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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


【Emergency call 4】BURN〈前編〉



【Opening】

 ふと空気が冷たくなっている事に気づいてマリアート・サカは困惑げに足を止めた。暗闇に時折水が跳ねる音以外は何も聞こえてこない。かび臭い湿気を含んだ冷気が絡みつく。
 マリアートは目を細めるでもなくウェストポーチからスターライトゴーグルを取り出すとした。アサルトライフルを握る手が汗ばむ。
 ゴーグル越しに見える壁はコンクリートではなく岩のようで、その岩肌が薄ぼんやりと光を放っていた。どうやらヒカリゴケの一種らしい。それ自体では光を発するものではないから、どこかから光が漏れているのだろう。完全暗闇状態では役に立たないスターライトゴーグルが機能しているのもそのせいだ。暗闇に目が慣れればその内ゴーグル無しでも歩けるようになるかもしれない。
 マリアートは一つ息を呑むとゆっくり足を進めた。
 彼女がそれを見つけたのは単なる偶然だった。セフィロトの塔第一階層の地下に広がる下水道――通称、ダークゾーン。それはタクトニムとビジターとの激闘故か、その壁にあった小さな穴は、ライフルのストックを数回叩きつけただけで彼女の力でも簡単に破ることができた。
 ぽっかり開いた穴をくぐると空洞が広がっていた。暗がりにその大きさは判然としなかったが、バスケット・ボールが出来るくらいの広さはあるように思われた。
 そこに石碑のように文字の刻まれた岩を見つけてマリアートは手を伸ばす。

 ――ルアト研究所。

「え?」
 そこに刻まれた文字を認識した刹那、何かが彼女の中に流れこんできた。誰かの意識かそれとも別の何かか。
 彼女の接触テレパスがそれを読み取ったというよりは、向こうから強引に流し込まれたような――記憶の断片。


 けたたましく鳴り響くサイレン。
 女が赤ん坊を胸に抱いていた。
「可愛い子。あなたは人よ。真人」
 男が彼を睨んでいた。
「我が子。――キル」
 子供たちが駆けていく。それを追う者たちの声。
「何、あれが盗まれただと!? あれは最重要機密だぞ!」
 少年が立っている。
「俺がお前を見つけてやる」

 錯綜する記憶。
 そして強い思念。
 マリアートのテレパスが共鳴したのか、たがが外れたように暴走を始めたのか、それとももっと何か別の力が働いたのか。


   ―― 壊 シ テ ! !


