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第一階層【ショッピングセンター】救援
振り返ればきっと奴らはいる。
ラジオビジターを聴取中の皆さん、番組の途中ですけど、ここでレアに緊急通信が来てますよ〜
報告者はラジオネーム『恋するビジター』さん。えーと‥‥ショッピングセンターで偶然、救難信号をキャッチ？ 救援に行きたいけど、弾薬がもう少ないから自分は行けないと。
ふみふみ、リスナーの皆さん、ショッピングセンターから救難信号の発振を確認しました。
余裕のある方は、救援に向かってくれると、レアは嬉しいです。
敵の罠って事もあるし、助けに行ったら大戦力がって事も有り得るから、十分に注意してね？
では、救援に向かう皆さんへ、レア一押しの曲をプレゼント。
と、その前に、救援に向かう皆さんは、今から言う周波数に通信機をあわせてね？ それで、救難信号をキャッチできるはず。
シオン・レ・ハイは、いつも通り相も変わらず貧乏だった。貧しかった。いつもの事だが気持ちのいいものでもウキウキするものでもない。
シオン本人はそれを熟知していたので、せめて現状維持ー借金生活だけは避けたいーを、なんだったら右肩上がりに持って行きたい。それはシオンだけでなく人として当然といえる考えだろう。
だからちょくちょくセフィロトに入って何か掘り出し物が無いか探索している。
今のところ成果は殆どマイナスに近い。
かといって何もしなければ哀しく切ない借金生活に突入してしまう。大昔の音楽家や画家じゃあるまいし、借金生活なんてしていたって格好付かない。
そんなわけで。
シオン･レ･ハイは今日もセフィロト内部を探索するのだ。
ショッピングセンター。そこは（いろんな意味で）魅惑の場所。タクトニムも多いが掘り出し物も多い。病院跡より安全で同じくらい良い物が拾える確率が高い。
シオンはトレードマークとも思える漆黒のレザーコートをたくし上げて、物品除去作業に勤しんでいる。勿論あたりへの警戒も忘れない。
最近この辺りで新しいタクトニムの情報が囁かれている。首に手榴弾を数珠繋ぎにかけ、動きも素早く何より強力なのが巨体を活かしたタックルらしい。推測なのは、ビジターキラー並の強さを誇り、遭遇率はそれ以上に低いからだ。
ふう、と一息ついてシオンは額を拭った。オールサイバーなのだから汗など掻かないが、気分である。
見渡してみると、大して区別されていない。何時間かやっていた筈だが。
部屋の片付けと似ている。と、シオンは感じた。とっちらかった部屋を片付けていると、散らばっている漫画とかついつい読んでしまって、無駄に時間が過ぎていき、半日経っても何も変化していない。
「貴方にもそんなご経験ありませんか？」
ポツリと口から出た言葉に、誰よりも（誰も居ないけど）驚いたのはシオン自身だった。
「わ、私は今何を口走ったんでしょうか･･････」
疲れているのだろうか。目頭を押さえて暫く眼を休ませる。サイバーアイの調子はすこぶる良い。体のメンテナンスも大事だが、何より視力が大事だ。必ず最初に、そして一番念入りに手入れをする。ただ、うさ耳をつけたメイド（男性）を見ると、途端に悪くなってしまうのが玉にキズ。
それはそうと、まかり間違って抗ＥＳＰアイテムでも転がっていれば万々歳だ。
例のタクトニムを倒せば、ギルドから報奨金が貰えるかもしれない。
そんなウハウハな皮算用をしていても、シオン・レ・ハイはセフィロトが誇る紳士。と自称。表情は実に厳格そうだが温かみのあるもののままだ。
さてそろそろ探索再開―
そうしようと腰まで届く少し癖のついた髪を束ね直そうとした時、その音は聞こえた。
朱・瑤は久しぶりにセフィロトに来ていた。目的はいくつかあったが、そのどれもがいい結果を齎す様子が見えなかったので、そろそろ帰る算段を整えていた。
何対かのイーターバグを倒し、疲れて体力も落ちかけている。
結わえてあるとはいえ、長い髪が体の前面に出てくると少々鬱陶しい。無意識のうちに後ろへ払う。両手に持っていた子母鴛鴦鉞は左手に預ける。いくらとりあえず回りに気配は無いとはいえ、無造作に置いたりする程無用心ではない。
前を見ても後ろを見ても、当然と言って然るべきか右も左も廃墟だ。ここまで荒んではいないが、瑤の心中も少し似た箇所があるかもしれない。
