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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【ビジターズギルド】クリスマスツリーを飾ろう
―願いと星の瞬く樹―

ライター:香方瑛里


 よう、お前さんも動員されたのか? ま、お祭りの一環だと思って諦めてもらうしかないな。
 おいおい、まさか話をまだ聞いてないのか?
 ほれ、ギルドの前に木が立ってたろ? 昨日、植えてた、あのやたらでかくて邪魔くさい奴だ。あれな、クリスマスツリーにするんだと。
 え? モミの木じゃねぇって? 当たり前だ。ジャングルにモミの木が生えているかよ。
 とにかくな、あれを飾ろうって話だ。
 で、いつもビジターズギルドを応援してくれる街の皆に、見て楽しんでもらおうってな。
 電飾だの、飾りだの、吊り下げとくキャンディやら玩具やらだの、用意した物がそこの木箱に入ってる。
 わかったら掛かるぞ。クリスマスまでそう時間はないからな。

■━━━━━━━━━━━□


 年も末に近づいて、ここマルクトにもどこか浮ついた空気が流れている。さすがに全体、とまではいかないが、個人の店などを覘いてみれば、赤や緑の装飾が目についた。もうすぐクリスマスだ。
 トキノ・アイビスは一軒の店先に置かれた小さなツリーの前で足を止めていた。自身の所属する研究所にも同様にクリスマスツリーを飾る予定だった。だが、そう知識があるわけでもなく、もちろん今のように目にする機会は多かったのだが、どんなものを飾ればいいのか、詳しくは知らない。
「リンゴやキャンドルは、必須なのでしょうか……?」
 いくつか街中で見掛けたものに共通するアイテムをふと口に出してみると、
「そうですね。あとは実際に食べられるお菓子なども飾るみたいです」
 思いがけなくすぐ隣から真剣な声音の相槌が返ってくる。
 そちらへ顔を向けると、目線をだいぶ下げたところに結いあげた黒髪頭があった。相手も遅れてこちらに気づいて見上げられる。まだそばかすを残した少年だった。両手いっぱいに抱えたいくつかの紙袋から、金や銀のモールが飛び出している。
「ツリーを、飾るのですか?」
「え? あ、これですか?」
 トキノの視線が向けられている袋には、他にもいかにもクリスマス色したオーナメントがたっぷり詰まっている。
「はい。今、ギルドの前でツリーの飾りつけをしてるんです。たまたま通りかかったら、人手が足りないからって買い出しを頼まれてしまって」
 そういって表情を僅かにやわらげると、トキノの背後を示した。
「ほら、大きいですからここからも見えるでしょう? あれ、今日中に飾りつけしなきゃならないんです」
 出張った建物に邪魔されているが、たしかに緑の先端が見えている。サイバーアイの性能に頼らずともこの距離で見えるのなら二十メートルはあるだろう。
「人手はまだ足りていないのですか」
「そうですね。僕が見たときは、他に数人しか……」
 それもギルドの職員が作業の合間に手を出す程度だ。ツリー全体の十分の一も飾りつけは進んでいない。
「……手伝いましょう」
「え?」
 あまりにも素っ気ない言葉で唐突にいわれ、反応すると同時に紙袋のひとつを奪われていた。一瞬の警戒も、「次はどの店ですか?」とさも当然といった態度にすぐに消える。
 互いに名乗りあい、トキノと朱瑤は手早く買い物を済ませていった。