 悲鳴にも似た彼女の声が、セフィロトにいた何人かのビジター達の脳裏に、彼女の見た記憶の断片と共に響いた。
 そして、それを境に、彼女は消息を絶った。





【 It finds 】

 セフィロトの塔、第一フロアに位置する都市区画【マルクト】には大雑把に分けて2つの世界が存在する。人を敵対視し、或いはそうでなくとも強い競争心を持つタクトニムと呼ばれる存在が徘徊する街、と、そして好奇心やそれぞれの欲求を満たす為に集ったビジター達の街。その2つの街の間には関所とも呼ぶべき巨大な門が、互いの往来を制限するために佇んでいた。
 地獄の門――ヘルズゲートと呼ばれるその門の前で五人の男女はゆっくりと互いを見返した。
 街の喧騒とはうってかわって、閑散としたその門の前にはその五人の他には殆ど人影がない。
 せいぜい、ゲート前に門番たる屈強な男が二人MSに乗って立っているぐらいだろうか。
 その門番には主に二つの仕事があった。
 一つはヘルズゲートの中にいるタクトニムが外へ出てくるのを食い止める事。そしてもう一つは、ヘルズゲートの中へ入るビジターたちをチェックする事であった。
 五人の内、一番最初に彼らにビジターライセンスを掲げてみせたのは、若い女だった。
 腰まであるプラチナブロンドの髪をまとめるでもなく背中で揺らしたスレンダーな女である。青地に金のラインの入ったライダースーツのような服を身に纏い、その腰にはウェストポーチを一つ付けていた。ヘルズゲートを通るには軽装ともとれるだろう。しかし、そういうビジターは少なくない。特に、エスパーは。
 女は、紅く濡れた唇の端を軽くあげ、妖艶に微笑むと、ぱっちりとした白銀の瞳を門番らに向けた。
 【EYES_TYPE silver】
 門番の一人がライセンスカードと本人を照合し「白神空」と彼女の名前を呼んだだけでカードを彼女に返した。
 次に門番の前に立ったのは男だった。
 こちらも腰まである髪を、結うでもなくおろしていた。毛先は雪のように白かったが、夜のような黒髪をした30歳前後といった感じの男である。とはいえオールサイバーである時点で見た目の年齢など殆ど意味をなさないだろう。事実彼のライセンスカードには【AGE 99】とプリンティングされていた。
 動きやすそうな黒の上下に背中にウェストポーチ。腰には二本の刀を佩いている。いずれ高周波ブレードと思われた。肩にはアサルトライフル。
 彼の赤い目をライセンスカードと照合して、門番は「トキノ・アイビス」と、やはり彼の名前だけを呼んでカードを彼に返した。
 次に門番の前に立ったのは同じく黒尽くめの見た目の歳もあまり変わらない男だった。短い黒髪に細身の体躯には、やはり同じように動きやすそうな黒の上下を纏っている。M40A1ライフルを手にハーフサイバーの男は無造作にライセンスカードを掲げていた。
 その隣に並んで、もう一人、男がライセンスカードを提示した。
 スカイブルーを思わせる青い髪のまだ歳若の男だった。白地に青いラインの入ったロングコートのポケットに片手を突っ込んで、ふてぶてしい顔で門番を睨み付けている。こちらは完全な手ぶらであった。コートのポケットに実は何か入っているのかもしれないが、見た目ではわからない。勿論、武器のような類のものをもたずとも、自身を武器として使えるなら、このヘルズゲートの中も掻い潜れるだろうが。彼もまたエスパーである。しかし実のところ、彼の武器が、隣に並んでいる黒尽くめの男であった事は、門番が知る術もなく、また知る必要もないことであったのかもしれない。
 とにもかくにも、ハーフサイバーの黒い瞳をライセンスカードと照合して、門番は「怜仁」と言った。
 それから、冷たいアイスブルーの瞳を見返して「ゼクス・エーレンベルク」と言い、カードをそれぞれに返した。
 最後に、門番の前に立ったのは、胸元まである銀髪の若い男だった。両手には黒の手袋、そしてモスグリーンのフライトジャケットを着ている。腕がわずかにあがっているのは、胸に拳銃か何かを忍ばせているせいだろう。ウェストポーチに何が入っているのかは傍目にはわからなかったが、エスパーハーフサイバーである。
 実年齢より若く見えるのは、その力ゆえか。
 門番は彼の赤い瞳を、ライセンスカードと照合して「クレイン・ガーランド」とだけ言った。
 そして五人を向き直り、開門許可の合図をする。
 門番が片手をあげるとヘルズゲートの巨大な門が大きな地響きをあげて開いた。
 門の向こうに広がったのは暗澹とした町並みである。
 五人は互いに言葉をかける事無くその中へと歩き出した。



