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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【アマゾン川】ジャングルクルーズ


ライター:有馬秋人





セフィロトはジャングルの中に孤立している。
そこで唯一、他の土地と繋がる道。それがアマゾン川だ。
河口の方とは違って、マナウスからセフィロトの辺りは対岸が見えない程広いって事はない。
それでも、セフィロト建造の際には、外洋で使う様な巨大な貨物船が川を遡ってきて、その資材を運んだというから、アマゾン川の大きさがわかるってもんだろう。
人も物資も、このアマゾン川を通して運ばれている。貨客船の定期航路もあるし、少々稼げば手漕ぎのカヌーくらいは簡単に手に入る。
船旅をしながら、マナウスまでゆっくり過ごしてみるのも良いかも知れないぜ。
ところで‥‥お前さん、船酔いに弱かったりしないよな?






* * *






船体にあたる波の音は、船内には聞こえない。壁に耳をつければ聞こえるだろうがそもそも聞くことに意味があるはずもなく。水中を中が接近してくるという事態でもなければ耳をつけることはないだろう。
「ヒカル?」
黙り込んでいるヒカル・スローターにアルベルト・ルールは声をかけた。
「いや、そろそろ始めるとしよう」
視線をめぐらしたヒカルに応じるのはアルベルトともう一人の視線だ。アルベルトは自身が同席を求めた仲間であり、今一人はらしくもなくこの会談を申し出た男だった。義理の息子であり、相容れないという意識が強く出てしまう相手。アレクサンドル・ヨシノ。悠然と構えてテーブルにつく様は、ここがクルーズシップの中とは思わせない。一級ホテルにいるような面持ちだ。もっとも、どこであろうとこの相手はこの態度を崩さないのだろうが。
会談の舞台として貸しきられたこの「TUSHIMA号」は岸を離れて十数分といったところ。太く流れるアマゾン川の中ほどでゆっくりとした速度で下っていく。
出航してすぐに始められるほど呑気な性格ではなく、ここが本当に会談の場所として安全なのかを見極めるためにも儲けた十数分の時間。
ヒカルの促しにアルベルトもテーブルに着きなおした。
「紹介の必要があるのはアルベルトだけかの」
「たぶんな」
「知識としては知っている相手ですな」
「と、調べたことを隠しもせずぬけぬけと抜かすのがアレクサンドル・ヨシノだ」
そんな紹介にアレクサンドルは片眉を上げ、アルベルトは聞き覚えのある苗字に首を傾げる。二人の考えに気付かないわけではないだろうに、ヒカルはさくっと話を進めようとするが、さすがにそれは遮られた。
「ヨシノ?」
「私の義理の息子だ」
「そう嫌そうな顔をしないで頂きたい」
渋面で応えるヒカルにアレクサンドルは肩を竦めた。口で言っているほど不快を感じていないのは明らかだった。二人の微妙な関係にいやでも気付いたアルベルトは、藪を突いて蛇を出す、を実行しないようにそのあたりは曖昧に受け止めることにする。
「まぁいいけどな。で、話をしようか」
「その前に、どうして彼がここにいるのかを教えてもらえますか」
アルベルトを目で示したアレクサンドルに、ヒカルはああと頷いた。
「取引の材料を握っている一人だよ、アレと対峙したのは何も私一人というわけでない。それは、そちらも理解している事項だと思っておったが?」
「分かりました。ですがあまり人数が増えるのは望ましくない」
「それは愚問だろうに」
ヒカルは、今日のこの会談について相棒に話していない。いや、アレクサンドルという存在に関して詳しく話したこと自体がない。ことが相棒の仇についてだと言うのに、それでも話す気になれなかった。相棒とて何も気付いていないわけではないだろうが、口にだして何かを言われたことはなかった。