 ビジターズギルドの本部はヘルズゲート前に置かれている。今日はゲートを通過するビジターも少ないのか、門番たちの姿がやけに目立った。
 いや、それ以上に目立つものがギルドの前を占領していた。入口横に昨日植えられたばかりの、大木といっても差し支えないサイズの一本の樹だった。周囲に簡単に組まれた足場が、まだその樹が“未完成”であることを告げている。
「適当、とはいいましても、もう少し雰囲気を出す努力はするべきだったと思います」
 樹を見上げてクレイン・ガーランドは軽く首を傾けた。
 ギルドでクリスマスツリーを飾る、との話を聞いて訪れてみたのだが、この樹からはクリスマス、という感じがまったくしない。飾りつけが済んでいないというのもあるだろう。無機質な足場に囲まれているせいもあるかもしれない。だがなんの装飾もなくても本来なら少しぐらい気配があってもいいものである。
「モミの木では、ないのですね」
「ジャングルだからな」
 ギルドの職員が、さすがに自覚はあるのかあえて簡潔に答えて、オーナメント入りの箱をその場に降ろす。
 樹は、クレインの指摘したとおりモミでもドイツトウヒでもない。そもそもツリーに用いられる常緑の針葉樹ですらなかった。ジャングルから適当に切り出された広葉樹である。
「……まあ、装飾に掛かっているという意味では、やり甲斐があると思うことにしましょう」
 しかし一番の問題はこの大きさだ。二十メートルの大木全体に飾りつけるには、ただ枝にオーナメントを吊り下げるだけというわけにもいくまい。
 クレインの指摘に、職員は軽く顎をしゃくってギルドの入口を示した。
「飾りはさっきもいったように有志である程度は好きにしてもらって構わない。電飾関係なら今来てる奴に頼めばいいだろ」
 視線の先にいた金髪の青年は、唐突に話を振られて眉を寄せた。
「俺、こんなことに呼ばれてきたわけじゃないんだが」
「電飾、できるんですか?」
 断ろうと職員に言い募る青年を遮って、クレインは話を向けた。
「あ、ああ……プログラムとか、配線ならある程度は……」
「できるんですね?」
 セフィロトにはやや不似合いな白皙の美貌に微笑まれて、青年は思わず頷いていた。不機嫌そうな表情を面に乗せているが、まだ若い。戸惑っているうちに、その手にはオーナメントを詰めた木箱が渡されていた。気の強い姉があるせいか、どうにも押しに弱い部分がある。どうせ暇なんだし、と自分自身に言い訳して、青年――レイル・ノーツもボランティアに加わることとなった。


 クレインさん、と聞き覚えのある声に呼ばれて振り向くと、両手にいくつも袋を抱えたトキノと瑤がギルドにやってきた。クレイン、レイルにプラスされてツリーの飾りつけ要員は四人になる。
 それを見て、薄情な職員たちのほとんどが通常業務に戻っていった。
「オーソドックスな飾りは先に吊るすとして……遠くからでも見栄えがいいように、上から下へ飾りつけていきましょう」


「……っ、結構、高いもんだな」
 レイルはクレインの指示に従って、足場を最上階まで登った。
 とくべつ高所が怖いわけではないが、頼りない足場からはそのまま地上を見下ろせる。真下はともかく、側面にはなんの支えもないに等しい。つい下方に目が行ってしまい、レイルは一度首を振ると、気を取り直してツリーの上部の飾りつけに掛かる。
 と、その場所には既に、愛らしいキャンディーケインが吊るされている。
「あ、上の方は僕に任せてもらって大丈夫ですよ」
 視線をさらに横にずらすと、絶賛PK能力で飛行中の瑤が、いた。自在に空中を浮遊する姿には、地上二十メートルという高さからくる恐怖も、落下という懸念もない。
「……じゃあ、頼むわ」
 なんだか釈然としない気持ちを抱えたまま、レイルは足場を一階分下りて、中段から飾りつけを再開した。
 そのまた下の地上階では、トキノが飾りつけを担当し、クレインが手際よくオーナメントの仕分けを行っている。トキノは重量のある身でしっかりとした、とは言いがたい足場の梯子を使うのは躊躇われたため、下に残ることにしたのだ。しかし彼は、先ほど足場の不確かさに渋るレイルに「大丈夫でしょう」とあっさり励ましの言葉を掛けてもいた。
「下の方の飾りは細々としたものがよいでしょうか」
「ええ。それと、食べ物の入ったものは、手に取りやすい高さに吊るしてください」
 クレインが個人的に持参したオーナメントは、小振りのリンゴの菓子だった。リンゴを砂糖漬けにしたものを、チョコレートでコーティングしてある。中身が見えるようにラッピングされた菓子は、トキノの手によって子供でも手の届く高さに吊り下げられた。
(さすがに、これは失敗してはいないでしょう)
 ひとりひそかに頷くクレインは、料理風景を思い出す。いつも自分テイストで作ってしまうため、見た目はともかく未知の味にできあがってしまうことが多々あった。あのレシピの「適量」というのは曲者だ。もう少しわかりやすい表記にしてもらいたいものである。もっとも、グラム数で表示してあっても、人数が多めですし、とか、もうちょっと甘くした方が、とか呟きつつ、やはりいつの間にか自分テイストが最優先にされてしまっているのだが。
「そういえば、トキノさんはなにか飾りを持ってきたのですか?」
 ここへ来る前に、トキノは瑤とともにオーナメントの買出しに行っていた。ツリーのことを聞いていたのなら、なにか飾りたいものを持参してきたのだろうか。
「……いえ、特には」
 表情をまったく変えず、トキノは飾りつけに専念している。始めてからだいぶ時間は経っているのに、彼の立ち位置はほとんど変わっていない。
 右、いえ、もう少し斜めにして、かわりにこちらの菓子を下に飾りつけ直した方が……
 トキノ・アイビスは、意外と細かい男だった。ひとつの飾りを吊るすのに、異様な時間を要している。飾りの位置や角度、全体のバランス。飾るごとに何歩か離れてチェックしては、また直す。
 ようやく地面に近い場所を飾り終え、クレインに休憩に呼ばれてその場を離れた彼には、既に目的をほぼ達成した趣がある。
 その目的のひとつは、一見しただけではわからないツリーの裏側で、不気味な存在感を主張していた。
 トキノが個人的に飾りつけたのは、ウサギの耳が付いた、藁人形だった。