瑤の探し人である友人は、今どこで何をしているのだろう。この時代に居るとは限らないのだが、けれど必ず出会えるような予感もするのだ。何を伝えたいのか、まだ心の中がもやもやしていてはっきりはしていない。が、友人を探し出して再開したい気持ちに少しの偽りも無い。
気を取り直し、辺りを見回す。やはり何の気配も感じられないのを再確認し、ＥＳＰで塒に戻ろうかと意識を集中させた時、その音は聞こえた。
御機嫌な様子で物騒なセフィロトを闊歩していたのは、ビオラ･エニグマだ。何故ご機嫌なのかといえば、アルバイトして貰ったお給金で大のお気に入りの肉饅頭が２箱分買えたのだ。黒いブラウスに白のリボンタイ、赤のパンツとゴシックに衣装はいつもの通り。
そんなに好物ならば安全なところで食べればいいものを、と傍から見たら思うものも多いだろうが、ビオラはまだセフィロトに着たばかりなので、危険度云々よりも好奇心が勝るのだ。
この間は中央警察署近辺とショッピングセンター行った。今回も後者の方に着てみたのは、なんだか色んなものが落ちていて楽しそうだったからだ。肉饅頭はお弁当としての役割もかねている。
３つ目の肉饅頭にかぶりつきながら、ビオラは地図を見ていた。ショッピングセンターの外れに備えられているゴミ捨て場の地図だった。ヘブンズドアで小耳に挟んだ所によると、ここのゴミ捨て場にはなかなか優れ物が落ちているらしい―という事だった。
ビオラとて人の子であり、生活していくには現金、もしくはそれに相応するものが必要だ。そんなわけで、再び訪れていたのだが。
ゴミ捨て場とは違う方向から、空を劈くような高い警笛音が聞え、ビオラは慌ててその方向へと向かって行った。
ツヴァイレライ･ピースミリオンは、基本的に腹が黒い。腹が黒いのを隠してはいないから厳密には腹が黒いとは言えないのかもしれないが、ともかく彼は他人の事なんてなんとも思ってはいないし、他人からどう思われようとも別に気にしていない。
そんな彼がセフィロトに来た理由はまぁ色々あるのだが、今現在塔内にいる理由は、未確認タクトニムを見るためである。それ以外の理由は何一つとしてない。
だから警笛音が聞えた時だって、柳眉を潜めただけだった。静寂を楽しんでいた彼にとって、それは騒音以外の何者でもなかった。
筈、だが。
たまたま信号が発信された場所の近くに居たので、駆けつけてくるビジターの姿は良く見えた。
まずはじめに見かけたのは、誰が見ても高級なものだと判る黒のレザーコートをまとった、長髪の男だった。年の頃までは判らなかったが、ツヴァイレライは他人以上に男性に興味が無かったので当然無視した。しかし、次に眼に入ったのは、黒の功夫服を身にまとったポニーテールの人物だった。両手には見慣れない武器を手にしている。その暫く後、空間に突然現れたのは、赤い髪の華奢な人物だった。膝丈のパンツ姿が良く似合うな、とツヴァイレライは思った。
ツヴァイレライは、他人の粗を探すのが大好きな性質の悪い男である。が。自分も人並み以上に粗が多いと言う事をよくキレイサッパリ忘れている。
要するに、駆けつけようとしている、瑤とビオラを年頃の女の子と勘違いしたのである。
トキノ･アイビスは上品なレース編みの入ったクロスのかかったテーブルに、お気に入りの紅茶セットを載せて、ゆるりと午後のひと時のまどろみを味わっていた。
「審判の日」以前より現在まで、西洋白磁器の原点とまで謳われている一品である。どうやって入手したのかは謎だが、トキノは実に優雅にティーカップを持ち上げ、欠片の品位も落とさずにダージリンを口に運ぶ。ダージリンは特に硬度の高い水を用いると良く香りが出ると言われるので、この一杯の為にわざわざ遠くヨーロッパから硬水を仕入れてきたのだ。このご時勢に、ある意味最高の贅沢である。
「･･････ふ。確かに素晴らしい」
一口飲み、カップから漂う湯気と芳香にしばし心を傾ける。
ゆったりとした服の袖がしゅす、と雅な衣擦れの音を響かせる。まるであたり一面、どこかのお屋敷の庭園のような雰囲気に染まっていた頃。
つい、と眼を上げると、トキノの前に存在していた大きな螺旋階段を、文字通り猛烈な勢いでかけてくる人物がいた。
平均成人男性の立てる足音よりもずっと重い足音なのはすぐに判った。だから多分サイバーなのだろうな、と漠然とトキノは予想し、しかし紅茶を飲む手は全く止めずにいた。流石の豪胆さである。
しかし、足音の人物の姿を確認したら、それは彼の性質上何もせずにはいられない。
