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〜狼達の平穏〜
都市マルクト‥‥それはセフィロトの塔内部で栄える都市である。
暖かな日差しの恩恵こそ受けられないものの、様々な生産システムによって支えられているこの街は今日もまた、いざタクトニムの巣へと向かおうとする無謀なビジター達でごった返している。
そんなビジター達を迎えるように造られたこの街では、常に日が落ちるようなことがない。一部の区画はともかく、多くの商店は24時間、冒険に繰り出そうとするビジター達を引き込もうと躍起になって商売を行っているのであった。
「と、そんなうるさい街で話をするのもどうかと思ったんでね。どうかな?街の外だが、悪くはないだろう?」
窓から見える草木の樹海を眺めながら、レカ・プラードはテーブルを挟んでいる相手にそう言った。その目には親愛の色が伺えるのだが、さらに奥まで行けば、相手を値踏みするための鷹のように鋭い色が見えていた。
「ええ。ご配慮、感謝します。まだあの街に来て日が浅いもので‥‥・何せホテル住まいですからね」
そんなレカの様子に気付きながら、カルロ・アルビオーネは柔らかな物腰を崩そうとはしなかった。いや、崩すことはなかった。セフィロトにおける最大勢力『プラードファミリー』の幹部を前にして、初見で堂々と普段の態度を崩さずにいられるのは見事としか言いようがない。
カルロとレカの橋渡しとなったモニカ・バエアスの方が緊張してしまっているぐらいだ。彼女の地元と言えど、こちらのマフィアの知り合いなどいない。仲が良いわけでもないのだから、新参者の新合衆国マフィアがこのセフィロトに根を張りたいなどと申し出れば、この場で殺しにかかられてもおかしいことは一片たりとも存在しない。
「‥‥‥そこのあんた。別に何もしないから、そう固くなるな。話をするだけなんだろう?」
そんなモニカの緊張を見て取ったのか、レカが豪快に笑いながら目を向けてくる。握り締めていた20ミリ自動小銃に擬りっと力が籠もるが、すぐに体をほぐして小さく礼をする。レカから発せられる雰囲気に偽りはない。いかに新参マフィア相手と言えど、しっかりと礼儀を弁えているらしい。
(とは言え、こっちが向こうに渡せるカードはさほど大きいとは言えない‥‥‥それでどれぐらい切り込めるか、だね)
モニカが懸念しているのは、自分たちの生死だけでなくこの交渉の正否だった。
自分たちが持っているのは、せいぜい新しい麻薬の密売ルートぐらいなものである。マフィアにとっては常識的な売買品であるのだから、無効は既に持っている可能性がある。
もっとも、まだセフィロトには向こう側との売買ルートを持っている組織というのは少ないはずだ。今後のことを考えると、将来性は十分なはずだ。つまり、今はカルロの面接のような物だ。将来的にカルロが大物になると言う事をアピールできれば、取り入ることも出来るだろう。
そうなればレカ達にとっては利益が出る。カルロ達はそれを狙っているのだ。
「良い場所ですね。まさかセフィロトの外にこんなところを作れるなんて」
「なに。作るだけなら問題ないさ。マフィアだろうと一般人だろうと、たまには緑を眺めながら食事の一つもしたくなるんだ」
「ふっ。特に我々のような人種は、そういう物でしょうね」
「うむ。まったくだ。さて、では‥‥」
「商談を始めましょうか。そちらもお忙しいでしょうから」
「ははっ。ボスの娘と言ってもなかなか認めて貰えなくてな。いや部下は従ってくれるのだが、七光りと言われるのは耐え難い。‥‥まぁ、時々仕事から抜けるのが問題らしいんだがね」
レカはそう言って豪快に笑う。“仕事から抜ける”の部分でレカの背後で待機している護衛が眉をひそめている。常にガードとして近くにいるその護衛にとっては、彼らを騙してセフィロトの奥まで入りに行ってしまうのが気に入らないのだろう。何しろそこでレカが死ぬようなことがあれば、彼らは間違いなくレカの父親‥‥‥ファミリーのボスに殺されてしまうのだから。
「それで?出すカードは?」
「大した物ではないかもしれませんが‥‥」
「そう言う輩が持ってくるものは、大抵一癖ある物だ」
カルロは足下に置いていたアタッシュケースをテーブルの上に持ち上げると、ケースを開いた。中には二つの袋が入っており、その隣に分厚い紙資料がある。カルロはその資料を取ると、静かにレカの方へと差し出した。
「こちらから提供する物はこの新麻薬と、その売買ルートです。これからもこちらの方へと私たちは進出しますし、同郷のマフィア達も少しずつ進出してくるでしょう。しかし私の組織は、これからも向こうで手を広げます。そうなっても私の組織は優先的に『プラード・ファミリー』との取引を行うことになります」