「少し作業の手を止めて、休憩にしましょう」
 なごやかなクレインの声に促され、一同はツリーの前に置かれたテーブルに着いた。こんな立派な机と椅子、どこから運んできたのだろう。
「では私は紅茶を淹れましょう」
 そしてあなたはそれをどこから出したのですか。
 そんなツッコミを各々が入れ忘れるほどに、トキノは優雅な動作で紅茶の缶と茶器をテーブル上に取り出した。装束の腹部の膨らみはこのためだったのかもしれない。違うのかもしれない。
「じゃあ僕は、飾りつけ用に買ってきた余りですが……」
 いやそれはクリスマスの飾りなんだろうか。
 残念ながら華麗にツッコミしてくれる人材はこのなかにはいないらしい。瑤が取り出したのは、バナナにかぼちゃ、そしてカカオやマンゴだった。ただでさえツリーらしからぬジャングルの樹にトロピカルフルーツ。イメージが一歩、違う方向に近づいている。
「あー、俺もなにか、買ってきた方がよかったのか?」
 ひとり食べ物の用意のなかったレイルが些か申し訳なさそうにいうと、クレインは笑顔で首を振った。
「実は、リンゴのお菓子を作ったときに、差し入れにとアップルパイを焼いてみたのです。量もありますし、レイルさんには消費の方にまわっていただきましょう」
 どうぞ遠慮はなさらず、と軽く包んだ皿がレイルの前に置かれた。食べやすいようにとカットされたパイは、表面の狐色の生地が食欲をそそる。その見事な出来映えにレイルのみならず、瑤も感嘆の声を洩らす。
「瑤さんもどうぞ」
「いただきます」
 素直にフォークを手に取ると、傍らのトキノを振り仰ぐ。彼はさっきから紅茶にしか口を付けていない。
「トキノさんは食べないんですか?」
「私はほとんど食事をしませんので」
 オールサイバーは栄養剤や週一の食事程度で事足りる。通常の食事も可能だが、トキノは必要最低限の栄養摂取に止めていた。
 それは特に“クレインの料理”を意識した行動ではなかったのだが、数秒後、彼は瑤とレイルの二人から、疑惑の眼差しを向けられることになる。


