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第一階層【居住区】誰もいない街
ライター:日生 寒河
ここいら居住区は、タクトニム連中も少なくて、安全な漁り場だといえる。まあ、元が民家だからたいした物は無いけどな。
どれ、この辺で適当に漁って帰ろうぜ。
どうせ、誰も住んじゃ居ない。遠慮する事はないぞ。
しかし‥‥ここに住んでた連中は、何処にいっちまったのかねぇ。
そうそう、家の中に入る時は気を付けろよ。
中がタクトニムの巣だったら、本当に洒落にならないからな。
※ ※ ※
さあ、いらっしゃいませ!
愉快なパレード、楽しい遊園地へようこそ!
私は、お客様に楽しんで頂きたいのです。
楽しんで頂いている間に、ほら。
あっというまに、あなたも私たちの忠実な兵士の仲間入り!
※ ※ ※
「…担がれてるのかと思ってた」
レオナは手に持ったチケットにプリントされた文字に目を落とした。
それから、もう一度視線を上げて、目の前に広がる門を見上げた。
担がれているとしても、まあ特に損する訳でもないし、何より本当に有ったなら面白そうだと足を運んでみた甲斐が有ったという物だ。
通訳代わりにと連れてきた『親友』のアルベルトや、日頃からお世話になっている友人達も楽しんでくれると良いのだが。
ドイツ語で記されたパンフレットを彼に手渡しながら、わざわざモノローグでまで『親友』部分を強調して、レオナは考える。
この辺り、もし口に出てしまってたらえらいことになりそうだ。
「本当にあったな」
レオナの隣で、アルベルトが少しばかり驚いたように頷く。
ここは、セフィロトの中。ただただ広がる、無人の居住区。
もう誰も住むことのない、それでも役目を待つかのようにひっそり佇む、荒れた家々の間を縫って、しばらく行った所にそびえていた。
『第3帝国立遊園地』
テーマパークらしく、人目を惹く色遣いで派手に仕上げられたゲートのはるか上の方に、確かにそんな題字がドイツ語で記されているのが見える。
うわうさんくさい。
……だが、アルベルトにしてみればそれは非常に些細なことだった。
それというのも。
彼はちらりと、隣に立ってゲートとその中に見えるアトラクションの数々を興味深そうに見ているレオナへ、視線を走らせた。
(レオナと遊園地、というかデート!)
それが第一である、が。
「…結構賑わっていますね」
「わくわくなの♪」
低く豊かな男性の声と、高く幼い少女の声がアルベルトを現実へと引き戻した。
彼は複雑な表情を浮かべて背後を振り返る。
「アールとレオナとお出かけは、マナウスに行った以来なの」
にこにこと、愛くるしい笑みを振りまきながら、彼の半分程の身長しか無い、彼の養女がうきうきと言う。
通訳代わりに、という名目でレオナがアルベルトを遊園地に誘ったのを聞いて、一番に異を唱えたのが彼女、ピンクだった。
彼女は「アールとレオナが一緒に遊園地なの。ズルイの。あたしも一緒に行くの!」とすかさず主張した。
さらに、アルベルトにとって分が悪かったことには、当のレオナがその申し出を断る筈が無かったことだ。
二人きりでの、名実共にデートの野望は初期段階にあっさりと崩れてしまっていたのだ。
顛末を思い出したのか、渋い顔つきになる主の姿を目にして、ピンクの隣に礼儀正しく控えていたシュワルツは少しだけ慌てたように、ピンクに語りかける。
「お弁当も、腕によりをかけさせて頂きました。お口に合うと宜しいのですが」
言われてピンクは、レオナとアルベルトから、視線をシュワルツに移して嬉しそうに笑う。
「シュワちゃんのお弁当も楽しみなの♪」
むしろシュワルツの受けた、主からの使命は、弁当係と言うよりも、ピンクが「二人きりの甘い時間」を邪魔しないように相手を……もとい、彼女の護衛であったのだが、まあそれは口にしてはいけない事だろう。
