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第一階層【都市中央病院】突入! 強奪!
DISCORD
千秋志庵
病院……医薬品の類は高く売れるし、必要としている奴らも多い。ついでに言えば、サイバーパーツも有るかもしれない。
宝の山だが、それだけ敵の数も多いって訳だ。
病院にいるくらいだから、怪我してたり、故障してたりって奴らだろうが……いや、医者や修理工みたいな連中もいるか。何にしても、油断の出来ない場所である事に違いはねぇ。
突入。お宝を手に入れて、素早く逃げる。
良いか、敵を倒そうなんて考えるな、お宝を奪って逃げる事だけを考えろ。
ジェミリアス・ボナパルト
兵藤レオナ
ヒカル・スローター
アルベルト・ルール
クラウス・ローゼンドルフ
キリル・アブラハム
マリア・スミス
ジョージ・ブラウン
集まった面々を見て、どこからともなく溜息が漏れる。
面白いことに、溜息の種類は同種ではあるものの、全く異なる理由から為るものだった。呪詛のように「これは夢だ。何かの錯覚だ」と呟く声も聞こえてくる。
病院に侵入を図る前ではあるのだが、問題にすべきなのはタクトニムの対処でなく人間関係であることに、どうしようもなく心拍音が上がる。
「……なんで、マリアがいるんだ?」
認めてはいない父親と敬愛する母親と。
恋人未満と、元恋人と。
結婚式か、結納か。元恋人がいる時点で可能性としては修羅場の可能性のある結婚式の方と思われるが、残念ながらここは狩りの場だ。争うにしても、本当に死者の出てくる可能性すらある。不幸中の幸いか、マリアの方からはアルベルト側に対しての接触はなく、全くの他人を装っている。その行為すら針のムシロのような気がして、健康であるはずの胃がきりきりと痛むのを覚えた。
「これって、何かの罰ゲームか?」
と引き攣りながらも呟いたのは、我が親愛なる相棒の恋人未満の相手だった。
確かに今回だけは、一部の者に取っては罰ゲームでしかないのかもしれない。否、ゲームと言うのもおかしい。それこそ飾り立てもなく、単なる罰、で充分だろう。
恋人に近しい相手と共に戦場へ来ていることを罰と評するのは何とも奇異ではあるのだが、それが事実であるが故に否定することは出来ない。そのようなことを考えながら、ヒカルは親愛なる相棒の方を見やると、久しい狩りが嬉しいのか、妙な高テンションを維持し続けている。これが無理矢理であるのなら、何とも殊勝なことだ。賭けても良いが、素であろう。
クラウス辺りがちょっかいでも掛けたら、存分に仕返してみるのも悪くないなと物騒なことを考えていると、ジェミリアスによって「行動開始に向けての最終準備」の合図が為された。
「それで、最近どうなんだ?」
行動開始とは無論、中央病院への突入を開始する際の準備のことなのだが、ヒカルはアルベルトの真横の位置をキープしつつ耳元に囁いてみた。
「最近、って何のことだ?」
「我が親愛なる相棒との、最近、だ」
「あー……と、今言わなきゃ駄目か? あとで、とか、この狩りが終わってからじゃ、駄目か?」
「何だ、その『元カノのいる前で好きな人の話をするような、背徳感と優越感も入り混じったような微妙な声』は。そのようなことなどあるはずもないだろうに、もっとまともな受け答えをせい」
マリアは鼻で笑って、肘でアルベルトの脇を小突くも、反応は変わらない。脳裏を嫌な仮説が思い浮かび、言葉に出してみる。
「もしかして、だ。図星なのか?」
「……Ja」
条件反射で、それでも本気を全く出していない平手がアルベルトの頬から数ミリ離れた位置で停止する。
「すまない。思わず引っ叩きたくなった」
「う、いや、叩いていないならいい。でも、レオナにはまだこの件は内緒で」
「まだ、ってことは、いつかは言うつもりなのか。それよりも、誰なんだ? 候補は結構いるからな。老若男女問わずにな」
「『男女』って、女だけで充分だ」
「そうでないとすると、消去法になって決まるのだが、それでもいいのか?」
「……可能性は全部残して置いてください」
なぜ敬語だろうか、と一つ首を捻って、ヒカルは位置をレオナに譲る。そして一歩だけ後退し、ちらりと視線を後ろへやった。視線が合った女性は、猫科の動物に似た笑みをこちらへと浮かべた。
「赤くなったり青くなったり、アールって見てて飽きないと思わない?」