「うむ」
「こちらから要求することは、そこに書いてあるとおりです」
「組織の支部設立と‥‥セフィロトに潜りたいのか?」
レカは訝しげな目を向けてくる。それもそうだろう‥‥
何せ資料には、セフィロトに潜るための“助っ人”の要請が入っていたのだから。
「わざわざ助っ人を要求すると言うことは、もしかして自分で潜るつもりか?」
「ええ。私もこれで、“そういうこと”が好きなんですよ」
「へぇ‥‥なるほど、そういうことか」
クックッと、レカは小さく笑う。どうやらカルロに、自分と同種の匂いを嗅ぎ取ったらしい。
確かに、カルロとレカはそれぞれ高い地位にいながら自分から危険に身を晒したがるような‥‥‥ある意味同種と言えるのだろう。
‥‥‥モニカやレカの護衛達にとっては、それは決して良い趣味とは言えなかったが。
「助っ人の方は了承した。しかし麻薬の方はな‥‥このタイプの麻薬は売買経路が限られている。この街でもルールという物はあるからな。まさか、街全体を麻薬漬けにするわけにもいかない」
つまりは麻薬の他に、何らかの提供物を出せ‥‥と言うことだろう。
しかし麻薬以外の物というと、それこそ限られてくる。レカは人身売買の類は嫌いだし、カルロとてそうだ。ならば銃器か‥‥セフィロトは裏業者の溜まり場だ。その手の流れ物には最新鋭からセフィロトの発掘品まで、それこそピンからキリまで存在する。そんな場所で根を張るファミリーに提供するような武器は、新合衆国には存在しない。
宝石の類など、それこそ自分たちよりも巨大な組織に対してさしたる意味も成さないだろう。レカが要求しているのは、もっと生産的な物だ。
ここで提供する物がないのならば―――
「そうだろうとは思いました」
場の空気を受けて固くなり始めたモニカと対照的に、カルロはそれすら予測していたと言わんばかりに微笑を浮かべて懐に手を入れ、小さな金属ケースを取り出した。
「これは?」
「我々の方で開発した、ICチップです。性能の方は―――」
まるで自分で開発したかのような口振りで、流暢に途切れることなくチップの性能を説明する。もちろんレカとて組織の幹部だ。セフィロトにも潜っている手前、その手の情報についてはしっかりと把握している。もちろん、理解することも出来る。
カルロの説明を聞き終えたレカは、満足そうにうなずいていた。
「なるほど‥‥‥新合衆国は平和な国だ。この手の技術に対してはずいぶんと遅れを取っていると思っていたが、そうでもないらしいな」
「ははは。私の方が、少々昔、厄介事に手を突っ込んでいたものでしてね。この手の技術の必要性などは、常に把握していたんですよ」
「何だ。自分で使うためか‥‥‥それなら手抜きや虚偽の説明をしているようなこともあるまい」
笑いながらレカはうなずいた。その様子を見て、カルロがわずかにホッとした瞬間を、モニカは見逃さなかった。
「よしよし。これなら上の方も納得するだろう。このチップはこちらの研究機関とお宅の方で共同開発‥‥これで良いか?」
「もちろんです。そのために持ってきたんですから。‥‥‥ところで、一つ、加えてお願いがあるのですが」
「ん?」
「こちらに来る時に、私たちは高速船でこちらまで参りました。船は波止場に停泊させているのですが、そこに自動防衛システムを取り付けてきたのですよ」
「ほう」
「システムの方は私と後ろの護衛以外には容赦しませんから。出来れば人が近づかないように操作をして欲しいのです」
現在のカルロ達に、この大陸での指揮権はほとんど無い。部下も満足にいないため、情報操作の類が出来る程ではないのだ。
カルロの申し出を聞いたレカは、ニヤリと笑いながら、カルロに訊いてきた。
「それは、高速船が取られるのが嫌なのか?それとも純粋に、近づいた者達が怪我をすることを気遣っているのか?」
「後者ですよ。かなり物騒なのを仕掛けてしまいましたからね。うっかりそちらの部下でも引っかかったりしたら‥‥」
「くっくっくっ‥‥はっはっはっはっはっはっ!!」
レカは豪快に大笑いした。カルロとモニカは、なにを笑っているのかが解らず、わずかに呆然としながらそれを見守る。
十数秒程笑っていたレカは、実に楽しげな目でカルロを見つめてきた。
「どうやら、そちらの大陸は平和らしいな」
「はい?」
「いや失礼。優しいマフィアなのだな、と思ったものでな。一つ言っておくと、警備システムは凶悪であればある程良いものだ。特に、この辺りにはそういった物を潜ってでもお宝を見つけようとする馬鹿が多いからな。そういう奴への教育用にもなるし‥‥」
――――――!!!