ヒカルとアレクサンドルのやり取りを聞いていたアルベルトは、黙って思考に着手した。この会談に参加しないかと問われたとき、ヒカルの相棒がこないと聞いて酷く意外に思ったのを思い出す。そしてそれと同時に何か納得してしまったこともまた、思い出していた。
アルベルトの目から見たアレクサンドルという男は硬い印象だった。型破りなことをしでかす相手とはまともな会話は成り立ち難いだろう。このせっかくの機会を有効に利用したいと言うのであれば、人選に誤りはない。
仇を作り出した機関との会合だ。笑ってやってくるとは思えない。
義理の親子が作り出す、空々しい会話を聞きいていたアルベルトは、前置きというものを好まない同士でありがちな、直接核心に突っ込む空気に突入したのに気付いた。今までのあの会話は全て単なる挨拶代わりか、開始のファンファーレ代わりだったようだ。
「さて、こちらが欲しいカード、そちらが欲しがっているカード数、同等だと無難だが」
「価値の問題もあるでしょう。いや、鮮度の問題でしょうか」
情報としての鮮度。それを指摘されて痛いのは、むしろアレクサンドルの方なはずだ。けれど男は泰然とした態度を崩さずに、自ら提示してしまう。
「ふむ」
その意図を探ろうとヒカルが考え込む体勢を見せるが、応えを出すより先にアルベルトが口を開く。
「まどろっこしいな」
「そうかね、互いのカードについて詮索する行為は駆け引きには重要――」
「駆け引きするってこと自体が、だ」
「アルベルト?」
険のある表情で言い切ったアルベルトにヒカルが怪訝そうな顔をする。こんな風に物言いをするのは珍しいとでも言いたげな。
「正直に言う。俺はあんたの属する機関を信用できない」
きっぱりと言い切った相手にアレクサンドルは僅かも表情を変えない。内心の伺えない鉄面皮に怯むことなくアルベルトは言葉を続けた。
「だから駆け引きなんて無駄な時間を浪費したいとは思わない」
「……こちらが提示できるカードは全て三年前のデータ、種類はそちらが望む限りでタブーに抵触しない程度」
きつい視線を真っ向から受け止めて、淡々と簡潔な答えをだした男にアルベルトは唇を擡げる。
「上等だ」
「条件に合致したようでこちらとしても行幸ですな」
「えぇい勝手にすすめるでない」
アルベルトの対応に唖然としていたヒカルが文句を言うと二人はそろって肩を竦めた。こういうところで息の合う様を見せられると益々腹が立つ。
「まぁ良い、こちらのカードはこの一年のデータ。種類としては狭領域での戦闘、広範囲での戦闘、プラス経験と目撃、といったところだ」
「十分でしょう」
浅く顎をひいたアレクサンドルは、内心で素早く計算をめぐらせていた。サイボーグ兵士量産を目的とした『計画』が頓挫してから早3年がたつ。その間、機関も手を拱いていた訳ではないが、進展は僅で。それ故に、だめもとでヒカル達の仇討ちを黙認してきたわけだ。
そして今後の討伐を考える上で、ヒカル達の持つ戦闘データがどうしても必要となってきたと結論を下したまでだ。エノアのスペックや機数など古いデータなので提示しても惜しくはない。要は死体とデータを回収できればそれでいい。
カードの種類は告げた。あとは枚数をどれだけ少なくして最大の利潤を手にするかだ。
駆け引きは面倒だと言い切った青年を視界に中に収めて、気付かれないほど微かな笑いを浮かべた。まだ若い、考え自体が甘いと思う思考が科白の端々から察せられる。それでもその挑発に乗ったのは義母の持つカード内容を手っ取り早く知る方法だと割り切ったからだ。すなわち、これも一つの駆け引き。それをこの青年は自覚しているのかいないのか。
「ノスフェラトゥは一体じゃないだろ、何体作ったんだ?」
アレクサンドルの視線に気付いたアルベルトが、皮切りは自分だと主張するように問いを投げつけた。
こちらから手の内を晒す必要性などどこにもないのを知っているが、あえて札を切ることにした。