「同感だ。時折黄色にでもなれば、もっと面白いがな」
マリアとヒカルは軽い牽制をしつつも、自然と微笑み合う。真意は果たして表情の通りではなさそうだが、その全てを丸ごと演技と言うには自然すぎる、少しばかり建前で飾った表情だった。
「二人とも、仲良しだったんだ?」
アルベルトの腕に自身の腕を絡ませたままに、レオナは振り返って二人に問う。偽善や演技も、全て本音だと解釈してしまいそうな程に素直な彼女にとっては、後ろで二人がこっそりと何か話していること自体が、仲の良い証明になっているのだろう。思わず、三人が顔を見合わせる。
ヒカルにしてみれば、出来ればマリアとアルベルトの過去をばらしたくはない。それはまだ想像の範囲内ではあっても、下手に藪を突いて蛇だけでなく訳の分からないあれやこれやも出したくはない。
マリアとしても、進んで話すことで得をするようなこともない。クラウスの護衛という仕事として同席しただけで、母子との因縁を、ある意味においては確固たるものにはしたくはない、というのが本音である。ただ、この場で少しずつばらして、アルベルトの反応を見てみる、というのもまた面白いために、うずうずしてしまうのではあるが。
「……仲良し『だった』というのは、間違いだ。それにこれからも、仲良しに『なる』ということもないだろうしな」
「言うなれば、仲の良し悪しというステージでの関係ではない、ということかしらね。もっと高度なステージを相手にしてもらいたいということかしら」
「高度、というか、既に別次元であるような気もするがな」
溜息交じりで文句を言うヒカリに、マリアは「それは言わない方が互いに気が楽よ」と、初めて本音を見せるかのように苦笑した。
真意はやはり汲めていないのだろう、レオナは不思議そうに首を捻るも、横にいるアルベルトの顔は蒼白に近い。赤くなったり青くなったりと言うが、もはや全ての色を通り越して白へと近付いて来ている。元々肌の色は白い方ではあるのだが、この色は尋常ではない。
「自分で引き起こした問題だから、気にすることはないわ」
再び猫科の笑みを浮かべて、マリアはアルベルトの横を通り抜けて先を歩く。
「始末くらい、自分で付けろ」
空いたレオナの手を取って、ヒカルも先へと進んでいく。手を取られたレオナは後ろ向けに歩きながらのために少しよろめいたが、逆の手でアルベルトへ手を振った。言っておくが、まだ狩りは始まっていない。
「……今日、五体満足で帰れるのかな、俺」
意識が遠くなる。
それでもこれまでの経験からか、体はしっかりと二本足で地面に立っていることが出来ている。いっそ、気を失うことが出来たら楽なのに、とこぼしながら、アルベルトは三人の背中を複雑な思いで見送った。
「キリル、驚きだ。小悪魔が害のない一般人に見えてくる。相対比というのは、不思議なものだな」
得物を手に突入準備をしていたキリルは、傍で遠くを見ていたジョージの言葉にどういう意味かを問うた。質問に返した指は、一組の男女を指している。
「ジェミリアス、とクラウスか。それが一体どうしたんだ?」
「おまえは彼らがどう見える?」
「どう、とは?」
「率直な感想でいい。見たままの感想、思ったままの意見でいい」
「そうか。――ジェミリアスとクラウスだな。当然のような答えだが、そうとしか見えない。実は双子の妹や弟、という話でもなさそうだし」
間違いんじゃないんだけど、とジョージは頭を掻き、俺が見えるのはちょっと違うなと言う。
「あれは、魔女と魔王だ」
「それは何ともひどい言い様で」
「事実だ。例示でもいるか? いるんだったら、幾つでもあげられるが」
「この現在の状況自体で、ある程度察せられるさ。だが、俺ら以上にこの状況を問題にしている奴がいるってことは、確かだな」
キリルの指す方へと、今度は視線をやる。と、そこには頭を抱えてうずくまっているアルベルトの姿がある。
「あれの原因はなんだと思う?」
答えを求めている訳ではないキリルの問いに、ジョージは両親のことだろうと呟く。これも、コンプレックスの一種だろうか。「キリルも我慢するから俺も我慢する」等と可愛いことを言った訳でもないのであろうが、クラウスを睨みつけるような目からは、そのような意は容易に汲み取ることが出来る。ここでキリルらが仕事に私事を混ぜてしまえば、どちらのサイドに付くかイマイチ読み取ることの出来ない者がいるにせよ、パーティは二分され、全く意味のない争いや諍いが始まるだろう。