「舌が、おかしい……」
 レイルは、食後の紅茶の風味でも消せなかったその不可思議な味を、振り返っていた。
「いや、振り返りたくは、ないんだが」
 体が心を裏切って、アップルパイの味をしつこくその舌に再現させている。というより、持続させているとの表現が正しい。片時も忘れられない味である。
「まるで恋……いや、なんか頭の回転の方もおかしくなってきた」
「大丈夫ですか? さっきから朦朧とした感じの呟きが聞こえてきますが」
 束ねたコードを手に文字どおり飛びまわる瑤が、珍しく心配な表情を隠さず訊いてくる。
「大丈夫、だと思いたい。……あ、絡まりそうだぞ、そこ」
 レイルと瑤は、ツリーの飾りつけの締め括りに、イルミネーションのコードをツリーに巻きつける作業に入っていた。コードはツリーを飾るうえで大事な装飾となるが、必然長さもかなりのものとなる。一般に出回っているものを繋ぎ合わせたり、そのまま一部分のみの飾りとしたりして、なんとかツリー全体に光が行きわたるようにした。途中確認のために光を点した途端、ギルドの内部が暗くなる、という小事件も起きたのだが、配線を担当したレイルは素早くその問題も解決した。
「これだけの量、一気に使うんだもんな。そりゃ足りなくもなる」
 セフィロト内部は常温核融合炉が現在も稼動しているため、全フロアに十分な電力が供給されている。それでもひとつの建物から引っ張るのに、この電飾に使用する量はやや多すぎた。
「上の方、ちゃんと落ちないように括りつけておきました」
 いいながら、ひらりと着地した瑤の手には、色とりどりの紙が握られている。
「なんだ? それ」
「短冊ですよ」
 それをクレインやトキノにも手渡しながら、瑤は首を傾げた。
「短冊に願いごとを書いて吊るしておくんでしょう?」
「……そんな行事だったか?」
「あれ? 違うんですか?……すみません。西洋の行事に疎くて。でも、神様の誕生を祝うお祭りなら、少しくらいお願いごとをしてもいいんじゃないですか?」
 渡されたものの、用途がわからずにいた三人は、瑤の言葉に思わず顔を見合わせる。まっ先に破顔したクレインは、テーブルに戻るとなにもいわずに短冊に筆を走らせた。
 それを見て、瑤も自分の短冊にそっと願いを乗せる。
「レイルさんも、トキノさんも、よかったら一緒に書きましょう」


 そうして各々の願いを記した短冊を手に、瑤はふたたび飛翔する。腕に抱えたのはそれだけではない。ひときわ大きな装飾は、縁取りをレイルが電飾で飾った。
「点けるぞ? いいか?」
 地上から、レイルが叫ぶ。トキノは無表情に崩した足場を片づけて、同じく装飾を詰めた箱の始末を終えたクレインとともにツリーを見上げた。
 短冊を下からは見えないような高い場所に吊るして、瑤は仕上げにと、抱いた星を樹の頂上に据える。樹の形状から格好はあまりよいとはいえないが、しっかりと結びつけると、それはたしかにクリスマスツリーだった。
 瑤が樹から離れたのを見て、レイルが最後の配線を行った。

「わ……っ」
 周囲で成りゆきを見守っていた人々から、一斉に歓声が起こる。
 マルクトには空はない。当然、夜空など望めない。けれどそれを錯覚しそうになるほどのきらめきが、辺りに振りまかれた。
 赤、青、白、緑。あるいはそれらが混合してべつの色合いが生じ、無数の光がツリーを薄暗い街中に浮かび上がらせる。

「Merry Christmas」

 クレインの囁きに、同じ言葉が返ってくる。
 クリスマスまでもう幾日もない。それぞれに当日の予定を思いながら、遠くツリーの星を見つめた。


 <了>


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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0289】 トキノ・アイビス
【0474】 クレイン・ガーランド
【0614】 朱・瑤(しゅ・よう)
【0683】 レイル・ノーツ

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、ライターの香方です。ノベルへのご参加ありがとうございました。
 クリスマスを題材にしたものを書くのは初めてかもしれません。こうして機会をいただけて嬉しく思います。

 >クレイン・ガーランド様
 二度目のご依頼ありがとうございます。
 アップルパイとか、勝手に出してすみません。クレインさんの料理を一度は味わい隊としてはせめてと他のキャラクターさんに食べていただきました。

 >トキノ・アイビス様
 初めまして、短冊に書かれたのはウサギ耳を付けたドクロマークでしょうか。
 無表情なのに行動が少々変わっている。そのようなイメージを受けましが、いろいろとPLさまの許容範囲だといいな、と怯えています。

 >朱・瑤様
 初めまして、素敵な勘違いがかわいらしくて悶えます。
 七夕は江戸時代以降の日本のみの風習だそうで、きっとブラジルにも伝わっているのだろうと思います。
 願いごとについてはあえて伏せてみました。一日でも早く叶うよう祈っています。

 >レイル・ノーツ様
 初めまして、チャレンジャーな発注文に思わず惚れそうでした。
 所持ノベルがない状態でいじり歓迎、ということでしたのでちょっとだけ苦労している役回りです。すみません。ほんとうはもっと酷いことになる予定だったとかそんなことは口が裂けてもいえません。
 口調など、イメージからかけ離れていないとよいのですが。

 この度はありがとうございました。
 皆さんが楽しいクリスマスを過ごされますように。