言わぬが花。
※ ※ ※
「よし、じゃあ何から回ろうか」
レオナは一同をぐるりと見渡した。
ゲートをくぐってすぐ、煉瓦のしきつめられた広場の中央には幻想的な噴水があり、その周囲にはベンチがいくつか据え付けられている。
レオナがパンフレットを広げて、アルベルトを促すと、彼はそれをのぞき込むようにして読み上げた。
「んー…と。『Geistwo……は置いておいて、『Labyrinth des Spiegels』鏡の迷路、…後はからくり屋敷にジェットコースター何かがあるみたいだな」
「え、今最初、何か言いかけなかった?」
途中で止められてはそりゃ気になる。レオナが首を傾げてアルベルトに問う。
彼女の持っているパンフレットをのぞき込んでいる形になっているわけだから、当然至近距離だ。
アルベルトはちょっとどきどきしながら、はぐらかしにかかってみた。
「まあ、いいじゃねえか。レオナはどれに行きたい?」
「うん、で、何て書いてあったのかな?」
ごまかせなかった。隠されたことで余計に気になってしまったらしい。
「……オバケ屋敷」
観念して、アルベルトが言うと、レオナの顔色がさっと変わる。
レオナはお化け嫌いなのだ。そうと知っていたアルベルトはじゃあ、と提案する。
「お化け屋敷はパス。『鏡の迷宮』か『からくり屋敷』かに行きたい」
彼の助け船に、レオナの表情が明るくなる。
「どれも楽しそうなの♪」
ピンクがレオナにつられて笑うと、シュワルツも頷いた。
「私は、皆様がお好きな所でしたらどこでも構いません」
かくして一行は、純粋にアトラクションを楽しむ為、罠とも知らずに一歩を踏み出したのだった…───…。
※ ※ ※
シュワルツは一人、ぽつんと鏡の迷宮の前にいた。
彼の前には手ずから作ったお弁当や、水筒、レジャーシートなんかがつまった大きなリュックサック。
今頃三人は中で楽しんでいるのだろうか。
というか、主は少しでも甘い時間都やらを楽しめているのだろうか。
そんなことを考えつつ、やはり『ぽつん』としか表現出来ない様子で佇む、人並み外れて背の高い彼の姿には、どこか哀愁のようなものすら漂っている。
名実共に、一人で留守番する子供のような雰囲気だ。なんかしょんぼりしている。
他の客も、若干近寄りにくかったらしく、彼の周囲に少しクレーターが出来かかってすらいた。
勿論、レオナ達もシュワルツを置いていこうと思ってしたわけではない。
意気揚々と、四人で鏡の迷宮への扉をくぐろうとしたのだが。
レオナがチケットを機械に入れて通って、それからアルベルトが通って。ピンクが通って、さあ次はシュワルツが、という所でブザーが響いたのだ。
鏡の迷宮など、どの年齢層でも楽しめるアトラクションには普通、身長制限は有ってないような物なのだが。
それでも引っかかってしまうくらい、シュワルツは背が高かった。
次の部屋に入る扉にすら引っかかってしまいそうだったのだ。
身長制限が恨めしい。
アルベルトが曖昧な笑みで、彼を励ます。
「黒丸、まあ気にすんな、なるべくすぐに出てくるようにしてやるから」
シュワルツとしてはあんまり良くない。
ご一緒したいですと力の限り主張したい所では有るのだが…。
「……分かりました、外で荷物の番をしております…」
そんなこんなで、彼はからくり屋敷の前に佇んでいた。
ああ、身長制限が恨めしい。
シュワルツは鏡の迷路のほうを眺めて、一つ溜息をこぼした。
さて、その頃、中ではちょっと大変なことになっていた。
「あれ、さっきもここ、通らなかった?」
見たことのある通路の形に、レオナは首を傾げた。
「でも、こっちはこれ以上進めないの」
手をのばして、鏡か通路かを確かめてピンクが困ったように言う。