「こういうのは、『エディプス・コンプレックス』と言うのか? 父親に母親を取られたくない、男性特有の感情というヤツだ」
「精神分析の概論の話での話か。正しく言うなれば、これは単なるマザコンだ」
「……それもそれで、ひどいな」
「男は皆、マザコンだ」
「ジョージ、母親を大事に思う気持ちと、マザコンは別個ではないのか?」
「広い意味では、どちらもマザコンだ」
「マザコンじゃなくて、母親を大事に思ってる、では駄目なの?」
どこから現れたのか、ジェミリアスの姿に二人は罰の悪そうな顔をした。
「男も女も関係なく、子供は親を大事に思い、親は子供を大事に思うものよ」
「それを、あの男の前で言ってやれ」
ジェミリアスの少し後ろにいたクラウスは、シニカルに笑って近くの瓦礫の上に腰掛けた。土台、無理な話だとでも言うかのように、目が語っている。ジェミリアスはそれすらも慣れたように、キリルとジョージの傍の壁に体重を預けて立っている。
「ジェミリアス、今回の狩りの目的は何だ? 欲しいものがあるのか? それとも、殺したい相手でもいるのか? 或いは、俺らには語れない何かでも存在するのか?」
「目的、って言っても、今回はこの人が言い出しっぺで、私はその護衛って役目だから、正確な情報を知るにはクラウスに聞いた方がいいわよ」
「それが厭だから、聞いているんだ」
悪態を付くキリルにも構わずに、むしろその行いですら何かの興味の対象であるかのように、クラウスは目を細める。
「ただタクトニムの能力を知りたい、と言っただけです。場所の選択は、むしろジェミリアスに文句を言っていただきたい」
「能力を知りたいなら、生半可な場所じゃ充分なデータを得られないでしょう? 褒めてくれても、間違いじゃないわ」
やはり、魔王と魔女だな、とジョージが呟く。聞こえないように呟いたところで、声にした時点で『聞こえない』ということはこの距離では無理としか言えない。それぞれのイメージは良いものと捉えているのか、魔王という評価にも魔女という評価にも、何も意見はないらしい。呟きを気にも留めない様子で、取りとめのない話を続けていた。
弾はいつもより多めに持っていくのか?
退路確保はきちんとしているのか?
大体、初めて塔内部に行くのに、悪名高い中央病院を選んで行くか?
二人の当然とも取れる質問に、ジェミリアスとクラウスは綺麗にユニゾンをして答えた。
「普通でしょ」
「普通だ」
きりきりと胃の辺りが傷んでくるのを感じながら、ジョージは思う。
――最悪な面子だ。
思うに、今回のパーティのバランスは、異様なまでに崩れているのではないか。そう思わざるを得ない。
「アルベルト然り、だしな」
得物を構えて、敵に向けて。躊躇わずに、攻撃を与える。
その行為に重みは感じず、むしろその前後、狩りに狂わないでいられる時間の方が、想像するだけで疲れてくる。一番怖いのはタクトニムでないという話は良く聞くが、まさか今自身らが体験するとは思わなかったとキリルに同意を求めて、その視線の先にいたアルベルトが今まさに、再び女性陣三人にやりこめられていたのを見ながら苦笑した。
【END】
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0544】ジェミリアス・ボナパルト
【0536】兵藤レオナ
【0541】ヒカル・スローター
【0552】アルベルト・ルール
【0627】クラウス・ローゼンドルフ
【0634】キリル・アブラハム
【0717】マリア・スミス
【0718】ジョージ・ブラウン
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
複雑すぎる人間関係。
難解すぎる心象模様。
どこから解いていくべきか、それすらも放棄してしまっていそうな錯覚を覚えてしまいます。
一番多い人間回路を持つ一人を主軸に、物語を進めていただきました。
各所でツッコミを入れたくなりますが、その辺はご容赦の程を。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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