シオンはまっすぐ走っていた。
救難信号が出されているのだ。同じビジターとして、助けないわけには行かない。シオンとて見ず知らずのビジターに助けられて事もある。このセフィロトは持ちつ持たれつ、助け合いの精神が結構根付いているのだ。勿論、全く気にしない者もいるが、シオンはそんな薄情ではなかった。
急いでいた。だからかも知れないが、ちょっと注意が疎かになっていたのもまた事実。
突然、螺旋階段の踊り場から繰り出された剣戟。
残っているのはいないのかは本人だって判っていないが、俗に言う脊髄反射で辛うじて避ける。
「なっ、なんですか、いきなり！」
壁に背中を押し付けて繰り出した相手に問う。もくもくとコンクリートのカスが宙に舞い、視界を遮る。
しゃっ！
第二撃が繰り出され、これも寸での所で首を捻って交わす。
「･･････ほぅ。避けたか」
「避けますよ、当たり前じゃないですか･･････って」
敵の名称・トキノ･アイビス・オールサイバー。
可愛いわが子に厳しくする憎き男。シオン視点で。
相手に対する認識はお互い同レベルなので、余計にソリが合わない。
嫌いとか憎いとか、そういうレベルではない。もっとこう･･････超越しているのである。
「救難信号が出ているにもかかわらずに、こんな所でお茶ですか。なんと優雅な事で」
「黙れ。誰かに助けを借りねばならんのなら、こんな所に来るものではない」
どちらの言い分も割りと受け入れられそうなものだ。どちらか悪なのではない。どちらが正義なのでもない。ただ、果てしなく相性が悪いだけなのだ。
バチバチと二人の視線が混じる。本当に静電気くらいなら起こせそうな勢いだ。
「･･････もしかして、シオンさん、ですか？」
声質はまだ少年然としているが、落ち着いた口調のこの声にシオンは確かに覚えがあった。振り向くと、小柄でまだあどけなさを残す少年が立っていて、シオンとトキノを見つめていた。
「貴方は･･････朱・瑤さん、ですか？」
「はい」
少し笑いながら、少年―瑤は答えた。奥にいるトキノにも丁寧に自己紹介をした。シオンの知り合いだと思ったのだろう。間違っていないが、二人が聞いたら光よりも早く否定しそうではあったが。
「僕は救難信号が上がったのを聞いて来たんですけど･･････お二人も？」
「ええ、私はそうです」
「そうなのですか、どこから上がっているのかご存知ですか？」
シオンの事はいっそ気持ちいいくらいに無視してトキノが瑤に問いかける。瑤も瑤で、特に気にせず返事をする。決して悪気があるわけではない。
「確かこの屋上のあたりから―だったと思います。そこに何かの気配もありますし」
瑤が指し示す方向を、オールサイバー二人は揃って見上げる。彼ら二人には特に感じられないのだが、瑤は生態感知能力も持っているエスパーなのだろう。そうでなければ、セフィロトにこの軽装は無謀を通り越して自殺志願者だ。
「とにかく行きましょう。話しているよりはその方が有益でしょう」
くるりと踵を返して、トキノは踊り場から伸びる上へと続く螺旋階段へと歩みを進める。瑤は頷いてトキノの後を若干早足で追いかける。長身のトキノとでは歩幅が大分違ったようだ。シオンはトキノの存在が鬱陶しかったが、瑤の前であまり険悪な所を見せるのも大人気ないとでも思ったか、１度頭を振った後、二人の後を追った。
「ちょ、ちょお待ってぇな、おっちゃん等!」
しかし誰も止まらない。
ＥＳＰテレポートで踊り場まで辿り着いたビオラだったが、少々遅かったようで、三人の背中を見つけて慌てて声をかけたのだが。
まだ十代の瑤はともかく、シオンもトキノも自分が“おっちゃん”だとは欠片も思っていないらしい。おじさん、とかだったらシオンは振り向いただろう。子持ちはみんなおじさん・おばさんになるものだ。
「待たんかい、そこの黒々トリオ！！」
腹の底から出した声は、ようやく三人に届いた。
三人は、髪も黒ければ服も黒いという、ビオラの例えが正しいとも思える外見だ。
シオンはゲンナリした様子で、瑤は不機嫌そうに、トキノは冷たい視線を放ちながら、ビオラを振り返る。その歓迎しているとは到底思えない態度に、ビオラは大分戦いたが怯まず、愛想良く声をかけた。
「な、なぁ、自分等も救難信号見たんやろ？ボクもそれ見てここに来てん。一緒に行ってもかまへんやろ？あ、ホラ。オチカヅキの印に、みんなでこれ食べよ！」