「…参ったな」
鏡の迷路は、その名の通り、鏡で出来た迷路の中を進んでゴールを目指す、と言う物だ。
途中、三つ程のチェックポイントが有り、そこを通過しておかないと、例えゴールを見つけたとしても出ることができない。
その三つのチェックは既に通過したのだが。
ゴールへの道が、分からなくなっていた。
平たく言うと、彼らは見事に迷っていた。
「あれ、じゃあこっちかな…」
方向感覚と遠近感覚を狂わす鏡の世界でふらふらしているうちに、何だかぼんやりとした気分にもなってくる。
レオナは少し首を傾げ、まあうかれてるのだろうと一人納得して先を進む。
同じ通路をぐるぐるまわっているのかもしれないが、それでも進まないことには何の意味も無い。
「おい、レオナ。なんか足下がちょっとふらついてるけど、酔ったのか?」
「うん、そうなのかな…。自分では良くわからないケド…って、あれ?」
心配そうに声をかけてくるアルベルトを安心させるようにレオナは答えてから、体をひねって彼の方を振り返った。
そこではた、と気づく。
「………ピンクは?」
「…え?………、………ッ!」
問いかけられて元々色白のアルベルトの顔色が一瞬、より蒼白になった。
細い通路の中、アルベルトの後ろで通路を確かめ確かめ進んでいた、ピンクの姿が忽然と見えなくなっていたのだ。
「た、大変だ、探さないと!」
慌ててアルベルトの方に体を反転させたレオナは不意に、ふらりとバランスを崩して鏡の壁に手を付こうとするが、そこに有ったのは通路で。
よりバランスを崩した彼女を、アルベルトが頑張って支える。
「大丈夫か、レオナ」
「……あ、うん…。……ありがと」
安定を取り戻した彼女の両肩に手を置いて、真正面から見つめてくるアルベルトに少しどきりとしながらレオナは頷いた。
彼女にしては珍しく、顔を少し紅くして、うつむきがちの返事だ。
そんなレオナの様子に、アルベルトも今更のように心拍数を早くしながら、なら良かったと頷いた。
なんか良い雰囲気だ。
アルベルトは彼女の両肩に手を乗せたまま、少しずつ腕を引き寄せて………───…。
そしてそこで、時間切れだった。
鏡の中で響いたピンクの声が、二人を一気に我に返らせる。
「…ッピンク!?」
照れ隠しも手伝って、二人で同時に叫んでから、お互いの声に驚いて再び顔を見合わせる。
だがしかし、今度は照れたレオナからすぐに視線を外されてしまった。
ひっそりと人知れず傷つきながら、アルベルトはかけだしたレオナの後を追って声の聞こえた方角へと走り出した。
※ ※ ※
奇跡的に、迷うことなくピンクの元に辿りついたレオナとアルベルトが見た物は、壁際にいるピンクと、それを追いつめるタクトニムの姿だった。
迷うことなくエモノを引き抜き、後ろからそのシンクタンクに斬りかかりながら、レオナはピンクに走り寄る。
「大丈夫?遅くなってごめん!」
幸いなことに、ピンクはまだ無傷だった。二人が合流したことにより、安心したように表情を和らげる。
その間に超音波にも似た衝撃波を創り出し、敵のシンクタンクへとぶつけていたアルベルトは軽く舌打ちする。
「ちっ、対ESP仕様かッ」
衝撃その物には少し揺らいだ物の、ケロリと体勢を立て直すシンクタンク達に、再びレオナが剣を構えた。
「だったら、ボクが!」
だが、レオナの中で唐突に、立ちふさがるタクトニム達を攻撃することに罪悪感が芽生えた。
何故自分がそんなことを考えたのかもわからぬまま、混乱する思考を振り切って、レオナは剣を振るって一体を切り落とした。
「レオナ!?」
彼女の迷いを見て取ったアルベルトがレオナに声をかける。ピンクも不安そうに、少し後ろに下がったアルベルトの片手をしっかりと握っていた。
「分からない、何か、おかしいんだ…」
(………、洗脳かっ!)
