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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


留守番、如何 〜ジャンクケーブのとある一日。

 そんな訳で結局、一人留守番に残されたエリニュス・ストゥーピッドは深々と溜息を吐きつつ、部屋の隅にある椅子に座り込んでみる。みゃー。座った途端にすぐ耳許で一声御挨拶。脇の机の上にちょこりと乗って座っていた縞猫さん(生身)から声を掛けられる。…ちなみにこれは患畜さんでは無く同居猫の内一匹。但し名前はまだ無い。いや「まだ」と言うか初めから付ける気もない。ここの流儀はそれで普通らしい。
 と、そこに。
 申し訳程度のノックが響き、前後してこんにちはー、と何処かで聞いたような声がドアの向こうから聞こえてきた。エリニュスはすぐに素直にはーいと応対に入る。…ドアを開けるとそこに居たのは銀髪黒瞳、アルビノ体質らしい麗人、クレイン・ガーランド。エリニュスの姿を認めると、エリニュス君御一人で御留守番だと伺ったので来てみましたとにっこり。曰く『四の動きの世界の後の』の元締からついでのように話をされたとか何とかで。家の主のミクトランテクトリ不在でエリニュスだけが彼の家に居ると言う事を――それって実は色々と大変だったりもすると言う事を。
 それは書面を介す正式なお仕事と言う訳ではないが――口約束で他愛も無い内容、お礼の言葉が報酬――と言った程度の事でも仕事は仕事、と割り切る『四の動きの世界の後の』の流儀からすればこのくらいの話も一応「仕事」に含まれる事になるのかもしれない。まぁ、クレインにすれば特に頼まれた訳でもなく気になったので取り敢えず来てみただけの話なのだが。元締から話を聞いたその時特に忙しくも無かったので、当のミクトランテクトリの家は何処かを聞いて、直接様子を見に来た――エリニュスの留守番の手伝いをしに来た。そんな感じである。
 クレインはエリニュスとは面識が無い訳でもない。塔内イエツィラーで偶然遇った事がある。その時はお互い『四の動きの世界の後の』関係者である事は気付かなかった――と言うか知らせる必要が無かったので特に話さなかった為お互い知らなかったが、後で――と言うか今回話を聞いて、初めて知った訳で。
 そんな訳で、ドアを開いて現れた意外な顔にエリニュスはびっくり。――クレインさんお久しぶりです、患畜さんをお連れになった…と言う訳でも無いようですよね、こんなところにどうしたんですか。元締さんからこちらのお話を聞きまして顔を出してみたのですが。って『四の動きの世界の後の』御存知だったんですか。ええ、一応契約してますので。僕もそうです、と言うかここの主のミクさん――『四の動きの世界の後の』の専属傭兵をしてますミクトランテクトリさんの伝手でここセフィロトに来たので、そのまま居候させてもらってる訳なんですが。ええ、元締さんにその事も伺っていますよ。世間は広いようで狭いですねぇ――云々。そんな遣り取りを交わしつつ、エリニュスはクレインを中に迎え入れる。色々と前途多難だと思っていたところだが、クレインさんが来てくれたと言うそれだけでもエリニュスの心は取り敢えず和んだ。
 が、その直後。
 またとんとんと軽やかなノックの音が響き渡る。部屋の中の二人、一瞬緊張。だが、ここで良いのよね? と、そんな風に自問するような声がドアの向こう側から微かに聞こえた途端、これもまた聞き覚えのある女性の声――エリニュスとクレイン双方共に――であると気付いて安堵した。思わず顔を見合わせ、取り敢えず室内に入りはしたがまだ何処にも落ち着いたり座ったりしていなかった二人は――殆どそのまま振り返るような形ですぐドアを開ける。
 と、そこに居たのはやっぱり予想通り、ウェーブがかった豊かな赤毛が眩しい、黒のタンクトップにこげ茶のつなぎと言う活動的な格好をしたおねえさま――シャロン・マリアーノ。
 いらっしゃいませとにこやかに応対しつつ、クレイン、当然のようにシャロンを中へと招く。
 その時点でシャロンはきょとん。
 …何故ここにクレイン氏が?
 疑問に思い速攻その旨口にも出すが、留守番してらっしゃると小耳に挟んだのでエリニュス君の様子を伺いに来ただけですよとあっさり。それを聞き、知り合いだったんだ、とエリニュスにも振るシャロン。ええ、以前イエツィラーで本当に偶然ばったりと。そんな事を話していると、シャロンさんもエリニュス君とお知り合いだったんですね、とクレインもにっこり。ええ。以前一緒に『四の動きの世界の後の』のお仕事を。ではシャロンさんも元締さんから聞いたんでしょうか。そう続けると、ちょっと違うのね、とシャロンは苦笑。
 曰く、毎度の事ながら――毎度の事なのである――またジャンクケーブで迷子になっていたところ、通りすがりにらしくない格好の――つまりトレードマークである『裾が血と機械油でだんだら模様になっている白衣』を着ていない――ミクトランテクトリに遭遇、呼び止められ――もし御時間ありましたら宜しければエリニュスの留守番に付き合ってやってくれませんか、と現在地から自分の家まで及びジャンクケーブの出口までの現在の状況に於ける簡単な地図をその場でさらさらと書き、迷子脱却の為の道案内コミで頼まれたのだと言う。
 そうなるとシャロンとしては彼の頼みも聞いておこうかな、と言う気にもなる。と言うかあのマッドサイエンティストの住まいとやらはどんなところなのだろうかと言う怖い物見たさ的好奇心もあったのかもしれない。ともあれ迷っていたところを助けられた事は間違いないので――そして特に急な用事がある訳でもないので、依頼の対価――謝礼も兼ね、エリニュスの留守番に付き合う為にミクトランテクトリの自宅に来てみた訳になる。
 となると話の出所は違いますが目的は同じですねとクレインは頷く。みたいねとシャロンも同様頷いて、さてとばかりにエリニュスに視線が集まった。