抱えていた箱の一つを差し出し、蓋を開ける。２箱持っていた筈だが、既に１箱分食べ終えたらしい。
にこにこと笑顔のビオラを見、そして三人はお互いを見やる。
沈黙を破ったのはシオンだった。
「いただきます。どうもありがとうございます」
勿論、空腹だったから肉饅頭に手を出したのではない。決して。
セフィロトだからというわけではなく、こんなご時勢で出会った直後の相手を信じるのは危険なのはよく判っていた。しかし、こんなご時勢だからこそ、人を信用するという事は難しいが尊い事だ。
「･･････美味しいですね。どこのお店のものですか？」
租借した後、シオンがビオラに問いかけた。嬉しかったのか、ビオラはとてもご機嫌に答えていた。それを見ていた瑤もおずおずと肉饅頭に手を伸ばし、一口かじる。
「―本当だ。美味しい」
普段はあまり人に見せないような、年頃の少年らしい表情になる。
しかしトキノだけは肉饅頭に手をつけなかった。仲良くしたくなかったわけではない。肉が大して好きではなかったからだ。
「そろそろ行きましょう。こんな所でのんびりとしている場合ではないでしょう」
苛々した様子は見受けられないが、急かしているのは確かなようだ。
トキノの言うとおりで、信号が上がってから五分と立っていないが、この場合の５分はエメラルドよりも貴重だ。
シオン、瑤、ビオラははっとして顔を上げ、気まずそうに顔を見合わせた。そしてトキノが再び足を進めようとした時、また彼の癇に障る男が現れた。
「ねー、君たちどこ行くの？」
銀髪に不似合いなハチマキを巻き、青基調のレトロなデザインのコートを着た、どこか病的な雰囲気の随分と端正な顔立ちの青年が気取ったポーズで立っていた。ツヴァイレライだ。
彼は瑤とビオラを年頃の女の子だと勘違いしていたので、二人に声をかけたのだ。もしかしたら、シオンとトキノは存在そのものが視界に入っていなかったかもしれない。
ツヴァイレライの方を振り返った、瑤とビオラを見て、彼は絶句した。
二人は小柄で華奢な上に髪も長いし、男子にしては端正な顔立ちをしているからパッと見て女の子と見間違える可能性も低くは無いが、正面から見たられっきとした少年だと判る。
「ボク等信号の発信元に行くんよ。なん、ニィちゃんも信号見つけて来たのん？」
「いやつーかもうどうでもいいから。帰るわ」
顔も見ようとしないでトキノとは逆の方向に踵を返す。しかしその時。
ピィィィィィ！
救難信号の警笛音が鳴った。２度目である。
４人が頭上を見上げる。残り一人は退屈そうに大きな欠伸をしている。
「急がないと･･････！」
「ほな、ボクのＥＳＰで行こ！５人くらい平気や！」
ツヴァイレライが逃げるよりも早くビオラは彼の腕を掴み、テレポート能力を発動させた。
広く白い光りが当たりを照らし、そしてゆっくりと消えていった。
ショッピングセンター中心地にある、数十メートルもの高さになる展望台の頂上は広々としている。屋上まで上り詰めても尚天井までは程遠い。
このり場所も雑然としていた。ベンチは横倒しになっているし、そまくせ高級そうな小箱等まで散らばっている。
「ったくなんで僕まで･･････」
酷く不機嫌な態度を隠そうともせずに、ツヴァイレライが嘆息する。ビオラが宥めているが、男に慰められても全く嬉しくない、と言いたげにビオラを見、目を逸らす。
「ここから出ているはずですよね」
辺りを見回し、発信者の姿を探していた瑤だが、何の姿も見えないのを不審に思ったらしい。
シオンはその高性能なサイバーアイを使い、あたりを調べ始めた。いつものオチじゃありませんように、とこっそりと祈ったのはここだけの話。
望遠機能とＩＲを使い分けて、生態反応を探していく途中。
シオンのその両の眼に、あるものが飛び込んできた。そりゃもう、バィーン！と。
その正体とは。
“ネックレス”である。
姿は、異物を核としてカルシウムの結晶がたんぱく質で接合され多層化する宝石―つまり真珠で出来ている。冠婚葬祭にもうってつけ。年齢を問わず身に付けられる、古くから女性たちに愛され続けている宝石だ。
それはこんな雨ざらし（セフィロト内部だから雨は降らないけど、まあものの例え）の所にあっても、燦然と輝きながら存在感を保っている。けれどどこか奥ゆかしい。まさしく真珠である。
シオンは自分では身に付けないし、哀しいかな贈る相手もいない。しかし！
無意識のうちに情動がシオンを突き動かしていた。