緑に埋もれるような岸に屈み、エノア・ヒョードルは上流を伺う。濁った水面に船影は見当たらず、標的が未だ現れないことを知らしめる。自分を狙う二つのグループの会談が成功するかどうかは分からなかった。この二グループの会合が頓挫するとは露ほども思っていないのは、よほど情報網が発達しているのか、事情に通じているのか。いいや、エノアは知っているだけだ。この二つが互いに譲歩するべきタイミングを計っていたことを。そしてその背を押したのは、エノア自身。
成したことはそれほどなかった。アレクサンドルとヒカルの廃棄したメモなどから筆跡をマスターし、手紙を偽造する。手紙には譲歩してもいいような文句を書き手の性格の範囲内でしたためていた。相手がエノアの設定した会談場所に、間違いなく来るように。
会場にもなる船を借り切ったのエノアだ。予定通りなら船はそろそろ出航している頃合だ。船影が見えるのも時間の問題だろう。
傍らに寝かせていた銃器を手にする。小柄の体はオールサイバーである故の力強さを持ってして、引き上げた。通常であれば持ち上げるのも一苦労だろうそれを担ぐようにして固めた。狙点を定めるように目を眇めた。





ヒカル側はノスフェラトゥのスペックや、思考パターン等々。アレクサンドル側は実際に対峙した際の戦闘データや思想傾向。互いの情報を望む量だけ引き出せたと確信したところで、多少空気が緩んだ。少しは談笑でもしようかという雰囲気に、ヒカルが髪をかき混ぜる。艶のある漆黒がさらりと流れる。
「しかし、そちらがこうも思い切った手にでるとは思わなんだ」
「…どういう意味です」
「どうもこうもない。そう勘繰るでないよ。私は純粋に感心しているだけだ」
ヒカルの科白にアレクサンドルの表情が変わっていく。アルベルトが目を見開くほど明確に、顔色は変化する。
「義母上っ」
「…まさか」
義理の息子の反応に、ヒカルも漸うと事態に気付く。言いたいことを互いの表情で読み取った二人は同時に口を開いた。
「ではこの会談を設定したのは誰だ」
「我々が手を組んで得するのは誰だ」
呆然とした二人の科白で、アルベルトも理解する。そして二人とは違う視点で状況を考える。
「と言うより、俺達を一箇所に集めるのが目的だったりな」
ヒカルとアレクサンドルはアルベルトを振り返った。
「案外そうかもしれぬ」
「と言うことは、いつまでもここに止まっているのは不都合ですね」
先までの同様を綺麗に拭い去った声だった。
「上に出てみるか」
「船は自動操縦、か」
「設定がどうなっているのか見てきましょう」
三人は立ち上がる。
「しっかし…どういうことだ」
ぽつりと零れた声があたりに聞こえたかどうか、口にしただろう本人にも分からなかった。事態の根底にあっただろう疑問が露呈させた現状を把握しようと行動を開始した直後だというのに、急激に舞台が揺れ動いた。物理的に、激しい振動が空間を揺らす。
「っ」
「ヒカルっ」
先頭に立っていたヒカルが揺れに耐え切れずに体勢を崩す。咄嗟に手を伸ばすアルベルトだが、二番手にいたアレクサンドルが義母を支える方が早かった。
「気をつけてください」
「ああ」
体勢を立て直すのを確認して手を離したアレクサンドルはそのまま先に外に出る。
「大丈夫か」
「平気だ、しかし…この揺れは」
「揺れだけじゃない、たぶん水が入ってきてるぞ」
あの振動と同時に、何かにぶつかった音がした。まるで着弾したかのような。
遅れて上に出た二人は、きつい顔で遠くを睨むアレクサンドルを見た。その視線の先を確認して。
「ノスフェラトゥ?」
ヒカルの相方そっくり顔がそこにあった。携帯式の対艦ミサイルを携えている姿に、先ほどの衝撃の正体を知る。
下手をすればあのまま爆殺されていただろうが、相手のミスなのかそれともこちらの運のよさなのか、エノアの放った弾は船のどてっぱらに穴をあけていっただけらしい。内部で爆発されれば危なかった。