 本日のこの場所。
 何だか結局、知り合いばかりが姿を見せている。



 暫し後。
 皆で御留守番しているその部屋では、ちょっとした御掃除が始められていた。…綺麗好きなので御留守番している部屋くらい片付けたい、とのクレインからの切なる要望があり。…確かに家主が常々薄汚れた――と言うかはっきり物騒な色に染まった――白衣を着ているだけあって、家の中の方もちょっとしたところが色々と気になる、かもしれない。取り敢えず今居るこの部屋は応接室兼の部屋でもあるので、それ程では無いのだが。
 そんな訳で現在、言い出したクレインと当該家屋居候のエリニュスの二人があちこち掃いたり拭いたりちょっとした小間物書物の類を簡単に整理したりしている。不用意な物に触らないように、との言い付けも守って、動物さん用のケージ(外から中身がはっきり見える物限定)の簡単な御掃除や、エリニュスにも何であるのか良くわかっている物だけを整理整頓。他専門的な品やらエリニュスも良く知らないミクトランテクトリの私物と思しき物は――気になっても極力放置。とにかく今の時点で綺麗に出来そうなところにだけ手を出している。
 ちなみに、断じて逃げた訳では無いのだが――シャロンの方はひとまず食糧の買い出しに行ってくるわ、と御掃除が始まる前の時点で離脱している。腹が減っては戦が出来ぬ、いや別に誰かと戦う訳では無いのだが――取り敢えず何をするにしても食糧の心配が無い方が良いと言うのは過去の経験故のシャロンの身上で。何か食べたい物ある? とこちらもそれぞれ要望を聞いて、ミクトランテクトリに教わった地図及びエリニュスの話を頼りに御近所へと買い出しにGO。
 そんな中。
 こんにちわー、とドアの向こうからノックと前後して可愛らしい声が響いてくる。軽く御掃除中で少しバタバタしている中でも二人はその声をちゃんと聞き逃さずに済んだ。取り敢えずエリニュスがはーい、とドアの向こうの客人に返して、雑巾を邪魔にならない場所に置くと玄関ドアへ応対に。
 と、そこに居たのは――怪我をしたらしい子猫をちょこんと抱いた、鮮やかな赤毛に赤い瞳の、小柄で元気そうな少女が一人。
 ドアが開けられた――内側から開けられそうだと見るなり、その少女はまた口を開く。
 …相手の姿がまだ見えない内に。
「えと、御近所さんから聞いたんだけど、ここに獣医さんやってる人が居るって…――」
 子猫を抱いた少女、ドアの内側から顔を出した人物を見て、きょとん。
 ドアの内側に居たエリニュスの方も、子猫を抱いた少女――ではなくそう見える少年――を見て、きょとん。
「…あ、コレットさん。お久しぶりです」
「――…ってあれ? エリニュスちゃん、久しぶりー! エリニュスちゃんもこっちに来てたんだ」
「はい。えーと、シェムハザさんの伝手でここの家主さん――それがコレットさんお探しの獣医さんにもなるんですが――のところにちょっと前から来てまして」
「ふーん。僕もちょっと前からこっちに来てるんだ。この辺って賑やかだし色んなところから人集まってるから――僕の探し人が来てる可能性もあるかなって思ってね。…でもうわー、ひょっとすると僕ら同じくらいのタイミングでこっち来てたのかもしれない。奇遇だね! …っと、それより今はまずその獣医さんの方にお願いがあるんだけど」
 このコの怪我、診てもらえないかなぁ?
 と、エリニュスにコレットさんと呼ばれた少年――来栖・コレットは子猫をそれとなく示しつつ、ひょこりと部屋の中を覗き込む。するとその顔を見て、おや、と意外そうなクレインの声が上がった。コレットの方も、あ、クレインちゃんだ! とずばり名指し。
「コレット君。またお会いしましたね」
 クレインのその声に、エリニュスが振り返る。それからクレインとコレットの顔を交互に見た。
「御二人もお知り合いだったんですか」
「ええ。私も貴方たち御二人が知り合いらしい事――それもここセフィロトに来る以前からの知り合いらしい事に驚いていたのですが」
「クレインちゃんには前にごはん奢ってもらった事あるんだよね!」
「ええ。貴方のように本当に美味しそうに物を食べる方と一緒に食事が出来て楽しかったですよ」
 そこまで言うと、お互い、にっこり。
 …ちなみに初対面時はスリとそのカモだったとかその辺の都合悪い(?)事は二人ともさりげなく黙秘。
「で、クレインちゃんが当の獣医さん…じゃないよね?」
 確かクレインちゃんは映画専門の作曲家さんやってるとか奢ってもらった時にちらっと聞いた気が。コレットは小首を傾げながらも一応確認。と、ええ。とクレインもあっさり頷く。
「私はエリニュス君と同じで御留守番です」
「……え? 獣医さんいないの?」
 御留守番、って言う事は。
 そんなコレットの問いに、今度はエリニュスが頷く。
「はい。…ちょっと別件の仕事が出来たみたいで。本業は傭兵ですからあの人」