 ***** ***



 足早に歩きながら一番最初に口を開いたのは空だった。
「リマは、ダークゾーンを探索中だったのね」
 確認するように声をかけた相手は仁である。彼はただ首を縦に振っただけだった。マリアート・サカことリマが消息を絶ったのは、つい先刻の事である。
 頷く仁にトキノが嫌そうに眉を潜ませる。そこは、あまり探索したい場所ではない。何故ならそこにはあまりいい思い出がなかったからだ。しかし、助けを求めているような女性の声に、無視を決め込むことは彼の性格上出来なかった。その上『壊シテ』という言葉と、断片的な映像も気になる。はっきりしないのは、どうにも落ち着かない性質で、彼は彼女の探索に加わったのだった。
「若い娘が一人でどこをほっつき歩いてんだか」
 皆の足に少し遅れながらゼクスが憤然と言った。セフィロト髄一の貧弱男にはあまり言われたくはないセリフかもしれない。とはいえ彼は自分の貧弱ぶりを十二分に理解しているから護衛を忘れたりなどはしないのだが。
 そんなゼクスが護衛に選んだのが仁だった。
 仁はリマの住むルアト研究所で所長の護衛を努める研究員である。それゆえ所長の愛娘であるリマの行方不明に彼が動かぬ道理もないのだが。仁からすれば、何故足手まといを、と思ったかもしれない。しかしゼクスがそんな可能性を気にするわけもなかった。あくまでゼクスの認識は、彼をボディーガードに連れて来てやっている、なのだ。
 これは余談になるが、ゼクスが彼女のテレパスを受け取ったのは、丁度彼が大好物のエビフライを食べている時だった。それを前に彼が箸を止めるなと未だかつてあっただろうか。もしかしたらあったのかもしれないが、これは極めて稀な事でもあった。かりにも『あの』が付く男である。食い意地の汚さは天下一品。彼の右に出る者などありえない。ハイエナさえも裸足で逃げ出すほどの悪食。焼き魚は骨まで美味しくいただけます。皿まではさすがに食べませんが、売って食料にする事はよくあります。
 そんな彼が、箸を休めたのだ。時間にしてきっかり8秒。それくらいには、彼女を心配したらしい。
 とあっては、仁も足手まといを理由に連れて行かないわけにもいくまい。それに、もしかしたら万一にも、何かの役に立つ事もあるかもしれないのだ。
 遅れがちにぜーはー言ってるゼクスを背負って、仁は歩きだした。
「しかし、ダークゾーンで彼女は一体、何を探していたんでしょうか?」
 クレインが顎に人差し指をあてて、考えるように言った。そこから彼女の行動を推測し、彼女が消息を断ったと思われる場所を突き止められるだろうか。消息を絶ったのがダークゾーンであるなら、追跡のセオリーとも言えるテル・テール・サインを見つけるのは困難と思われた。やはり、彼女の行動パターンからトレースしていく方が最も早いに違いない。
 そしてもう一つの手がかりとも呼べる、あの断片的な映像はなんであったのか。それには好奇心も重なった。
 逃げる少年たち。鳴り響くサイレン。泣いてる赤ん坊。それから――――。
「俺がお前を見つけてやる……」
 トキノが反芻するように呟いた。
 あの“誰かの記憶”は、それを言ってる【誰か】ではなく、言われている【誰か】ではないのか。女が呼ぶ【人】も、男が呼ぶ【キル】も。
「そうだ。リマは俺たちが必ず見つけてやる」
 ゼクスが力強く言って見せたのを、クレインはなんとも複雑な顔で振り返った。
 そういう意味でトキノは呟いたわけではないだろうと、思ったからだ。だがその反面、何かが引っかかる。見つけて欲しいのではないか。漠然と、クレインはそんな事を思った。リマが、ではない。その【誰か】が。
 ゼクスに空が柔らかい笑みを向ける。
「リマの事だから大丈夫だとは思うけど」
 だがテレパスで救援を呼ぶほど、彼女は今、ピンチに陥っているのかもしれない。
 彼女は口の中で小さく呟いた。
「すぐに見つけるわ」
 高感度アップのために、ね。という言葉は飲み込んで。
「ダークゾーンに入るわよ」
 空が言った。