なんたって懐の寂しさではセフィロトでも５本の指に入るであろう男だ。抗ＥＳＰ素材等であれば、売り飛ばしたりするかじっくり吟味しなくてはならないが、ネックレスとあらば即決である。
転売。
それ以外には無い。
さながらチーターの如き瞬発力と走力で、一気に間合いをつめる。
トキノだけはシオンの様子に気付いていたが、大して興味も持たずに静観していた。瑤やビオラ、ツヴァイレライなどは気付いた時にはシオンの姿は彼等の視界から消えていた。恐らく何を狙ったのかも、何かを狙っていたという事も気付いていなかっただろう。
（頂きました！）
心の中で自分に喝采を浴びせていたシオンだが、それは空振った。
シオンは一瞬、本当に一瞬だけ衝撃を感じた。今まで爆発に巻き込まれたりバナナで滑って長い落とし穴に落ちたり、爆発に巻き込まれたり巨大水槽に落ちたり爆発に巻き込まれたりもしたが、ここまで一気にガツンと来た衝撃は久しぶりだった。
気付いた時には世界が上下反転し、辛うじて４人が驚愕の表情に変化していたのを捉える事がで来た。
他の皆はともかくトキノまで？
心の中でトキノを鉄面皮とか思っていたので、自分がどんな状態になっているかも忘れてその事に驚いていた。
ふっと意識を自分に戻したときには、しこたま背中を打ち付けていた。
「あいたたた･･････なんだったんですか、いきなり･･････」
背中と腰をさすりつつ座り込んだまま斜め前を見上げると、一人の、というか一体の、いや敢えて一人と評しよう。オバサンが立っていた。
別におばさんなんて珍しくも無い。世の中には女性が沢山いる。だからオバサンも沢山いる。当然の摂理だ。しかしここはセフィロト。妙齢のご婦人もいるが、こんな“オバサン”ぽいオバサンは居ない。
彼女―というか、オバサンは、小柄だった。勿論瑤やビオラよりも尚小柄だった。全長は１５０ｃｍ前後だろう。そして横幅がタップリとあった。もしかしたら身長はそこそこ高いツヴァイレライよりも体重がありそうな横幅だ。
頭は黒々としておりパーマが当てられている。「審判の日」以前の某国のサッカーチームで同じ上方の選手が居て、タレントに“オバサンパーマ”と評された選手が居た。彼と同じ髪型である。別に流行を気取っているわけではない。自然となるのである。あな恐ろしや。
ずんぐりむっくりな体型、両方のこめかみに小さな四角いテープが二つずつ。右手にはスーパーの白いビニール袋。左手には竹で編まれた買い物カゴ。膝丈の黒いナイロンのスカート。そしてストッキングと同じ素材で出来た靴下に、とどめのサンダル。なのに何故か首には大粒の数珠が連なったネックレスを掛けている。
「もしかして、あれは！」
正体には、まず先に瑤が気付いた。
「最近多方面での目撃情報が出ている新種のタクトニム！？」
「え、あれがタクトニムなん！？フツーのオバチャンにしか見えへんよ？」
「いえ。瑤さんの仰るとおりでしょう。私の持っている情報にも合致します」
全員その新種タクトニムとは徐々に距離を置きつつ、しかし目線は逸らさずに話を続ける。ツヴァイレライだけがマジマジと見続けている。
「付けられた俗称は、確かＯＶＥＲＴＴＡＬＩＯＮ･･････。強烈なタックル攻撃に鈍重そうな見た目と裏腹な素早さが特徴らしいです」
「なんや髄分昔にそないな名前の映画があったような」
首を傾げてビオラは考え込んだが、惜しい、それは脳みそを食い走っちゃうゾンビの映画である。
「首から提げている数珠、あれが恐らく攻撃手段の一つなのでしょう」
トキノが示す箇所には確かに数珠が確認できた。
ＯＶＥＲＴＴＡＬＩＯＮ―長いので、オカンと略されている―は、シオンから奪い取った形になっている真珠のネックレスを握り締めている。
シオンは普段の穏健な様子からは程遠い憎々しげな表情でオカンを睨みつけている。シオンの眼の色が変わる。比喩ではなく。サイバーアイのＩＲを使っているのだ。
「そこです！！」
サイバー特有の高機動運動を活かし、斜め４５℃の方角に落ちていた高級腕時計（豪華箱入り）を目指してオカンの側を駆け抜ける。
駄菓子菓子。もといだがしかし。
オカンはそれよりも早かった。はっきり言って異常じゃないかと思うくらい早かった。時速１００キロだって夢じゃない速度で動くことが出来るシオンよりも早かったのだから、確かに異常だ。