 獣医はあくまで趣味の延長の副業で。
 それで居候の僕が留守番しているんです。クレインさんはその話を聞いて、気遣ってここに来てくれた訳で。
「ふーん。そっか。…んじゃ、帰ってくるまで待ってるよ」
「って、いつ帰ってくるか全然わからないんですけども」
 今回特にそんな感じで。
「…待ってちゃ迷惑かなあ?」
「そんな事は全然無いですが。ただコレットさんにも用事があるんじゃないのかなーって」
「用事? ううん。急なのは無いよ。このコの事くらい。ちょっとそこで怪我してたの見付けちゃったからさ」
 急を要するって程の怪我じゃないみたいだけど、何だか放って置けなくて。
 と、子猫の喉をそっと撫でつつ、コレット。
「それに、他に僕にとっての用事らしい用事って言うと前からの人捜しくらいだし。…それ以外に強いて用事って言うなら今日の塒と食糧確保、っていつも通りの事だけだから、何も用事が無いってのと変わらない」
 …取り敢えず、このコの応急手当だけさせてもらっていい?
 コレットのそんな科白に、そうですね、とエリニュスがぱぱっと子猫の様子を見てから、血は止まってますね、と残し、ぱたぱたと部屋の奥へ。すぐに消毒液と包帯を持って戻ってくる。それで子猫を診療台の上に下ろすと、器用に傷のある場所を消毒、くるくるときつくもなく緩くもない程度に包帯を巻いている。…いつも家主がやっているのを見ている為か、結構手慣れている。
「…この感じだと、化膿止めとか栄養剤も投与すべきなんでしょうけど…僕には名前だけで薬の区別は付かないので処方は無理です」
 後はミクさんが帰って来てからお願いしてみましょう。
「うん。ありがと」
「どういたしまして」
 と、言ったところで元々部屋に居た縞猫さんが診療台の下まで来、怪我した子猫さんを見上げて、みゃー。暫く見つめあっていたかと思うと、縞猫さんは付いて来いとばかりに身を翻す。子猫さんは少し困って台の下を見下ろしていたようだったが、気付いたコレットが診療台から下に下ろしてみる。と、子猫は縞猫の後を軽やかに追って行く。傷のせいかちょっと足に力が入り辛いようだが、それ程足取りに不安は無い。…そのまま縞猫に付いて行き落ち着いた場所はふかふかのクッションが置かれた椅子の上。…自分の後に付き子猫がちょこんとそこに座ったかのを確認したかと思うと、縞猫さんはまた、みゃー、と一声鳴いてから移動、元居た事務机の上でくるりと丸くなる。
 つまりは子猫を休むのに良さそうな椅子の上まで連れて行った、と言う訳で。それを見送ったクレインは、掃除のついでにぷしぷしとたった今使った診療台をスプレーで消毒しつつ、面倒見の良い縞猫さんですねとしみじみ。コレットもその縞猫さんの側まで行くと、目線の高さを合わせてから、ありがとねと御礼。縞猫さんからはみゃーと御返事。
 と、またノックの音が響いた。ただいまー、と続く声。ドアが向こう側から開けられる――シャロンが大きな袋を抱えて帰ってきた。それも、また別のお客さん――良い匂いを振り撒く大きな鍋と言うか壷を鍋掴みで持ってきたムラート系人種な御近所の奥様――を連れて。
 …曰く、この奥様は留守番の差し入れと言うか御裾分けと言うか――そんな感じでフェイジョアーダを下さると言う事らしい。買い出しに出たシャロンと出掛けに遭遇して事情を知り、エリニュス一人じゃないんだったらそっちに持ってった方が良いね、と持参してくれたとの事。…ちなみにこの奥様、シャロンと会わなかったら――エリニュスが一人で留守番としか知らなかったら、食事時には自分たちの方に呼んで一緒に食べるつもりだったらしい。冷めない内に食べてねと残し、壷を置くと奥様はすぐ帰宅。
 そんな訳で頂いたものがものだったので、冷めない内に頂こう一息入れよう、とばかりに済し崩しに御食事を始める事が決定。粗方終わっていた掃除も取り敢えず終わりとする事にし道具を片付け、シャロンはぱぱっと出来る程度の副食の用意を始めてみる。…出掛けにこの奥様と会っていたので、付け合わせに必須なコウベの葉やファリーニャ等々ばっちり用意済み。
 台所貸してねと御機嫌なままでシャロン。エリニュスに台所の場所を聞くと、買い出して来た物の入った袋を持ったまま何の気無しにそちらに消えるが――暫くして何かに慌てたような要領を得ない大声がその台所から聞こえた。何事かと他の面子も台所に顔を出すが――どうやら『生ゴミ用ゴミバケツの中身を見てしまった』が故にちょっとびっくりしてしまった、らしい。それはシャロンの場合元々そのつもりで『それ』を見ていたのなら別にどうと言う事も無いのだが、今の場合、予想もしてなかったところで不用意にいきなり『それ』が視界に入ってきたので慌ててしまった。…中に何があったかは推して知るべし。精神衛生上無視しておくに越した事は無い。…ここはアステカの冥界神の家である。
 ちなみにそれ以外には特に問題は無かった模様。