【 discover 】

 水の跳ねる音がした。
 地下に広がる暗黒地帯に、一瞬走る閃光。そして連なる銃声。何かが落ちる音は闇に吸い込まれ、やがて夜の闇よりも更に濃い漆黒が辺りを包み込む。
 それが何度続いただろうか。壁や天井に張り付く得体の知れない生き物が、光に群がる羽虫のように寄ってくる度に。
 トキノは闇の中で静かに刀を鞘に戻した。金属のぶつかり合う乾いた音に、仁のライフルの初弾を装填する音が重なる。
 クレインはくぐもったガスマスクの中でゆっくりと息を吐き出した。彼は、ダークゾーンに入った直後、足下を流れる汚水が放つ強烈な悪臭に、耐えられそうにないと早々にガスマスクを取り出し装着していたのである。ちなみに他の面々は誰も付けていなかった。トキノはそもそもオールサイバーである。ハーフサイバーである仁も平気な顔をしているところを見ると、サイバノイド化されている部分なのかもしれない。空はエアーPKで薄く全身を包んでいるのか。ゼクスはこの程度どころかゴミ山の悪臭さえ気にしないタイプの人間である。
 クレインは、空の用意した地図をペンライトで照らしながら現在地を確認した。
「この先の地図はありませんね」
 呟いて闇を見やる。まだ、完成していない地図。というより、むしろこのセフィロトの塔内の地図を完成させる事自体が困難なのだ。タクトニムが増改築を繰り返し、塔内の地図は刻一刻と変わり続けていると言っても過言ではない。
 しかし、地図がないという事は、その先が、空の未探索エリアであるという事である。探索済みのエリアでリマが消息を絶つほどの何かがあったようには思われない。それに、ここへ訪れた回数とリマの性格を総合してみると、空の持つ地図とは違うルートを辿った可能性は高いのだ。それ故に意味がある。
 空は全神経を一点に集中した。
 空の持つ特殊ESP【妲妃】。生体電流を増幅し、生体反応を利用する空の戦闘形態の一つであった。
 人には個々特有の生体電流があり空気中にもある程度放電している。こんな風に使ったことはないが、その残留電流を探して追跡する。OEICが主流の現状と下水道と言う閉鎖空間内なら逆にノイズもなく拾えるかもしれない。
「こっちで間違いないと思う」
 空の声に、しかし答える者はなかった。
 ただ、トキノが呟いた。
「来る」
 オールサイバーである彼のサイバーアイが何かを捕らえたというのか。
 短い言葉に一同は息を呑んだ。
 仁がライフルを構えたのを、トキノが制した。
「奴らは確か、仲間の血の匂いに集まってくるはずだ」
 言ったのはゼクスだった。
 このダークゾーンを徘徊するタクトニム――ワーム。巨大ミミズと化したモンスターに目はない。このダークゾーンでは視覚をもっていても殆ど意味をなさないからだ。彼らは匂いと音と空気振動によって『餌』を嗅ぎ分ける。
「目くらましなら得意なんだが」
 ゼクスが呟いたが、今は集まってくる何十匹ものワームを相手にしている場合ではないだろう、走って逃げるのが得策のように思われた。
 トキノは四人を振り返った。
 かわされる言葉はない。
 トキノが先に走りだした。
 それに空とクレインが続いた後、仁はゼクスを抱えて走りだした。
 T字路に一瞬足を緩めたトキノに変わって、空が先導する。追いかけてくるワームをどこまで振り切れるか。
 最後を走っていた仁に、ゼクスが何事か囁いた。仁は振り向きざま、天井目掛けてライフルの弾を発射する。
 それは見事に、天井を這う配管を止めている金具を砕いた。ゼクスの指示通りに八発を叩き込むと、配管が道を塞ぐように網状に落ちた。
 これで多少、ワームの足止めにはなるだろう。この隙に何とか逃げ切る。
 どれくらい走ったのか。
 空の先導で走っていた四人は、「待って」という空の制止に足を止めた。
 暗闇に静寂が満ちる。
 トキノが何かに気付いたようにペンライトをそちらへ向けた。
 壁が崩れている。人一人が通れそうな穴の向こうに空洞のようなものが見えた。
「あたしがリマなら、きっと中へ入る」
 空が言った。