アルベルトは胸の内で毒づいた。なまじ自分が、洗脳やらの外部的な要因に耐性が有ったせいで気づかなかったが、そういえばこの、薄暗い、鏡で構成された迷路も耳障りにならない程度の音量で流され続けているBGMも、ぼんやりとした気分にさせるにはうってつけだ。
とりあえず彼はもう一度衝撃波を起こし、今度はそれをシンクタンク達のすぐ脇の壁に向けて放つ。
直接にシンクタンクに攻撃をするより、壁を破壊してそれに巻き込む方がダメージが高いと踏んだのだ。
とにかく早くここから脱出せねばならない。
敵に攻撃を仕掛けたわけではないからそれほどではないが、恐らくピンクも洗脳の1段階目にはいることだろう。
なんとしても二人を守らなければ、などとアルベルトが考えたその時。
彼が壊したのとは逆側の鏡に大きな亀裂が走った。
「ご無事ですかーっ!」
「黒丸!?」
もう、まさにブレーキの壊れたトラックの如くだった。
……誤解の無いように明記するが、これは比喩や過大表現ではなく。
主達の危機を察したシュワルツが、入り口から一直線に、真っ直ぐに。
障害物など何も有りませんでしたと言わんばかりに、突き進んで来て。
そして、そのままシンクタンク達をはね飛ばした。
見事にはね飛ばされたタクトニム達は、何枚も壁を巻き込み、突き破り、そして遠くで着地した。
破損というか、分解一歩手前まで破壊された彼らは、当たり前のように二度と動くことも出来ず、ゴミの山へと姿を変える。
ああ、酷い。
「……」
「………」
「……」
「…?」
沈黙が落ちる。
痛い程の沈黙が。
どう反応して良いか分からないレオナ達と、いまいち何が起きたか分かっていないシュワルツ。
「………とりあえず、出るか…」
疲れた声でそう呟くアルベルトに反論する者は、誰もいなかった。
※ ※ ※
広場に戻ってきた彼らは、ひとまず落ち着くべく、弁当を広げていた。
洗脳やら、色々有ったにもかかわらず、なかなか図太い。
腹が減っては戦はできぬ、ということだろうか。
シュワルツが広げて行く料理の数々に、レオナとピンクの視線は釘付けだ。
サンドウィッチに、チキンにパウンドケーキ。飲み物の用意もばっちりだった。
幸い、洗脳効果はまだ軽い物だったらしく、レオナもピンクもすっかり持ち直していた。
動けば腹も減る。オーソドックスだが、手を尽くされた料理達はたちまちのうちに皆の胃袋へと消えた。
「よし、じゃあ行こうか!」
食後の休憩も充分に取ってから、レオナは立ち上がった。
何しに行くかは簡単だ。
こんな、洗脳する目的で客を集める物騒な遊園地は、閉園に追い込むに限る。
「今度こそ、ちゃんとお供いたしますよ」
「ピンク、大丈夫か、怖くないか?」
意気込むシュワルツに苦笑を浮かべてから、アルベルトが問うとピンクは頷いた。
「大丈夫なの。皆が一緒だから恐くないの」
かくして一行は、今度は罠ごと破壊するため、更に一歩を踏み出したのだった…───…。
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【整理番号(NPCID)】 PC名
【0536】兵藤・レオナ
【0552】アルベルト・ルール
【0565】ピンク・リップ
【0607】シュワルツ・ゼーベア
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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はじめまして、日生 寒河です。
この度はセフィロト内遊園地への招待を任せて頂き、誠に有り難う御座いました。
ご期待に少しでも添えていると良いのですが。
ではでは、口調など、不備が無いことを祈りつつ、失礼いたします。
有り難う御座いました。
日生 寒河
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