 そして暫しの時間の経過後。
 一応、簡単ながらもフェイジョアーダの用意が出来た。



 …ところで誰だったっけ、とコレットに切り分けたフランスパンを渡しながらシャロン。誰だっけも何も初対面になるけど、とそのパンを素直に受け取りつつコレット苦笑。彼は「獣医さんなミクトランテクトリ氏」に御用のお客さん、としていらっしゃったんですが、偶然ながら私とも以前顔合わせてますし、エリニュス君とも知り合いの方だったんですよ、とクレインがさらりと口添え。シャロン、ふーん、と納得。…それでこの少年もここに居る訳か。
「エリニュスって随分顔広いのね?」
「…そうですよね。ブラッドサッカーさんとも付き合いが古いと聞いてますし、何か外界からの伝手があってミクトランテクトリ氏の元に――セフィロトにいらっしゃったと言う話じゃないですか」
「そうそう。あたしもそれ元締から聞いてるけど…にしてもあんた、あのブラッドサッカーと古い付き合いあるって…なんか凄いわよね」
「…。…凄いってあのですね。単に僕が小さい頃――って今もまだ僕小さいですけど、六歳ぐらいの時に色々御世話になってた人なんです。セフィロトに来て中で偶然遇って僕もびっくりしましたって」
 まぁ理由を聞けばもっとも、って感じですけど。
「…タクトニムの血なら幾ら吸っても人間社会で文句付けられないから、だっけ?」
「…。シャロンさん、聞いてるんですね…」
「一応ね。でも血だけで何とかなるって食糧に乏しい時とか考えると結構楽そうよねー」
 大蒜で炒めたコウベの葉を自分用に取り分けつつ、のほほんとシャロン。
 その話に、興味ありげにコレットが訊いてみる。
「…それって…ブラッドサッカーってその人、血だけ吸ってる吸血鬼みたいな人だ、って事?」
「そう」
「だったら僕もそれ同感かもしんない。…毎日の食べ物の確保って結構大変なんだよね。血だけ吸ってれば済むって言うなら幾らでもやりようがありそうじゃん」
「…そうは言ってもロン兄ちゃ…ブラッドサッカーさんも結構色々と大変そうですけど」
 そうじゃなければわざわざセフィロトに篭りになんか来ない気がしますし。
「かもね。…実際自分がそうじゃないからよくわかんない。でもエリニュスちゃん運が良いよね。昔御世話になった懐かしい人に遇えた、って事は確かなんでしょ?」
「はい。…それはあの人の場合【加齢停止】もあるって知ってはいるんですが、それを除いても何と言うか…全然変わってなくて。アザゼルさんのところに行った頃にはもう別れて久しかったんですが…塔内で再会した時はもう全然そんな感じなくてつい昨日会ったみたいに軽く声掛けられちゃいました。
 …コレットさんの捜し人も、早く見付かると良いですね」
「うん。早く会えると良いなって思ってる。…そうそう、名前が出たところで訊くけど、アザゼルちゃんとかとはどうしたの? さっきシェムハザちゃんの伝手でここに居候してるとは言ってたけど」
 あれから何かあった?
「…っと。何かあった…って訳でもないんですけど。あれから暫くはアザゼルさんたちと一緒に居ましたし。ただ…単にそろそろ向こうで『エウメニデス』の名前が響き過ぎちゃったんで少し地下に潜ろうかなぁ、って思ってたところにシェムハザさんからセフィロトの塔の事を聞きまして。そこに根を張ってる傭兵ギルド『四の動きの世界の後の』に知り合いが居るから何なら行き易いように口利いてあげようか、って」
 そのシェムハザさんの知り合いがミクさん――ここの獣医さんのミクトランテクトリさんになるんですけどね。
 で、僕はここに来た訳です。…コレットさんも仰る通りここセフィロトって色んな人が居るし人の出入りも多いから、形を潜めておきたい今の僕にとっては最適な環境なんですよね。
「そっか。それで今は平和にビジターと傭兵やってるって事なんだね」
「はい」
 フェイジョアーダとファリーニャを混ぜた物を頬張りつつ、にこやかに談笑するコレットとエリニュス。
 その会話内容に、シャロンとクレインはファリーニャを取り分けつつふと疑問に思う。
 ………………ビジターと傭兵と言う職業は、平和か?
 そして「地下に潜る」やら「形を潜めておきたい」やら、エリニュスから何だか色々と不穏当な表現が当然のようにすらすらと。
「ねぇねぇ」
「はい」
「今更かもだけどさエリニュス、ここに来る前何やってたか聞いていい?」
「宜しければ私もお伺いしたいな、と」
「…。…あー、あんまりお天道様に顔向けできない職業です」
「ここはセフィロトですからお天道様はあまり関係なくていいと思いますよ?」
「じゃあ言っちゃいますけど…一応、殺し屋です」
「…ふーん。やっぱりブラッドサッカーの弟分でここんちの居候なだけある訳なんだ」
 そこまで来るとたぶん本人にも何かあるんじゃないかな、とは思ってたけど。
「…なる程。その辺が以前仰っていた『事情』でしたか」
 御当地の政情やその成り立ち、有力者の勢力図を気にせざるを得ない、と言う。
「…シャロンちゃんもクレインちゃんも案外驚かないね?」
 切り分けられたオレンジに手を出しつつ、コレット。
「そりゃあまぁこんな御時世だしね、環境によっては普通にアリな職業かなぁ、って」
「ですね。それに我々が手を出してるビジター稼業も、考えてみれば結構やくざな商売ですもんねぇ」
「タクトニムを人間と置き換えたら単なる泥棒――強盗、下手すれば殺し屋とも大して変わらないものね?」
「全くです。ミクトランテクトリ氏なんか見てると余計そんな気がしますしね?」
「…。…だから一人だと不安だったんですよね、留守番」
 ここセフィロトでは僕の『仕事上』の名前――『エウメニデス』の方はそれ程聞こえてないから良いんですけど、反面ミクさんの方は結構似たような感じの意味でも名が売れてまして。獣医さんとして御近所に聞こえているだけなら良いんですが、『四の動きの世界の後の』のアステカの神の名をコードネームに使ってる専属傭兵となると…名前まで確り売り出してる事になりますし、特にあの人やる事がさりげなく残酷だったり性質悪いですから余計敵が多いんですよね。…向こうに居た頃の仕事時の僕――『エウメニデス』並みに。
「でもあの死体好きの方の事情でそれだけ喧しいとなると、逆にエリニュスにすればいい隠れ蓑になる、って事になるわよね?」
 フェイジョアーダとファリーニャを混ぜた物を口に運びつつ、シャロン。
「…だからミクさんのところで居候する事をシェムハザさんに勧められたのかなぁ、とは思ってますが」
 こちらものんびりフェイジョアーダとファリーニャを混ぜつつ、エリニュス。



