れたシオンに目もくれない。動かなくなった右腕のことも考えず、ただひたすら、ロヴァ・ア・デウスの無茶な戦闘力を分析していた。


 ロヴァ・ア・デウス!
 奴は誰かが殺さねばならない。
 シオン・レ・ハイとトキノ・アイビスには、それがかなわなかったのだから。




〈了〉