唖然とするシオン。いやシオンだけではない。瑤も、ビオラも、ツヴァイレライも、トキノでさえも、オカンの運動能力に度肝を抜かれていた。っつーか引いていた。
「しまった！」
だん！と大きな音を立てて、シオンは拳を床に叩きつける。
「･･････ふ。どんな形にしろ、奇襲を掛けるのに声を出すほうが間違っている。まだまだ若いな、シオン・レ・ハイ」
「―認めたくないものですね、若さというものは･･････」
離れた場所に居ながら、なんだかすっかりシリアスな雰囲気を出している二人を、若人三人は冷めた目で見ていた。
「つーか今の若い子は知らないんじゃないの？」
若いといっても、ビオラの実年齢は３桁の大台に余裕で乗っているし、瑤も過去から来ているので、生年から現代までの年齢を換算すれば結構な歳だ。なので、厳密に言えばツヴァイレライが一番若いのだが、ともかく実際瑤とビオラは“何を知らないのかが判らない”状態だったので、全く間違っているとは言えなかったかも知れない。
そのオカンは悠々とシオンが目を付けた腕時計の箱を手に入れ、無造作に買い物カゴの中へへと放り投げる。感情の読めないその眼は、シオンを見つめている。恐らくはシオンが次に狙うであろう獲物を虎視眈々と狙っているのである。
その眼はまさしくハンター。
シオンとオカンの睨み合いが続く。
「･･････結局、救難信号を出したのは誰だったんでしょう」
誰もがすっかり忘れ掛けていた事を、几帳面な瑤ですら思い出したように呟いた。
トキノが顎に手をやり、言葉を受けて考え込んでいる。ビオラの姿は見えないが、シオンとオカンの作り出している殺伐とした空間を避けてアチコチを探索している。
瑤はちゃんとビオラにも気を配りつつ、オカンが仲間を呼ぶ気配があればすぐに飛びかかれるようにも、体制を整えている。トキノとて同じだろう。ツヴァイレライは大欠伸をしているので、今この現状には何の興味も無いようだ。
「もしかしたら、アレが呼んだのかもしれません」
おぞましい物を示すように、敢えて“アレ”とオカンを呼称する。
「救難信号を、アイツが？」
「アレは金目のものを探している様子です。自分では探せないから、誰かに探させようとしていたのかもしれないと。そう思ったので」
「なるほど･･････」
「もしかしたら、残っていた罠が作動したのかもしれませんがね」
「あるんですか、そんな事が」
トキノはなかなかにセフィロトに詳しい様子だ。瑤はセフィロトに着てから、まだそれほど日が経っていないから、知らない事も多々ある。
「何度かそういう事例も報告されているようですよ」
ふぅん、と瑤が呟いた時、匍匐前進に近い体制で、ビオラが戻ってきた。
「へへへ、見てコレ。結構掘り出しモン落ちとったで」
どこから拾ってきたのか、それとも折りたたみ式だったのか、ビオラは大きめのリュックを背負っている。形がイビツになっているから、中に掘り出し物とやらを詰め込んできたのだろう。
「君･･････この状態でそんなもの拾ってきてたの」
呆れの入った口調で、瑤がビオラに言う。ビオラの方は気にもしていない様で、満面の笑みを浮かべたまま答えた。
「そない言うても、コレあるのとないのじゃ大違いやろ。今のうちに安全な所に移動させとこ思うて。あのバケモンとやりおうた後でも、そないしておけば安全やん？この人数でかかければ倒せへん事もないやろし」
なかなか考えはちゃんとあるようだ。
「へぇ。で、何拾ってきたのさ」
興味をそそられたらしいツヴァイレライが、ビオラのリュックを無断で開ける。彼にデリカシーなどというものは求めてはいけない。
中には、先ほどシオンが逃した高級腕時計や、小型のレーザー通信機、発信機やクリスタルプレートが１００枚綴りであったりと、特別珍しいものではないが日常生活でも活用でき、そこそこ金銭的価値もあるものばかりだった。しかもそれ以外にも宝石の類が転がっている。
「いいのあるじゃん。つか、このまま帰ろうよ。あのおっさん、一人くらい置いていっても平気でしょ。あのオカンとかいうのも危害加えるわけでも無さそうだしさ」
「そういうわけにも行かないでしょう。発信者だって見つかっていないのに」
至極尤もな意見で諭され･･････てはいないが、憮然とした表情でツヴァイレライは瑤から視線を逸らす。
ビオラはリュックに物をつめ直し、両手をかざしている。リュックが輝いたかと思うと、次の瞬間には目の前になくなっていた。どこかへテレポートさせたのだろう。
