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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


名コンビ誕生?

 まだ九州あたりならば雪どころかコートを着ないで町中を歩ける季節であった。もっとも今の九州がどういう状況なのか、本当のところ本上由美子は知らない。なけなしの公休を遠出に使える程、生活に余裕はなかった。時間的にも金銭的にも‥‥そして、治安的にもだ。一時の最悪な状況は過ぎ去った様であったが、まだまだ復興が済んだとは言えない。これから向かう場所さえ、どうなっているのか本当のところはわかったいないのだ。
「おはようございます、本上巡査」
 聞き覚えのある声に由美子は振り返った。眩しい朝日が目に入って思わず目を細めて手をかざす。その後で丹井美沙桜の姿が目に入ってきた。美沙桜は右手を額の脇にかざし‥‥つまり敬礼をしている。あわてて由美子も背筋を伸ばして敬礼を返した。
「おはようございます、丹井三慰」
 2人は同じ年齢だが美沙桜は陸自の尉官であり、由美子は身分は所轄警察の巡査だ。出向前の組織は違うが由美子は美沙桜を目上として扱わなければならないと思っている。
「良い天気になりそうですね」
 古式ゆかしい英国人ではなかろうに、美沙桜は天気の話をはじめた。確かに、今日これからの作戦行動には天気は大きく影響する。悪天候よりはピーカンに晴れくれた方がどれほど助かるかはわからない。
「はい。きっとこの分なら浪岡町方面も良い天気だと思われます、丹井三慰」
 由美子は今はもう使われていない町の名前を言った。合同復興部隊が今日訪れる筈の場所だ。陸自出身者が多く出張るため、由美子の様にある程度土地勘のある者達もチームに同道するのが編成における暗黙の了解であった。
「階級は‥‥やめましょう。公式の場や任務って訳じゃないんだもの、ね。私も本上巡査の事、下の名前で呼びたい。だめ?」
 敬礼を止めた美沙桜は屈託のない、人懐っこい笑顔を由美子に向ける。由美子と美沙桜は勿論初対面ではない。けれど、こんな風に2人だけで話をするのは初めてであった。正直、由美子の心中に美沙桜を警戒する気持ちがないわけではない。なんとなくだが、美沙桜の姿が婦警時代の後輩にダブるのだ。要領がよくて、ちゃっかりさんで、噂好きで、怠惰で、愛想と計算だけは人一倍良かった後輩。彼女は先日、10歳も年上の上司を略奪愛の果てにGETし寿退官したらしい。その選択も行動力も、由美子には理解できないしついていけない。上司と前妻の間には幼い息子と娘も産まれているのだ。
 けれど、今この状況で美沙桜の申し出を断れるだろうか。それもまた由美子には出来ない相談だった。良くも悪くも常識と良識の範囲から逸脱するには相当のエネルギーが要る。
「わかりました。どうぞその様に呼んでください」
 一瞬の間に由美子の脳裏には様々な思いが巡ったが、仄かに笑みを浮かべて由美子は美沙桜にうなずく。けれど美沙桜は首を横に振った。
「だめ、だめだめだめ。口調が堅い。今日の部隊では同じ年頃の女の子って私達しかいないんだよ。だから由美子さんも私の事美沙桜って呼んでね」
「は、はい」
「ありがとう!」
 美沙桜に気圧されるまま由美子はうなずき返事をした。その途端、由美子の両手は美沙桜に取られ、ぎゅっと握られてぶんぶん振り回される。
「丹井三慰! ちょっとよろしいですか!」
 集合場所となっている青森合同庁舎前の門あたりから若い男の声がした。由美子も顔を見たことがある美沙桜の直属の部下だ。
「今行きます」
 美沙桜はパッと由美子の手を離し、きびすを返して門の方へと歩き出す。その背筋を伸ばした姿勢の良い後ろ姿を見ながら‥‥バランスを崩してよろめいていた由美子は体勢を戻しながら苦笑した。どうやら本日の任務でも退屈だけはしないで済みそうであった。

 美沙桜が近寄ると、名を呼んだ若い男が敬礼をした。
「申し訳ありません。本日携帯予定であった救援物資の数がまったく足りません」
「足りない? 詳しく説明を求めます」
 復興部隊は定められた予定に従い山間部を廻っている。孤立した集落などに生存者が存在しているかもしれないからだ。ライフラインは寸断されているし、連絡もつかないが、自然の豊かな恵みがある。けれど、当然のことながら救援物資を持って行く事になっている。食料や医薬品が必要でない場所などないからだ。
「はっ。管理か配送の不備と思われます。とにかく届かないのです」
 部下の報告はまったく要領を得ない。表情には出していないが、混乱しているのかもしれない。
「救援物資なしで作戦行動も出来ないのだぞ。えっと……本上巡査。ちょっとよろしいですか?」
 美沙桜は別れたばかりの由美子を呼んだ。階級付きで呼ばれた由美子は無表情に返事をして美沙桜の元に走る。
「ご用ですか?」
「この近くにある復興部隊の倉庫の場所を知っていますか?」
「はい」
「案内と車の運転を頼みます。私が使うからと警察車両の使用許可を取って下さい」
「わかりました」
 由美子は合同庁舎へと走る。
「物資は自分が直接倉庫に出向き調べてきます。後は頼みます」
「はっ」
 頼りない部下だが他に頼む人もいない。美沙桜は事後を託すと由美子が廻してきた車に乗り込んだ。