 …そんな感じでフェイジョアーダの壷が皿が空になった頃。
 コレットや先程のフェイジョアーダの奥様のようなお客さんなら歓迎だが、そうでない危ないお客さんが来たらどうするか、と言う話になっていた。元々留守番目的のエリニュスにクレイン、シャロンの三人は当然の事、「獣医さん」の帰りを待っているコレットも一緒になって話し込んでいる。
「交渉だったらあたしでも何とかなりそうだけど…襲撃とかだったらあてにしないでね」
「僕も交渉なら任せてもらってもいーよ。襲撃だったら…まず【記憶操作】使えば何とかなるかな?」
「…それ以前に危ないお客さんが来た時には、御本人が居ない事を伝えてお帰り頂くのが筋だとは思いますけどね」
「でもそれで通じるようなら初めから襲撃は無いんじゃないかと」
「…ですよねぇ」
 既に以前の御留守番時、似たような事――襲撃――が何度かあったってお話ですもんね。
 と。
 何か思い付いたようにシャロンがぽむと両手を合わせる。
「あ、生身相手だったらこの間調合し直した気付け薬試してもいいかも」
「何で気付け薬?」
 と、当然の疑問をコレット。
 するとシャロンは艶やかな笑みを返してくる。
「気絶するくらい不味いの。元々そうだったところを少しグレードアップさせてみたんだけどね☆」
「…ふーん」
 面白そうだがそれは何だか気付け薬としては色々と間違っていないか。…思うが別に口には出さない。
「後はねぇ…毒性ありそうなんだけど具体的にどんな成分の毒なのかあんまりはっきりしない…どんな症状が出るか不明な植物の実験体って手もあるわね」
 ちょうど持ってきてるのよ。今日本当はビジターするつもりだったからタクトニムで実験してみようかなって思ってたんだけど…まぁ、予定は未定だし。
 でもやっぱり相手が生身じゃなくて機械だったりすると何の意味も無い話だけどね。
 そこまで話して肩を竦めるシャロンに、まぁまぁ、とクレインが宥める。
「…今の時点であんまり考え過ぎてもどうしようもないですから、その話はこのくらいにしておきまして。あ、そう言えば動物さんたちの御散歩とかは大丈夫なんでしょうか?
「散歩でしたら――連れてって大丈夫な動物さんたちは朝晩の二回連れてってますから大丈夫です」
「ですか。…となるとそろそろ…結構手持ち無沙汰になりますね。お腹も一杯になったところですし、お昼寝でもしましょうか?」
 取り敢えずここから見える限り、動物さんたちの様子もおかしいところは無さそうですし。コレット君の連れて来た子猫さんが少々気になる、くらいですか。と確認しつつクレイン。
 そんなクレインの様子を見つつ、今度はエリニュスがぽつり。
「えーと、暇でしょうがないようだったら裁縫仕事とか機材修復の仕事が幾つかありますけど」
「それって『四の動きの世界の後の』からの例の奴?」
「そーです。何だかんだでいつも回って来るんで」
「…裁縫仕事なら手伝えるけど」
 機材修復は実物見ないとわかんない。あたしの場合、農機具とか単車なら何とかなるかもしれないけどね。
「残念ながら農機具関係も単車関係も無いです。機材修復は殆ど家電製品ばっかりで」
「んじゃ止めとくわ」
 あまりいじるのに慣れない物だと逆に壊してしまう可能性が。
 と。
 シャロンがそう言ったタイミングで、こここんこん、と、ノックと言うより痙攣染みた連打でドアが叩かれる音がする。それから――死体屋居るか? と密やかな男の声が掛けられる。
 一旦、室内の四人で顔を見合わせてから、エリニュスがはーいと応対に出る。と、大きめなトランクケースを引き摺って来た国籍不明な中年男が一人。死体屋居るかとの言葉通り、引き摺っているそのトランクケースは人一人くらい入りそうな大きさで。…そして恐らくは想像通りのモノが入っている。
「すみません、ミクトランテクトリさんは今留守にしてまして」
「…居ないのか。ならせめて奴が帰るまでの間、これを預っていてはもらえんだろうか」
「…僕は死体処理の方はノータッチになってるんで…ちょっとそれも難しいんですけれど」
「そこを押して頼む」
「…」
 と、エリニュスが言い澱んだそこで。
 シャロンの声が飛んできた。
「それって生身?」
 シャロンは気が付けばエリニュスのすぐ後ろにまで来て、ドアの外に居る中年男に話し掛けている。
「ああそうだ」
「だったら…何ならあたしでも請け負うけど?」
 死体処理。
「ほ、本当か、頼めるか!?」
「…ま、とにかく玄関先で立ち話、ってのも何だから、入って」
 中年男にそう促し、シャロンはエリニュスを連れ部屋の中へ戻る。と、応接用のテーブルにことりとお茶が置かれた。いつの間に淹れたのか、クレインがお茶を出しておもてなししている。…ちなみに先程のフェイジョアーダの壷やら皿は取り敢えず台所へ片されている。借り物なので後で洗って返す訳で。
 お茶を出したそこに新たな客人を座らせると、今度こそ確り依頼内容を聞いてみる。死体処理。条件としては誰にも見付からないように処理してくれれば後はどうでもいい、との事で。だったら大丈夫ねとシャロン。置いてってくれていいわよとあっさり言うと――中年男は何度も何度も礼を言う。そして謝礼金は幾ら出せばいいのかを聞かれるが――ここに居る面子の誰も、そんな物騒な取り引きの相場は知らない。
 と、俄かに困りお互い顔を見合わせたところで――突然『その時』はやってきた。
 ノックも無しにいきなりドアが開かれる――と言うか乱暴に蹴り外される。挨拶代わりに速攻で部屋の中に向けられたのは両手にそれぞれ握られたサブマシンガン。何処だ死体屋ァアッッッ!!! とがなりつつ、いきなり発射。ドアが不穏当に開けられた瞬間、殆ど反射的に家具・調度品――こういった事態が元々想定されているのかどれをとっても銃撃がそれなりに防げるくらい頑丈な素材らしい――に隠れていた留守番の面子に、うわぁあああと叫びつつ転げるように部屋から逃げていく中年男。それを視界に納めつつも人相判別、関係無いと判断したか、銃撃して来たその危ないおっさんは中年男を特に追う事は無い。それから一頻り唸らせたサブマシンガンを黙らせると、オラ死体屋何処行きゃがったんだ!!! と突然飛び込んできたその危ないおっさんは再び怒鳴り声を上げている。
 が、お捜しの死体屋さん――ミクトランテクトリは不在な訳で。
「あのー、お捜しの死体屋さんは今留守なんですけど――今日のところはお帰り頂いて、本人が居る時にお願いする訳には行かないんでしょうかー」
 クレインが取り敢えず正論で説得を試みる。
 が。
 …クレインのその呼び掛けが聞こえた途端、声の聞こえたそちらに向けて危ないおっさんの銃撃集中。…盾になってもらっていたソファさんが何だか気の毒な事になっている。
「…お帰り頂けないみたいですね」
「いやあれじゃどー考えたって無理だって」
 椅子の影からさくっとクレインに返すコレット。…ちなみに彼のその腕の中には先程その椅子に座っていた子猫が収まっている。縞猫さんの姿はと言うと何処にも見えない。だが撃たれていると言う訳でも無く姿自体が見えない。よくよく室内を観察して見れば動物さん用ケージも完全防弾らしくケージの中は無事、自由行動中の動物さんたちはと言うとこんな事には慣れっこなのか速攻で姿を消している。
「ここの家具は完全防弾になってるみたいで良かったけど…大丈夫?」
 テーブルの影からぽつりとシャロン。どうやらこちらはエリニュスが咄嗟にテーブルを跳ね上げて盾にしたらしく、二人がその影に居る。
「はい取り敢えず怪我は無いですが…どうしましょうか?」
「やるしかないですよね。…あんまり騒ぎにはしたくないんですけれど」
「それもう無理じゃない?」
 あんまり騒ぎにしたくない、ってのは。
「いえ。まだこのくらいならいつもの事で通りますけど」
「…。参考までに『騒ぎ』の基準はどの程度から?」
「家屋が壊れたり動物さんが傷付けられたり玄関先で人死にが出たり、ってところが最低ラインでしょうか」
「つまり今エリニュスが言った『やるしかない』と言うのは『殺るしかない』と訳するべき?」
「…他に何かいい手段があればそれをお願いしたいんですけど」
 ありますか?
 と、そんなエリニュスの問いに、はい、とコレット小さく挙手。
「んじゃ【時間停止】で捕獲、のコースなんかどうかな?」
「頼めます?」
「うん。縄か手錠か…あのおっさん縛り上げるのに何か良さそうなものがあるって事が前提だけど」
「玄関先に車両牽引用ロープが巻いて袋に入って下げてあります。蛍光黄色の」
「りょーかい」
 あっさり受けると、その場から【時間停止】で捕獲のコースを提案したコレットの姿が消える。直前にぼうっとした青い光が彼の身体を包んでいたと思ったのは気のせいか――否、それこそが彼の超能力の発現で。
 そして――その時間に連れて行かれなかった者にしてみれば一瞬後。
 コレットはその超能力をもって、危ないおっさんの銃を取り上げ、言葉通りにぐるぐる巻きに捕獲していた。