 ***** **



 じっとりと湿気を含んだかび臭い冷気がまとわりついてくるのを、手で追い払うようにして、トキノは空洞の中を進んだ。
 タクトニムの気配はない。先ほどまで壁や天井に無数に張り付いていたようなものの気配もなく、穴をくぐった中は静かだった。考えられる可能性が一つある。あの穴は最近出来た。リマが見つけたのだろうか。
 後を歩くクレインが濡れた岩肌に手を伸ばした。仄かに光を放っているのはヒカリゴケか何かだろう。
 空は再び、リマの所在を探すように神経を尖らせる。確かにここにはリマの痕跡があるような気がした。
 ゼクスがESPでほの暗い明かりをその空洞にいきわたらせる。体育館ほどの広さの空間の奥に扉のようなものを見つけて歩き出した。その傍らに石碑のように文字の刻まれた岩を見つけてゼクスは眉を顰める。
「ルアト研究所?」
 ゼクスの言葉に空は集中を解いてその隣に並び、それを見上げた。
「どういう……こと?」
 クレインもそれを見やる。
 リマの住む研究所の名前もルアト研究所であった。
「単なる偶然か、それとも……」
「必然か」
 トキノが呟いた時、突然、光が満ちた。
 網膜を焼くほどの強烈な白光。咄嗟に目を閉じたが、暗闇に開いていた瞳孔が、まばゆい光を受け止めきれずに、一瞬視力を失う。
 目を開けると、真っ白な空間には自分しか立っていなかった。
 空は真っ白な世界に目を細めた。
 白い世界に黒い影が見える。
 黒くて短い髪に、同じ黒の双眸。それとは対照的な肌の白さとアーリア系民族を思わせる顔立ちは、美少女といっても差し支えない。年は14、5といったところか、まだあどけない幼さの残る、見知った顔。
 見間違えるわけがない――マリアート・サカ。
 空は小さく溜息を吐き出した。
 まるで作りもののような美しい彼女の微笑みに。
 こうして、彼女と同じ姿のタクトニムと対峙するのは何度目だろう。
 何度体験してもあまり気分のいいものではなかった。彼女と同じ顔のモンスターがいるという事実に嫌悪感をおぼえて空は一気に跳躍すると間合いをつめた。
 彼女の全身を白銀の獣毛が覆う。狐の耳が生え、ふわふわの尻尾が彼女の後を追った。しなやかな肢体には獣の柔軟さと獰猛さが宿る。
 空のもつ戦闘形態の一つ【玉藻姫】。
 その鋭い爪がタクトニムを襲う。
 霧が晴れたように白い闇は黒い闇へと変わった。
 空はわずらわしげに髪を掻きあげた。その手には既に凶暴な爪はなく、狐の耳も尻尾もない。
 そして足下に横たわるそれは、もうリマの姿をしてはいなかった。
 小さく息を吐いて辺りを見回すと、ゼクスがモンスターに襲われているところだった。
 傍らに仁が、肩口を赤く染めて立っている。
 空は自分が見た幻覚を思って一つ溜息を吐き出すと、ゼクスの元に走った。
 モンスターの腕が上がる。
 それが振り下ろされるよりもはやく。
 空は再び【玉藻姫】に変異すると爪を一閃させた。
 大して強くもないモンスターだ。
 それは、空には最初からモンスターにしか見えなかったが、彼らにはリマに見えていたのだろう。
 自分と同じように、白い闇から抜け出せたのか、ゼクスがホッと息を吐き出していた。