遠くの方から、わずかにサイレンのような音が聞こえてくるのが聞こえ、カルロは顔を窓の方へと向けた。モニカとレカもそれを習い、揃って聞こえてくるサイレンの音、機関銃の発砲音、ジャングルに響く悲鳴に怒声‥‥‥それに聞き入った。
やがてその音もなくなり、レカは呆然としているカルロ達に向き直った。
「そら、この大陸は物騒だろう?警備システムはむしろ強化しておけばいい。何なら、こちらの方でも用意するぞ?何せあの波止場は我々の管轄でもあるのだからな」
既にあの波止場はプラードファミリーの統括範囲内‥‥‥ならば恐らく、港の類には全て目を光らせてあるのだろう。もしかしたら、カルロ達が来た時にも既にチェックを済ませ、船の監視もしていたのかもしれない。
「ご忠告、感謝します。どうやら、思ったよりも楽しい街のようですね」
「ああ。これからも、長く楽しんでいってくれ」
交渉成立。レカとカルロは立ち上がると、テーブルの横まで移動し、しっかりと握手を交わした‥‥‥‥‥
プラード御用達の店から出た二人は、調達した車へと乗り込んだ。
モニカが運転席に座り、運転手を務める。
「あんた、妙に楽しそうだね」
「おや、解ってしまったかい?」
「そりゃね‥‥あんたが笑ってるのはいつもの事な気もするけど、それでも本当に楽しんでる状況ってのは少なかった。そのあんたが本当に楽しそうにしてる‥‥‥訊きたくなる気持ちも分かるだろう?」
レカの元から辞したカルロに対して、モニカが発した疑問だった。
レカとの交渉の最中は、カルロの雰囲気から伺えるものは微かな緊張だった。カルロとは言え、レカを前にして何とも思わなかったと言えば、嘘である。
しかし途中から‥‥‥特に波止場から銃撃音が聞こえてきた辺りから、別のものが現れた。‥‥それは、恐らく歓喜と呼ばれるものだろう。
「なにが楽しいんだ?」
「楽しいと言うより、楽しみなんだ」
「‥‥楽しみ?」
怪訝そうな表情をするモニカ。カルロは昔を思い出すようにして窓から空を見上げ、それから離れた場所に見える、セフィロトの塔へと視線を流す。
「ああ。どうやら、新合衆国の平和と秩序とやらに慣らされていたようだ。私としたことが‥‥すこし、昔の空気を思い出したのさ」
「やはり来て良かった。モニカ、キミの故郷は、やはり良いところだな」と、そう言ってくるカルロの言葉にどう答えて良いか解らず、モニカは苦笑しながらアクセルを踏み込んだ。
「あんたの方も、今までのあんたより今のあんたの方が良い感じだよ」
これが恐らく、この組織の長の素顔なのだろう。
モニカはその素顔をこれからさらに身近に見ることが出来るだろうという期待を僅かに膨らませ、カルロの望む戦場へと車を走らせた。
☆☆参加PC☆☆
0750 カルロ・アルビオーネ
0777 モニカ・バエアス
〜後書き〜
メビオス零です。お久しぶりでした。最近ゴタゴタとしていて活動を自粛していたのですが、この作品を期に復帰します。
今回の作品ですが、ちょっと短めに‥‥どうですかね?駆け引きと言うより、短い商談を成立させただけの気もしますが、無理に襲撃事件を起こす必要もないかと、注文通りに船だけ襲われました。自動警備システム‥‥超能力者だのサイボーグだのの変な奴らを追い返すって、なに仕掛けたんだろ(大w
最近はセフィロトでの仕事がほとんど無いのですが‥‥もしかしたらBNOとかの方に流れてるんですかねw
あれは私は参加できないので何とも言えないのですが‥‥数少ないリピーターはありがたいです。これからも、よろしければよろしくお願いします。(・_・)(._.)
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