 危ないおっさん捕獲の後。
 漸く落ち着いた、とばかりに家具の影から留守番面子の皆が出てくる。特にシャロンが自分の着ているつなぎのポケットから何やら取り出しつつ、おっさんの前に出る。取り出した二つの包みを見てちょっと悩んでから、その片方の中身――調合し直した手製の気付け薬の方を危ない銃撃おっさんの口に放り込んでみる。ちょこっとだけ情けを掛けて毒の植物の方は止めておく。…と言うか、効果がある程度予測できる方、を選んで使ってみただけとも言えるのだが。顎を押さえるとごくりと喉が動く。よし、飲み込んだ。
 …一瞬、間。
 直後、うがァアああァッッッ!!! ととんでもない呻き声を上げたかと思うと――おっさんは自分をぐるぐる巻きにしているその牽引用ロープを苦悩のあまりぶちぶちと引き千切ってしまった。…だがそれで我に帰りお礼参りとばかりにこちらに襲い掛かってくるような事は無く、ロープから逃れてもただ苦悶の表情のまま、ぐああと呻きつつ、辛そうにのたうち回っている。
 …どうやら今回のシャロン特製気付け薬の効能は、ある意味凄まじかったらしい。…決して毒では無い筈なのだがこれを見ると毒に匹敵する効能と言えるかもしれない。…自分自身で試さなかったのは正解だ。