「これでもう安全やで。遠くへ放っておいたから」
服に付いた汚れとほこりを払いながら、ビオラはシオンとオカンを見やる。
二人の間に静かに均衡が破れそうにも見えた。
瑤、ビオラ、ツヴァイレライ、トキノはその様子を静かに見守っている。
後者二人は、多分見守ってはいなかっただろうけど。
シオンのＩＲが、新しい物体を捉えた。しかし即時行動してもこのオカンの高機動運動はシオンのそれを凌駕する。つまり普通に動いては駄目なのだ。
そこで考えを巡らせた。
オカンは直線行動が早い。だがその分、急に曲がるという事は出来ないのではないだろうか？
シオンの方はちゃんと曲がれる。最高時速で行けば無理かもしれないが、先程くらいの速さであれば十分に曲がれるし、電池残量にもタップリの余裕が持てる。
（賭けに近いが･･････やるしかありません！）
シオンがガバチョと起き上がり、まっすぐ前に向かって走り出す。それを見計らいオカンも激烈な爆走で追いかける−が！
突如シオンが直角に曲がる！
オカンはシオンのその動きを確かに視野に入れていたにもかかわらず、付いていけずに、轟音を立てて壁に激突した。
シオンは思わずガッツポーズをする。キキッと止まり、足元には可愛らしい細工の施された小箱が合った。丁寧に造りで、中に何が入っているかは判らないが、いい感じの予感がする。
ウキウキと手に取ると、全員シオンの近くに集まってきた。
「シオンさん、すごいですね！」
「やるやないの、おっちゃん！」
瑤とビオラは褒めてくれたが、残る二人は無関心である。うーん彼等らしい。
その時。
小箱が青く光り、ピィィィィィ！と警笛音を鳴らす。今までの比にならないほど大きく聞えるのは、単に近くに居るせいだろう。全員が、勿論トキノでさえも耳を塞ぐほどの大きな音だった。
「この箱から発信されてたったわけね。あー、ウルサイ」
「とりあえず一安心ですけど。これどうしましょうか。面倒だから壊しておいたほうがいいでしょうか？」
子母鴛鴦鉞を構えなおした瑤が、シオンを見上げながら尋ねた。シオンは複雑な顔をしている。中身を確かめて見たいが危険な香りもする。しかし高く売れそうでもあるのだ！
「結構高く売れるんじゃないの、コレ」
あざとく耳元で声がする。
そう、これは悪魔の誘惑･･････！？
「でも危ないと思うんにゃけど･･････止めといた方がええんとちゃう？」
至極全うな意見が聞える。
そう、これは天使の諌め･･････！！
「だって開けてみなくちゃわからないじゃん？それにもしかしたらとんでもないお宝が眠っているかもよ？でっかい宝石とかさ」
････････････。
シオン・レ・ハイ。悪魔の誘惑に負けました･･････ッ！
どこかで制止の声が聞えるような気もするが、最早シオンの耳には届かない入らない。
ぱかっ。
かちっ。
ちっ、ちっ、ちっ、ちっ、ちっ、ちっ、ちっ･･････。
蓋を開けると、蓋のすぐ内側に当たる部分には箱と同サイズの液晶時計。中の部分には機械がデデンと鎮座しコードが複雑に絡み合う。付属の電子時計がどんどんと時間を減らしていく。
まぁ、アレだ。
典型的に。
時限爆弾なワケだ。
「なんで簡単に開けてしまうんですか！！」
「どーすんだよ、コレ！！」
「知りませんよ、そもそも貴方が開けちゃえ、とか言ったんじゃないですか！！」
「ボク本物の時限爆弾てはじめて見たわ！なんや感動やーん！」
「喜んでいる場合ではないでしょう･･････」
誰が何を言っているかは押して知るべし。
ビオラとトキノ以外はアワアワしている。シオンの言うとおり、そそのかしたのはツヴァイレライである。原因は彼にあるかもしれない。しかし誘惑に負けたのはシオンである。故に彼にも責任はあるかもしれない。だからどちらにも責任はある。
更に追い討ちを掛けるように、先ほどオカンが激突したあたりから再びもうもうと煙が立ち込める。
カッコイイ演出状態の中から、オカンが立ち上がる。ゆらゆらと左右に揺れているのは闘争心の現われか、故障しているのか。前者のような雰囲気でちょっと怖い。
今度は大の男５人が揃って戦く羽目になった。
一歩一歩、少しずつ後退していく。
何歩か下がった時、ツヴァイレライがはっとして顔を上げた。
「そうだ、おっさん！これあのバケモノにぶつけてみたら！？」
「なるほど、ナイスアイディアです！」
おっさん呼ばわりされたこともスルー出来るほど、シオンは結構追い詰められていた。