【 Encounter 】

 再び暗闇と静寂が辺りを覆いつくした。
 五人はゆっくり息を吐き出してその闇を凝視していた。
「リマ……」
 仁が呟いた。
「また幻影か」
 吐き捨てて一歩踏み出しかけたゼクスを空が制す。
「本物よ」
 信じられないような顔をして、それでも空は静かに言った。
「なに!?」
 そこに立っていたのは確かにリマだった。
 リマは高周波ブレードを構え、その切っ先を五人に向けながら佇んでいた。
「どういう事ですか」
 誰にとなく問いかけたトキノにクレインが一つ息を呑む。
 冷たい彼女の目はどこかうつろで、何の意思も感情も示さない。
「操られて……」
 答えようとしたクレインの言葉を断ち切るようにリマが走り出した。
 ブレードが風を斬る。
「仁!!」
 ゼクスが咄嗟に叫んだが、動けずにいるのか。
 リマのブレードが仁の体を両断する。
 寸前、金属のぶつかり合う激しい音が響いた。
 リマの剣戟を仁の前でトキノが受け止めている。
「リマ!」
 空が呼んだ。
 しかしリマはその声を大して気に止めた風もなく、淡々と間合いを開け、後方へ飛んだかと思うと間髪入れずに地面を蹴っていた。空目掛けて。
 何のためらいも感じさせない一閃に、わずかに空の反応が遅れたのか。
 空の腕が赤く染まった。
 空は無意識に生唾を飲み込んで、それから意識してゆっくりと息を吐いた。こちらから不用意に攻撃を仕掛けるわけにはいかない。今はリマの攻撃を受け流す事に集中する。
 彼女の持つ特殊ESP――人型生存変異体【八尾比丘尼】。
 リマが再びブレードを構えた。
 トキノと空がそれに対峙する。
 その後方でゼクスが眉を寄せた。
「リマは操られている。つまり操っている奴がいるって事だな」
 クレインはそれに頷いて、それから、奥の扉を振り返った。それはリマが出てきたルアト研究所の入口だった。
「行きましょう」
 クレインは言った。
 このまま延々とリマとの戦闘を続けていても拉致があかないだろう。出来れば、操っている者を押さえて、戦闘を早々に断ち切りたい。
「お前も来い!」
 ゼクスが仁の腕を引っ張った。リマの前では全く役に立たないが、それでも戦闘力としては必要だ。
 リマが出てきたその扉の奥へ、ゼクスとクレインと仁は飛び込んだ。
 白亜の壁に囲まれた長い廊下が続く。
 途中にドアはなく、奥に一つあるだけだ。
 長い廊下の突き当たり。キーロックにクレインは手を伸ばした。その手の平の前に半透明の基盤のようなものが形成される。基盤の上を光の粒子が飛び交った。
 マシンテレパス。コンピューターの回路を脳、プログラムを人間の思考と同様に扱い処理するESP。コンピューター内の情報を自由に読み取り、プログラムを自由に止め、書き換える。キーボードなどの入力装置を使わずにコンピューターへアクセスできる能力である。
 ロックが解除され、ドアが開いた。
「!?」
 部屋の奥には大型スクリーンと4つの小さなディスプレイ、それに付属したオペレーションコンソールが4つ並んでいる。そして、その奥に聳え立つ巨大コンピュータ。
「これは……」
 ゼクスは呆気に取られたようにそれを見上げた。
「リマを操っているのは、まさかこのコンピュータか?」
「それは違うと思います」
 ゼクスの問いに答えてクレインはコンソールパネルに手を翳した。
 CRTオペレーション画面には無数の『壊シテ……』という文字が並んでいる。
「…………」
 壊シテ……何を壊せというのか。
「これを壊せばいいのか?」
 そう言って今にもコンピュータを壊しそうな勢いのゼクスに、クレインが慌てて声をかける。
「待ってください。その前にデータ抽出を試みます。リマさんが送ってきた映像が気になるんです」
「うむ。そうか」
 解析は後にするとしてクレインはデータのDLを開始した。