 と。

「すみませんエリニュス君、忘れ物してしまってました」
 唐突に場にそぐわない穏和な声が通る。

 …その声の主は玄関先に立っていた。
 灰色頭な短髪の、眼鏡を掛けて黒レザーの手袋をはめた、日系らしいにこやかな長身の青年一人。
 家主のミクトランテクトリである。



 そのミクトランテクトリが姿を見せた、途端。
 ス、とのたうち回るおっさんの周りで細く鋭い光が躍った。手足の腱に、喉元――声帯。胸から腹――肺。ミクトランテクトリが手に持っていたのは小振りの折り畳みナイフ。
 その光――ナイフが止まり、仕上げとばかりにぱたんと手の中で刃が畳まれると――おっさんはいきなり静かになる。のたうち回っていた身体はくたりと脱力し、苦悶の表情のまま、酸素不足の金魚のように音も無くぱくぱく喘いでいる。…取り敢えず死んではいないのだが――ミクトランテクトリは当然のようにそのおっさんを引き摺り、奥の部屋へ無造作に放り込むと自分もそちらに姿を消してしまう。暫し後、今度はミクトランテクトリだけが奥の部屋から戻ってきた。
「…ミクさん」
「すみませんね。とんだ『忘れ物』してしまってまして」
「…『忘れ物』って今の人の事なんですか」
「ええ。ちょっと仕事の都合上酷く恨まれてしまってましてね。結構腕に覚えのあるエキスパートの方である上に、周囲を巻き込む事を気にしない方ですから色々厄介だろうと思ったんですが…私が居なくとも何とかなってましたね?」
 皆さんお世話掛けました。そう告げ、にっこり。
 と、そこでコレットがミクトランテクトリを見上げている。
「…ねえねえ、お兄ちゃんがここの獣医さんなの?」
 さっきのお客さんとかからは死体屋さんって言われてるみたいだったけど、エリニュスちゃんがミクさんとも言ってたし。
「ええ。私は死体処理も請け負ってますし獣医もしてますが。…どうしました?」
「怪我した子猫さん診てあげて欲しいんだ」
 さっきエリニュスちゃんに応急手当だけはしてもらったんだけど…お薬の処方はわからないから、って。
 コレットがそう言っている側から、ミクトランテクトリは当の子猫の姿を探している。探す視線に促されたか、その子猫はさっきコレットと共に隠れていた椅子の後ろからそろりと出て来た。その姿を見付けると、ミクトランテクトリは優しく微笑む。
「そうですね、傷があるようなら化膿止めくらいは打っておいた方が無難でしょうが…元気そうじゃないですか。骨まで損傷してるようでもないですし。これなら応急処置以上は放っといても特に問題は無いと思いますよ」
 まぁ念の為、化膿止めと栄養剤くらいは出しておいた方が良いでしょうがね。言いながらミクトランテクトリは部屋の奥、棚の抽斗から注射器を取り出し用意、子猫さんの元に歩み寄り屈むと、何事が起きたのか当の子猫が気付かないくらいの内に、速攻で注射終了。脱脂綿でその注射針の痕を押さえている。
 そのままで、ぽつり。
「…そう言えばエリニュス君、そこに転がってる見慣れないトランクケースですけど…『それ』、うちに持ち込まれたものですよね?」
「…そうなんですけど、ミクさんが居なかったので断ろうとしたら、代わりにシャロンさんが請け負ってくれるって話になって、一応その方向で商談進めていたんですが…」
 と、エリニュスは言い難そうに語尾を窄ませる。
 代わりにクレインが続けた。
「…今の『忘れ物』さんの襲撃によるどさくさで当の依頼人さん逃げちゃったんですよ。そんな訳で結局まだ依頼人さんから依頼料も頂いてないんですが」
 依頼人さんの素性も確認してませんし。通り名すらも不明です。
 すみません確認しそびれてしまいました。
「…いえ。そこについては別にどうでも構いませんけどね。モノが残って居さえすれば私は文句ありませんし」
 あっさり言いながら、ミクトランテクトリはシャロンの方に意味ありげな視線を流す。シャロンはその視線をちらりと見返すと、あら心外ね、と肩を竦めてぽつり。
「…あたしの方には文句あるって事かしら? …生身だったら畑の肥料にいいかもって思ったから、代わりに請け負うって言ってみたんだけど。トランクケース詰めなら目立たないで持ち運べるし」
「…そういう事でしたか。でしたらこのトランクケースの中身の代わりに、原材料がこれとあまり変わらない『砕いた物』でしたら別に肥料用に御裾分けしますよ?」
「あら、そーお? だったらその方が使い易そうだからそれでもいいけど」
「こちらとしてはその方が都合いいんです。…商談成立ですね。是非末永くお付き合いを」
「そうね。あたしを殺そうとしない限りは歓迎するわ」
 にっこり。
 …何だか笑顔と口調は爽やかなのに内容を考えると非常に寒い会話が続く。
 それから暫くしてミクトランテクトリは子猫の注射痕から脱脂綿を取り出血が無い事を確認、注射針も廃棄、始末する。次には当然のようにトランクケースを取り上げ、やっぱりさっきの『忘れ物』を仕舞って来た奥の部屋に放り込み戻ってくる。
 それを待ってから、診てくれてありがとー、とコレットがなけなしのお金を出しミクトランテクトリに渡そうとするが、ミクトランテクトリは御代はいいですよとこれまたあっさり。…曰く、趣味の範疇の事だし、この子猫は見たところ貴方の飼い猫じゃないんでしょう、だったらこれも何かの縁ですしこの子はうちの子にしますから、貴方から御代は取れません、とそんな話の流れ。随分問答無用である。…それは確かに自分のような根無し草より誰か確りとお世話してくれる人が居た方が安心、とコレットにも思えるが、それにしてもすぐそう来るとは思わない。
 ともあれ、これでコレットの用は取り敢えず終わりになる。
 …なのでそろそろおいとましようかと考えるだけ考えるが――その前に当の家主であるミクトランテクトリが再び玄関先に出て来ていた。戻ってきた時の服装のまま、また外出しようとしているとなれば…?
「…あれ、獣医さん帰って来た訳じゃないんだ?」
「ええ。ですから『忘れ物』を思い出したので、『取りに』戻って来ただけです」
 本当の用件はまだこれからで。