「爆発の規模の事を考えましたか、二人とも」
冷静なツッコミが二人の意気を殺ぐ。
そんな間にも時間は進むし、だからオカンは近付いてくるし時計も進む。
爆発（すると思われる）時刻まで、後３０秒。
「！！僕に任せて下さい！」
しゃっ、と黒い影がシオンのてから小箱を奪い、オカンに向かっていく。
瑤だ。
「何を！？」
止める暇はなかった。
瑤が小箱を力いっぱい握りつめてオカンめがけて投げつけた瞬間−
辺りが白光に包まれた。
全員が呆然としてしまった。
あれだけの白光で、こちらには風しか来ていないという事は、もしかしたら瑤は身を挺して自分たちを守ってくれたのかもしれない。そんな思いが全員の心を過ぎる。
「･･････すいません、瑤さん！！」
ガクリと地面に倒れこみ、シオンは先ほどまで隣にいた瑤に心から謝罪する。ともすれば涙が出てきてしまいそうだ。
が。
肩を叩くものが一人。ビオラだ。彼も大概煤けてしまっていたが、白い指先で示す先には、瑤が服に付いた埃を払っていた。
「死んでませんよ」
照れたように笑う。無造作に髪を後ろに流す。
「ＥＳＰでバリアを貼ったんです。爆弾とあのＯＶＥＲＴＴＡＬＩＯＮだけに。そうすれば爆弾の被害はこっちに来ないでしょう？念の為に、ちゃんとテレポートもさせましたから」
万能タイプエスパーだからこその技である。
「はぁ〜、バリアって、そないなことも出来るや。ええ事知ったわ。今度なんかあったら、参考にさせてもらお！」
ビオラは嬉しそうに、瑤の肩を叩く。同世代に見えるためか、良い意味で気安く出来るようだ。
「それで、何処に移動させたんですか？」
「ああ、ゴミ捨て場ですよ。ここに来る前に見たんです。ショッピングセンターの外れにある所のですよ」
肩を叩くビオラの手が止まる。トキノが首を傾げてその様子を伺う。シオンは服の綻びにへこんだままで、ツヴァイレライは汚れたのが気に入らないらしく不機嫌さにみがきがかかった。
「･･････ちょ、それホンマ･･････？」
ビオラの白い顔が、より一層白く見えた。
ひゅぅぅぅぅぅぅぅ〜。
室内にあるはずのセフィロトであるにもかかわらず、風が吹き荒んでいた。
ゴミ捨て場はきれいさっぱりなくなっていた。
そりゃあ、爆弾が爆発し、タクトニムも一緒に居たのだから、誘発した可能性の極めて高い。
規模は相当小さくなるが、はるか大昔の西部開拓時代や東京の焼け野原を連想するくらい何もない。
ビオラが掘り出し物を転送した先は、このゴミ捨て場（跡地）だったのだ。
結局誰にも何も残らない。
救難信号は偽者だったし、手に入れようとした掘り出し物は本当に消えてしまった。
シオンは呆然と立ち尽くしている。
瑤はため息をついて、全員に挨拶をしてから諦めよく塒であろう、ＥＳＰを使って帰っていった。
ビオラは結果的に楽しかったからいいか、と気を取り直し手を振って愛想良く消えた。
ツヴァイレライはより一層不機嫌になったらしく、何も言わずに帰っていった。
トキノは、シオンのすぐ側まで歩みを進め−
「この粗忽物」
その声は反論も出来ないほどシオンに重くのしかかった。
シオンは−
シオンは、やはり呆然としていた。両膝を付いた状態だったので、あと２段階くらい呆然とする段階が付いてくるかもしれない。
いつもの事である。
めでたくなしめでたくなし。
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0375】シオン･レ･ハイ ／ オールサイバー
【0289】トキノ･アイビス ／ オールサイバー
【0614】朱・瑤（しゅ・よう） ／ エスパーハーフサイバー
【0756】ビオラ･エニグマ ／ エスパー
【0778】ツヴァイレライ･ピースミリオン ／ エスパー
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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はじめまして、そしてお世話になっております、八雲 志信です。
納品が遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
この度はご発注、誠にありがとうございました！
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