 1つめの倉庫には物資はなかった。すぐにそこを出てもう1つの倉庫へと急ぐ。
「こんなこと、初めてですね」
 ハンドルを握りながら由美子が言った。まだ早朝なので町に人の影はほとんどない。道は把握していたし、10分程度で到着するだろう。
「‥‥たるんでるのよ、きっとね。まだまだ復興が済んだわけじゃないのに、目先の事しか見えてなんだわ」
 助手席の背もたれに身体を預け、美沙桜はつぶやくように言った。
「上は現場を見てないからね。勤務時間内は適当して、時間外は人脈造りかプライベートって割り切っているんじゃないのかしら」
「そんな‥‥そんなこと、ないですよ。頑張っている人だって沢山います!」
 美沙桜の言葉が投げやりに聞こえて、つい由美子は言ってしまっていた。ちょっとだけびっくしりした様な表情で美沙桜が由美子を見る。その表情が少しずつ笑顔に変わっていく。由美子の心根が美沙桜には心地よかった。けれど、運転している由美子は美沙桜の表情をはっきりと見ることが出来ない。車内の沈黙が重い。
「あの‥‥すみません。私、なんか生意気な事を‥‥」
「ううん、いいの。由美子さんの言うとおりだもん。そんな人ばかりじゃない。真面目に頑張っている人だって沢山いるって本当の事よ。今度の事だって、ただの手違いだと思う」
「……はい」
 車はすぐに倉庫へ着いた。門の中まで車を入れ、建物のすぐ手前で止まった。
「待ってて、すぐ戻ってくる」
「はい」
 車の向きを変えようとギアをバックに入れながら、由美子はバックミラー越しに走ってゆく美沙桜を見る。最初の印象よりもずっと誠実で熱血でまっすぐな人かもしれない。友達になれそうな予感がこの時初めて由美子の胸にポツリと湧いた。


 作戦は予定よりも01時間遅れて開始された。救援物資は必要な量の半分であったが美沙桜のごり押しで倉庫からぶんどる様に運び出され、部隊の荷物に積み込まれている。そして到着時間から02時間が過ぎてもまだ由美子はMSで行軍を続けていた。思いがけなく降り始めた初雪が視界を塞ぎ、方向感覚を奪っていた。先頭を歩く由美子の責任は重い。夏の間も解けなかった雪の上に降り積もる雪に足を取られる。MSといえども注意しないと滑ったりバランスを崩したりする。
(やっぱりPMSに志願したのは失敗だったかも‥‥)
 通算4度目の後悔が脳裏に浮かぶ。昔むかしの日本軍の様に、このまま真っ白い雪の中を行軍し続けて遭難し、死んじゃったりしたら。暗いイメージが浮かび、あわてて由美子は首を横に振った。古い映画のテーマソングもまとめて頭から振り払う。復興部隊が雪道で遭難だなんて、洒落にもならない。そんな事になったら、今後の生存者を救済する行動にもブレーキがかかる。なにより自分で自分を許せなくなる。
「適当してるんじゃない! ちゃんと頑張ってるんだもの。それにこの雪の向こうで助けを待っている人達がいるかもしれないんだもの! 私、絶対に諦めないわ」
 この隊列の一番後ろに美沙桜がいる筈だ。その美沙桜にバカにされたくはない。軽蔑もされたくない。階級は違うけど、友達になれるかもしれない人なのだ。対等に目を見て話したい。だから‥‥くじけるわけにはいかない。暑くもないのに汗が額ににじむ。
「MSも頑張ってよね。絶対にこの道抜けてやるんだから!」
 手の甲で汗をぬぐい、由美子は白い吹雪の先をじっと目を凝らして見据えた。

 雪が止む頃、部隊は雪に埋もれた建物を発見した。そして、そこで民間人200人弱の生存を確認した。多くは高齢者であったが、健康状態もほぼ良好であった。救援物資は均等に分配され、次回までに避難の準備をするよう指示をする。
「もう困っちゃったよ。どうしてもここから動かないってお婆ちゃんが泣きながら訴えるんだもん。ついほだされそうになっちゃった」
 簡単な昼食をつつきながら美沙桜が小声で由美子に愚痴る。
「私もそのおばあちゃんの気持ちわかるけど‥‥」
「わかるよ。でもね、冬は大変だよ。せめて冬の間は町で過ごして貰わなきゃ。行政の都合もあるわけだしね」
 すっかり打ち解けた友達口調で美沙桜は話す。側には2人の他には誰もいない。皆先に食事をして、民間人が暮らしている家に向かっている。家に危険な箇所があれば、応急修理もする準備がある。美沙桜は件の老婆に嘆願されて時間を喰い、由美子はなんとなく美沙桜に付き合わされて一緒に昼食が遅くなってしまったのだ。
「でも‥‥先頭ご苦労様。それでここに辿り着くことが出来たんだから、ホント感謝してる。みんな由美子さんのおかげだよ」
「そんな‥‥そんなこと、ない」
「ううん、ありがとう。他の誰も言わないかもしれないけど、私は知ってるから」
 不覚にも涙がこぼれそうになった。誰かに認めて貰うこと。誰かが見ていてくれること。それはこんなにも‥‥泣きそうな位に嬉しいことだったのか。
「は、はやく食べちゃいましょう。まだまだ美沙桜さんとお話したってお年寄りが沢山いるって部下の方が言ってましたよ」
「えーしょうがないなぁ」
 おどけて不平を言った美沙桜は最後の卵焼きをぱくっと口にいれる。ほんわりとした甘みが口の中に広がった。ちょっと嬉しかった。そして、由美子が初めて自分を名前で呼んでくれた事も嬉しかった。大人になると友達なんか出来ない、なんて嘘。きっと由美子とは友達になれる。絶対にそう。
「よーし、やるぞー!」
 トレイを片付け、美沙桜は立ち上がった。仕事はまだまだ山積みであった。