PSYCOMASTERS TOP
新しいページを見るクリエーター別で見る商品一覧を見る前のページへ


<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


大空に芽生えし絆
●現代航空機事情
 C180フライングホエール――それは合衆国アメリカ軍、通称連邦軍が使用している固定翼機だ。積載能力や航続距離に優れた機体である。
 40メートル級の水上離着陸機であるフライングホエールは輸送用の機体として、現アメリカ合衆国――いわゆる新合衆国のデトロイト・ニューエリー湖とボルチモア・チェサピーク湾間や、ニューエリー湖とサンフランシスコ間を飛んでいる。また日本との国交並びに資源輸出入の用途などにも利用されているため、カリフォルニアはロサンゼルスから日本までこのフライングホエールによる航路が設定されている。
 例の『審判の日』によって、航空機が大空を翔る時代は一時期失われてしまっていた。何しろ滑走路と呼べる物がほぼ全滅してしまったのだから仕方がない。けれども『審判の日』、そしてその後に訪れた混沌の大暗黒期を乗り切ってしばらく経った現在、新合衆国内において滑走路の復旧作業が進み、かつての時代のようにはゆかないが、それでも結構多くの航空路線が復活していた。不自由さはあるものの、再び航空機が大空を翔る時代が戻ってきたのである。
 大空を自由に翔ることを夢見る者は決して少なくない。それは今、日本は北海道からカリフォルニアに向けて飛行するフライングホエールの副操縦士を務めている連邦軍海軍軍人、フィリオーナ・ピカードにも当てはまることであった――。

●トラブルは風が舞い込むがごとく
 フィリオーナの搭乗するフライングホエールは、中継地アラスカを目指して飛行を続けていた。乗客はといえばほとんどが日米の政府関係者で、乗員の軍人などを除いて民間人の数は少ない。
 副操縦士のフィリオーナの隣には、もちろん正操縦士の姿がある。23歳のフィリオーナの倍とまではゆかないが、四十路のベテラン男性操縦士だ。
 しっかりしたベテラン操縦士が居るからフィリオーナも副操縦士としてつけるという見方がある一方、若きフィリオーナだけれどもベテラン操縦士の隣に副操縦士としてつくだけの実力があるという見方も出来る。この場合の答えは恐らく後者であろう。だがやや子供っぽく見えてしまうことが、フィリオーナにとってマイナスに働いていることがまるでないとは否定出来ないだろう。
(……ちょっと気候が悪くなってきたかな?)
 フィリオーナがそう思った時、正操縦士が口を開いた。
「気候が悪くなってきたぞ」
 どうやら同じことを考えていたらしい。フィリオーナは各種メーターを確認した。
「今の所、異常は見られません」
「よし、そうか。しかししばらく手は放せんな」
 フィリオーナの報告を聞いてから、やれやれとつぶやく正操縦士。こういう場合には、突発的なアクシデントに警戒しなければならない。乗客乗員全ての生命が2本の腕にかかっている訳なのだから。
 そして唐突にアクシデントは発生してしまう。機体の外ではない。機体の中でだ。
「失礼します!」
 フライト・アテンダント役を務める軍人の1人が、突然コクピットへやってきた。
「どうした。何を慌てている」
 正操縦士が現れた軍人を見ることなく尋ねた。代わりにフィリオーナが振り返って見てみると、敬礼した軍人は何やら泡を食っているように見受けられた。
「いったい何があったの?」
 軍人の様子にただならぬものを感じ、フィリオーナが話を促した。
「はっ、機内の乗員乗客に急病人2名発生です!」
「急病人?」
 フィリオーナが怪訝な表情を浮かべた。急病人が出たからといって、泡を食うほどに慌てる必要はないはずだ。確かこの機体には、機内医が1人同乗していたはずなのだから。
「それなら機内医の職務だろう。我々操縦士の職務ではないと思うが?」
 正操縦士もフィリオーナが思ったのと同様の意味合いの言葉を口にした。しかし軍人は、何やら言いにくそうにして再び口を開いたのである。
「そ、それが実は……急病人の1人は、その機内医でして……腹部を押さえて苦しんでおりまして……」
「ええっ?」
 言葉を失うフィリオーナ。それなら泡を食うのも分かる。ただ1人の医者が急病人になったなら、誰が治療するというのだ?
「あと民間人1名も苦しんでいるのですが、こちらは何やら呼吸が荒く……機内医と症状が異なるようで……」
 報告を続ける軍人。症状が違うということはきっと別々の要因なのだろう。ならば少なくとも機内での食事に何かあったとかは考えにくい。もしそうなら症状は似たものになるだろうし、もうちょっと急病人が発生していても不思議ではない訳で。
「参ったな……。私はここを離れる訳にはゆかないし」
 悩む正操縦士。急病人を放っておく訳にはゆかないが、だからといって気候悪化している最中に操縦桿の前を離れることも出来ない。となれば、残る方法は――。
「ピカード副操縦士。君にこのトラブルへの対処を命ずる。なお対処法は君に一任するものとする」
「はっ!」
 正操縦士の命令に敬礼で返すフィリオーナ。こうしてフィリオーナは、突如発生したトラブルへ対処することとなったのだった。