今はまだ分からないが、そう経たない内に船の中に水が溜まり、沈んでいくだろう。幸いカナヅチはいない上、質量的に水と相性の悪いオールサイバーも載っていない。
「……まさかこのセッテイングは」
「貴奴、か」
アレクサンドルの独り言にヒカルの重い声が重なった。
いつの間に互いの手の内を見られていたのだろう。いつの間にそんな戦略が立てられるようになったのか。そして何より、いったいどこまでを想定して、どういった未来を引き寄せるつもりでこの会談を作り上げたのか。
計り知れない成長速度。
藻屑と化してしまうところだった二人は、急に空気が冷えたように感じた。
その横でエノアの姿を見ていたアルベルトが縁ぎりぎりまで寄って叫んだ。
「ここに来いっ」
「アルベルト!?」
相手は相棒ではない、といわずとも分かる事項を口に仕掛けたヒカルは、真摯な顔を見て言葉を飲み込む。相手が、紛れもないノスフェラトゥに叫んでいると分かったからだ。
「お前は、俺たちの知らない何かを知っているはずだ!」
身を乗り出して、届いているかも分からない、けれど届いているだろうと考えて叫ぶ姿は必死だった。
アルベルトは先の情報交換で得た、ノスフェラトゥの個体名を口にする。
「エノアっ、エノア・ヒョードル!」
その名前を叫んだ刹那、失敗に終わった襲撃に何か思うことがあったのか顔を伏せていたエノアがくんっと顎を上げた。射抜くような眼差しがアルベルトと交差する。一瞬の出来事だった。すぐに相手は身を翻し、緑の中に消えていく。アルベルトは掴んだ縁に力を込めて、息を吐き出した。
「ヒカル、俺はあいつが敵だと思えない」
「……だが、現実として敵だぞ」
「何かがおかしい、かみ合わないだろ、どこか……前提が間違えているみたいに」
沈んでいく船の上で、焦りなど少しも見せずに零す姿だ。二人が言葉を交わしている間にアレクサンドルは船内に戻り、無線機で至急向かえを寄越すよう指示を出している。
アルベルトはそのアレクサンドルから得た情報を、脳裏でゆっくりと回して違和感の原因を燻りだす。
「ノスフェラトゥはコードネーム。プロジェクト名に近い…複数体存在する。だったら…」
そこに何かがあるのではないか。自分たちの知らない、エノアだけが知っている何かが。
ヒカルはエノアの消えた方向を眺め、感情を宥めるように表情を律した。
「或いはそうかもしれん、だが…」
全てのことに答えを出すにはあまりにも情報が少なく、また、その情報を入手するための手段は今のところ与えられていない。
だったら。
「戦うしかなかろう?」
「……」
相手が何であれ、襲い掛かってくるのは本当だ。そして火の粉は振り払わなければこのセフィロトの塔で生きていくことなぞ出来やしない。たといどれ程納得のいかない事態でも、生きたいと願うのであれば、たった一つしかない命を守っていくしかないのだ。
手に武器を携え、心に牙を秘め。
黙り込んだアルベルトから視線を外し、ゆっくりと流れていく岸辺を眺める。その奥に消えていった存在に、ヒカルとて単純ではない感情を抱いている。
生きるために戦う、という行為。
それはおそらく、あのエノアも同じことなのだろう、そう思ってしまう自分がいるのを改めて実感していた。



2006/09/..




■参加人物一覧

0541 / ヒカル・スローター / 女性 / エスパー
0552 / アルベルト・ルール / 男性 / エスパー
0713 / アレクサンドル・ヨシノ / 男性 / エスパー
0716 / エノア・ヒョードル / 女性 / オールサイバー




■ライター雑記

ご依頼有難う御座いました。
今回はご注文頂いた文脈に沿う形で、少し依頼文どおりからは外れた形のものになりましたがいかがでしょうか。
前々から書かせていただいている話を下敷きにして、ご依頼文をアレンジした形になっています。
少し私の遊び心も入っていますが、楽しんでいただけることを願っています。