 ***** **



 リマの攻撃にトキノも空も手を出しあぐねていた。
 相手がタクトニムなら動じる事はない。相手が明確な敵だったなら躊躇ったりなどしない。
 けれど――――。
 一瞬の隙にリマのブレードが届く。
 カランと乾いた音をたてて、トキノのブレードは彼の腕ごと地面に転がった。痛覚は最低レベルにまで押さえてある。彼の体から溢れ出るのは血液ではなく人工体液だった。
 トキノは無造作に左手で右腕を拾い上げた。
 その胴を両断するように走ったリマの攻撃を紙一重でかわしながら後方へ飛んで溜息を吐く。
「……修理に出さなくていけなくなってしまったじゃないですか」
 呟くトキノの顔をリマは何の感情も浮かべずに見返していた。
 空が横から手刀を繰り出す。
 それは正確にリマの頚動脈に収まった。一瞬でも脳に回る血液が止まれば昏倒する。
 しかし、彼女は倒れずに、ただ、口の端をあげて空を振り返っただけだった。
 リマの手が伸びた。彼女の手の中に眩いほどの青白い光が膨れ上がり、それを弾くように彼女が指を弾くと、光の球が空を襲った。
 空はリマのPKフォースをまともにくらって、まるで紙か何かのように軽々と後ろに跳ね飛ばされる。
 壁にしたたかに背をぶつけ、息が詰まって空は咳き込んだ。
 刹那、サイレン音が鳴り響いた。
『エマージェンシーコール発動。自爆します。全フロア爆発まで10分。これより1分毎に各フロアを爆破します』
 人の声ではない電子音がそう告げた。
 それに反応したようにリマがそちらを振り返る。
 扉から、ゼクスとクレインが飛び出してきた。
 それと入れ替わるようにリマが駆け込む。
「リマ……」
 空が追いかけようと立ちあがった時、一つ目の爆発が起こった。
「危ない!!」
 トキノは自分の右腕を投げ捨て、空の肩を掴んだ。二人の目の前に、崩れ落ちた壁が突き立つ。もし、トキノが止めていなければ、下敷きになっていたかもしれない。
「…………」
「すみません。データをDLすると、エマージェンシープログラムが発動するようにプロテクトがかかっていたようで……」
 クレインが申し訳なさそうに言った。
 先にプロテクトを外してからDLすればよかったのだが。プログラムが発動されると同時に完全プロテクトがかかってしまったのか、マシンテレパスでもアクセス拒否され、止める事が出来なかったのである。
『残り時間――8分』
 二つ目の爆発が起こった。
「リマ!?」
 崩れ落ち塞がる扉の向こうに空が声を放つ。
 今にも瓦礫を掻き分け突入しそうな空にゼクスが言った。
「奥に抜け道のようなものがあった。たぶん、大丈夫だ」
 クレインがDLしている間に、コンピュータルームを探索していたゼクスが見つけたのだ。
「…………」
 しかし空はトキノの腕を振り払おうとする。
 トキノは、彼女の腕を掴む手に力をこめて言った。
「あなたは血を流しすぎています」
「…………」
 空は唇を噛み締めた。そんな事は言われなくてもわかっている事だった。
 たとえ不死に近いESPを使おうとも、それを使い続けることには限界がある。脳や体には高負荷がかかり疲労を蓄積すれば、やがてどこかで破綻が起きるのだ。
 わかっている。
 今、飛び込めば、この自爆に巻き込まれる。
「…………」
 空は一つ深呼吸した。頭に昇った血を静めるように。


   ―― 壊 シ テ 。


 直接脳に響く声に、五人はハッとしたようにそちらを振り返った。
「今は一旦退きましょう。彼女の行方はここに……ここに手がかりがあるかもしれません」
 クレインが手の平の中にあるマイクロチップを示して言った。
 ゼクスが頷く。
「そうだな。それにルアト研究所。単なる偶然とも思えん」
 現ルアト研究所所長エドワート・サカを問い詰めてみる必要があるように思われた。


 そうして五人は旧ルアト研究所跡地の爆発を背に、ダークゾーンを抜けヘルズゲートの向こう、ビジターの街の一角、ジャンクケーブにあるルアト研究所へと走りだしたのだった。





■End or to be contenued■


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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0233/白神・空/女性/24歳/エスパー】
【0641/ゼクス・エーレンベルク/男性/22歳/エスパー】
【0289/トキノ・アイビス/男性/99歳/オールサイバー】
【0474/クレイン・ガーランド/男性/36歳/エスパーハーフサイバー】


【NPC0103/エドワート・サカ/男性/98歳/エキスパート】
【NPC0104/怜・仁/男性/28歳/ハーフサイバー】
【NPC0124/マリアート・サカ/女性/18歳/エスパー】

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。

 【後編】については、改めて個室にて御案内させていただきます。
 宜しければ、引き続きご参加頂ければ幸いです。

 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。