●気付く者
 その頃、客席は急病人に気付いていなかった。いや、正確には気付く状況になかったと言うべきだろう。何しろ乗客のほとんどが眠りについていた時間帯であったのだから。これで急病人に気付けるのなら、よほど勘が鋭いのか、エスパーであるかのどちらかに違いない。
 だが――急病人とは分からないまでも、何事か起きたことに気付いている者が居た。それは日本から赴任する外交団付きの武官補佐官、スーツ型の制服に身を包んだ丹井美沙桜陸上自衛隊三尉である。
(何か……動きが慌ただしく見えますね)
 寝付けずに起きていた美沙桜は、フライト・アテンダント役の軍人たちの動きが、微妙に慌ただしくなっていることに気付いたのである。
 動きが慌ただしくなる時の答えは1つ。何かしらトラブルが発生したに違いないということ。
(でも、私が口を出すべきことではありませんね……)
 気付いたものの、美沙桜はわざわざ尋ねて確認しようとは思わなかった。トラブルを収拾させるのは向こう、つまり連邦軍の仕事。日本の、それも自衛隊員が無闇に口を挟むようなことではないのだから。

●ある決断
 再びコクピット。トラブルへの対処を命じられたフィリオーナは思案をしていた。
(急病人は2名。うち1名は機内医。ゆえに急病人を診ることの出来る者は居ない。なら、乗客から医師や看護師を募る必要が。でも……日米政府関係者がほとんどのこの機に居るのかな……?)
 頭をフル回転させるフィリオーナ。離陸前、チェックした乗客名簿を頭の中で何度も思い返していた。
(合衆国……日本……誰か……)
 フィリオーナの頭の中の名簿の記憶が、不意にある場所で止まった。
「居……た!」
 フィリオーナがはっとした。確かそうだ、日本の外交団付きの武官補佐官に、看護師資格を持っている士官が居たはずである。名前は確か……『丹井美沙桜』といったはず。
 フィリオーナはコクピットを出ると、眠っている乗客を起こさぬようにしながらも早足で、その士官の座席へ向かって歩いてゆく。
(おや? どなたかこちらに来られますね?)
 美沙桜は自分の方へ近付いてくるフィリオーナの姿を目にしていた。そのうちに、フィリオーナは美沙桜の前で足を止めた。
「丹井……美沙桜三尉ですね?」
 フィリオーナが美沙桜に声をかけた。
「ええ。あなたは?」
「副操縦士のフィリオーナ・ピカードといいます。あなたにお願いしたいことがあってきました」
「分かりました。やはり何事か起きていたんですね」
 にこっと微笑み、すっと座席を立つ美沙桜。
「私でお役に立てることでしたら」
「……こちらへ来てください。詳しい事情はそちらで」
 フィリオーナはフライト・アテンダントの軍人が手招きをしている方へ、美沙桜を連れていった。

●安堵の後の絆
「風邪による発熱と……たぶん、ストレスからの胃痛でしょうね」
 しばらくして、急病人2人の応急処置を各々終えた美沙桜がフィリオーナに語った。どちらも深刻な事態でなくて、ともあれよかった。
 風邪だったのは民間人の方だ。問診によると搭乗前から風邪気味であったようなのだが、環境の変化によって悪化したものと思われる。毛布などで暖かくし、適切に水分や栄養を補給していれば回復するだろう。
 ストレスからの胃痛だったのは機内医の方だった。こちらも問診で、元々胃痛持ちであったことが判明していた。こちらは戻ったら、適切な治療を十分な期間受けるべきであるだろう。
「いずれにせよ、大事に至らなくて何よりでしたね」
 美沙桜がにこり微笑む。いや、全くだ。
「…………」
 フィリオーナはしばし美沙桜を見つめていたが、やがてさっと敬礼をした。それは美沙桜への感謝の想いを込めた敬礼。
 すると美沙桜も敬礼を返した。こちらはきっと、フィリオーナの職務に対する敬意を込めた敬礼。
 言葉よりも何よりも、互いに交わす敬礼が全てを伝えているように思えた。国家間を越えた個と個の絆が大空の中、確かに芽生えていた――。

【END】