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<東京怪談ノベル(シングル)>


真夜中の妖精
●針路は南
 南米上空を1機の大型飛行艇が飛んでいた。見る者が見れば、それがC180フライングホエールであることはすぐに分かったであろう。ただし、日中の明るい時にならだ。
 時刻は夜、真夜中と言ってもいいかもしれない。フライングホエールは南下を続けていた。しかし街の明かりが地上に見えてくると、わざわざとそれを避けるようにして進んでゆく。妙な動きだ。
 その理由は、フライングホエールの所属を考えてみればすぐに分かる。新合衆国海軍所属だ。それが何故か南米上空を飛んでいるということは……何がしかの任務を帯びてのことだと考えるのが妥当だろう。それも街の明かりを避けていることからして、秘密の任務であると。
 街の明かりが遠ざかり、フライングホエールは本来予定されている飛行ルートへと戻ってくる。少しして、副操縦士を務めているフィリオーナ・ピカードは操縦席を離れて、操縦室の外へ出た。身体を大きく伸ばすためである。
「ん……んんっ……」
 さすがに長時間操縦席に座り続けていると、身体のあちこちが硬直しているように感じられた。それを少しでも解すべく、フィリオーナは柔軟体操を始めた。
 と、そこに1人の女性軍人が現れる。機内のサービス係を務めている者だ。
「あっ」
「あ……」
 目が合って、女性軍人とフィリオーナお互いが言葉に詰まる。こういう時、妙なタイミングで目が合ってしまうと、どうしてよいか反応に困ってしまう訳で。
「……こほん。乗客の様子はどう?」
 何事もなかったかのように軽く咳払いをし、フィリオーナが女性軍人へ尋ねた。確か今回の乗客はただ1人、若い女性であった。ちらりと見たが金髪に緑の瞳、スタイルもよさそうでまだ20歳にもなっていないのでは、と思わせる女性だ。
「は、はいっ。今、お腹が空いたと、ハンバーガーを食べている所です」
「……ハンバーガー?」
 思わずフィリオーナは聞き返した。
「ええ、今3個目を。美味しそうに、もぎゅもぎゅと」
「……何者なの……?」
 首を傾げるフィリオーナ。このフライングホエール、今回は秘密任務を帯びて飛行中だ。すなわちその乗客も、何がしかの秘密任務を帯びているはずである。そんな状況にあって、3個も美味しそうにハンバーガーを食べられるとは、いったいどういう神経をしているのだろう。もしかするとザイルより太いのかもしれない。
 フライングホエールはさらに南下を続けていた。

●事情説明
 それから2時間近く経っただろうか。南下を続けていたフライングホエールは、アマゾン上空で川を遡る針路を取っていた。思うに、アマゾン川のどこかで着水を行うのであろう。
 だがしかし、地上に広がっている川の状態はそれを許してくれそうになかった。大雨の後なのか、増水して流木が多いのだ。こんな状態で着水することは無謀だ。
 結局、正操縦士の機長判断で本来の着水予定地点を諦め、安全のために着水地点を下流へと移すこととなった。
「ピカード副操縦士。乗客にこの旨を伝えてきてくれたまえ」
「はっ!」
 正操縦士の命令に敬礼で返すフィリオーナ。操縦室を出ると、そのまままっすぐに乗客の所へ向かった。
 マントで身体を包んでいる乗客の女性は目を閉じて、座席の背もたれに体重を預けていた。フィリオーナは女性に声をかける。
「お休みの所申し訳ありません、よろしいですか」
 その声に、女性はパチッと両目を開いた。どうやら眠ってはいなかったらしい。
「到着したの?」
「いえ、実は……」
 かくかくしかじかと女性に事情を説明するフィリオーナ。女性は一通り話を聞いてから、小窓のブラインドを少し開けて外を見た。
「ふぅん……なるほど、ね」
 そうつぶやくと、女性はすくっと立ち上がってフィリオーナへ言った。
「このまま降りるから、時速150ノット、高度100mに落として」
「はいっ?」
 思わず聞き返すフィリオーナ。だが女性はそれに答えず、ドアの方へとすたすた歩いてゆく。
(オールサイバー?)
 少し落ち着きを取り戻したフィリオーナはそう考えた。が、女性の足元を見ていると、マットに深い足跡はついていない。オールサイバーであればその重みからして、足跡がぐっとつくはずである。
(……エスパーかな?)
 なるほど、エスパーであれば足跡の問題は説明可能だ。テレポートでもして降りるつもりなのだろうか。
 ともあれフィリオーナは、機内通信機で機長に了承を得ることにした。機長了承、フィリオーナは女性の後を追った。

●妖精、舞う
 ドアの前ではすでに女性が待機している。マントは脱ぎ捨て、中は戦闘服姿に身を包んでいた。
「機長が今、時速と高度を調整しています」
「分かったわ」
 フィリオーナが伝えると、女性は短く答えた。その顔に緊張の様子は全く見られない。平然としたものだ。
(いったいどういう人なんだろう……)
 不思議に思うフィリオーナ。女性はまるで謎のベールをまとっているように感じられた。
 ややあって、機内通信機で機長から連絡がくる。調整完了、15秒後にドアを開けるよう指示される。そしてきっかり15秒経ち、フィリオーナはドアを開いた。
 ゴウ、と機内へ風が吹き込んできた。フィリオーナは飛ばされぬようドアをしっかとつかんでいた。
「ありがと。じゃ……あとはよろしく頼んだわよ」
 女性はそう言って敬礼すると、フィリオーナにウィンクしてから勢いよく真夜中の闇の中へ飛び降りた。当然ながらパラシュートの類など、一切つけてはいない。
 落下してゆく女性の背中がフィリオーナの目に飛び込んできたその時――信じられない光景がそこにはあった。何と女性の背中から、光の羽根が生えたのである。
 女性は背中に生やしたその光の羽根で、一旦浮上をした。開け放たれたドアの外、フィリオーナと同じ目線に女性は戻ってきた。
 女性はくすっと悪戯っぽく微笑むと、再び敬礼をしてから今度こそ地表へと降りていった。
「…………」
 フィリオーナはしばし小さくなってゆく女性の姿を呆気に取られて見つめていたが、はたと我に返ってドアを閉じた。
 それからゆっくりと操縦室へ戻るフィリオーナ。歩きながら、自分が今見た光景が何だったのか考えていた。
 そして出た1つの結論。
「あれは、タイプ・フェアリィ……もしかして、マチュ……」
 フィリオーナがそう言いかけた時、機長が目で先の言葉を止めた。悪戯っぽい笑みとともに。
「……妖精を見ても、大人に話しちゃいけないんでしたね」
 フィリオーナはこくんと頷くと、機長へ微笑みを向けた。それはやはり、どこか悪戯っぽい笑みで。
 そういえば、妖精は悪戯好きという。

 ……伝説と呼ばれるサイバーボディが存在する。TX2043、いやタイプフェアリィという呼び名の方が有名かもしれない。審判の日直前に作られたという噂の超強力ボディだ。
 ゆえにそのボディを持つ者もまた、伝説と呼ばれる存在といえよう。その中にはこの女性の名前がある。マチュア・ロイシィと――。

【END】