 ――…では改めて、行って参ります。
 さらりと残してミクトランテクトリは再びあっさり玄関ドアの向こうへ消える。その玄関ドアが閉まる前、最後にもう一言だけ、家主の声が残される。
 宜しかったらもう暫くの間、皆さんで御留守番お願いしますね、と。

 Fin.


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/クラス

 ■0474/クレイン・ガーランド
 男/36歳/エスパーハーフサイバー

 ■0279/来栖・コレット(くるす・-)
 男/14歳/エスパー

 ■0645/シャロン・マリアーノ
 女/27歳/エキスパート

 ※表記は発注順になってます

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 …以下、登場NPC

 ■NPC0186/エリニュス・ストゥーピッド
 ■NPC0126/ミクトランテクトリ

■名前のみ登場
 ■シェムハザ(未登録)/懇意の人々→無法集団グリゴール幹部
 ■アザゼル(未登録)/懇意の人々→無法集団グリゴール首領
 ■NPC0127/ブラッドサッカー(エリニュスからの呼称→「ロン(龍)兄ちゃん」)

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          ライター通信
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 御三方ともいつも御世話になっております。今回は発注有難う御座いました。
 …今回このシナリオ窓口は何だかんだで長々開けてしまっており、発注下さった皆様の内容が纏められそうだったので三人同時描写に、一つにしてしまいました。
 なので特にクレイン様にはお待たせしてしまっております(謝)
 ただ今回の事を鑑みて…どうやら普通に多人数同時描写(と言うか依頼系に於いて一つの窓を長々と開放→その間発注の方の同時描写)メインに戻れる日は思ったより近そうな気がして来ました。…いやどうだろうやっぱり難しいか(悩)

 今回の文章は皆様全面共通になってます。

■クレイン・ガーランド様にはぎりぎりまで大変お待たせ致しました。御掃除…まぁミクトランテクトリ宅の場合、一応それ程汚くはない筈なので(下手に掃除をサボると只ならぬ異臭騒ぎが起きる心配がある為、彼の場合案外その辺は確りしてます)。…掃除の必要と言う意味ではむしろ『四の動きの世界の後の』事務所の方が余程ヤバかったりします。某吸血鬼なんか、ガラクタ蹴り崩して自分で座る場所作ってるくらいですから(…)

■来栖・コレット様には再びエリニュスにお声掛け頂き有難う御座います。以前の話絡め世間話に花を咲かせてみました。以前のPCゲームノベルから考えると、こんな繋がりでエリニュスはセフィロトに来てます。
 …それから獣医は獣医でも客からは死体屋言われてる事が多く…何だか患畜さんな子猫を不安にさせそうな性質の悪い獣医で申し訳ない(苦笑)

■シャロン・マリアーノ様には…物騒方面な話に対しても相変わらずの拘らなさぶりが素敵だなぁと(笑)
 …それから買い出し、と出された事から連想(曲解)してブラジル家庭料理なフェイジョアーダの差し入れ追加、本格的に食事なんぞ始めてしまいました(汗)。…ちなみにどうでもいい裏設定として、この差し入れ持ってきてくれた奥様は愛犬家で、獣医さんなミクトランテクトリにお世話になってる…とかあったりします。そうでもないと不審がられ避けられるのが常なので。

 少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いです。
 では、お気が向かれましたらまたどうぞ。

 深海残月 拝